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終焉を告げる神  作者: 琴坂伊織
第一章 琥珀都編

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第4話 変わらない階級




 地平線の彼方、夕陽をたっぷりと吸い込んだその街は、まるで大地から湧き出した巨大な蜂蜜の結晶のように輝いていた。


「ちょっと濁ってるね」


「ノーラ。……もうちょいこの感動を味わわせてくれよ」


 宝石のように輝く都市に見惚れていたレオが、「またコイツは」と言いたげな顔で見つめてくる。


「琥珀都までまだ距離があるから、急ぎましょう」


 城門が閉まるまで、もう時間がないとエルシアが急かす。


 西日が強すぎて、彼女がどんな顔をしているのかは分からない。だが、その声には、悲哀が含まれているように感じた。


「どこにも変化が訪れない」


 その呟きはノーラの耳を掠めたが、聞こえないふりをした。この世界を旅していれば、いくらでも抱く感想だ。


 都市へと続く道を歩いていると、畑仕事の終わりを告げる鐘の音が、どこか遠くから響いてくる。


 左右に点在する農家には明かりが灯り始め、どこからともなく煮炊きをする香ばしい匂いが漂ってきた。


「いい匂い」


 ノーラが焦がしバターと砂糖の甘い香りに釣られ、その芳香の発生源へ顔を向けると、アトリエの隅に陣取る男がいた。


「傑作だ……」


 男はそう呟きながら筆を振るっているが、彼の左手には特大サイズのブールパンがある。


「綺麗」


 ノーラが思わず漏らした声が届いたのだろう。男はパンくずを口周りに付けながら、柔らかい笑みを浮かべた。


「ありがとよ、嬢ちゃん。……ありがとう」


 二度目のありがとうは、消え入りそうで、どこか諦観を含んでいるように感じた。男の目尻には、涙が浮かんでいる。


「ありがとな、嬢ちゃん。救われたよ」


 レオが、「どういうこと?」と小声で尋ねてくる。


「あなたは農民なんだよね」


 ノーラの問いに、男が小さく頷く。


「琥珀都はね。階級に変化が訪れない都市なんだ」


「階級?」


「農民の子は、農民として人生を終える。素晴らしい芸術や発明をしても、商売をしても、絶対に失敗する。そういうふうにできている」


 レオが、理解できないという顔をしている。エルシアがノーラの代わりに説明を始める。


「例えば、犯罪者の子供は必ず犯罪者として逮捕されるのよ。法に触れるかどうかも分からない些細な罪や……冤罪でね」


「はあ!?おかしいだろ!!」


 拳を握りしめながら、レオが叫ぶ。


「ふふっ。坊主を見てると、昔の俺を思い出すなぁ。……俺はもう、運命ってやつに慣れちまったのさ」


 男がキャンバスを見つめながら話す。


 絵の中の老人は、見る者の人生のすべてを見透かしているような眼差しを向けている。


 今にもこちらの世界へ歩み出してきそうなほどの存在感を持っていた。


「高名な芸術家の子は、必ず成功するんだ。絵も売れる。でも、俺の絵の足元にも及んでねぇよ」


 男の眉間には皺が寄っている。


「売りに行こうとしたら、転んで泥まみれになったり、盗まれたり、破かれたりするんだ。……あいつらの絵は、下手でも流行になるっていうのに」


「琥珀都は文化の街。でも、ほとんどが盗作なの。才能に恵まれた下級階層の作品を、運命に愛された上流階級の人間が安く買って、自分の作品と偽って売っている」


 エルシアが目を瞑りながら、言葉を口にする。


「あんた、琥珀都によく来るのか?」


 男がなぜそこまで知っているのかと、エルシアに尋ねる。


「……知識として知っているだけよ」


 目を泳がせながら嘘をつくエルシアを、ノーラがニヤニヤしながら見つめている。


「嘘つき」


「黙ってなさい」


 本当は昔来たことがあるだけだが、長命種であることをバレてはならない。エルシアはフードを被って長い耳を隠し、レオは帽子を被って小さな角を隠している。


「あんたはさ、今のままでいいのか?」


 小声でやり取りをしている二人を横目に、レオが質問する。


 男は一瞬だけ目を見開いたが、すぐに笑みを浮かべ、ゆっくりと首を振った。


「だって、仕方がないだろ?」


 この世界では、なにかが永遠に終わらない。


 琥珀都のそれは階級社会だ。


 生まれたときからそうなのだから、誰だって受け入れてしまうだろう。


「それでも」


 ノーラは男の瞳を真っすぐに見つめながら、問いかける。


「あなたは変わりたい?」


 問いかけに対し、男は一瞬だけ視線を足元へ落とした。


 しかし再び顔を上げたとき、そこに躊躇いはなかった。彼は食い気味に、激しく頷いてみせた。


「ああ。変わりたい。運命に人生を縛られたくない」


 男の告白に、ノーラは黙って頷く。


「私も同じだよ」


 そのために、私は終焉を与える神、テレスフィアを蘇らせる。


「まっ、文句言ったところ変わらないんだけどな」


「そうだね。どれだけ手を動かしても変わらないんだから、狂った世界だ」


「違いねぇ」


 そう言って、男はすっかり冷えたブールパンをかじる。


「そろそろ行かないと、琥珀都に入れないわよ」


 いつの間にか、あたりはすっかり夜の帳が下りようとしていた。


「やばいね。野宿になっちゃうかも」


「それは嫌だから走るぞ」


 そう言い終わるや否や、レオは振り返らずに走り出した。


「さよなら。絵、すごく綺麗だった」


「おう。……ありがとな」


 三者三様の足音が地面を乱打し、琥珀都に向かって勢いよく近づいていった。




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