第8話 運命に甘えた王者
ノーラが声をかけると、ベネディクトは不快そうに頷いた。
「じゃあ座らせてもらうね」
眼下の闘技場では、レオが人の背丈ほどあるゴツゴツした岩の前に立っていた。岩を割ることが、試験の第一項目だ。
自分ならどう斬るかなと考えていると、隣からトントンと指を叩く音が聞こえてきた。ふんぞり返って腕を組んでいるベネディクトが、太い二の腕を叩いている。
「落ち着きがないから、やめてもらってもいいかな?」
ノーラが率直に言葉を述べる。
「わざわざ俺の隣に座っておいて、最初に言うことがそれか?」
ベネディクトの言葉の節々には棘が感じられる。確かに言い方は悪かったかもしれないが、そこまで怒ることだろうか。
「私の言い方が悪かったよ」
ノーラは一つ謝罪すると、ベネディクトの目を見てお願いをした。
「指がせわしなく動くのを見ると、私は落ち着かなくなっちゃうんだ。だから、堂々と構えていて欲しいな。……その方がかっこいいだろうし」
「……まぁいいだろう」
「ありがとう」
ノーラが礼を述べた直後、「ドゴォォン!」という落雷のような轟音が鼓膜を叩いた。レオが拳法を用いて岩を粉々に砕いたのだ。
「さすがレオ。いつ見てもとんでもないパワー」
「俺にも同じことができるが?」
「はい?」
この人は面倒な人なんだな、そう理解したノーラは、先ほどの言葉を無視する。
「ベネディクトさんの強さの秘密を知りたいんだけど、教えてもらってもいいかな?」
「なぜお前に教えなくてはならない」
「えっと、ベネディクトさんに憧れていて」
適当に吐いた言葉は効果てきめんだった。ベネディクトは腕組みをやめると、ノーラに向けて笑いかけた。
「なら最初からそう言え。そもそも、お前は態度が悪いんだ」
「そう、かな?」
ノーラが自分の行動を振り返っていると、ベネディクトはやれやれとため息を吐いた。
「俺はチャンピオンだぞ」
だから敬うのは当然だと。恐らく彼はそう言いたいのだろう。ノーラは頭が痛くなって、闘技場へと視線を落とした。
試験官が次々と投げる大量の毛玉を、レオが素早い手刀で弾いている。高速で投げられ続ける毛玉を防御または回避すること。これが試験の第二項目だ。
「……ベネディクトさん。強さの秘密を教えていただけませんか?」
敬語を使ったのは久しぶりだ。
言い換えれば、こういった面倒な相手と出会わない幸運な時期が続いたということだ。
「今回は特別だが、次からは差し入れを持ってくるように。強いだけでなく、礼儀も兼ね備えた人間でなくてはならない」
「はい。すみません」
安物だと機嫌を悪くしそうだなと思いながら、ノーラは気のない返事をする。差し入れにかかるコストを考えたことがないのだろうか。
「俺の強さの秘密だが、努力と運だ」
「運、ですか?」
てっきり『ひたすら努力すれば報われる』とでも言い出すと思っていた。自分が運命に愛されていることには気づいているらしい。
「人間、生まれ持った才能も与えられた環境も違う。だから必ず運が絡む」
「そうですね。家庭の豊かさとかで、道場に通えるかどうかも決まりますし」
「だが、努力は強くなるための必要条件にはなる。努力は必ず報われるわけではないが、修行しなければ強くはなれない」
過去や環境に恵まれなかったことに腐って努力を止めてしまうのはもったいない。色々試行錯誤して続けていれば、いつか自分に合った戦い方と運良く出会える。
ベネディクトは両手を広げ、そう演説した。
「じゃあベネディクトさんはこれまで、どんなことを試したんですか?」
ノーラが質問をすると、ベネディクトは目を泳がせた。
「俺はその……才能に恵まれてるから、努力なんて必要ないんだ」
「言ってること、矛盾してない?」
思わず敬語を使うのを忘れてしまった。努力と運が強さの秘訣と言っていなかっただろうか?
ベネディクトは焦ったように咳払いする。
「ともかく、それが俺の強さの秘密だ。いいな?」
「……はい」
要するに、『武闘大会で必ず優勝する運命』に依存していて、努力などしていないのだろう。あの演説も、きっと誰かの受け売りだ。
仮にレオが決勝戦に進めば、ベネディクトと戦うことになる。
だから、どのような人間なのか確認したかったのだが、武人の風上にも置けない人物だと分かった。
「レオ。がっかりするだろうな……」
「ん?なにか言ったか?」
「いいえ」
ノーラはかぶりを振って否定する。少し声が大きすぎたらしい。
レオは今、背中に石を背負って、闘技場をぐるぐると回っている。持久力を測る試験で、これが最後だ。
レオが受けているのは戦士用の試験だが、魔法使いが受ける試験も見たかったなと思う。
「教えを施して下さってありがとうございました。連れの試験がそろそろ終わるので、失礼させていただきます」
「俺は黄金獅子亭に泊まっているからな」
突然の住所開示にノーラが首を傾げていると、ベネディクトは「バカだな」と呟いた。
「学校で講義を受けることができるのは、学費を払っているからだろう。道場で武術を学べるのだってそうだ」
「あはは……。分かりました。後日伺います」
絶対行かない。
ノーラは心にそう誓うと、観客席から立ち上がり、足早に去っていった。




