第14話 何もしなかった結果
その日の朝、俺は少しだけ後悔していた。
(昨日、言うべきだったかな……)
学院外壁の補修不良。
構造的には、すぐに崩れるわけじゃない。
だが、負荷がかかれば話は別だ。
とはいえ、俺は「調査対象」だ。
余計なことをすれば、また話が膨らむ。
(何もしない、って決めたしな)
そう自分に言い聞かせて、朝食を済ませる。
宿を出ると、今日も例の二人がいる。
「おはようございます」
「今日は、どちらへ?」
「……市場を少し」
本当に、それだけの予定だった。
都市の市場は、人が多い。
露店、荷車、子ども。
そして――
(……嫌な配置だな)
大型の荷台が、学院外壁沿いに停められている。
石材。
相当な重量。
昨日見た、あの補修箇所のすぐ下だ。
(荷重、集中するぞ……)
心臓が、少しだけ早く打つ。
「……何か?」
調査官の一人が、俺の視線に気づいた。
「いえ」
「本当に?」
「本当に」
嘘ではない。
まだ、起きていない。
だが。
――ゴキッ。
嫌な音が、空気を裂いた。
「え……?」
外壁の一部が、目に見えて歪む。
石粉が、ぱらぱらと落ちた。
「……下がって!」
俺は、反射的に声を上げていた。
次の瞬間。
――ガラッ!
石材の一部が、崩れ落ちる。
「きゃあっ!」
「危ない!」
市場が、混乱する。
だが、崩落は小規模だ。
幸い、直撃はない。
俺は、即座に動いた。
「荷台、引いて!」
「人を下げて!」
「壁から距離を取って!」
指示は、それだけ。
魔法も、力技も使わない。
人の流れを変えただけだ。
数秒後、完全に静まった。
「……怪我人は?」
「いません!」
安堵の声。
都市管理局の調査官が、俺を見る。
「今の……」
「偶然です」
「嘘だな」
「……予測です」
正直に言った。
「昨日、気づいていた?」
「はい」
「なぜ、報告しなかった」
その問いに、少しだけ詰まる。
「……俺が言うと、面倒になるので」
「合理的だな」
皮肉か、評価か、分からない。
学院の職員が駆けつけてくる。
「何があった!」
「外壁が――」
状況説明が始まる。
俺は、一歩引いた。
すると、背後から小声が聞こえた。
「……何もしないつもりだったのに」
「結局、止めたな」
「最小限で」
分析されている。
居心地が悪い。
昼過ぎ、臨時の封鎖が決まった。
外壁の補修。
市場の配置変更。
対策は、迅速だった。
俺は、関与していない。
書類上は。
宿に戻る途中、調査官が言った。
「今日の行動」
「評価は?」
「……難しい」
それは、そうだろう。
「何もしなかった」
「だが、見ていた」
「止めたが、目立たなかった」
俺は肩をすくめた。
「それが、理想です」
「理想、か」
宿の部屋で、ベッドに座る。
「……何もしないって、結構難しいな」
本当に、何もしなければ事故になる。
だが、動けば評価が進む。
どちらにしても、平穏からは遠い。
窓の外を見る。
市場は、もう通常運転だ。
(今日の件も、どうせ噂になる)
俺が何をしたかではなく、
**何をしなかったか**が。
──第14話・完




