序章 ― 記憶の栞 ―
月が太陽を隠した日、この世界から神は去った。
無償の愛は永遠ではなかった。
気術、魔法、神族……あの日を境に消えた。
暗い空には、白い光の輪が輝いていた。
人々は息を呑むように、空を見上げていた……
これは月が太陽を隠す、少し前の話。
「懐かしい!」
楽しそうな桜花姉さん。
「恥ずかしい……」
顔を赤らめた紫音姉さん。
「兄さん!姉さん!何してるの?」
楽しそうに話す兄さん達に、そう声をかけた。
「優朝と優夜が、小説を書いたんだ!それも俺達の話だ!」
怜燈兄さんが少し照れくさそうにしながらも、嬉しそうに話した。
兄さん達が笑っている。
だけど、兄さんの笑顔とは対照的に、俺の頬は引き攣っていた。
出発の時間が、刻一刻と近づいていた。
「兄さん、姉さん。本当に行っちゃうの?
俺達のこと、どうでもよくなった?」
こんなことを、言いたかったわけじゃなかった。
涙はすでに枯れ、声は掠れていた。
ずっと一緒に居たかった。
「……行かないで。」
「ごめんな。もう決まったことなんだ。」
縋りついた手は、何度伸ばしても振り払われてしまった。
此処とは違う神の世界。
行ってしまえば、もう二度と会えないだろう。
俺には、いや俺達には兄さん達しかいない。
神族である兄さん達だけが、俺達を見てくれた。
人は助けてくれない。なのに兄さん達まで俺達を捨てるの?
「ごめん。陽斗もう行かなくちゃ。また会えるから泣くな。」
そう言って、怜燈兄さんは俺の頭を撫でた。
どれだけセットしても、ぐちゃぐちゃにしてしまう大きな手。
いつもの怜燈兄さんの温かい手だ。
「大丈夫。皆なら大丈夫よ。」
いつも暖かく迎えてくれた、響姉さんの優しい声。
「海藻頼んだ。」
いつもよくわからないことを言って、空気を壊す凪兄さんの言葉。
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「ずっと先。皆が大きくなる頃、また来るから。それまでに本読んでおいてよね!」
優夜兄さんの、お願い。
握りしめた手からは、血が滲んでいた。
兄さん達は、きっと神の世界の方が幸せになれる。
そうわかっていても、祝福なんてできなかった。
怜燈兄さん。もう会えな……
スパーン!
「……陽斗!何言ってるんだよ!」
本を読んでいたら、小突かれた。
「イタッ。ちょ、怜燈兄さん!今良いところ!ていうか言ってるの本の中の俺!」
「だとしてもだ!戻って来るって言ってるだろ!」
半泣きの怜燈兄さんには、俺の声は聞こえてないみたいだ。
「本当かなんて、あの時の俺が知る訳ないでしょ!」
少し拗ねるように言うと、横から仲裁が入った。
「まぁまぁ、怜燈兄さん。今こうして会えたんだから良いでしょ?」
「流石、葵!持つべきは優しい妹だな。」
珍しく、褒めたのに。
「陽斗、誰が妹ですって?同じ年でしょう!!」
葵が頬を少し膨らませて、そう返してきた。
「葵、落ち着け。皆わかってるさ。」
怜燈兄さんが慌てて仲裁に入ったけど、効果はないようだ。
むしろ、油を注いだような…
「怜燈兄さん、何をわかってるんです?」
「それはだな、うん!わかってるさ。」
「だから!何がーー」
怜燈兄さんが、辿々しい言い訳をしていた。
「皆ご飯できたわよ〜!」
紫音姉さんの声がした。
これがいつもの日常。
ようやく取り戻した当たり前だ。
俺達は”本当の家族“になれた。
俺達だけの大切な場所。
居間に向かう俺を、日差しが暖かく照らしていた。
「……幸せにね」どこからか、そんな声が聞こえた気がした。
「え、?」
本に挟んだ栞がふわりと舞い上がり、ページが変わっていた。
「また、始めから。」
俺は最初のページに、栞を挟み本を閉じた。




