肆 その3
思うような経過にならず、浮かない顔で八丁堀の我が家に戻ってきた。玄関のたたきで声をかけると、ユメが駆けてきた。
「おかえりなさい。忠親様、どこ行ってきたの?」
まるで嫁のように刀を受け取り、草履を片付けてくれる。そんなことはおまつにだってやらせてないのに。
けれど、こいつが来てからずっとこうだ。俺もついつい当たり前のようになってきて、良くない兆候だよな。
「あ、ああ。箕六屋に様子を見にな」
「そうなんだ。どうだった? ……羽織、片付けるくらいいいだろ」
しかもそのまま俺の部屋にくっついてきて、着替えも手伝おうとしやがる。さすがにそれは拒否しないと。
「今日のところは動きはなかったようだ。うまくいかなかったのかな」
着替えをすまし、まだ火の入ってない長火鉢の前に俺が座ると、ユメも定位置とばかりに窓辺に座った。これ、昨日はなかった気がする。もう、こんな季節かとため息が出る。
それをどう感じたのか、ユメが慰めるような優しい声で言った。
「大丈夫だよ。今日はさ、日が悪かったんだよ。それだけさ」
気休めか? いや、それにしては妙に確信めいてる。
「なんだよ。根拠でもあんのかよ」
「いや……根拠というほどでもないけど」
「はっきりしねえな。おまえらしくもない」
「なら言うけど、忠親様が睨んだ三家とも、本日はお城勤めに忙しいはずなんだ」
「え?」
なんだ。今日は城でなんか催しでもあんのか。てか、なんでおめえが知ってんだよ。
「なんでそんなことわかるんだよ」
「だって、今日は朔日だよ」
「あっ……」
城勤めじゃねえから関係ないが、奉行殿は朔日と十五日は入城される。
そうか、なるほどね。今日は月に二回の登城日だ。城勤めの連中も大名も、役割によって登城する日があるが、この日はほぼ全員が城に出向かなればならない。
「この日はお侍さんの客がいないんだ。だから俺たちは坊主の日って呼んでた」
陰間の客に坊主と武士が多いのは有名な話だ。侍とかち合わないように、坊主は日を選んでたってわけか……。
「参考になったよ」
やっぱりユメの存在は貴重だ。正直俺よりもずっと賢い。頭脳だけでなく、知識豊富で度胸もあるんだ。なるほど、『御館様』が重宝するわけだ。
それにしても今日の謎の行動は何なのだろう。聞いてみたいが、触れていいのかどうか俺にはまだわからない。
いつの間に来たのか、三毛と遊んでいるユメ。おまつが夕飯が出来たと声をかけてきたのを合図に、俺は立ち上がる。
「じゃあ、勝負は明日だな。吉と出るといいのだが」
「大丈夫だよ。俺が願掛けしてきたから」
――――えっ。
俺の横をすり抜け、廊下へと出ていく。声をかけようとしたが、手を止めた。願掛けか。可愛いことしやがる。俺は揺れる後ろ髪を眺めながらその後を追った。




