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陰間由夢乃丞と八丁堀  作者: 紫紺
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壱 その2


 俺と伝八は事件のあった部屋に案内された。中央に吹き抜けの階段があり、廊下の周りに部屋がある。階を上がるごとに部屋が大きくなり、逆に部屋数が少なくなっていく。


 廊下や襖の様子から、上階の方が高価であることは誰の目にも明らかだった。俺たちはその階段を三回上った。

 桜花は売れっ子だったのだろう、部屋は広くて小綺麗だ。寝かされた布団も大きく上物。陰間を買うには、吉原の花魁と同等額が必要と聞く。売れっ子である彼は、相当稼いでいたに違いない。

 伝八も物珍しそうに首と目を挙動不審に動かしている。外界を臨む窓辺には腰かけるに十分な段差があり、わずかな隙間から、そこに日差しが零れていた。


 俺は片膝を付き、死に顔を見下ろす。血の気の引いた顔は真っ白だったが、髪を結わず垂髪にした彼は、確かに男性というより中性的で美しいと言うに相応しかった。

 桜花の死が確認されたのは今朝だ。菱元屋の若旦那、惣兵衛は昨夜から彼と共にいた。だが、朝目覚めると隣に寝ていた桜花が動かない。

 驚いた若旦那はすぐに店のものを呼ぶのだが、既に息はなかったと言う。外傷は首筋にひっかいたような傷が少しだけ。自分で掻いたようだ。後は顎にかけて、これは血の跡か。


「あんたは医者か?」


 寝床の横に、白服の老人がまるで置物のように座っていた。声を掛けると男は頷く。


「あ、動いた」


 同じことを思っていたのか、伝八が呟いた。


「で、見立てはどうなんだ。殺しなんだろ?」


 俺はそれを無視し、老医師に説明を促した。髪も、伸ばした顎髭も真っ白。痩せて小柄な彼は、落ち着いた口調で話し始めた。


「毒じゃよ。これに入っとったんじゃな」


 と、白い取っ手のついた器を指さした。横には湯呑茶碗が二つ置かれている。


「この湯呑に移して飲んだんじゃ。眠っているうちに毒が回ったのか、無意識に喉を掻いたんじゃろう。唇から血も零れ落ちておった」

「自分で毒入りの水を飲んだってことか?」

「そうじゃろうなあ。夜中か就寝前か。若旦那が気付いた時にはまだ冷たくなかったようだから、息を引き取ってからそんなには経ってなかったじゃろうし」


 俺は水差しと湯飲み茶わんを眺める。一つの方は使っていないように思われた。


「こっちの湯呑は空だな。これは誰が用意したんだ?」


 店主とともにいた賄いの女中によると、桜花の身の回りの世話をする見習いとのことだ。彼らはまだ幼く修行の身で、上位の陰間に付きこの世界のしきたりを学ぶ。


「そいつの話も聞かねえとな。ところで、若旦那はどこにいるんだ? 店主」

「はい、ウチの者が見張っておりますが、下の座敷牢に入っていただいております」

「座敷牢か……そいつは気の毒だな」

「何が気の毒なもんか」


 今までにない、若い高音の声が上から聞こえてきた。俺は声をした方に、ハッとして見上げた。


「役人が来たっていうから見に来たけど。役に立つのかよ」

「これ、由夢之丞ゆめのじょう、よさないか」


 見るとそこには、すらりとした、まるで美人浮世絵から抜け出してきたような性別不詳の若者が、ふすまに寄りかかり立っていた。

 もちろんそれが男であろうことは予想できたが、長い髪を後ろで束ね、見目麗しいその表情は、そんじょそこらの美女なんか相手にならない。

 透き通るほどの肌に切れ長の双眸、長い睫毛、整った顔立ちは色気まで醸し出す、想像以上の美しさだ。背筋に痺れるような感覚が襲う。俺は思わず息を飲んだ。


「ゆめのじょう?」


 ゆっくりと立ち上がり、俺はオウム返しのようにそう呟いた。


「申し訳ございません、火浦様。これは市村の……あ、いえ、この芳町で最高位の花形陰間、由夢之丞と申します。この、殺された桜花とは仲が良かったものですから」


 最高位の陰間。吉原で言えば、頂点の太夫ってわけか。この街で最も売れっ子。確かに、そう言われてもすんなり納得できる。


「なるほど。それじゃあ後で、話を聞かせてもらおうかな」

「ふんっ。下心見え見えだな」

「旦那になんてこと言いやがる! このオカマ野郎!」


 思いがけず、俺よりも早く伝八の方が反応した。


「伝八っ、やめろ」


 由夢之丞に向かって吠える奴を諫め、俺は彼をまっすぐに見る。


「何か話したそうだからな。聞いてやろうって言うんだ。それともやめるか?」


 伝八には一瞥もくれず、由夢之丞は俺の目を射るように見返した。そして口角を上げ、芝居じみたお辞儀をする。


「それでは……お待ち申しております」


 それだけ言うと、すっと踵を返し、自分の部屋に戻って行ってしまう。俺はその姿を、反芻するように目で追った。




 桜花はあまり苦しまず死に至ったようだと老医師が言う。毒の特定は詳しく調べるとしても、思い当たるのは業者が使用している害獣駆除の劇薬。それなら水にもよく溶けるし、変な味はしない。混入に気が付かなくても不思議はない。


「名のある薬屋なら扱っておるんじゃないかの。もちろん、菱元屋は何でも揃うとる江戸一番の大店。当然売っとるじゃろうなあ」


 なるほどね。そういう意味でも若旦那は真っ黒ってわけだ。だが、他の店も当たってみる必要はあるか。そもそもどういう奴が買っていくんだろう。


「旦那、もうこれは決まりやないですか? 惣兵衛が水差しに入れて桜花に飲ませた。与力の旦那には申し訳ないが、さっさと引っ張りましょうよ」


 おいおい乱暴だな。どうやら伝八はこの仕事を嫌がってるようだ。ここに来る前から、いつも以上に落ち着きがない。

 男娼そのものが気に入らないのか。まあ、その気持ちはわかる。粋な遊びとして、男を抱くのも文化と嘯く奴もいるが、ほとんどが畜生道と蔑んでいる。

 だが、由夢之丞に向かって、あの言い草はない。彼らだって好き好んで生業にしているわけじゃないはずだ。


「伝八、おまえもうここはいいや。それより市中の薬屋を当たってきてくれ」

「えっ? はあ、わかりました。ここはなんか尻がもぞもぞするんでありがてえっす」


 尻がもぞもぞって。おまえ、結局気になってんじゃねえか。


「さて、それじゃあ俺は、若旦那に話を聞くとするか」


 本音を言うと、さっきの花形陰間、由夢之丞の話をすぐにも聞きに行きたかった。

 だが、若旦那の取り調べを後回しにするわけにはいかない。状況証拠は限りなく犯人だからな。俺は勘左衛門に案内させ、地下の座敷牢へと向かった。




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