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賢者の石  作者: 黒孤大流
3/6

再開と新たな出会い

 舞台はシッドとハルの奇妙な出会いに場面へ戻る。

 時刻はちょうど正午を迎えたところだった。

「なぁ、ハル、今恋人はいるのか?」

「いないけど、君、それで一体何個目の質問だい?」

「41個目」

「数えてたんだ......」

 奇妙な出会いを果たした二人はいまだシッドの眠っていた部屋で話をしていた。話といってもシッドがハルに質問して、ハルがそれに淡々と答えたり答えなかったりするほとんどインタビューのようなものだった。

「それじゃ、42個目の質問なんだけど」

「もう勘弁してよ......」

 ハルは尽きることのないシッドの質問攻めに辟易としていた。

「ハルは一体何歳なの?」

 ハルが答えるためにか、ため息をつくためか口を開いた瞬間、部屋の扉が開いた。

「おお! 話し声がするとおもったらやっぱり目が覚めてたんだな」

 扉からシッドと同じか少し小さいくらいの獣耳の生えた日に焼けた女が大口を開けながら入ってきた。

「ステラ、ノックぐらいしたまえ。一応病室なのだから」

「ステラ?」

 シッドはハルが読んだ名前に聞き覚えがあった。それまではステラと呼ばれる獣人には一瞥もくれずハルを眺めていたシッドであったが、そこでようやく獣人の方をみた。

「久しぶりだな、少年」

「ええと、うーん、久しぶり......だな」

 シッドのその顔に懐かしさを覚えた。しかし、一体どこであったのかは思い出せない。かなり昔にであった人物なのだろう。

「さては、ちゃんと覚えてないな。まぁ、無理もない十年も前のことだからな」

「……10年前? もしかして先生なのか?」

「おお! 思い出したか! そうだ、そうだ、お前に剣を教えた先生だよ」

「いや、でも、前と毛の色が違うし、やっぱり別人か」

「人の話をきかないことも変わってないな!」

「……この感じは昔からなんだ」

 ステラはガハハと豪快に笑い、ハルはこれまでのシッドの行動が通常運転だということを知って肩を落とす。

「はぁ、ちょっとついていけないから聞くけど「何でも聞いてくれ!」……、君たちは知り合いなの?」

「そう! 昔俺に剣を教えてくれた先生......のはずだ!」

「のはずはいらないよ」

「ふーん、そんな偶然あるんだね」

 ハルは自分から聞いた割には興味がなさそうだった。

「偶然というか、少年は、少し頭は弱いけど、幼い頃から戦うセンスだけはあったからな。『剣』になるのはある意味では必然だったんだろう」

 ステラはシッドの頭をポンポンと叩く。そこにはこれまでの苦難を乗り越えたことへの労いと称賛が込められていた。表情には自然な笑みが浮かんでおり、まるで出来のいい息子を自慢する母のようであった。

 シッドは居心地が悪かったが、振り払いはしなかった。

「なぁ、ハル、必然ってどういう意味だ?」

「……少しじゃないかもしれないが」

「……運命とか、なるべくしてなるとかそういう意味だよ」

 ステラの笑顔が苦笑いに変わった。

「運命! それはいいな! 俺がハルの剣になるのは必然だった。これであってるか?」

「あぁ、絶対余計なこと言っちゃったぁ」

「ん? 少年、やたらハルに肩入れするじゃないか? まさか、一目惚れじゃないだろうな?」

「よくわかったな、その通り、一目ぼれだ!」

「……まじか」

 ハルの気まずそうに顔を赤く染める。

「大マジだよ! だってこんなに可愛いんだ! 最初は天使かと思ったくらいだ」

「天使か、ハハッ、そいつはいいな」

 ステラは照れているハルの方を見る。

「ハル、どうやら心配ごとは杞憂に終わりそうだな」

「別の心配ごとができたけどね」

 ハルはそっぽを向いたまま、ステラの方を見ることはない。

「心配ごと?」

「気にしなくていいよ。それより私も聞きたいことがあるんだけど」

 ハルはシッドの疑問に言葉を被せる。

「君はいったいなんだってあんなところにいたんだい?」

「あんなところ?」

 シッドはハルの質問の意図が分からず首を傾げる。

「山のふもとさ。オデロト側のふもとで、気を失って倒れているところを私が見つけて、ここまで連れてきたんだけど。そのまえの記憶はどれくらいあるんだい?」

「そうだったのか」

 シッドはハルに夢中になるあまり自分がなぜ部屋の中にいるのか全く気になっていなかったが、言われてみればどうやってこの部屋に来たのか全く知らないことに気が付いた。ハルでいっぱいになっていた脳みその整理して、この部屋に来るまでの記憶を辿ってみる。

「んー、山の中腹でオデロトの光が見えたところまでは覚えているんだけど、そのあとは曖昧だな」

 シッドの頭の中には靄がかかっていて何か重要なことを忘れているそんな気がした。

「今朝、ハルが少年を見つけたところから上に登って調べてみたんだが、がけ崩れの形跡が見つかった。運悪く巻き込まれただけなんじゃないか?」

「でも、あの辺は道幅も十分にあるはずだろう? 月明りでも十分足元は見えただろうし、わざわざ崖の近くを通るのかな?」

「少年のことだ。オデロトの光が見えて興奮して、崖の方に向かって、足を踏み外したんじゃないか?」

「先生。俺のこと馬鹿にしているだろう」

 ステラはシッドが何らかのミスで崖から転落しただけだと思っているのか楽観的な様子だった。

 一方で、ハルは何かが引っ掛かる気がしているのだろうかすっきりとしない表情だった。

「明日、私も現場に調査に行ってみるよ」

「残念だが、少年が回復するまで都市の外へでることは許可できないよ」

「え!? どうして!?」

 ハルは目を見開いて、すっとんきょうな声を上げる。

「万が一のことがあったら困るなんてことじゃすまないからな。昨日は油断して町の外に出してしまったが、今日からは私の目を掻い潜ることはできないよ」

「そんなぁ、まだこの地域の植生すら調べ終わってないのに」

「家の中でもできる研究はいくらでもあるだろう。先にそれをやったらいいさ。というか、まずは部屋の掃除からだろう」

 ハルはがっくりと肩を落とし、ぶつぶつと文句を言っている。文句をいっているあたりいうことを聞く気はあるのだろう。

「すまない、ハル。いつもならたいていの怪我は一度寝たら治るんだけど、今回は少し長引きそうだ」

 シッドは目覚めてから何度か立ち上がろうとしたのだが、体中が固まったかのように動かせず、結局一人の力では立ち上がることができなかった。痛みはさほどないのだが、体中が麻痺しているようなそんな感覚だった。

「普通なら死んでる高さなんだけどねぇ。軽く診た感じ、外傷は打撲と擦り傷くらいで、なんなら凍傷のほうがひどいくらいだったよ」

 ハルは変なものでも見るかのような目でシッドを見つつ、さらに付け加える。

「ただ、背中の火傷はちょっと気になるねぇ。摩擦でできたのかもしれないけど、服もだいぶ焼けているし。近くには落ちてなかったけどたいまつでも持っていたのかい?」

「どうだったかな。ちょっと記憶が曖昧で」

「もしかしたら魔物にでも襲われたんじゃないか? 昔から魔物を引き寄せる性質だっただろう」

 ステラは隠すことなく大きな欠伸をしていた。

「そんなのが剣になって大丈夫なのかい?」

 ハルの声には不安よりも心配がこもっていた。

「問題ない。だいたい倒してきたし、たとえ死んでもハルだけは守るから」

 シッドは胸を張って答える。

「……君と話しているとどうも背中がかゆくなるな」

「それは大変だ! 俺が掻いてあげようか」

「少年、言葉というのはそう単純なものじゃないんだぞ」

 ステラは「剣だけじゃなく、もう少しは常識も教えてあげればよかったか」とひとりごちる。

「むぅ。よくわからないが、ハルは背中のかゆみに苦しんでいないってことだな? なら安心だ」

「もう少しでいいから君は自分の考えを頭の中でとどめておく習慣をつけたまえ。これから一緒の生活していくのにその調子では、そのなんというか、私の身が持たなくなってしまう」

「一緒に生活?」

 シッドは愕然とする。

「それはハルと俺が、けっ、結婚するってことか?」

「いいえ、全く違うね」

「なら、同棲からってことか?」

「だから違うって! けど、非常に不本意ではあるけれど、同じ家に住むという点だけは同じだよ。私の身の回りの管理をこなすことも君の仕事の一つなんだから同じ家に住まなかったら何かと不便だし、なにより万が一の際に間に合わなかったじゃ困るからね」

「なるほど。つまり俺は君の召使いとして同じ家に住むというわけか」

 シッドはようやく落ち着きを取り戻して、ゆっくりと息を吐く。

「そうであっても、一つ屋根の下に二人きりというのは、ちょっとドキドキするな」

「これまた残念だが、私も一緒だぞ」

「なんだと! どうしてそんな邪魔をするんだ」

 シッドは本気の怒りのこもった目でステラを睨む。

「邪魔も何も、私もまだ剣だからね。それに崖から落ちて気絶するようなひよっこに賢者の護衛を一任するわけないだろう」

「くっ、つまり俺の力不足ということか。ハル、二人きりはもうすこしだけ待っててくれ」

「君との二人きりは身の危険を感じるなぁ」

 ハルは体を隠すように腕を組んで身を寄せる。

「少年が一人で歩けるようになったら、久しぶりに特訓をつけてやろう。だから今はゆっくり休みなさい。これまでもろくに休んでないのだろう? 気付いてないかもしれないがところどころガタがきているよ」

 ステラは悔しがるシッドをなだめる。

「さて、そろそろ私の用事を済まさせてもらおうか。ハルと少年に紹介したい奴がいるんだ」

 ステラは部屋の外にむかって「入ってこい」と声をかける。

 トントントンと3階のノックの後に、すらりとした金髪の男が入ってきた。その男は、目を薄い藍色の布で覆い隠し、手には杖が握られていた。

「やぁ、はじめまして! 僕はイグナシオ。見ての通りの盲人さ。まぁ、僕は見えないんだけどね!」

 飄々として儚い印象与える容姿とは裏腹に、挨拶は快活なものだった。自分が盲人であることを踏まえたジョークも放つが、ハルとステラはくすりともしない。シッドだけが、数瞬の時を置いて爆ぜるように笑い出した。

「ハハっ、なかなか面白いジョークじゃないか。俺はシッドだ。よろしく」

「私はハル。日の賢者だ」

 ハルはジョークは聞かなかったことにして名前を告げた。

「で、この人はいったい?」

 ハルは、ステラに向かって首を傾げる。シッドはそんな姿も可愛いなと心の中で悶えつつも、ハルが頭を動かしても火傷の跡がなかなか見えないことに気が付いた。異様に長い片側の前髪を巧みに利用して大きな後を人目に映らないように工夫していた。しかし、それも何か意識しているそぶりはない。きっと隠すことが習慣になっているのだろう。なんてもったいない。

「今度から私たちと一緒に住むことになる。職業は鍛冶師だ」

「えっ? 一緒に? ステラ、あそこは一応私の家のはずなんだが......」

「細かいことは気にするな。私の家においても彼ひとりでは生活が難しいだろうからな」

「鍛冶師なのか? じゃあ、イグナシオ、俺は実は棒振り……っと、今は剣なんだけど俺の武器も打ってくれるか?」

「シッド、まだ私が話してるから黙ってて」

「……」

「ははっ、もう尻に敷かれてるんだ」

 シッドが口を閉じると、イグナシオはお腹を抱えて大笑いする。

「まだ理由を聞いてない。盲目なのは大変だけど、なんでそんな急に」

「こいつは私がお世話になっていた鍛冶師の弟子なんだ。先日親方が病でなくなってしまって、そのあとはその息子が跡を継いだんだが」

「ちょっと喧嘩になって思いきりパンチしちゃったんだよね。そしたら追い出されちゃった」

 イグナシオはあははと口をあけて笑っている。

「……ヤバいやつじゃないか! 私はこれでも賢者なんだぞ! もっと大切にしたまえ!」

 ハルはしばらくわなわなと震えた後、爆発したように叫んだ。

「そうだ、先生! イグナシオがハルに手を出したらどうする!」

「そっちに関しては少年の方がよほど怖いけどな。ほんと、絶対手をだすんじゃないぞ」

 ステラは不安そうな顔で、シッドに言い聞かせる。それはまるでしつけのなっていない犬になにかを教えているかのような話し方だった。

「大丈夫! 僕、めったに怒らないから。それに、シッド、僕はこう見えて面食いだから安心して。まぁ、見えないんだけどね!」

「おいおい、ジョークのセンスはいいが、失礼な奴だな。それにハルは超がつくほどかわいいぞ」

「ほんと? 意外だね。かわいい子ってもっと自分に自信もってる子が多いからさ」

「まだ自分の可愛さに気づいてないだけさ」

 シッドとクリスは互いの顔を近づけあって、コソコソと話す。もっともこの決して広くない部屋ではこの場にいる全員がその会話の内容を聞き取ることができた。

「だとしても、ちょっと歳が離れすぎてるかな。僕は今年で16だけど、ハルは12歳くらいの声だもの」

「同い年なのか。いや、でも、さすがに13歳は過ぎてるだろう。 子供っぽい顔つきだけど、案外14歳くらいかもしれない」

「……私は今年で17歳だよ、クソガキども」

「「えっ⁉︎」」

 ハルは二人の方を強烈な目つきで睨んでいた。幼く見えることを気にしているようだ。

「東の国の人はやたら若く見えるからな。少年たちが判別できなくも無理はないさ」

「はぁ、なんか賢者ってもっと敬ってもらえると思っていたんだけどなぁ」

 ハルは眉間の力を抜いてため息をついた。落ち着いた雰囲気はあるが、感情の表現自体は素直にする性分らしい。その動作もこどもっぽさを助長していた。

「まぁ、盲目ならば私と暮らしても不快な思いはしないだろうし、節度を守ってくれるなら住んでくれて構わないよ」

「あ、ほんと? どうもありがとう、賢者様」

「いいのか、ハル!? 襲われたらどうするつもりなんだ!?」

 シッドは再び動かせるだけの体を動かしてできるだけ体をハルの方へと寄せる。

「すこしは落ち着きたまえ。彼はどう見ても戦闘の訓練を積んでいないだろう。いくら膂力に差があっても、不覚を取ることは万が一にもないよ」

「ぐ、でも、寝ているときに襲われたら」

「しばらくは結界でも張って寝るつもりだから問題ないね。どちらかといえば君対策だけど」

「それでも万が一があるかもしれない!」

「万が一って......もうこれは私の決めたことだから覆ることはないよ。一体どうしてそこまでこだわるんだい?」

 ハルは呆れていたように肩をすくめ、頭を押さえている。

「どうして? 決まっている! こいつがとんでもなくイケメンだからだ!」

「へぇ、そう? 照れるなぁ」

 シッドが声高らかに宣言すると、ハルは再び大きなため息をついて、イグナシオは照れるふりをしておどけ出した。

「あぁ、なるほど。 少年はハルがイグナシオに惚れないかが心配なのか」

 そんな中、唯一冷静にシッドの心を正確に分析したのはステラだった。シッドはイグナシオを一目見た時瞬間に、この男が世界で最も美しい男であると確信していた。美しい金髪を後ろに流し、目元こそ布で覆っているが、鼻の高さや唇の形、眉毛の生える毛のどの一本を取っても完璧と言わざる負えないほどの造形だった。隠れている目元さえも、布から透けているぼやけた輪郭がそこに完璧が存在すること仄めかしている。「美」という観点において、この世界の男の頂点に立っているのはこの男に違いない。

「ふーん、彼はそんなに精悍な容貌をしているのかい?」

 ハルはステラの方を向いていた。

「ん? まぁ、確かに。今まで見た男の中で一番きれいな顔をしているのは間違いない。私のタイプからはかけ離れているのに、それでも魅力的に映るんだから。きっと誰から見てもそうなんじゃないか?」

「ハルはイグナシオの顔を見てもなにも思わないのか?」

「私は視力が弱くてね、正直ここからだと、髪の色くらいしか判別できていないのさ」

 ハルは自分の前に指先で丸を描く。すると、円形の透明な水晶体が表れる。よく見ると、その円盤はわずかに美しい歪みをもっていた。

「でも、そこまで言うなら一度見てみようじゃないか」

「いけない!」

 シッドは手を伸ばして、ハルとイグナシオの間に割り込んで、ハルの視界を遮る。シッドはその円盤のようなものに見覚えがあった。それは孤児院時代の院長がかけていた眼鏡のレンズだった。つまり、あのレンズを通すことでハルはイグナシオの顔を見ることができるのだ。

「……邪魔なんだが」

「ダメだ。奴の顔は危険すぎる」

 ハルは座ったまま体を左右に動かして、なんとかイグナシオの顔を見ようとする。それに対して、シッドは手を素早く動かして、それを遮っていた。純粋な身体能力だけではシッドに軍配が上がり、ハルはイグナシオの顔を拝むことはできなかった。とはいえ、シッドは起き上がることができないため、ハルが立ち上がってしまえばそれまでだったのだが。

「少年、君はけが人なんだ。あまり余計な動きをするんじゃない」

 ステラはシッドの腕をつかんで、その動きを止める。

「む」

 しかし、シッドがさらに力を込めてを動かすとその制止すら振りきってしまった。

「おいおい、私は獣人だぞ? 前にあった時も腕力には秀でていると思ってはいたが、ここまでとは。少年、君は本当にただの人間なのか?」

 彼女は獣人という人間よりもはるかに高い身体能力を持つ種族だった。それを単純な力で振り回すシッドにステラは冷や汗をかいていた。

「ああ。親の顔は覚えていないが、教会でも調べてもらったから間違いない」

 孤児院を出た後、自分が人よりも力が強すぎることをしったシッドは、まわりから鬼か何かの先祖返りではないかと、周りから半強制的に教会に連れていかれ、検査を受けていた。結果は純度100%の人間でここまで血が混ざらないことはむしろ珍しいくらいの純度だった。

「ねぇシッド。一つ提案なんだけど聞いてくれない?」

 それまでは沈黙を保っていたイグナシオだったが、このままではきりがないと思ったのかシッドに提案を持ち出した。

「なんだ? イグナシオ。 今俺は君の顔をハルに見せないようにするのに忙しいんだが」

「今ここでハルが初めて僕の顔を見るのと、あとでハルと僕が二人きりなったところで初めてみるのならどっちがいい?」

「な!? それは......前者だが......。なら二人きりにさせなければいいだけだ」

「君は今歩けないんだよね? 僕はさっさと抵抗を辞めて、いまここで見てもらった方が君の心は穏やかだと思うよ」

 シッドはイグナシオをきつい目でにらみつけるが、それが彼になんの効果も持たないことは明らかだった。しばらくの沈黙の後、シッドは覚悟決めたかのように手を降ろした。

「やれやれ、これでやっと私も彼の顔をみることできるよ」

「ハルが立ち上がってシッドの手の届かないところまでいけばもっと早くみれただろうけどね」

「……もちろん気づいてはいたとも。ただ歩くのが面倒だっただけで」

 ハルの目線はどこを見るでもなく虚空をさ迷っていた。

「そんなことよりだ! それではさっそく見せてもらうよ」

 ハルはごまかすようにレンズを自分とイグナシオの間に位置させて、きゅっと目を凝らす。

「これは......」

 ハルはなにかを言いよどんで目線を逸らすと、開いていた右の手を手首を中心として弧を描くようにして回しながら拳を作る。作り終わるとレンズはゆっくりと蒸発するように消えていった。ハルの頬はほんの少し赤らんでいた。

「ハル。男の魅力は顔だけじゃない。俺は剣を振れるし、あと、重いものもたくさん運べるぞ」

 シッドは当然その変化を見逃していなかった。

「少年、さすがにあの顔を見て照れるなっていうのは年頃の少女には無理な相談だよ」

「別に照れてないけどね」

 ハルは照れ隠しをしたかったのかシッドの方をじっと見つめる。

「それにしても、ステーキとパンぐらい差があるね」

「イグナシオがステーキなら、おれはパンなのか......」

 シッドはイグナシオと自分の顔の作りの差に肩を落とす。

「気にするな少年。パンを嫌い人はそんなにいないさ」

「私はお米派だけどね」

 落ち込むシッドをフォローするステラ。そこにすかさず追い打ちをかけるハル。さらに落ち込むシッド。その姿をさすがに見かねたのかハルが自ら助け舟を出した。

「ステーキは高級品だけど、私の好物というわけではないよ」

「つまり、まだ惚れてないということか?」

「そういうことになるね。第一、一目惚れなんて早々するものじゃないから。君の脳が落下の衝撃か何かでおかしくなっているだけで、人はそう簡単に人を好きになったりしないよ」

 ハルは「君も早々に正気を取り戻してくれるといいんだけどねぇ」と無表情につぶやく。その声はとても小さくこの場でその声を聞き取ることができたのは唯一イグナシオだけだった。

「……僕はシッドのこと応援してるからね!」

「本当か? それは助かる。とりあえずその辺でお面を買ってきて、ハルの前では常につけるようにしてくれ」

「それは暑いからいやだね」

 出会って間もないのにシッドとイグナシオはすでに友人のように打ち解けていた。

「仲のいいことは結構だ。だが、私にもいろいろやることがある。イグナシオを家まで案内することもそのうちの一つなんだ」

 ステラは「ということで」とイグナシオの腕をつかむ。

「ささっと怪我を直すんだぞ。まちがっても訓練をしようなんておもんじゃないからな」

「またね、シッド、それとハルも」

 ステラはイグナシオを連れて部屋を出ていった。

 こうして部屋のなかにはまた二人きりになった。

「なぁ、ハル、1つ聞いていいか?」

「これで43個目だけど? まぁいい、もうこの際何でも聞き給え」

 ハルは立ち上がって窓の方へと歩いていく。シッドはその後ろ姿に見惚れていた。長い黒髪は腰ほどまであって、その一本一本が生きているかのような艶やかさを放っていた。

「その火傷はどうしたんだ?」

「……なんでもとはいったけどね」

 ハルはこちらを振り返ることはなかった。彼女は右手を上げて火傷があるのだろうところに添える。

「魔人につけられた。それもただの魔人じゃない。私の両親を殺した魔人だよ」

 ハルの声は無機質でそこに感情などこもっていないかのような口ぶりだ。しかし、シッドには不思議と彼女が抱えている憤怒の感情を感じ取ることができた。

「この傷をみるたびに私は胸を引き裂かれそうな思いになる」

 まだ日の高い時刻の窓は、彼女の姿を映すことない。それでもハルは窓を見つめていた。

「でもこの傷のおかげで私は復讐を忘れないでいられた」

 ハルはようやく振り返って、髪をかき上げる。隠していた火傷が露わにある。シッドはその姿に思わず息を飲んでいた。

「だからこの傷は私の復讐の証。いつか必ず両親の仇を討つ。それを忘れないための呪いさ」

 言い放つハルの瞳の奥には青い炎が燃えていた。

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