呼び込まれた男
またアンタか……いいからアンタに話すことなんか何もないって言ってるだろう?あのことは俺にとって大きな傷なんだからよ……そりゃそうだ。警察が来たって俺を捕まえることなんてできないさ。正確に言えば裁判所のオッサンどもでも裁きようがない。まぁ俺としては今すぐ絞首台で首吊りたいんだがな……それほど悪い話と思ってる。どうせアンタも信じないだろ?俺がしたことと経験したことについてはさぁ……しつこいなぁ……一回だけだぞ?二回目の話はしないからな。聞き漏らしたらお前が悪い。音声も取るなよ?そう、今の手元のメモ用紙にだけ書け。話が長いから要点だけになるけどな
あの日俺は町はずれのスーパーに行ったんだよ。俺の住んでいる家からはあまり来ない方向だったんだけれども、あの日どうしても出なきゃならない用事があってさ…で、俺は用事を済ませて家に車で帰る途中あそこに寄ったんだ。そこそこ大きなスーパーで人もそれなりにいた。俺は買い物を籠に入れて歩いて行った。まぁあれだけのスーパーだ。流石にいつもの商品も不自由なく買えたさ。
レジに向かって歩いている途中にな……どこかからか軽快な音楽が流れてくるんだ。まぁ別に不思議なものでもねぇさ……たまにあるだろ?音楽を鳴らして客を呼び込む機械が。それがあの店には置いてあったってだけだよ。まぁそれだけなら良かったんだけどな。あんな音楽が流れているならそれがどこに置いてあるんだろうって気にならないか?俺は気になった。まぁ結論を言うとそれが運命の分かれ目だったんだよ…
話を戻そう。俺が見まわすとそれを鳴らしているであろう機械がどこにも無いんだ……そうなると気になるのが男の性、きっと商品の陰に隠されているんだろうと言うことで見つけに行ったんだ。でもその方角を見ても何もない。いつも知っているあの形では無くて小型スピーカーで流しているのかとも思ったが、その様子すらないんだよ。当然俺は気になってずんずん進んでいく。今思えばそこで術中にはまったのかもしれないな…
途中とある白髪の男とすれ違ってから進んでいくうちに気づいたんだ。あれこの店こんな広かったっけと?いくら何でもたかがスーパー。大の大人がそんな歩ける広さなんてないじゃないかと……それどころじゃねぇ……そもそも人はどこに行ったんだ。いやそもそもその機会の音楽以外の音は?人の話し声どころか商品の音、いや商品すら無かった…俺は気づけば誰もいない、何もないところに放りだされたのさ…
視界が急に暗くなり、俺は恐怖で震えた。そして気づいたんだ……あれは軽快な玩具じゃない、俺をこの空間に呼び込むための装置だったんじゃないかと……当然スマホも圏外扱い、俺は歩いても歩いてもどこにもつかない。壁にも当たらない。そもそも歩いても疲れないし、腹も減らないんだ。でも俺は恐怖に震えてしまった。
何かの本かテレビ番組で軽く見た程度の話だが、人間って何もない空間に閉じ込められるとそれだけでも発狂するらしいな。それがまさしくあの瞬間だったんだろう。音楽が流れ続け、時計すら動かない世界で俺は時間の感覚が狂った。俺は今何分閉じ込められたのか……いや既に何年間の話なのか……俺はいつ出られるんだろうか、その不安が俺の心を暗く染め、押しつぶした。俺は柄にもなく涙を流した。何度も舌を嚙み切ろうとして失敗した。首も絞められない……死すら許されない永遠の環境だった。
まぁ俺がアンタの前でこの話をしている時点で俺は永遠の時を閉じ込められることは無かったわけだが……その解放の瞬間は突然来た。うずくまっている俺に急に光が差し込んできて俺は一瞬誰かとすれ違い、そのままスーパーの通路にうずくまっていた。時計を見ると2時間経っていたよ。当然周囲からは好奇の目さ。まぁあそこが俺が普段活動している地域から外れていたのが不幸中の幸いかな?クスクス笑われるので俺は急いでレジに走ってそのまま飛び出すように店を後にした。あれ以降あの店には行けないさ。
でも後で考えたんだ……俺は何で外に出れたんだろうってな。それは……俺の後にあの空間に呼び込まれた奴がいたからじゃないかってよ……そう言えば俺が入る前も別の白髪の奴とすれ違った。そいつは俺の前の奴だったんじゃないかって……そして後にももう一人別の奴が。
悪いが俺はその二人の素性はおろか顔すら知らないんだ。相手も知らないだろうよ。そこは決して嘘じゃないし警察に来られても、仮にお前に100万積まれて取材されても期待に応えられないところだ。でも思ったんだよ。俺の後にあそこに呼ばれた男は今もあの空間に閉じ込められているんじゃないかってさ……俺はそれが気が気じゃなくて夜もまともに眠れねぇ。そこはあの孤独を知ったものだけが共有できる話だな。
そのスーパーで行方不明になった男だっけ?行方不明になってからもう一週間か……俺は写真を見せられても顔が分からないから同一人物だとは保障できないがね……俺が2時間であれだったんだ。単純に期間を倍にすると考えると…その間この男は……想像しただけで吐き気がしてきたよ……帰ってくれ。後決してあのスーパーに近づくことは勧めないからな。