漆 その3
『あれはどこの流派だろう。江戸では珍しい……』
そう長行が言っていた。俺も予備選で戦った時、同じことを感じた。江戸城の指南役なのにと。
その時と剣の流れは変わってはいない。鋭さも速さも重さも。その全てを躱して、あいつの懐に入らねばならん。
願わくば、こうして睨み合ってる間に雑魚連中の始末をつけて欲しい。そうでないと集中できねえ。
「うわあ貴様、何をするかっ!」
「佐々木様っ、殺したら駄目だ!」
ユメの声に再び背筋が痺れる。そんな一瞬でも文字通り命取りになるが今回はそれを免れた。若殿の断末魔の声に与謝野も同様の反応をしたからだ。
「なんだ。なにが起こってる」
お互い視線を外すことはできない。互いにけん制しながら、俺はユメに声をかけた。
「腕の立つお侍さんっ。あんたの主はお縄についたよ。だからもう、降参しなよ!」
息を上げながらもユメが応じた。なんとか殺さずにいてくれたらしい。いつも冷静な佐々木殿らしくない。だが、それよりも今は。
「だとよ。どうする。与謝野」
「ふっ。そんなクズ。主と思ったことはないわ!」
「忠親様!」「火浦!」
一気に間合いを詰め、与謝野が俺に襲い掛かる。勢いよく打たれた刃は防ぐのが精いっぱい。速く鋭い攻撃が次々と繰り出された。俺はそれを辛うじて打ち払う。
防戦一方になるのは癪に障るが、今は我慢だ。刃の打ち合う音だけが鳴り続ける。誰も何も発さない。いや、発せないか。
「うぐっ」
与謝野の力を込めた一太刀を歯を食いしばり止める。ぎりぎりと奥歯が鳴る。俺は全身を使って刃を弾いた。再び間ができた。
与謝野が少し肩で息をしているように見える。三張の提灯しか光源はないが、空気の澱みも感じる。以前なら考えられなかったことだ。
「どうした、息が切れてんじゃないか。辻斬りの手伝いなんかやってりゃ、鍛錬も怠るってわけだな」
技量の差を埋めるためなら心理戦も繰り出す。与謝野がそれで心を乱すとも思えないが、やれることはやってみなけりゃな。
「笑止!」
それが功を奏したのかそれとも逆だったのか。与謝野は右足で地面を蹴り、俺に迫る。と同時に振り上げた刀を俺の頭目掛けて鋭く落とした。
――――ぐっ!
俺は身を沈め、やつの開いた腹へと刀を薙ぐ。与謝野は気迫を見せて俺を斬りにきたが、何故かそこに隙があった。俺が見逃すはずはない。
「ぐうっ」
俺の刀が奴の腹へと埋まる。生け捕りにしたかった俺は、瞬時に刀を返していた。
「やった!」
ユメが叫ぶ。俺はすかさず与謝野の両手首に峰を力いっぱい落とした。奴の打ち刀が冷たい地面に甲高い音を鳴らして落ちた。
「佐々木殿! お縄にしてくださいっ」
俺は与謝野が膝を折ったと同時に叫んだ。その声に我に返ったような佐々木殿は与謝野を後ろ手にし、お縄に付けた。
「忠親様、血が!」
大きな息とともに俺は膝をつく。腕に激痛が走る。躱したと思った刃は腕を掠めていたらしい。血が滲むどころか流れ出てやがる。ユメは俺の袖を剥ぐと、それを破いて止血をしてくれた。
「大丈夫だよ。騒ぐな……ったく、来るなって言ったろ」
「だって……忠親様が心配で……留守番なんてできなかった。命があって良かった」
「いてっ! 痛いだろうが」
俺の胸に頭を付けて泣き出さんばかりのユメ。命があって、てどういう言い草だよ。でも、良かった。おまえをこの腕にもう一度抱けて良かったよ
尻もちをついた俺にユメが抱きついている。それを佐之助が覚めた目で見下ろしている。全くおまえは何してんだよ。安心した途端に汗が噴き出てきた。これも生きてる証拠ってわけか。
「おい、もういいだろ。離せ」
大勢が走る足音が聞こえてきた。御用提灯があたりを明るくし始める。このままこんな格好晒してるわけにはいかねえ。不本意ではあったが、俺はユメを剥した。
「佐々木、火浦、よくやった」
与力の御立殿が提灯を片手に俺たちの方に歩み寄ってきた。まあ、今はそう労ってくれるけど、この浪人姿の素性がわかったら、そうも言っていられねえだろう。俺は曖昧な表情のまま、頷いておいた。




