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陰間由夢乃丞と八丁堀  作者: 紫紺
28/35

参 その3


 翌日、陽の高いうちに俺たちは市村へと向かった。陰間茶屋が軒を連ねる芳町。暗くなってからでは商売の邪魔になってしまう。

 娑婆と茶屋街を分け隔てる大門をくぐる。ほんの数か月前、ユメはこの向こうの世界が家であり、仕事場であり、そして脱け出なくてはならない全てだった。

 俺も再びこの門をくぐるとは思っていなかった。若侍姿で戻ったこいつは今、何を考えているのか。


「火浦様。これはお久しゅうございます。着物など、取りに行かせたものを」

「いや、こいつがどうしてもって言うんでね」


 ユメは萌黄色の着物に紺色の袴姿で勘左衛門に礼を取った。『御館様』と市村で支度した着物はどれも高価過ぎず趣味が良い。その中でもユメが気に入っていそうな色合いだった。


「ご無沙汰しております」

「ユメ……乃新殿。ようこそおいでなさいました……見違えましたよ」


 勘左衛門は努めて他人行儀に、敬語でユメに相対した。

 それが何を意味するか、頭のいいユメにわからないはずがない。一瞬身構えた様子をみせたが、それでも笑みを浮かべもう一度頭を下げた。




「箕六屋さんでございますか」


 ユメが裏を取ろうとしていたもの。俺だって気づいてた。

 箕六屋が接待していた連中の中に、辻斬り事件を起こしている者がいる。その可能性は限りなく高い。はずだ。


「客の情報を流せないのは承知のうえだ。だが、今回の辻斬り事件に関わっているのは間違いない。江戸の町が物騒なのは、市村にもいいことじゃないだろう?」


 勘左衛門の部屋で、俺はそう切り出す。脅かすつもりはないが、手ぶらで帰るつもりもない。

 ユメは裏方に挨拶してくると言い、帳場へ行ってしまった。勘左衛門には、姿を見せたことだけで十分だったんだろう。店主もまた、ユメの若侍としての姿に感動していたように俺には見えた。


「おっしゃる通り、ここに通われるお客様のことを他言することはできません。たとえ火浦様のご依頼とありましても……ですが」


 市村の店主は周りをつと見まわし、小声で俺に言う。


「今ごろ火浦様のお連れの方が、お知りになりたいことを手にしてるかと思います」


 持って回った言い方だが、つまりはユメが情報を得ているということだろう。俺もそうだろうと思っていた。帳場に何があるのか。周知のごとくだ。あいつに頼るつもりはなかったのに、結局こんなことになっちまった。


「ところで店主。ちょっと聞いておきたいことがあるんだが。辻斬りじゃなくて……桜花の事件のことなんだ」

「はて。もうお調べは全てついたのでは」

「いや、ただの俺のわだかまりだ。納得いかねえことがあると気色悪いんでね」


 犯人である菱元屋の連れ子、太一郎は八丈島の島流しになった。ついこの間、沙汰が出たのを奉行所で聞いた。

 正直信じられなかった。なぜ死罪にならなかったか、俺にはわからない。陰間や金剛は人でないってことだろうか。色々不信な点もあったが、沙汰が覆ることもない。ユメも尋ねてこないので、敢えて話したりはしなかった。

 俺は今度のことがなければ、湧いて出た疑念もねじ伏せようかと思っていたんだ。だが、こうしてここに来たのは、やはりうやむやにしてはならないってことだと考え直した。


「さようでございますか……で、お聞きになりたいこととは?」

「録治は金魚かなんか飼ってたかな」

「は? いや、どうでしょうか。佐之助のほうが知ってそうですが……」


 とっくに聞いてる。あいつは知らんと一言言ったきりだ。


「でも、この芳町にも夏になると祭りの真似事をします。ごひいきの方に来てもらって、陰間たちと遊んでもらう催しです。そこでは、金魚も売られますので」

「飼っていても不思議はない」

「なんとも言えませんが、飼っていないとは言い切れないです。それがなにか?」

「いや、いいんだ。ただの興味だ」


 録治が死体で発見された後、俺は録治の部屋を調べた。この豪勢な市村の屋敷の裏に、録治のような金剛が住む場所がある。一人住まいと聞こえはいいが、狭い長屋のような場所だ。

 ユメの話から、金剛は元陰間のなれの果てと知ったときは驚いた。言われてみれば、録治も色男だった。

 佐之助のような侍の出は稀有だ。あいつは、そこではない別の場所に住んでいた。これも、奴の元の雇い主であり、ユメを囲っていた御館様の采配だろう。ちなみに佐之助は絶対に陰間なんかやれない大男の不細工だ。


 録治の家には金魚はいなかった。だけど俺は見た。空のガラス鉢。上等なもので、金剛が持っているには不釣り合いだった。と言ってもその時の俺は、特別気にしてたわけじゃない。桜花が誰かにもらったのを録治にやったんだろうなんて思っただけだ。

 俺の思考が途中で途切れたのは、録治の部屋でそのガラス鉢を眺めているとき、ユメが突然声をかけてきたからだ。偶然なのか、それとも見計らって声をかけたのかはわからない。だが、その時の俺は、艶やかに女装して現れたユメに頭がいってしまったんだ。


 もしかして、あいつはわざとそうしたんじゃないか。ならその理由は? ガラス鉢はずっと放置されていたのでなく、明らかについさっきまで使用していた感はあった。

 もし金魚鉢として使われていたとしたなら、それは重要なことだったのではないのか。これもかれも、今にして思えばということだ。





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