あの日はやけに海が静かな夜だった。
その日の夕飯は、いつものからは考えられないほど、豪華だった。
海藻三種盛りに、ホタテ貝の照り焼き。
どれも美味しかった。
二人の姉は俺に新しい服を着せ、父さんと母さんの形見の品を渡してきた。
父さんと母さんが病で亡くなってから、姉さん達はいつも笑顔だった。
しかしその日は、何かを諦めたようで、何かを守ろうとするような矛盾した表情をしていた。
二人は俺を連れて海に入っていった。
その手は、温かかった。
海に入ると静かだった波がみるみる変貌し、俺を引きずり込む程の強い波に変化した。
だんだん遠ざかる姉さん達に訴えると、二人はとても美しい笑みを浮かべ「生きて」と叫び、岸に戻って行った。
その後家の方からいくつかの大きな音が聞こえてきた。
姉さん、どうして。どうして俺だけなんて嫌だ。
戻ろうとすると、波はよりいっそう強くなり俺を海中に引きずり込んだ。
そして俺の意識は、徐々に遠のいていった。
気づくと目の前には橙色の髪をした少年がいた。
少年は俺を見てとても驚いていた。
「人魚なんて初めて見た。」
少年はこう呟いた。
俺は、人魚の姿に戻っていたのだ。
動揺して逃げようとするも上手くいかず、怯えていると少年は俺に優しく話しかけてきた。
これが、時雨との出会いだった。
ー時雨視点ー
ある晴れた日の朝俺は、朝食に魚を食べたいと思い釣りに出かけた。
いつもの釣り場に行くと岩の上に何やら不思議な影が見えた。
怪しく思い近づいて見るとそれは、下半身が魚の少年だった。驚いて眺めていると少年が目を覚まし、怯えるような目でこちらを見てきた。
「人魚なんて初めて見た」
そう心の中で思ったつもりが声に出ていたらしく、少年はいっそう脅えてしまった。
少しの間悩んだ後俺は、少年に声をかける事にした。
話してみると少年は、
「僕、俺は海野 凪。海往村から来た。」
そう言った。
襲撃にあい、姉に助けられここまで逃がされたと言った。
しかし、どうやってここまで来たのかは分からないらしかった。
とりあえずこのままでは不味いと思い、凪を連れ帰ることにした。
凪を担ぎ歩き出した。
しばらくすると、凪の足は人間の足になっていた。
凪は歩こうとしたが、上手くできないようだった。
時間も時間だったため、俺が運ぶことになった。
家に着くと師匠が出てきた。
とりあえずどう説明しようか。
凪を連れ帰った時、師匠は少し驚いていた。
自分でもびっくりするくらい、たどたどしい説明をしてしまった。
それでも師匠は理解してくれた。
そして、凪をここに置いてくれると言ってくれた。
ー凪視点ー
話しかけて来た少年は、
「俺は時雨。刀守 時雨だ!」
そう名乗った。
ここに数年は師匠と住んでいるらしく、今日は釣りをしにここに来たと言った。
俺も名乗ると、時雨も緊張が解けたらしく少し話をした。
しばらくして時雨は、家に連れて行くといい俺を担いだ。
軽々しく持ちあげられ、とても驚いた。
歩きたかったが足が魚のため、できず大人しくしていた。
足が乾き人の足に戻った。
歩こうとしたが思ったより上手く歩けず、
結局時雨の家まで担いでもらってしまった。
時雨の家に着くと一人の老人が出てきた。
老人は仁王立ちだった。
その老人を、時雨は師匠と呼び俺の事について話はじめた。
この師匠さんは色々詳しいらしく、時雨の簡単な説明だけで大方理解できているようだった。
「ただ生きたかった。」
それだけだった。
姉さん達と一緒にいたかった。
だけど姉さんは望まなかった。
「生きる」それが、今の俺にできる最善だと思った。
だからこそ俺は頼んだ。
「助けて欲しい」と
その願いは聞き届けて貰えた。
多少冷徹に聞こえるような言い方だったが、俺にはどんな言葉より優しく聞こえた。
ー鬼鐵視点ー
時雨が帰ってこない。
朝魚が食べたいと、釣りに行った弟子がなかなか帰って来なかった。
心配になり家の外に出た。
すると、坂の下からゆっくりと、何かを担いでこちらに戻ってくる時雨がいた。
そして、担がれていたのは物でなく少年であった。
時雨は帰って来るなり、凄い勢いで事のあらましを話し出した。
要約すると、釣りに行った川に人が流れ着いていて、
それが人魚であり何者かに追われている様だから放置できず、連れてきたと。
話しから察するに、少年の家は人魚狩りの者たちに襲われたのだろう。
今でも人魚の市場価値は高い。今でも高値が付くはずだ。
そして最近近くの村で大きな津波が起こり、1つの村が沈んだ。
かなり大きな津波を起こせる力を持つ人魚の血筋。
おそらくこの少年「凪」は王家の血筋のものだろう。
このまま放置しては、この子はすぐにやられてしまうだろう。
考えこんでいると凪が遠慮気味に声をかけてきた。
「ご迷惑をかけるのは承知の上ですが、どうか助けて頂けないでしょうか。」
その声はあまりにも必死だった。
俺は「好きなだけいなさい。」と返した。
傷ついた少年にこんな言葉だけをかけるのはどうかとは思ったが、
この言葉以外かけ方が分からなかった。
時雨の時もそうだったが、俺は言葉足らずのようだ。
だが終わった事を、いつまでも考えるべきではない。
そう考え直し、俺は朝飯を作り始めた。
その日の味噌汁は、塩気が強かった。




