第10話 一手で終わった
封鎖されたはずのダンジョンの前で、俺は立ち止まった。
「……なんで、人がいるんだ」
入口の前に、松明の明かり。
装備を整えた四人組。
見覚えはない。
つまり、外から来たパーティだ。
(情報、間に合ってないな……)
ギルドの封鎖決定は早かったが、伝達は遅れる。
この世界では、よくあることだ。
「おい、あんた」
声をかけてきたのは、リーダー格の男だった。
「ここ、危険らしいが?」
「危険です」
「でも、依頼は有効だ」
言い切られた。
「昨日まで安全だった場所が、今日も安全とは限りません」
「それは、どこでも同じだろ」
正論だ。
だから厄介だ。
俺は一瞬、迷った。
(止める理由は、ある)
(でも、強制する権限はない)
結論は、早かった。
「……俺も入ります」
「は?」
「万一の時、誘導役が必要なので」
相手は訝しげな顔をしたが、拒否はされなかった。
ダンジョン内部。
空気は、昨日よりさらに悪い。
(完全に、限界超えてるな……)
通路の壁に、細かな亀裂。
足元の振動。
進んで数分。
「来るぞ!」
魔物が現れた。
大型。
動きは鈍いが、質量がある。
「前衛、抑えろ!」
「魔法、準備!」
戦闘が始まる。
……その瞬間、俺は確信した。
(これ、長引いたら全滅する)
魔物じゃない。
この場そのものが、耐えない。
「――下がって!」
叫ぶと同時に、俺は前に出た。
「何を――」
「今は、倒す必要ありません!」
俺は、地面に石を投げる。
壁。
天井。
反応を見る。
――ミシッ。
来た。
「全員、右壁沿いに!」
「指示が多いぞ!」
「聞いてください!」
声が荒くなる。
だが、従ってくれた。
俺は走る。
魔物の正面ではない。
天井の支点。
(ここだ)
拾った鉄杭を、全力で打ち込む。
角度。
深さ。
――ズドン。
一瞬の静寂。
次の瞬間、天井が大きく崩れた。
「うわっ!」
「魔物が――」
土砂が、魔物の動きを完全に止めた。
潰したわけじゃない。
隔離しただけだ。
「出口へ!」
全員が走る。
背後で、さらに崩落。
俺が最後に飛び出した瞬間、入口の一部が塞がれた。
……終わった。
外の空気が、やけに美味い。
「……生きてる」
誰かが呟いた。
リーダー格の男が、俺を見る。
「今の……何をした」
「崩れる前に、崩しただけです」
「それで?」
「被害を、最小化しました」
全員が、言葉を失っている。
「魔物は?」
「まだ中です」
「倒さなくて、いいのか?」
「今、倒しに行ったら死にます」
即答した。
ギルドへの帰路。
話は、もう始まっていた。
「一瞬だったな」
「戦闘、してないぞ」
「いや、全部終わってた」
違う。
終わらせただけだ。
ギルドに戻ると、上層部が待っていた。
「……報告は聞いた」
「ダンジョンは?」
「完全封鎖」
「解体、もしくは放棄だ」
決断は、早い。
男は、少し言いづらそうに続けた。
「今回の件で、君の評価が変わった」
「どう変わりました?」
「――“切り札”だ」
胃が痛くなった。
「君は、問題を“解決”するのではなく」
「“終わらせる”存在だ」
それ、褒めてます?
夜。
宿の部屋で、ベッドに座る。
「……一手で終わるの、楽しくないな」
正直な感想だった。
勝った感じは、ない。
達成感も、薄い。
ただ、人が死ななかった。
それだけだ。
なのに――
噂は、今日も勝手に更新される。
――ダンジョンを一手で沈めた男。
――戦わずに、災厄を終わらせた存在。
「……話、盛られすぎだろ」
そう呟きながら、俺は布団に倒れ込んだ。
次に面倒が来るとしたら、
たぶん――
(もう、個人じゃ済まないな)
そんな予感だけが、妙に現実的だった。
──第10話・完




