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終焉を告げる神  作者: 琴坂伊織
第一章 琥珀都編

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第5話 テレスフィアの遺産




 都市を守る城門が、一日の終わりを告げるようにゆっくりと口を閉ざしていく。


「ふう……。なんとか間に合ったな」


 レオが息一つ乱さず安堵の声を漏らす。後ろにいるエルシアとは対照的だ。


 エルシアは膝を両手につき、地面を見つめたまましばらく肩を上下させていた。


「シア。大丈夫?」


「ええ……。大丈夫よ」


 ノーラの心臓は、トクトクと脈打つ鼓動が早い。数百メートルほど走ったというのは理由の一つに過ぎない。


 夕焼けを永遠に閉じ込めたような、琥珀都の美しい街並みに心を奪われていた。


「焼き菓子みたい」


 小さくお腹を鳴らしながら、ノーラが呟く。昔訪れたときも、同じ感想を抱いた気がする。


 足元の石畳から頭上の屋根に至るまで、すべてがオレンジや赤といった暖色で統一されている。


「確かに。ていうか、甘い匂いがしないか?」


「ほんとだ。もしかして、建物がお菓子で作られているのかな?」


 鼻をかすめる香ばしい匂いに、ノーラはスッと目を細めた。冷気と共に、ピスタチオとミルクの香りが漂ってくる。


「二人とも。それはジェラートの匂いよ。お菓子で家を建てるわけないじゃない」


「建物、すごく綺麗だね。しかも、全部に絵が描かれてる」


 古い建物の壁には、無数の壁画が描かれていた。過去という土台の上に、現在という絵の具が塗りたくられているみたいだ。


「空飛ぶ鯨とか、デフォルメされた怪物、神話の一場面。ほんとに色々あるな」


 レオが目をきょろきょろと動かしている。初めて琥珀都に訪れたため、ノーラ以上に興奮しているようだ。


「あれだね。厳格なおじいちゃんの背中に、孫が勝手にステッカーを貼りまくったって感じがする」


 懐かしい記憶を思い出しながら、ノーラが感想を口にする。


 いつの日か、輪廻転生した祖父と会うことがあるかもしれない。


「ふふっ、そうね。どこもかしこも歴史的建造物だもんね」


「さすが芸術の街だな」


 この街の建物は永遠に完成しない絵画として生き続けている。


 このような永遠であれば、美しいと思う。


「さあ。宿に行きましょう。永遠に閑古鳥が鳴いている宿があるの」


 連なるアーチの屋根の下、人波を縫うようにして歩く。


 琥珀都の象徴とも言えるこの回廊――ポルティコは、建物の二階部分が通りへせり出す形で作られている。そのため、頭上は堅牢な石造りの天井だ。


 長いトンネルのような空間に、学生たちの笑い声やアコーディオンの音色が反響し、心地よい喧騒となっていた。


「そういえば、この街にはテレスフィアの像があったよね?」


 黄土色や赤錆色、深みのある紅。この街を彩るあらゆる赤を眺めながら、ノーラがエルシアに問いかける。


「ええ。琥珀都の中央広場にあるはずよ」


「三百年ぐらい前に降臨したんだよな。琥珀都の内戦を終わらせたんだっけ?」


「そう。二十年近く続いていた内戦を終わりに導いたことに感謝して、テレスフィアの像を作ったの」


 当時の王様が貴族に殺されて、その後泥沼の展開が長く続いたらしい。


「でも、テレスフィアの終わらせ方は、多くの問題を孕んでいた」


「問題?」


 レオが首を傾げている。


「内戦末期、琥珀都には三人の有力者がいたのよ。そして、三人のうちの一人であるバロンという男が王位に就くことで合意していた」


「よく話がまとまったな」


「議会王政を樹立しようとしてたのよ」


 バロンを王に戴き、他の二人が有力な大臣に就任するという体制を目指していたらしい。


「でも、テレスフィアはバロンを王にすることを認めなかった」


「はぁ!?なんでだよ?」


 レオが「おかしいだろ」と声を荒げる。


「テレスフィアは、『政治や戦争は一過性のもの。滅びた後に残るのは芸術のみである』と告げ、有力者の一人で芸術家だったミカエルという男を王位に就けたの」


 そして、テレスフィアの神性がたっぷりと込められたレガリアをミカエルに与えたという。


「それが今回の目的だね」


「ええ。王家にとって、レガリアは正当性の象徴。今回も、難しい任務になるわよ」


 難しいのはいつものことだ。


 問題ないと、ノーラは頷く。


「まずは食事にしましょう。琥珀都の問題については、また後で説明するわ」


「そうだね。明日からは協力者と会ったり、レガリアの保管場所を調べたりしなくちゃいけないから、今日はゆっくりしよう」


「武闘大会も忘れるなよ!」


 相変わらず、レオは武に関することだと熱量が上がる。


「忘れてないわよ。明日は薬の材料も買わなくちゃね」


「私は怪我人だから、サボらせてもらうね」


「もうほとんど治ってるでしょう」


 ノーラは傷が痛むふりをするが、二人から冷たい視線を向けられるだけだ。


「だって、シアの買い物長いんだもん」


「まぁ、それには同意するけど」


 エルシアはフードからはみ出している髪をいじりながら、苦々しく笑っている。


「悪かったわね」


 談笑しながら、迷路のような都市を進み続ける。今通っているのは、琥珀都の鮮やかさから見捨てられたかのような回廊だ。


 目当ての宿は、黒ずんだ煉瓦が今にも崩れ落ちそうで、痛々しいほどに周囲から浮いていた。


「鳩の鳴き声しか聞こえないね」


 ノーラの目は、屋根の隙間に作られた鳩の巣に向けられていた。


「言ったでしょう。閑古鳥が鳴いているって」


「物理的に!?」


 レオのツッコミが、干からびた木製の扉をカタカタと震わせた。




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