19/32
なにも聞こえない六月だった。
「鈴音姉さんって、どうして組手の時いつも目を瞑るの?」
弟に言われた何気ない一言にびっくりした。
今まで、気づかなかった。
私は普段、ほとんど何も見えていない世界で過ごしている。
目が、目としての役割を失っているのだ。
眼鏡をかけたところで、何も変わらない。
だけど、今まで生活で困った事はなかった。
風が全て、教えてくれるから……
ふと香る雨の香り。
このところずっと雨だ。
今思えば、それは梅雨だったのだろう。
けれど昔の私は、雨の音さえ聞こえない世界にいた。
何も見えず、何も感じられない世界。
身体は動かず、言葉を発する事もできなかった。
まるで生きた死体だった。
記憶にある限り私は、怜燈兄達と暮らし始めるまで、そんな世界にいた。
分かっていたのは、
たまに香る風の匂いと、
少し刺激のある液体を飲まされていることだけ。
ずっと寝たっきり。
何も分からない、何もできない。
それが当たり前の世界だった。




