父と子。
ー怜燈視点ー
皆が静かな寝息を立てているのを確認し、俺は外へ出た。
あたりは暗く、地面は泥濘んでいた。
しかし、俺は一直線にある場所へと向かっていた。
「どちらへ向かわれるんですか?」
そう声をかけると
「さて、なんのことでしょう?どこかでお会いしましたか?」
「えぇ。ずっと見てましたよね?神風鈴桐さん。」
「……いつからお気づきで?」
疑うような声が返ってきた。
「あなたの存在には最初から。でも、正体に気づいたのはアウラ様の話を聞いてからですよ。」
「どうして……」
「だって、不自然すぎます。
狙って桜花の髪飾りを神木まで飛ばしたことも、結界に手を加えたことも、
俺達の事をずっと見ていたことも。」
「そうですか。貴方様には全てお見通しなのですね……」
諦めたように言われたが、実際は違う。
普通に見えていた。
木の影や草むらに隠れていたけど、彼の帽子が度々見えていたのだ。
「お見通しというわけではありませんが、鈴音に会って行かれないのですか?」
「私がどうしてあの子の顔を見れると思うのですか?
私があの子を守れなかったばっかりに、
鈴音を殺しかけ皆さんを危険な目に合わせてしまったのですよ?」
「ですが、鈴音はあなたを恨んではいません。むしろ会いたがっているように感じました。」
そう告げると、鈴桐さんは目に涙を浮かべながら
「だめです。だめなのです。
本来であれば私が、鈴音を守らなければいけませんでした。
それなのに私は、何もできませんでした。」
側から見れば、子供に泣かされている大人。そんな風に見えただろう。
しかし、こればかりは話し合わねば。
「鈴桐さん。あなたはこれでいいんですか?このままだと、一生娘に会えないかもしれません。
あなたは本当にそれで良いんですか?」
「良い。そう言えば嘘になります。ですが、今会ってしまえば私はきっと生きたいと思ってしまう。だから会えないのです。」
「それは必要なことでしょうか?」
彼は復讐しようとしているのだ。そう確信せざるを得ない程の音をさせていた。
「えぇ。これは私なりのけじめです。そして、贖罪なのです。
私はあの子を愛していると同時に、恐怖していたのです。
風の愛し子、聞こえは良いかもしれませんが、制御できないあの子を持て余していました。
疎まれているのを知っていたのに、村にいるという選択をしたのです。
その結果が、あの惨状なのです。
ですから、私は止めるわけにはいかないのです。」
「鈴音が望まなくても?」
「はい。望まなくてもです。図々しいかもしれませんが、鈴音のことをお願いいたします。
そしていつか、私が会いに行けるその日まで私の事は言わないで欲しいのです。」
「それは、ただのお願いですか?それとも祈りですか?」
「……一父親としての頼みであり、一人間としての祈りです。」
「そうですか。それならば私は一兄として、一神として応えましょう。
あなたに会えるその時まで、鈴音のことは絶対に守りましょう。そして、必ず生きて下さい。
罪だと言うなら、生きて償って下さい。」
「ありがとうございます。この御恩は決して忘れません。その証としてこれを。」
そう言って渡されたのは、一つの箱に入った風鈴だった。
「これは、風の便りと言います。気術なしでも音をどこまでも届けてくれる私の宝物です。
対価としては不釣り合いかもしれませんが、お納めください。」
「……分かりました。またお会いしましょう。それまでどうかお元気で。」
「はい。」
鈴桐さんはそう言って去っていった。
彼がどうなるかなんてわからなかった。しかし、鈴音のいた村はきっといつか消えるだろう。
彼らはそれほどのことをしたのだ。
次いつ会えるかなんてわからなかった。
だけど、彼にはまた会える気がしたのだ。
雲一つない空には、白い月が浮かんでいた。
梅雨はもう明けただろう。きっと明日は暑くなるだろう。
俺はそう想いながら家に帰るのだった。




