壱 その4
一通り若旦那を取り調べた後、俺は奴をそのまま座敷牢に置き去りにし、いよいよ由夢之丞の部屋へと向かった。
階段を昇りながら、心臓がハタハタと騒ぐのを感じる。あの、妙な色気というか、妖しげな姿。普通に暮らしていてはお目にかかれない。
「入るぞ」
市村の最上階である由夢之丞の部屋へと入る。この階にはこいつの部屋しかない。
襖戸を開けると、床の間付きの座敷があり、奥には続きの部屋があった。どこか花のようないい香りがする。香が焚かれているのだろう。
由夢之丞は窓際に腰かけ、少しだけ開けた窓の外を眺めていた。まるで一枚の絵だ。
男物か女物かはっきりしない萩色の着物から、細くて白い足が見え隠れしている。俺の喉仏が自覚なく上下した。
「待ちくたびれたよ」
俺に気付いて彼がこちらを振り向く。薄く紅を引いた唇が艶めき、切れ長の双眸がきらりと光った気がした。朝の陽ざしを背に受け、逆光になっているせいか眩しい。
「若旦那から話は聞いたのかい?」
こちらがぼんやりしている隙をついて、逆に質問されてしまった。
「聞いたさ。桜花を身請けするつもりだったと言ってやがった」
「本当のことだよ……そりゃ、滅多にないことだから、信じられないのも無理はないけど」
俺の疑念を感じ取ったのか、由夢之丞はそう返した。ただ、その言葉は力なく聞こえた。
「桜花は、その日を指折り数えて待っていたんだ。ようやくここから出られるって。それなのに……ぜってい許さねえ。やった奴……」
「若旦那だと、おまえは思ってないのか?」
由夢之丞は驚いたような顔をして俺を見た。そして、明らかに呆れたとばかりに口角を片側だけ上げる。
「……ったく。何見て来たんだよ。あんな状況で殺しなんて、自分が犯人だって言ってるようなもんだ。どんな馬鹿だってやらないだろうよ」
まあ、確かにそうだが……。馬鹿だったかもしれねえじゃないか。
「それに、あの若旦那が桜花を殺すわけない。道理がねえよ。あの人は本当に桜花を愛していたんだ。桜花のためなら、何でもしてくれただろう。桜花も、若旦那を頼りにしてた。あいつは、幸せになれるはずだったんだ……」
悔しそうに顔を歪める由夢之丞。癖なのか、親指の爪を齧る。その仕草もどこか芝居がかっているが、つい目を奪われた。
「おまえの言い分はわかった。それじゃあ、誰が桜花を殺したと?」
「それをあんたが見つけるんだろう? 人に振ってんじゃねえよ」
ああ言えばこう言う。美しいのは別にして、口の減らない野郎だ。
「じゃあ、何か? 人の幸せを妬んだ、陰間仲間とか。身請けは滅多にないようだしな。そうだ。おまえも祝福しているふりをして、実は嫉妬してたんじゃないのか? ここで一番のおまえが身請けされないのに、仲良しの桜花が……」
そこまで言うと、由夢之丞が顔つきを変え俺のところへ突進してきた。そして、目にも止まらない速さで胸倉を掴む。この俺が不意を突かれるとは驚いた。
「旦那。下らねえこと言ってんじゃないよ。いいか、よく聞け。あいつは喜んではいたが心配していた。この身請け話。当然かもしれないが菱元屋は歓迎してなかった。特に、あの大店に三年前から居座ってる後妻と連れ子がな。その辺のところ、調べるんだよ」
予想以上に力が強い。身長は俺より三寸ほど低いというのに詰め寄られる迫力に思わずタジタジとしてしまった。
苦界と呼ばれる身売り商売。綺麗ごとじゃ済まないだろう。軽いノリでここに来たのを見透かされたように思い、俺は手っ取り早く降参した。
「離せ。わかったよ」
俺は彼の手首を握る。細い。由夢之丞は俺の視線を真っすぐに受け、ニヤリと笑みを浮かべた。そうしてからようやく手を放してくれた。
「驚いたな。随分と力がある」
「陰間はひ弱とでも思ってたか。ふん、勉強不足だな。おい、佐之助」
不意に誰かの名前を由夢之丞が呼んだ。すると部屋を仕切る半間のふすまがさっと開き、俺よりも背も高く横幅もある、ちょっと歳のいった相撲取りみたいなのが現れた。
「桜花の金剛、録治を呼んできてくれ」
「承知した」
佐之助と呼ばれた大男は、襟元を直す俺を睨むように一瞥してから、部屋を出た。なんだ今のは。
「態度の悪い奴だな……。おい、金剛ってなんだよ」
「何も知らないんだな。あんた」
「あんたじゃない。俺は火浦だ」
「じゃあ、火浦の旦那。金剛ってのは、俺達陰間に付く用心棒みたいなもんだよ。さっきのは俺の金剛で佐之助。桜花のは録治っていうんだ。金剛は俺達陰間を守るのが仕事だ。それがこんな一大事に顔も出しやしないってのは捨て置けねえ。あいつの言い訳、旦那も聞いていけばいい。とりあえず、そこに座って待ってなよ」
金剛か。陰間の安全を図るべく、ずっと傍についているんだな。客が悪さをしないように見張っているというわけだ。
それでもこんなふうに一人ずつについているのは、上位の陰間だけだろう。桜花も大層売れっ子だったようだし。
俺は言われた通り、出された座布団の上に胡坐をかく。ここには台座がないので、腰の刀を畳みの上に置いた。




