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十色の追想  作者: 詩庵
出会い編。
36/45

あの日は雪の降る黄昏時だった。

私はずっと眠っていた。

ずっと、ずっと前から。

ここから出してくれる人を待っていた。


「蓮華!先に行け!すぐ追い付く!!」

そう言った兄さん達はすぐ追い付いて来なかった。

「寒い。怖いよ。ねぇね!!」そう叫ぶ、妹の椿を励ます余裕なんてなかった。

どうしてこんな事になったのだろうか。

私達家族が何をしたというのだろう。

ただ穏やかに慎ましく暮らしてたのに。


後ろを振り返るとすぐそこまで武装した人間達が迫っていた。

目の前は崖だ。道がない。

一か八か、私は椿を抱えて飛び降りた。

雪が積もっていて良かった。

私と椿は、雪が衝撃を和らげてくれたお陰で死なずに済んだ。

ただ、私の右足はどこかで引っ掛けたのか、血で真っ赤に染まっていた。

痛む足を引きずりながら進もうと顔を上げると、目の前に居たのは沢山の人間達だった。


「ここまで、ご苦労だったな。

その幼さでこの運動能力とは恐れ入った。さすが氷雪の神族といったところか。」

一番偉そうな人間がそう言った。

何の事だろうか。私達は人間じゃないみたいな言い方だ。


「さぁ、もう逃げられんぞ。大人しくするんだ。言う事を聞けば優しくしてやるぞ。

お前達の兄達も、そろそろ観念して捕まった頃だろう。後はお前達だけだ。

それとも抵抗するか?お前達の父や母のようにな?まぁ無様に死ぬだけだろうがな。」

そう言って男は嗤った。


「あー笑った笑った。

さぁこれを妹につけてさっさと妹をこっちに寄越せ。それからお前だ。

安心しろよ。お前達は揃って綺麗な顔をしているからな、大事にしてやろう。」

下卑た目で私達を見てくるその人間は、私に拘束具を投げて寄越した。


先に椿を要求するのは、私に対して人質を取るためにだろう。

こんな幼子相手によくこんな真似ができる。

兄さん達は捕まってなんかいない。

ここで私達があいつらの手にかかって、人質に取られる方がまずい。

ここから逃げなくては。

でも逃げ道がない。それに、この人数相手に椿を守りきれるか分からなかった。

身を守る力を持たないこの子には危険すぎる。


悩んでいる内に、偉そうな人間は待ちきれなくなったのか、

「誰かこのガキ共を捕らえろ。とらえた奴には褒美を取らすぞ!」

その言葉を皮切りに、後ろに控えていた人間達が近づいてきた。


どいつもこいつも、私達を人間だとは思っていないような目をしていた。

「やめて!こっちに来ないで!!助けて!吹雪兄さん!伊吹兄さん!誰か助けて!!」

そう叫んだ私の声は虚しくも、吹雪に呑まれて消えていった。

「そんな悲痛な声を出すなよ。

人間もどきが、お前らなんかに救いなんかあるわけないだろう?

顔と能力しか取り柄のない戦闘民族が!

お前らにはそんな着物より首輪と奴隷服の方がよく似合うだろうよ!!」

そう言いながら一人の人間が手を伸ばしてきた。

その時、私の中で何かが壊れる音がした。

もういい。何も、聞きタクナイ……


そこから先の記憶はあまり覚えてない。

ただ次意識がはっきりした時、目の前には沢山の人間の形をした氷像ができていた。

そして、わたしの足も膝位まで凍りついていた。

五メートル先は真っ白で、何も見えなかった。

思わず椿を探して周りを見渡すと、後ろから手を引っ張られた。

椿は震えていたけど、無事だった。


「怖い思いをさせてごめんね。

今のうちに椿だけでも逃げなさい。

この通り、ねえねは足が凍っちゃって動けないの。

この吹雪ならあいつらもあなたの事は見えないはずよ。このまま山を降りて。

降りたら、村の人には絶対見つかっちゃ駄目よ。

誰の目にも付かないようにゆっくり北に行くの。

北に行ったらきっとお母さん達の家族がいるから。そこまで頑張るのよ。」

そう告げると、椿は首を横に振った。


「いや。ねぇねも一緒じゃないなら行かない!だから一緒に行こう。

足なら私がおんぶするから。だから一緒に行こうよ!」

優しい私の妹。

だけどこの子だけでも逃がさなければ。吹雪の向こうから誰か来る。その前にこの子だけでも。

どうにか逃がそうとしたけど、椿は離れようとしなかった。


吹雪の向こうから現れたのは、吹雪兄さんと伊吹兄さんだった。

「兄さん!無事だったのね!良かったわ!早く椿を連れてここから離れて欲しいの!」

そう言う私を、吹雪兄さんは悲しそうな目で見つめてきた。

「ごめんな。蓮華。俺達はあの方達の元に行くよ。椿も一緒だ。

蓮華は人を殺しすぎた。仲間を殺されたあの人達はお前を許さないだろう。

だからな、ここでお別れだ。

不甲斐ない兄を許しておくれ。皆が助かるためにはそうするしかないんだ。」

「どうして?吹雪兄さん?え、なんで?

伊吹兄さん!止めてよ!早く逃げてよ!!」

「ごめん。無理だ。もう決めたんだ。恨むなら俺達を、妹一人守ってやれない兄を恨め。」

「いや!どうして?悪い事したなら謝るから!

ごめんなさい!やめて!一人にしないで……!」

「永久零凍。」

そんな吹雪兄さんの声を最後に私の身体は完全に凍り付いた。


術が不完全だったのか、私の意識を残したままに。

どうせなら完全に凍らせて欲しかった。

どうして、吹雪兄さんは意識だけ残して私のことを封印したのだろう。

動く事も死ぬことも出来ず、私の身体はずっと眠り続けた。

それでも意識は眠る事は出来ず、ずっと周りを見ていた。

最初に見たのは、吹雪が晴れてその先で兄さん達が自ら拘束されて、

あいつらに連れて行かれる姿だった。

その後残された私の身体を壊すかのように、剣や矢、炎を向けられた。

凍り付いた人間は、やがて激しい吹雪で粉々になりどこかに消えていった。

孤独だった。


あれから一年が経った。

どうして吹雪兄さんは、あの時私を殺さなかったのだろうか。

こんなに苦しいなら、あの時殺してくれれば良かったのに。

どうして……

いくら考えても答えは出なかった。


また一年。

こんな吹雪が吹き荒れるこの場所にも花は咲くのか、一年に一度咲く氷の花も見慣れてきた。

あぁ恨めしい。

この花がなければ私はもっと早く壊れていた。

もっと早く楽になれたのに。

蓮に似たこの氷花が、私を繋ぎ留めるのだ。


もうすぐ五年が経つ。私も普通に生きていたなら十歳。

もうすぐ大人だねって、母さん達と話していたのだろうか。優しい母さん。真面目な父さん。

どうして、二人は殺されたんだろう。

私達家族は何の罪を犯したのだろうか。

誰にも迷惑なんてかけた事なんてなかった。

人付き合いは苦手だった。

だけど食料不足が続く村に鹿や猪の肉を持って行って、生活には貢献していたはずだ。

感謝こそされても、恨まれる事はないはずだ。

また、何も無い一年が始まるのだろうか。

雪、止まないかな。青い空が見たい。

母さんに、父さんに会いたい。

兄さんに、椿に謝りたい。

きっと私が悪い事したからこんな事したんだよね?謝ったら許してくれるかな?

皆に会いたいな。

眠くなってきた。

このままずっと眠っていたい。

願わくばそのままずっと。


また目が覚めてしまった。もう何年経ったのかもわからない。

私はどれだけ眠っていたんだろうか。

もう嫌……誰か助けて……。

そう思っている間にも、私の意識はまた遠ざかっていった。

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