弐 その3
これ以上彼らに聞いても面白い話は出てこなさそうだ。俺は茶を飲み干して座を立つ。
「商品、特に薬類の保管場所を見せてもらおうか」
菱元屋は、医師の道具や薬も扱かっている。市村の老医師は、桜花に使われた毒は菱元屋にもあるはずと言っていた。惣十郎に案内され、俺はその場所へと向かう。
さすが、大店の菱元屋。店の奥には頑丈な錠前の付いた蔵がいくつもあった。
「薬類は高価な品が多いものですから。厳重に保管しております。もちろん、その中には劇薬となるものもございますので、持ち出せる者を限っております」
桜花が毒殺されたことは既に菱元屋も聞き及んでいるだろう。蔵の中は調べが入るのを見越してか、綺麗に整頓されていた。
劇薬を保管している蔵には二重の鍵が施され、入っている箪笥にも当然のことながら鍵が懸けられている。
――――薬の調べは、後でわかる奴を寄越すか。まずは鍵だな。
「この棚の鍵を開けられるのは誰だ?」
「それは、私とおりく、それに惣兵衛と太一郎でございます」
容疑者そろい踏み、といったところだな。
例の劇薬、つまり毒について惣十郎に聞くと、購入していくのは害獣虫駆除の固定客がほとんどで、ここのところ変わった売買はなかったという。
「一応、帳面見せてもらおうか」
「もちろんでございます。だれか、太一郎をここへ……」
店主が呼びかけると、ほどなく連れ子の太一郎が帳簿を持ってやってきた。蔵の中は、天窓から指す陽の光が頼りで薄暗い。はっきりとはわからなかったが、惣兵衛よりもずっと小柄で男前とは言い難く感じた。
「これは借りておく」
ざっと見たところ確かにおかしな取引はなさそうだが、これもわかる奴にじっくり調べさせる必要はあるだろう。
太一郎も加わったところで、俺は昨夜の様子を聞いた。普通に考えれば、こいつらがダントツ怪しい。実行犯が別にいるとしても、聞かないわけにいかない。
だが、答えは予想通りだった。朝まで屋敷にいて、おかしなことは何もなく、誰も訪ねてこなかったと口を揃える。お互いの潔白を証言しているわけだが、本当なのか庇いあって嘘を吐いてるのかはわかりはしない。
番頭や使用人たちにも話を聞き、俺は奉行所へ戻ることにした。帳簿も見分してもらいたいし、菱元屋の蔵も調べさせたい。何よりここらで御立殿に報告せねば。
「火浦様」
頭の中で、今までのことを整理しながら歩いていると、惣兵衛の義理の弟、太一郎に呼び止められた。
明るいところで改めて見ると、最初に持った印象は間違っていなかったようだ。ただ、ついさっきの受け答えからは、確かにそつのない賢弟に思えた。兄の惣兵衛よりはるかに商売に向いているんじゃないか。
「なんだ。なんか用か」
「義兄はいつ戻れるのでしょう。義父も気が気じゃない様で、私も心配でなりません」
俺を追いかけてまで聞きたいことは、そんなことなのか。まあいい。隠すこともない。
「そうだな。真犯人が捕まるまでは厳しいかな。何しろ第一容疑者だからな」
「そんなっ。義兄が桜花さんを殺すなんてありえません。義兄はようやく義父から約束を取り付け、桜花さんを迎えられると喜んでおりましたのに」
「で? あんたも喜んでいたのかい?」
俺は少し意地悪く聞いてみた。だが、太一郎はそれに気付かないのか気付かないふりをしているのか、至って普通に返してきた。
「もちろんでございます。義兄は、私が連れ子であるにも関わらず、ずっと優しく、本当の弟のように扱ってくれました。私もお二人の幸せを願っていたんです」
へえ。なんだか台本通りの返事だ。気に食わねえな。俺は色男の惣兵衛に比べて、小柄で地味な顔立ちの太一郎を見下ろした。
「ところで……録治さんはどうしておいでですか?」
「あ? なんだ。おまえ、録治のこと知ってんのか」
「はい。ここにはよく、桜花さんの恋文を持って来られてます。身請けのことをとても喜んでおいででしたので、さぞしょげてるのではと」
録治は今、行方不明だが。ここによく来てるだと? それは初耳だな。
「ふうん。録治っておまえさんから見てどんな奴だ?」
姿をくらました録治。動機はわからねえが、こいつが実行犯の可能性もある。誰かに金を掴まされ、そしてさっさと逃げた。
「へえ、大変真面目な方で。桜花さんのことをいつも気にかけて、なんかこう、惚れてるんじゃないかと思うほど。
いや、私の勝手な憶測ですよ。金剛って言うとおっかない印象でしたが、録治さんはそんな感じの方ではございませんでしたね」
「そうか……桜花に惚れてね」
なんだ。なんか引っ掛かるな。録治が桜花に惚れてたなんて、ユメは言ってなかった。
録治に関して俺は何も知らない。これは調べれば何か出てきそうだ。嫌だけど佐之助にでも聞いてみるか。
「火浦様、誰かが走っておいでです。火浦様の部下の方でございますか?」
背後で馬が砂を蹴り飛ばすような音がしてきた。言われて振り返ると、向こうの方から大きな岩みたいなのが走ってくる。
部下じゃねえ。佐之助だ。呼びもしねえのに現れやがった。にしても、あの体にしては足が速いな。どうもあいつには違和感を覚える。なんていうか、あの世界で妙に浮いてるっていうか。
「旦那。すぐ市村にお戻りを」
奴は挨拶なしでそう放った。大きく息をしながらもいつになく真剣な表情だ。俺に極寒の視線を送る嫌なおっさんだが、それどころじゃないらしい。
「何があった」
「録治が遺体で見つかった」
俺のすぐ後ろで、今度は太一郎の息を呑むのが聞こえた。




