弐 その2
「火浦様、息子は、惣兵衛はお取り調べの最中でしょうか。その、番屋で……」
菱元屋主人、菱田惣十郎は、俺を一番いい客室と思われる部屋に通し、ひっくり返りそうな分厚い座布団に座らせた。
そして、今まで飲んだこともない高級茶を前に、口を開くとともにそう尋ねてきた。
優男で男前の惣兵衛と比べると、幾分体が横に膨れてはいるが、彫りの深い顔立ちで隙のない風体だ。今はバカ息子を心配するただの親だが、一流の商人として渡り歩いていた凄みは垣間見れる。
「居場所は教えられねえが、番屋のキツイ取り調べはやってない。まずは安心しろ」
「そうでございますか。ああ、安堵しました。ありがとうございます」
「だが、もし犯人となれば、そうもいかない。そこのところはわかっているな?」
「承知いたしております。ですが、火浦様。息子は愚か者ですが、その、陰間の桜花のこと、大層気に入っておりました。身請けを整えようとしていた矢先、手に掛けるなんてありえません。第一、あいつにそんな度胸ありやしません」
まあ、その辺は俺も概ね同感だな。虫も殺さねえ感は認めるよ。
「じゃあ、身請けの話。菱元屋はほんとに許していたのか」
俺がそう尋ねると、惣十郎は大きなため息を吐いた。俺は斜め後ろにいる後妻、おりくの顔を覗き見る。
どういう具合かわからないが、とても心配そうな表情だ。本当にそうなのか、それとも芝居なのか。俺には判断付きかねた。
「それはもう、随分揉めましたよ。吉原の遊女ならまだしも、陰間なんて……。遊びは二道を究めるのが粋なんて言いますが、男と寝るなど外道だ」
菱元屋の主人は俺に目を合わさないままそう続けた。
「けれど、惣兵衛は本当に頑固で……話を聞きません。揚げ句に、この家を捨てても添い遂げると言いだして」
万策尽きて、菱元屋は桜花に会いに行った。金を渡して別れさせようとしたのだ。
だが、惣十郎は桜花に会って考えを変えた。そこから奴の口調が少し和らいで聞こえてきたのは、俺の気のせいばかりじゃねえだろう。
「何と言うか……素直ないい子でした。聞けばまだ、十七というじゃありませんか。私は男道には疎いので知りませんでしたが、彼らの商売の寿命は大層短いようですね」
それは俺もついさっき知った。
「小さな頃から、随分酷い修行も受けるようで……。息子が同情するのも分かってしまって。商売は人の縁と思っております。これも何かの縁と考えるようになりましてね」
結局、父親は身請けを承諾した。惣十郎は息子の桜花への気持ちを『同情』と処理した。それはある意味賢い選択だったように思う。
惣兵衛に課した条件は三つ。店を継ぎ、正妻を迎えること。そして桜花にはそれ相応の仕事をさせること。
惣十郎は桜花を嫁に迎えるつもりはさらさらないし、妾宅で囲うとしても、ゆくゆくは自分で生計を立てさせようとしたのだろう。
惣兵衛も初めは反発したが、結局違わないと約束したらしい。とにかく身請けすることを優先したのだ。
「だから、息子が桜花を殺すなど、絶対にないんです」
懇願を体中で示し、父親の惣十郎は訴えた。ここまでは、先ほど座敷牢で惣兵衛から聞いた話と食い違いはない。
それではやはり、惣兵衛に動機はないということか。だが、逆に惣十郎はどうだ? 実は身請けなど許しておらず、端から殺すつもりだったのかも。
「あんたは、これについてどう思ってたんだい?」
俺は黙ったまま後ろに控えていた、後妻のおりくに矛先を変えた。おりくは目線を俺と亭主の惣十郎を何度か往復させ、驚いた表情のまま応えた。
「わたくしは何も……。惣十郎様の言う通りと……」
「あの、火浦様」
その様子にたまらず横入してきたのは惣十郎だ。何故おりくに聞くのかと言わんばかり憮然としている。
「息子、惣兵衛のことについては、りくに何も言わせてはいません。と言いますか、りくは私の気のすむようにさせてくれていますから」
ふうん、そうかい。俺はあんたら二人の共謀もありと考えてるんだがな。
市村に出向けなくても、実行犯は金で雇えばいい話だ。桜花に特別な恨みがなくても、金のためならやりかねない。そういう奴が市村や陰間茶屋街にいても不思議はないだろう。
「多分、もうご存知でしょうから申しますが。おりくには連れ子がおりまして、名を太一郎と申します。惣兵衛より二つ下ですが、とても聡明で商売にも長けております。
ですが、菱元を継ぐのは惣兵衛一人。例え、陰間を身請けしようとそれは変わりません。そのことは、二人とも承知のうえでございます。大体、桜花を殺しても誰も得しないじゃないですか。惣兵衛が疑われて、私は途方に暮れてますよ」
身請けの金は戻ってくるだろうが。そんなのは、はした金なのかね。
「火浦様」
珍しく、おりくが自分から声を上げた。今まで気づかなかったが、小づくりな顔立ちで色白の美人だ。目がクリっとしているので若く見える。惣十郎が後妻に迎えたのも頷ける感じがした。
「息子の太一郎は、惣兵衛さんととても仲良くしております。桜花さんのことも二人で話をしていたらしく。身請け出来るのを自分のことのように喜んでおりました」
自分のことのようにねえ。兄貴のお遊びにそんな寛大なのは返って変な話だ。ろくに商売もせずに陰間にうつつを抜かしている奴が、親父の跡を継ぐ。面白くないのが人情だと思うがな。
だがそれでも、惣兵衛ならともかく、桜花を殺す動機は薄い。もちろん、狙いが惣兵衛だったというなら話は違うが、それならわざわざ出入りの厳しい陰間茶屋を選ぶだろうか。




