月蝶桜花。
ー響視点ー
「桜花の名前を決めよう。」
ある日の朝、怜燈兄さんにそう言われた。
「名前はあるわよ?」
兄さんの言っていることが理解できず、首を傾げた。
「あー違った。名字、名字を決めたいんだ。」兄さんはそう言った。
「私達と同じじゃ駄目なの?」
そう言うと兄さんは、少し笑って
「俺達も名字違うだろ?
俺は月夜。響と紫音は蝶花。どちらも、俺達だけの大切なものだろ?
桜花にも、彼女だけのものをあげたいんだ。」
そんなこと考えたことはなかった。
「蝶花。これは父様の名字だ。」
あの燃え上がる炎に、私は家と共に捨てた。
兄さんは、覚えていてくれたのだ。
ずっと側にあったのに、私が見ようとしていなかった。
名前は証なのだ。私がここに生きたという証。
「候補はあるの?」兄さんに問いかけると
「実は、安直だけどさ、月蝶がいいなって思ってるんだ。桜花は俺と響と紫音の妹だから。
一人じゃないよ。って伝えたい。」
そう言われた。
「……そうね。うん、良いと思うわ!」
みんなが一つになれたようで、胸の奥がじんわりと暖かくなった。
きっと今の桜花にはわからないだろう。
伝えよう。
いつかあの子が、心から笑えるようになったその時に。
空は透き通るように蒼く、日差しが暖かかった。
ー桜花視点ー
「桜花!君の名前は月蝶桜花だ。」
ある日の昼下がり、怜燈さんにそう言われた。
意味はわからなかった。だけど怜燈さんの声は、優しかった。
私は、頷いただけだった。
(月蝶桜花。桜花。)
ただ、頭の中では名前がずっと響いていた。
記憶の中の小さい私が、笑った気がした。
白黒の世界が淡く色づき始めた。




