壱 その5
「由夢之丞。聞いてもいいか」
腰を落ち着けると、込み入った話もできる気になるから不思議だ。
「なんだよ。由夢之丞なんて言わなくていい。ユメでいいよ」
ユメ……なんだかこそばゆいような……。でも、こいつの方もさっきより当たりが柔らかくなっている気がする。気のせいか。
「えっと、こほん。あの、ユメ。おまえと桜花は市村の二枚看板だったんだろう? 桜花がいなくなったら、おまえや市村は困るんじゃないのか?」
「はっ?」
ユメは、再び呆れたような顔をして鼻で笑う。
「本当に何も知らないんだな。俺も桜花も、じき十八になる」
「十八? まだ若いじゃないか」
「そうだな。吉原じゃまだイケるかもな」
ユメは、また窓際に腰かける。そして、虚ろで儚げな横顔を俺に見せた。
「ここでの仕事はせいぜい十九までだ。二十歳前には足を洗うのさ。ま、洗ってもろくな未来は待ってやしないけど。新しいのは次々と売られてくる。俺達の代わり、若くて美しいのなんて、いくらでもいらあ」
自虐的な笑みを浮かべるユメ。何も言えなくなった俺の顔をちらりと見た。
「だから、殺しの動機にはならないぜ。残念だったな」
「いや、俺はそういうつもりじゃ……」
「それに、さっきの話だが」
弁明を言いかけた俺に、ユメはかぶせてくる。俺は黙って続きを聞く羽目になった。
「確かにさ。陰間を身請けするような酔狂な奴はそういない。吉原よりもずっとずっと少ないだろうな。市村でも、俺が来てから一度もなかった。だから、妬みがあると旦那が考えるのもわかるよ」
「もしかして、心当たりでもあるのか?」
咄嗟に吐いた買い言葉みたいなもんだったが、当たりくじを引いたのだろうか。稀有な幸運を手にした桜花。殺したいほど憎む野郎が。
「まさか。これは多分、お役人には、ていうか、外の人にはわからないよ。逆なんだ」
「逆? どういうことだ」
「あまりにもないことが起こったから、希望っていうのかな。みんな、夢を見れたんだ。そういうこともあるんだって。だけど、それがこの殺しでぶち壊された」
外の人にはわからない。そう断言されてしまったが、全く理解できないこともない。ただ、それを鵜呑みにはしないがな。
「桜花が無事に身請けされる姿を見たい。みんなそう思っていたはずなんだ」
ユメはそこで一呼吸置くと、背中に細く開けられた窓の外をちらりと見た。切れ長の双眸に何が映ったのか、俺からは見えなかった。
「ま、俺の感想なんか、何の足しにもならないな。好きなだけ調べりゃいいよ。時間の無駄だろうけど」
「な……」
気持ちしんみりしてたのに、全く食えない野郎だ。どこまで本気か芝居かわかりゃしねえ。さっきまでの暗い表情も、今は人を小ばかにしたような笑みを浮かべている。
腹立ち紛れに、俺が何か言い返そうとしたその時、閉じられたふすまの戸が再び開けられた。ユメの金剛、佐之助が血相変えて帰ってきたのだ。
「ユメ、録治がいない。どこを探してもいないんだ。皆に聞いて回ったが、昨日の夜からあいつの姿を見た者がいない」
「なんだと……」
桜花の金剛が行方知らず。ユメはその一報を聞いて考え込む。窓枠を縁にした浮世絵のようなその姿に、俺は思いも寄らず惹き付けられた。




