御神木の向こう側。
ー時雨視点ー
俺が鈴音に出会ったのは、珍しく雨が止んだ梅雨の昼下がりだった。
雨が止んだうちにできるだけ移動しようと、荷車を引き怜燈さん達と歩いていると、
前から妖しげな旅装束の男が歩いてきた。
あまりにも不審だったため警戒していると、
急に突風が吹き、桜花の髪飾りが飛ばされてしまった。
桜花はそれを取ろうとして、追いかけて行った。
「桜花!待て!一人はだめだ!」
俺は思わず、桜花を追いかけた。
ようやく桜花に追いつくと、目の前には大きな御神木があった。
樹齢千年を超えているであろうその巨木には、
大きな穴が空いており、とても神聖な気配がした。
桜花の髪飾りはその中に入ってしまったようで、桜花はその気配に戸惑っていた。
そして、決意を決めたのか穴に入ろうとした。
すると、急に怒鳴られた。
「あんたら何してるんだい!神聖な御神木に余所者が気軽に触れんじゃないよ!
神様に怒られちまう!」
怒鳴ってきたのは、農服をきた五十過ぎに見える女だった。
「申し訳ありません。神聖な御神木とは知らず失礼しました。
ですが、木の穴に髪飾りが入ってしまい取ろうとしていたんです。
すぐに取って参りますのでお許し頂けないでしょうか。」
驚きながらも取り繕ってそう言うと、女は
「何言ってんだい?
その御神木に穴なんて空いちゃいないよ!言い訳せず大人しく帰んな。」
驚いて振り返ると先程の穴はなく、目の前にあるのは大きな巨木だけだった。
「……え?」
呆然としていると、桜花が袖を引っ張り一輪の花を見せてきた。
そこでようやく我に帰り、女に
「すみません。髪飾り落ちてたみたいです。これで失礼します。」
そう告げ巨木から離れた。
歩いていく俺達を女はしばらく見ていたが、安心したのかどこかへ歩いて行った。
それを見届けた桜花は、また巨木のところに戻り、今度は飛び込んで行ってしまった。
「待……あ。」
止める暇もなかった。
普段の桜花なら、絶対にしない行動だった。
連れ戻さなくては。
俺も桜花が飛び込んで行ったところに、飛び込もうした。
穴は無くなっていた。
まるで最初からなかったかのようだった。
体当たりでもしようと構えると、後ろから今度は聞き慣れた声に呼び止められた。
呼び止めたのは、怜燈さんと紫音だった。
二人に大まかに事情を話すと怜燈が姿を変え、巨木に近づき触れた。
しばらくすると、そこには先程までと同じ穴が現れた。
ー怜燈視点ー
桜花が飛び込んで行ってしまったようだ。
時雨に事情を聞いた。
穴は確かにあった。
しかし、時雨と紫音には見えていないようだ。
俺は巨木に触れた。
すると予想通り、そこには大きな結界が三重に張り巡らされていた。
人が張ったにしては、綺麗すぎる……
結界に描かれた文字を見ると
周りから穴を見えなくする術式
限定された人間を出入りさせない術式
木との距離感を錯覚させる術式
が施されていた。
しかし、結界の美しさに反して、穴を隠す術式は欠けているところが多々あった。
まるで、誰かが書き換えようとして失敗したかのような。
そんな欠け方だった。
ここまで分かれば、後は簡単だった。
結界を解除した。
そして周りから怪しまれないよう、俺達にだけ正しい世界が見える幻術を施した。
ー時雨視点ー
怜燈さんが帰ってきて、結界が張ってあったと教えてくれた。
だから穴が見えなかったのだろうか?
しかし、何かの拍子で一瞬だけ結界が揺らいだのかもしれない。
ここまで来たらもう入るしかない。
桜花を連れ戻さなければ。
そう思い俺達は穴に入っていった。
穴は洞窟の入口だった。
それも中はかなり整備されており、道は暗いが広く小綺麗だった。
その小綺麗さがなんとなく、嫌な感じがして気持ち悪かった。
入口から数歩歩くと、すぐに階段があった。
階段を降りて行くと、桜花が髪飾りを抱きしめて座っていた。
桜花が見つかった時点で、本来なら帰るべきだった。
だが、この奇妙な出来事が続いたまま帰る気にはなれなかった。
それに、怜燈さんもいる。
そんな俺たちを後押しするかのように、後ろから強い風が吹き抜けていった。
洞窟をしばらく降りて行くと、また階段があった。
今度は上りの階段のようだ。
階段を登り切ると、光が見えた。
出口のようだ。
洞窟から出ると、そこには青々とした草原が広がっていた。
優しい風が、俺達の髪を揺らした。
つい最近まで雨が降っていたかのような、雨上がりの香りがした。
人の手がほとんど入っていない。
綺麗でありながらも、どこか異質な場所だった。
小鳥の囀りも、虫の羽音も何も聞こえないのだ。
そして周りは、岩壁で囲まれており、空すら見えなかった。
ここだけ、世界から切り離されたような。
そんな空間だった。




