その色は桜と共にあらわれた。
私の瞳に映る世界はいつも白と黒で出来ていた。
傍から見ればとても恵まれた世界にいたんだと思う。
そこそこの裕福な家に生まれた。
生活に必要なものはすべて与えられ、暖かい寝床もあった。
けれど、父と母と呼べるはずの人達は、いつも私に冷たい目を向けていた。
理由は全く分からなかった。
ただ、私をいないものとして扱い、何かすれば罵った。
いつも独りで泣いていたのに、気づけば涙は出なくなっていた。
そして私は、何も感じなくなっていた。
あれは確か暖かい春の日の、昼過ぎだった。
私の住む小屋から少し離れた母屋から、笑い声が聞こえてきた。
気になって見に行くと、そこには私より少し幼いよく似た小さな女の子がいた。
彼女は両親と庭で笑っていた。
最初はただ眺めていただけだった。
それだけで良かったのに、あまりに楽しそうだから近づいてしまった。
音を立てないように、ゆっくりと近づいた。
最初に気づいたのは母だった。
私を見るなり相変わらず化け物を見るような、怯えた目をしながら
「近寄るな!!」と悲鳴に近い怒鳴り声をあげた。
その声で、父と小さな女の子もこちらに気づいた。
母の怒声に驚き、思わず尻もちをついてしまった。
そんな私を、怒った顔の父が胸ぐらを掴み、思い切り殴ってきた。
それに驚いたのか女の子が泣き出した。
父はさらに怒り、何度も殴ってきた。
ぼやける視界の中で見た怒った父の顔。
女の子を守ろうとする母、泣くことを許されている女の子。
「パリンッ」何かが割れる音と共に、目の前が真っ白になった。
気がつくと、目の前には歪な形になった木。
周囲は強い檜の香りと、血が滴る音が満ちていた。
心臓の音だけが、やけに大きかった。
「あはは……」
これは私がやったんだ……
思いに共鳴するかのように、木々が揺れた。
しばらくするとだんだん辺りが騒がしくなり、自分のした事に手が震えた。
私はその場から逃げ出し、家から飛び出していた。
それからの記憶は、頭に靄がかかったみたいにはっきりとしない。
ただ日頃、動かしたことがなかった体を無理やり動かした。
ただ、走り続けた。
次第に何が怖かったのかも、わからなくなった。
気づけば胸の痛みは、消えていた。
どこかの森で、誰かに声をかけられた気がした。
警告するかのように、木が揺れる音がした。
そこで記憶はまた途絶えた。
気づいたら、たくさん子供のいる夫婦の家にいた。
怒りっぽく暴力的な夫婦は、いつも私や他の子供達を殴ったり蹴ったりしてきた。
昨日まで、隣で俯いていた子が次の日には冷たくなっている。
そんな光景が当たり前だった。
「サン」だってそうだった。
倒れた私を庇って、消えていった。
サンの身体は、ゆっくりと冷たくなっていった。
ただその表情は、穏やかだった。
しかし、子供がいなくなることは決してなかった。
一週間もすれば、新しい子供がいた。
そんな日常に、ある日変化があった。
家に小綺麗な身なりの男がやってきたのだ。
男は私を見て指さした。
夫婦は私を放り投げた。
男は私を縛り、縄をつけて歩き始めた。
私は大人しく付き従った。ただ流されるままに。
気づけば、街に出ていた。
人々は私をなんとも言えない目で眺めていた。
ある女の人は子供の目を覆い、ある男の人は目を逃げるように立ち去った。
街は、侮蔑、恐怖、好奇……無数の視線が溢れていた。
そんな異様な雰囲気の中、私達に声をかける人はいなかった。
男と共に一時間程歩いた頃だっただろうか。
男に話しかけた人がいた。
何を話しているのか分からなかった。
しばらくして、急に不機嫌だった男の雰囲気が変わった。
その後すぐに男は、私を繋いでいた縄を外し、へりくだりながら去っていった。
私の瞳に二人の少女が映った。
二人ともとても綺麗だったが、表情は全く違った。
桜の着物を着た少女は、とても穏やかそうな慈愛の笑みを浮かべていた。
藤の花の着物を着た少女はなんとも言えないような侮蔑の表情をして、
男の去って行った方を睨んでいた。
その後、二人の少女に手を引かれ山に登った。
歩くなかで二人は軽く自己紹介をしてくれた。
桜の着物の少女は響といい、歳は十歳。
藤の着物の少女は紫音、六歳だと言った。
二人は姉妹で、街には生活の品を買いに来ていたそうだった。
しばらく山を登ると、二人は整備された道を外れ獣道に入っていった。
十分ほど歩き続けると、少し開けた場所に出た。
そこには一人の少年がいて、私達を見て少し驚いたような表情を浮かべた。
その瞳は、金色に光輝いていて、直視できなかった。




