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陰間由夢乃丞と八丁堀  作者: 紫紺
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伍 過去からの刺客 その1


 奉行所に出向くと、佐々木殿の方から声をかけてくれた。辻斬り事件は奉行所あげて捜査をしているが、本気でやってるのは俺と佐々木殿だけだ。他は見回りだけやってる感じで調べる気はなさそうだ。

 江戸の町は他にも事件が目白押し。殺しだってあるんだから仕方ない。だが、どうやら大名屋敷が絡んでいるとの噂から、尻込みしてるってのが本当のところのようだ。


「へえ。おまえ、よくそこまで調べたな。正直驚いたよ。おまえんとこの伝八がそんなに切れるとも思えないし」


 率直な感想を佐々木殿が述べた。まあ、俺の情報源は優秀だからな。


「いえ、運が良かっただけです。あの、菱元屋との繋がりが役に立ちました」

「ああ、陰間殺しのな。なるほど。そういう繋がりを保てるってとこはおまえの力だ。丁寧に捜査した証だろう。大事にするといい」

「はい。ありがとうございます」


 ほとんどユメからの情報だけど、菱元屋にも今回世話になった。丁寧に、か。口幅ったいが、俺はこの仕事に誇りを持ってる。きちんとやり遂げたいんだ。

 それは佐々木殿も同じだろう。真摯な態度は俺達若手の同心から尊敬の的となっている。


「それで、肝心の銘刀はどうするつもりだ? 現行犯にするには、それなりのものを見せて買わせなければならんだろ」


 さすが佐々木殿。痛いところを突いてきた。俺の策は、まず相手を特定することだった。そこを張って動きを待つ。だが辻斬りをしてる輩がわかったのなら、佐々木殿が言う通りモノを渡した方が手っ取り早い。


「心得ております」


 ほとんど嘘だ。当てがないわけじゃないが、とりあえず受けておくことにした。


「そうか。頼もしいな。では、崎前藩の本屋敷を交代で見張ることにしよう。うちのも使ってくれ」


 うちの、とは、佐々木殿の岡っ引きのことだ。伝八も二人になれば助かるだろう。


「ありがとうございますっ」


 俺は番屋に寄った後、崎前藩の本屋敷に向かった。表門から少し離れた場所で、身を隠した伝八が様子をうかがっている。


「ご苦労さん」

「あ、旦那。今のところ動きはないです」

「そうか。佐々木殿から与市を使っていいと言われたから、交代で見張るといい」

「へっ。ありがてえ」

「一度番屋へ行ってこい。俺がしばらくここにいるから」

「わかりやしたっ」


 足取りも軽やかに、伝八が番屋へと走り去る。もう冬はすぐそこまでやってきている。動かないでいると、顔に当たる風がさすがに冷たく感じた。


 ――――お、お出かけか?


 正門の横の木戸が開いた。門番が周りを見渡しながら外に現れ、揃いの薄緑色の羽織を着た藩士たちが促されるようにして続く。


「あ……」


 その中に、ひと際目立つナリをした若侍がいる。彼だけは艶のある白い羽織を着、腰にも白の柄の立派な二本を差している。年齢からみて、崎前藩の嫡男、加納重義だろう。まだ若いが綺麗に髷を結っている。

 顔は……あまり品が良いとは思えねえな。むくれた野良犬のようだし、背格好も低くてずんぐりしてる。

 あいつが市村でユメを欲しがったかと思うと虫唾が走る。偏見かもしれないが、指一本触れさせたくない輩だ。


「え……マジか……」


 だが、その後ろ、背後霊のように付き従う長身の男を見て、俺は思わず身震いした。

 若殿とは真逆の姿勢の良さ、羽織の上からでも鍛えられた肉体がうかがわれる。そして厳しい目つきが獲物を狙うように四方を見渡す。

 俺は慌てて壁に身を隠した。ちっ。鳥肌が立ってやがる。


 ――――与謝野伊織。あの男、崎前藩に仕えていたのか。


 しゅっと鼻筋の通った男前だが、剣の腕はそれ以上に鋭く疾風の如く素早い。俺はあの男と一度だけ試合をしたことがある。

 与謝野は元は江戸城に仕える剣術指南の一人だった。同心になりたての右も左もわからない頃、俺は腕が立つとのことで御前試合の候補選手になってしまった。その予備選で、同じく候補の与謝野と戦った。

 御前試合に出場できるのは二名のみ。俺はそんな場所で戦うなんて嫌だった。

 それでも相手は気を抜けば死んじまうくらいの猛者ばかりだ。好き嫌い言ってる場合じゃない。予備選でも本気で戦い勝ち星を拾っていたが、本線一歩手前で与謝野に敗れた。


 ――――こりゃあ、ヤバいな。長行が苦戦するのも当たり前だ。


 本気で稽古しねえと。付け焼刃でもなんでもいい。あの野良犬野郎が辻斬りをしたくなる前に、道場でもユメ相手でも、本気でやらないと命に関わる。

 俺は正直なところ、箕六屋との取引はのんべんだらりと引き延ばし、あいつらが待ちきれず凶行に及ぶのを待つ気だった。そのうち、他の銘刀が手に入ることもあるだろうし。

 だが、それだと決行の時期が読みづらい。下手をすると、返って早くなる場合もある。


 ――――ダメだ。あいつに打ち勝つには、向こうに手番を渡しちゃならねえ。


 こちらが品物を用意して見せ、取引を導けば決行日も算段できる。やはり、『銘刀』が必要だ。

 やってきた与市に後を付けさせ、俺は菱元屋に向かった。俺の『心当たり』、結局頼るとこは江戸一番の大店しかなかった。




「火浦様、菱元屋を見縊らないでもらいたいですね」

「え? いや、そんなつもりは全くないが……」

「火浦様の頼み事と一肌脱いではおりますが、私はあくまでも商売人でございます。売り物もなく、売買を進めることはいたしません」

「それじゃあ」

「恥にならないほどの二本差し、ご準備いたしております」

「ほんとかっ! いや、それは助かる……」


 さすが菱元屋。仕事がはええ。だが、菱元屋は武器は扱ってなかったはず。それに準備したっていうけど、崎前藩の若殿に売るつもりか?


「ご心配には及びません。火浦様のお仕事が終わりましたら、二本差しは返してもらいます。ですので、必ずひっ捕らえてください」


 俺の懸念を先回りしての言いよう。息子が殺しの疑いをかけられた時には右往左往するばかりだったのが、豹変してやがる。

 やはり江戸に名を馳せる大店『菱元屋』の主人だ。息子の惣兵衛は役者のような色男だが、親父の惣十郎は年齢を重ねた渋みが加わって貫禄があり懐も深い。


 ――――しかし、信じ切るのも考えもんだろう。菱元屋は言わずもがな商売人だ。損得が第一のはず。何が飛びだすかわからない。それは心得ておかねえとな。





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