第11話 見えない傷 Side レオ
ノーラが後方で二人の男と追いかけっこをしている頃、レオは五人の男に包囲されていた。
「おいガキ。身ぐるみ置いてけ。そうすりゃお前は見逃してやる」
リーダー格と思しき巨漢の男が、メリケンサックを見せつけるようにして言う。暴力に慣れきった、嗜虐的な目つきをしている。
「断る」
レオが自然体で立ちながら答える。肩の力を抜き、呼吸を整えている。
「あの女が心配か?安心しろよ。俺たちは女の子には優しいんだ。そうだろ?」
巨漢の言葉に、残りの男たちは薄汚れた歯を見せて笑っている。
「ノーラのことはいつも心配している。でも、強さに関しては心配していない。それにノーラは……四肢を失っても口で剣をくわえて戦うような化け物だから、負ける未来が想像できない」
信念……執念の塊。それがノーラという人物だ。
「そいつは恐ろしいな。怖くてちびっちまいそうだ」
巨漢の耳には冗談と聞こえたのだろう。残りの男たちに目配せを送ると、レオの死角を意識し、じりじりと包囲網を狭めてくる。
レオは主導権は渡すまいと、鋭い踏み込みから巨漢の喉元へと突きを放つ。だが、巨漢は半歩下がって致命傷を避けると、ニヤリと笑った。
「掛かったな」
突きが伸びきった瞬間、横合いから素手の男が飛び込んできた。レオの一撃を角材を盾に防いだ男だ。
レオは咄嗟に割り込んできた男の顔面へ回し蹴りを叩き込む。ゴシャ、と鼻骨が砕ける感触。普通ならこれで失神するはずだ。
しかし、男は血を噴き出しながらも止まらない。白目を剥きながらレオの右足を両腕で抱え込み、万力のように締め上げた。
「捕まえたぞォ!」
「チッ……!」
スラム街を長年生き抜いた者の耐久力を舐めていた。
機動力を封じられたレオへ、残る四人が殺到する。ダガー使いの刃を身を捻ってギリギリで回避するも、背後からは鉄棒が迫っている。
「仕方ないか」
レオは覚悟の言葉を吐くと、拘束された右足の骨がきしむのも構わず、軸足を用いて地面を抉るように回転する。そして、抱きついている男の巨体を無理やり盾にした。
ドゴッ!
仲間の鉄棒が、盾にされた男の背中を強打する。
男の腕が緩んだ一瞬の隙。レオは右足を強引に引き抜くと、そのまま男の側頭部へ、全体重を乗せた肘を落とした。
今度こそ男が沈むが、その代償としてレオの右足は痺れ、動きが鈍る。一人を倒したが、状況は悪化していた。レオは痺れる右足を叱咤するように叩く。
「囲め。もう素早く動くことはできねぇよ。距離を取って少しずつ削っていけ」
巨漢から冷徹な指示が下される。
レオは帽子を深くかぶり直すと、自分に言い聞かせるように呟いた。
「ノーラみたいに無茶をするつもりはない。無茶をしなくたって勝てる相手だ」
レオが再び踏み込み、巨漢へと突きを放つ。足の負傷の分先ほどよりも速度が遅い。
案の定巨漢は反応し、レオの拳に向かってメリケンサックを合わせる。巨漢はレオの拳が砕けるのを予想したのだろう。得意げに笑った。
ガツンッ!
「は?」
巨漢の間の抜けた声が響く。
拳とメリケンサックがぶつかったというのに、まるで金属同士が衝突したような音が鳴ったのだ。
レオは呆然としている巨漢の太い腕を掴み、強引にその巨体を背負い上げた。全身を使い、ハンマーを振り下ろすように地面へ叩きつける。
「ぐぎゃっ」
レオの背後に迫っていたダガー使いを下敷きにして、巨漢は大の字で敷石に倒れる。
下敷きとなったダガー使いの様子は見えないが、頭部が位置する場所を中心に、大量の血が広がっていく。
「武闘大会ではこういう戦い方はできないからなぁ」
レオは無傷の拳を見つめながら呟く。エルシアの薬が完成すれば、竜人の硬い肌に頼ることもできなくなる。
「クソガキィ!どんな小細工を使った!?」
巨漢が憤怒の表情を浮かべて叫ぶ。レオは巨漢が起き上がるまでの時間を活用して、残った二人の男を仕留めにかかる。
巨漢を挟んで右側の鉄棒を持った男へと距離を詰めるが、レオの脇腹に横殴りに放たれた鉄棒が迫る。
レオはそれをハードル走の要領でヒョイと跳び越えた。
右足を先行させて鉄棒の軌道上をまたぎ、後からついてくる左足で鉄棒を振るう男の横面を蹴り抜いた。回避と反撃、一石二鳥の空中殺法だ。
「がっ……」
鉄棒の男の首はあらぬ方向へと曲がり、断末魔を漏らす。
「あと二人だな」
レオがそう呟くと、巨漢は最後の一人となった仲間に目配せを送り、くるりと背を向けた。
「逃げるぞ!あの足じゃ追いつけねぇ!」
そう叫びながら、恥も外聞も投げ捨て、脱兎のごとく逃走を始めた。
「はっや。……最後まで戦いたかったんだけどな」
レオは不完全燃焼だと言わんばかりに溜息を吐くと、握っていた拳から力を抜いた。酷使された右足が抗議の声を上げている。
「歩くだけなら問題ないけど、後でエルシアに治してもらわないとな」
初めの頃は、このような見えない傷を負っても仲間に報告しなかった。ノーラのように心配をかけたくない、ではなくかっこつけたかったからだ。
だが、ノーラと旅をするうちに、負傷すればすぐにエルシアに報告するようになった。
「さてと、ノーラと合流しないとな」




