第13話 静かな日常が、静かじゃない
結論から言うと、その日は本当に何も起きなかった。
荷物運びは順調。
魔物も盗賊も出ない。
天候も問題なし。
危険度・低。
看板に偽りなし。
――ただし。
(……視線、多くないか?)
街道を歩きながら、背中に突き刺さる感覚が消えない。
前からも、横からも。
原因は分かっている。
「調査中ですので」
「気にしないでください」
そう言って、少し後ろを歩く二人。
都市管理局と、魔法学院。
どう見ても気になる。
「……本当に、何もしないんですよね?」
「ええ」
「口も出さない?」
「観察だけです」
それが一番落ち着かない。
都市に到着し、荷物を引き渡す。
依頼主は、商人だった。
「助かりました」
「最近、この道も物騒で」
「……そうですか?」
俺の感覚だと、むしろ安全だった。
だが、商人は続ける。
「変な噂が出回ってましてね」
「噂?」
嫌な単語だ。
「戦わずに災厄を止める冒険者がいる、とか」
「理屈で世界を壊す、とか」
どっちも俺のことだろう。
「そんな人が近くにいるなら」
「安心なような、怖いような」
正直な感想だと思う。
依頼完了後、都市で一泊することになった。
宿に入ると、空気が違う。
冒険者の視線が、町よりも露骨だ。
(ああ、ここまで来てるのか……)
食堂で席に着くと、すぐに話しかけられた。
「……あんたが、例の」
「違います」
「いや、合ってるだろ」
否定するのも、面倒だ。
そこへ、学院の調査官が口を挟む。
「失礼」
「彼は、現在調査対象だ」
「不用意な接触は控えてほしい」
空気が、一気に冷えた。
「……調査対象」
「なんだそれ」
「危険人物か?」
違う。
と言いたいが、訂正する気力がない。
部屋に戻り、ベッドに腰を下ろす。
「……静かな日常って、どこまでだっけ」
何もしなくても、評価が動く。
動かなくても、立ち位置が変わる。
それが、今の俺だ。
翌朝。
ギルド支部で、簡単な報告を済ませる。
すると、支部長らしき人物が出てきた。
「君が、カナメだね」
「はい」
「噂は、聞いている」
全員、聞いている。
「安心してほしい」
支部長は、穏やかに言った。
「ここでは、君に何かをさせるつもりはない」
ほっとする。
「ただし」
「……はい」
「見せてもらう」
「君が、“何もしない時”を」
やっぱり、そこか。
支部を出ると、調査官二人が当然のように付いてくる。
「……本当に、何もしないですよ?」
「それで結構」
都市の中を歩く。
市場。
職人街。
学院の外壁。
どこに行っても、視線がある。
俺は、ただ歩くだけだ。
危ないものがあれば、避ける。
無駄があれば、通らない。
それだけ。
夕方、ふと気づいた。
(……あ)
学院の外壁の一部。
明らかに、補修が甘い。
荷重が、偏っている。
だが――
(……言わない)
今日は、何もしない。
そのまま通り過ぎる。
背後で、調査官が小声で話す。
「……今、気づいたな」
「ああ」
「でも、止めなかった」
嫌な評価のされ方だ。
宿に戻り、深くため息をつく。
「何もしないのも、結構疲れるな……」
静かな日常を送っているはずなのに、
世界の方が、勝手に緊張している。
そんな一日だった。
──第13話・完




