氷と人間。
ー怜燈視点ー
辿り着いたは良いが、この後すべき事は分からなかった。
氷に触れてみたが、氷は溶けるどころか俺を拒絶した。
氷から出てくる吹雪によって、俺の身体は吹き飛ばされた。
仕方ない、一度みんなの所へ戻ろう。
そう思い霧に戻ろうとした。
その瞬間嫌な予感が走り、俺はその場を飛び退いた。
足が凍りかけていた。
「どうして……」
驚いて霧の方を見ると、来たはずの道はなく霧はなくなっていた。
目の前には、雪が吹き荒れていた。
ー響視点ー
兄さんが霧の中に消えてから、すでに二時間が経過していた。
様子を見に行こうにも花に拒絶されているのか、道など出来るはずもなく、
近づいただけで凍傷になる始末だった。
「響さん。どうしましょう。花を切りますか?」
「姉様。」
無理やり進もうとする時雨。
とても不安そうな紫音。
声には出さないが、不安そうな空気が漂い始めていた。
「兄さん……」
私も心配で堪らなかった。
このまま兄さんは帰って来ないんじゃないか、
私達は捨てられたんじゃないか、
普段ならば考えもしないような、嫌な考えが頭をよぎった。
その時、
「まだ着かんのか?
何のために大金はたいて案内させていると思ってるんだ!この愚図!!」
そんな声が聞こえた。
私が聞きたかった声じゃない。
兄さんじゃない。
どこか邪悪で、聞いてるだけで嫌になるような声が聞こえた。
慌てて、時雨達にゆっくり後ろに下がって隠れるように合図した。
私の中の何かが警鐘を鳴らしている。
これは関わってはいけない人間だ。
兄さんが不在の時に、なんて災難なのだろう。
私達と声の主の間には大岩があった。
まだこちらに気づいていない。
それだけが救いだった。
兄さんの事は心配だけ。
けれど、今はこの場から離れなければ。
そう思いゆっくりと後ずさった。
「たく、どうしてこの俺がこんなド田舎。
それも雪山なんかに毎年来なきゃいけないんだ。
どうせひ弱なガキ一匹だ。すでに野垂れ死ぬだろうに。
なぁ?そこのお前どう思う?」
「はっ!閣下の仰る通りかと存じます。」
「だろう?なのに、なぜあいつらはそうまでしてガキ一匹に拘る?
稼ぎなら今いる奴らだけで十分だろう!!」
「あの、旦那様。私は、いつまでいればよろしいでしょうか?」
「あぁ?それは俺たちが山を降りる迄に決まっているだろう?何か不都合でもあるのか?」
「い、いえ!何もありません!
た、ただ、この山は私めの住んでいた村では神聖な場所とされていたので、
関係者以外の立ち入りは禁止とされていたのです。
ましてや、この山に住まう者に危害を加えるなど禁忌でありましたので。」
「ほう?その山に大金を見た瞬間嬉々として案内しだしたのはお前だ。
最後まで付き合ってもらわなくてはな?嫌なら今ここで始末してやるぞ?」
「ひぃー!も、も、申し訳ございません。だっ、だだ、旦那様!
どどど、どうか失言をお許しください。」
そんな会話が聞こえて来た。
子供一人?私達の事ではない。
それなら一体、誰のことを……
そんなことを考えながら、私はゆっくりと下がり続けた。
後一歩で隠れきれるというところで、
「きゃーー!」と、
小さな悲鳴が聞こえた。
桜花だ。
私達が隠れた岩の奥は崖だったらしく、
桜花は私が隠れる場所を広くしようとして、後ろに下がりすぎて落ちかけたのだった。
落ちる寸前のところで、時雨が助けてくれた。
桜花は無事だった。
だけど、私達の存在は気づかれてしまった。
「そこに居るのは誰だ!!さっさと出て来い!さもなければ後悔するぞ!!」
そんな怒鳴り声と共に、こちらへ近づいてくる足音がした。
このままではみんな捕まってしまう。
「そのまま静かにしているのよ。」
そう告げ、岩陰から飛び出した。
飛び出して最初に見たのは、二十人程の人間の集団だった。
視線の多さに思わず怖気付いた。
怖い。
でも、逃げるわけにはいかない。
皆を巻き込む訳にはいかない。
そう覚悟を決め、私はそいつらの元へ歩み寄った。
先ほど怒鳴っていたであろう男は、私を見るなりどこか安堵したような顔をした。
そして、その安堵の表情に下卑た色が混ざっているのを私は見た。
男はこちらに向かって歩いてきた。
「お嬢ちゃん。こんな山奥で何をしているんだい?
迷子かな?迷子ならおじちゃんが家まで連れて行ってあげるよ。」
そう言った。
しかし、言葉とは裏腹に目には下卑た色が浮かんだままだった。
「えっと、迷子じゃないです。
薬草を取りに来たんです。もう帰るので大丈夫です。ありがとうございます。」
私はできるだけ、年相応の少女を演じた。
それでも男は引き下がらなかった。
「そっかー。偉いねー。おじちゃん尊敬しちゃうよ。
でも、もうすぐ日が暮れて危ないからおじちゃん達と一緒に帰ろうねー。」
「大丈夫です。一人で帰れます。なのでもう失礼します。」
そう言って逃げようとする私の手首を、男は強い力で握った。
「っ、痛い!止めてください!!」
そう叫ぶ私を嘲笑うかのように今度は、その考えを隠す気すらないように男が言った。
「こっちが優しくしてりゃあいい気になりやがって!
ガキが!お前は大人しく、大人の言うことを聞いていれば良いんだよ!
それになぁ、こんなところに薬草取りなんて嘘だろう?
こんな冬山に薬草なんて一片たりとも生えちゃいねーよ。」
「そんな事ないです!ちゃんと生えてました!」
そう言って視線を花畑に向け、男の意識が花畑に向いたのを確認すると、
私は力いっぱい暴れた。
逃げなければ、このままではまずい。
出来るだけここから離れなくては。
しかし、そんな私の行動も虚しく。
男の手は離れる事はなかった。
次の瞬間、目の前に星が散った。
殴られたのだ。
あまりに突然過ぎて受身がとれず私は意識を失いかけた。
それでも意識を手放す訳にはいかなかった。
「ガキが!パパとママに目上の人は敬いなさいって習わなかったのか?
あぁ?まだ生意気な目をしやがるのか?
もう一発欲しいみたいだな。旦那!いいですか?!」
「構わんが、顔はやめておけ。
偶然の拾い物だがこいつは高く売れるだろう。
価値を落とすなよ?」
「へへっわかってますよ。じゃあもう一発。今度は腹にしてやるよ!」
やられる。
思わず目を瞑り身体を強ばらせた。
しかし、いつまで経っても衝撃は来なかった。
その代わり、
「うわぁ!」
男の叫び声が聞こえ、私の体は空に投げ出された。
今度こそ来る、と思ったがその衝撃も来なかった。
私は誰かに受け止められたのだ。
そこで私の意識は途絶えた。




