壱 その2
ユメは俺が地図を前に唸ってるとき、別のことを考えていた。奉行所の見回りだ。
三つの班に分かれて分担はしていたが、それ以外は取り決めはなく、俺も気にしていなかった。だが、ユメによると、そこには規則性があったという。それを長行たちが有志で見回りしていた時から気付いていたのだと。
「崎前藩の連中も、そこはちゃんとわかってたはずだ。そうじゃなきゃ、隙をついて辻斬りなんてできないからね。俺は、連中の気持ちになって場所を選んだのさ。ま、割と賭けだったけど、まんまと当たってくれた」
「なんだと、なんでそれを俺に言わないんだよ」
「忠親様は、俺に留守番させるつもりだったろ? そんなの、絶対に嫌だった。与謝野は強敵だってわかってたし、いざとなったら、俺……」
「よせ……おまえに何ができるってんだ。滅多なこと言うんじゃねえよ」
あの戦いのなか、俺がどれほど気張ったか、おまえはわかっちゃいない。てめえの命を守ることが、ユメの命を守ることだと知ってたから……。
――――だけど、重いんだ。俺は未だに前に進みあぐねている。あいつが俺に向けて広げる腕を取ってやれねえんだよ。
見舞いには菱元屋の惣兵衛も惣十郎の代理としてやってきた。今回は店主に相当世話になったが、息子にも話したいことがあったんだろう。
「二本差しの方は、無事、お返し致しました。どうぞ、ご安心ください」
男前っぷりは変わっていない。整った顔立ちの若旦那はそう言って頭を下げた。
「いや、助かったよ。若旦那の衣装もありがとうな」
ユメが町人に化けてたときの着流しは、惣兵衛からの借り物だった。
「ええっ、滅相もございません。そんなものはとっくに差し上げたつもりですので」
まあ、もらっても構わないけど、あいつはこれからもおとり捜査を買って出そうで俺は怖いんだよ。
惣兵衛は、箕六屋もお上の調べを受けたことで現在は休業中、江戸から撤退するんじゃないかと業界ではもっぱら噂になっていると続けた。
武器を扱わない菱元屋だが、江戸で勢力を伸ばし始めていた箕六屋が去るとなれば、いくらかうま味があったんじゃないかな。俺も手を貸してもらった手前、そうであればとは思う。
「それより、あんたはどうなんだ。もう、落ち着いたのか?」
身受けするつもりだった陰間が金剛とともに殺されてから、早いもので三月になる。だが、惣兵衛からは若者らしい生気がまだ感じられなかった。
「は……あ。今でもまだ、夢に桜花が出てきます。私は何度も『生きていてくれたのか』と手を握ろうとするのですが……そこでいつも目が覚めます」
「そうか。そりゃ、つれえな」
「すべては自分のせいですから。私が、愚かでした」
財産を狙った自分の義弟が犯人だった。義弟の太一郎が本当に殺したかったのは惣兵衛だったのだ。桜花と録治は巻き添えを食った。
「でも、いくら悔いても桜花は戻ってきやしません。父のようになれるかわかりませんが、商売に力を入れていきたいと思っております」
「そうだな。それがいいだろう」
「桜花はあの世で、きっと録治さんと一緒にいると思います。私のことを忘れていなければ、いつか向こうで会えるでしょう」
ふと俺の脳裏にまた、録治の部屋で見たガラスの器がよぎった。金剛ごときが買えない高級品だ。
「火浦様?」
「あ、いや。そうだ……若旦那。一つ聞いておきたいことがあるんだが……」
「なんなりと。私でわかることでしたら」
居住まいをただすように座りなおし、惣兵衛が応じた。俺は何となく、若旦那はそれを話すために自ら出向いたのではないかと思っていた。惣十郎では決して口をすべらせることがない事実を。




