表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
陰間由夢乃丞と八丁堀  作者: 紫紺
4/36

壱 その3


「お役人様! ああ、良かった。とにかく話を聞いてやってください」


 若旦那の惣兵衛は座敷牢の真ん中に思い詰めた様子で正座していた。

 格子状の柵を覗いて見えたのは、ひょろっとした優男だ。町人髷の下にはそれなりに色男の顔があり、泣きはらしていたのか、目は真っ赤、頬には涙の跡があった。


「あんたが惣兵衛か。俺は火浦だ。言いたいことがあるなら言ってみな」


 俺は座敷牢に入り、惣兵衛の前にどっこらしょと座った。


「火浦様。あの、桜花は、本当に死んでしまったのでしょうか?」


 何を言ってんだこいつは。


「ああ。全くもって間違いなく死んでたけど。あんたが殺したんじゃないのか」

「ああ……」


 惣兵衛は大きなため息をつき、男にしては小顔のそれを両手で覆った。


「私が殺すなんて、そんな恐ろしいこと、出来るはずもない。私は、桜花を本当に愛していたのです。遊びとか、そんなんじゃなく……。昨夜もようやく身請けの話がまとまって、二人で喜んでおりましたのに……」

「身請け?」


 俺は思わず鼻で笑ってしまった。この期に及んでなんていう言い訳だ。こりゃもう、とっても信じられねえや。伝八じゃないけど、さっさとお縄にして帰ろう。


「はい。金額の折り合いも付いておりまして……日取りが昨日決まったところでした」

「はああ……嘘ならもっとましな……」

「ううっ、嘘ではございません! 市村のご主人にお聞きになってください!」


 勢いに押されるように俺は後ろを振り返る。柵の向こうには俺と一緒に降りてきた市村勘左衛門がいた。


「本当でございます。惣兵衛様は既に前金を支払われていて、昨日来店の折に、残りの金子をいただく日にち、つまり桜花がここを出る日を決めさせていただきました」


 マジかよ。吉原の遊女を身請けするんだって大変な話だ。それをこんな独り身の若旦那が。だいたい陰間の身請けなんて、聞いたことねえ。


「ここを出るって、いつのつもりだった?」

「十日後でございます」

「よく菱元屋が許したな」


 俺は惣兵衛の方に向きなおす。


「ここまで来るのは大変な道のりでした。いくつかの条件を言われましたが、ようやく首を縦に振ってもらったのでございます。それなのに、どうしてこんなことに……」


 惣兵衛は、まためそめそと泣き始めた。めんどくせえ。


「火浦様、それと勘左衛門様。あの……桜花の亡骸はどうなりますか?」


 俺は勘左衛門と目を合わす。娼婦は男でも女でも、まともな弔いなど受けられるはずもない。それが苦界のしきたりだ。それくらいは俺でも知っている。


「こっちはもう検死も済んでるから、どうということはない」


 俺はあっさり市村に下駄を預けた。それにしても自分が犯人にされそうなところで、桜花の亡骸を気にするとは恐れ入ったな。馬鹿なのか。それとも大ウソつきなのか。


「ならば勘左衛門さん、どうか、亡骸を私に。弔いだけでもさせてください。前金はそのまま納めてもらっていい。なんなら残金もお支払いします! だから……」


 何度も頭を下げ、涙ながらに頼む惣兵衛。その姿を見ていると、こいつの話がまんざら嘘でもないような気がしてきた。芝居ならたいした役者と言いたいとこだが……。


「その話はあとでやってくれ。それより、昨夜の様子を聞こうか」


 弔いの話をしている場合じゃねえだろうが。自分の立場をわかってんのかね、この無駄に男前の若旦那は。


「ああ……そうでございますよね。私とて、桜花を殺めた犯人を捕まえて欲しいと思っています。昨夜は……本当に嬉しい夜だったのです」


 昨夜、身請けの日取りも滞りなく決まり、二人は揃って祝杯を挙げていたという。桜花はああ見えて酒豪で、何度も杯を重ねたらしい。


「私は酒はあまり強くなくて……昨夜も早々に酔いが回って先に床に入りました。その後は朝までぐっすりで……」


 いや、それは桜花に限らず遊女や陰間の常套手段じゃねえか。酒代を稼いで、先に酔い潰させるという。


「今朝早く、桜花がなにか呻いた気がして目が覚めました。名前を呼んだんですが、応えなくて……触れてみたらっ」


 惣兵衛は再びしゃくり上げだした。


「桜花が夜中に苦しんでるのに気付かなかったのか?」

「そんな様子はなかったんです、多分……。床に入ってきたときは気付きました。そっと……私の背中に寄り添ってくれて……」


 またかよ。野郎が泣いてるのを見たってなんも楽しくねえよ。しかも肝心な話も何の足しにもなりゃしねえ。

 だが、あの水差しに毒を入れられる者は限られている。二人が寝ている間に誰かが忍び込むとしても、外部の人間が容易く入り込めるとも思えない。


 それでは他の客には機会があっただろうか。各階には見張りがいて、客や陰間の動向に目を光らせているようだが。同じ階には部屋が他に二つある。

 念のため店主に尋ねると、この日、朝までいた客は惣兵衛の他にはいなかったと言われた。多くの客が、夜八つ(深夜二時)までには店を後にする。それ以降は遊び代が跳ね上がるからだ。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ