……うん、分かってるよ。
「……約束、とは何のことでしょう? お嬢様」
「あら、まだとぼけるつもり?」
「……いえ、そういうわけでは……」
……うん、分かってるよ。お嬢様の言いたいことは。分かってるけど、それでも……
『――ごめんなさい、藍良さん。貴方の気持ちには応えられないわ。だって、私が好きなのは貴方なのだから』
かつて、あどけない笑顔で告げられたお嬢様の言葉。どうか、兄さんだけを見てほしい――そう懇願した僕に対する、お嬢様の言葉。
「――あの日、まだ子どもである私とそういうことはできないと貴方は言った。だったら、私が大人になったら応じて下さるということよね? 婚姻という社会的儀礼を経て、今や立派な大人となった私であれば、応じて下さるということよね?」
「……それは」
そう、柔らかな微笑みで尋ねるお嬢様。だけど、煌々と輝くその瞳は決して僕を逃がさない。
……実際、具体的な約束など何一つしていない。だけど、年齢を理由に先延ばしにするくらいしかできなかった。それは、そもそも僕の立場が圧倒的に下であること以上に――
「……その、例えばですが……僕が芳しい返答をしなかった場合、どうなるのでしょう?」
「……そうね、それは残念だけど、致し方のないことね。押し付けるわけにはいかないもの」
「……でしたら、その――」
「――でも、他ならぬ貴方から拒絶されたとなれば私も平静ではいられないでしょう。明日の夕方頃、職務からお帰りになるであろう柑慈さんに対し、平生どおり振る舞えるとは正直思えません。そうなれば、優しい彼はそんな私を心配して話を聞こうと――」
「――いえいえ、拒絶なんてするわけないではありませんかお嬢様! ……その、ちょっと尋ねてみたかっただけでして……」
「あら、それなら良いのだけど。それにしても、流石に意地悪が過ぎるわよ藍良さん」
「……はは、申し訳ありません」
莞爾とした微笑みを浮かべ滔々と話すお嬢様に対し、たどたどしく謝意を伝える僕。……そう、それだけは絶対に駄目だ。兄さんを傷付けることだけは、絶対に――




