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陰間由夢乃丞と八丁堀  作者: 紫紺
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参 その2


「彼はおまえの懇意の者なのだろう?」

「はあ。あいつの道場でずっと修行しておりました」

「そうか……。あれは懲りてないぞ。そのうちにまた首を突っ込んできそうだ」


 さすが佐々木殿、鋭い。


「このヤマ、かなり不味いのはおまえでもわかるだろう? 武家屋敷なんかが関わってきたら、町方の調べなんて踏み潰される」

「さようでございますね。オ、私も理解しています」


 武家屋敷ってのは、各藩の江戸屋敷のことだ。参勤交代で江戸住まいの時に大名たちが住む。だが、その妻や嫡男は、聞こえは悪いが人質として江戸に定住しているのだ。

 そんな連中が江戸で暇を持て余して悪さをしていたとしたら……、裁くところが違ってくる。


「だが、だからと言って私はこのヤマを見過ごすつもりはない。現場を抑えれば、その後誰が取り調べたっておんなじだ。大名の嫡男だったらお取り潰しのうえ、犯人は切腹だろう」


 なんだろう。もちろん同心として、その心意気は当たり前だし、俺だって俺らの庭で人殺しをしまくってる奴なんざ許せねえ。

 それでも佐々木殿はもう中堅だし、こんな危ない橋を正義のために渡るのは解せない。犯人を上げたところでなんの褒美もなく、下手をすると口封じのためどっかに飛ばされるような旨味のない事件なんだ。


「はっ。私も同感です」


 だが、俺はそこには触れず、流れに任せてみた。


「そうか、うん、火浦ならそうだと思っていたよ。これは危険を伴う。おまえの友達も、次は本当に殺されるかもしれん。首を突っ込ませるな」


 それについても、というかそれこそ俺は同意だ。相手が誰か今のところ不明だが、もしも大名級の御仁だとすると、それが明るみに出る前に消されかねない。同心である俺たちよりも危険だろう。そんなこと、絶対あってはならない。


「承知しました。長行にはようよう話します。目も光らせておきます」

「ああ、そうしておけ」


 俺は同心たちに全幅の信頼を置いていない。はっきり言って、真面目に仕事に取り組んでいる奴なんてほぼいない。自分の岡っ引きに任せきりで、資産運用に励んでいる奴もいるくらいだ。

 岡っ引きもいい加減だから、江戸の犯罪は減らない。俺みたいな普通の同心がそこそこ頑張ってるから、何とかなってるんだ。

 で、佐々木殿。俺が知ってる限り、普通の中でもかなり優秀な同心だ。きちんと捜査し、ちゃんと犯人を捕まえてる。だから俺は、自分の情報も佐々木殿になら渡してもいいかと考えた。他の奴になら絶対しないことだ。


「箕六屋か……。まあ、そっちはおまえに任せるよ。何か出たら知らせてくれ」


 だが、思いのほか反応は薄かった。これくらいじゃ無理もないか。それに、何か出たらそれはそれで、俺の手柄にもなるってもんだ。ユメにも見直してもらえるかな。あ、なに下らねえこと考えてんだ、俺は。

 しかし、そうなるともちろんユメにも手を引いてもらわなければ。あいつ、言うこと聞くかな。長行も頑固だし、全く頭が痛い。


 あいつらのお守りをしながら、辻斬りの犯人を捕まえるなんて至難の業だ。しかも相手は、どこかの藩の跡継ぎってことも考えられるんだからな。

 昨夜殺されたのは、地方からやってきた出稼ぎ人だった。佐々木殿の岡っ引きが近辺の人足屋を聞き込みして割れた。

 物取りや怨恨じゃない。夜道をうろうろしている者なら誰でもいいってわけか。俺は血気ばむような正義漢じゃねえけど、それでもやり切れない。出稼ぎなら、帰りを待ってる人もいただろうに。相手が何者であろうと、きっちり落とし前付けてやらないとな。




 八丁堀の屋敷に戻ると、ユメが待ってましたばかりに俺にまとわりついてきた。番屋での長行のことや事件のことを知りたくてうずうずしてるんだ。俺は簡単に佐々木殿との話を伝え、危険だからもう関わるなと諭した。


「へえ、じゃあ一度、市村に行ってくるかな」


 手を引くどころか、なんかの裏を取りに行くつもりらしい。


「だから、もうおまえは手を引けって言ってるだろ。長行もだが、おまえらの面倒を見てる場合じゃねえんだよ」


 ユメはちょうど学問所から戻ってきたところだった。若侍姿のあいつは初々しく、まるで二枚目役者のようだ。手足が長いから、袴姿がなんとも絵になっている。


「でも……」

「長行にも俺から念押ししておく。市村には俺が出向こう。で、何を聞く気だ?」

「ふううん。なんだよ。忠親様、市村に気になる子でもいたのか? 会いたいんだろ」

「はあぁっ! 何を馬鹿なこと言ってんだよっ。なわけねえだろ」


 言うに事欠いて何をほざいてやがる。全く思ってもないことだ。

 市村では何人かの陰間や修行中の子らに会ったが、もう顔も覚えちゃいない。俺があそこで目を奪われたのはユメだけだ。おまえは……特別なんだよ。


「……じゃあ、一緒に行ったらダメかな。事件のこととは関係なくさ。この間借りた着物も返したいし、親父に挨拶もしたいんだ」


 ユメの言う親父というのは、市村の店主、市村勘左衛門のことだ。ユメが十二歳で買われた時から、親代わりのような存在だったんだろう。普通の陰間とは違う、ユメだけの特権だけれども。


「ううむ……」


 上目遣いにして俺を眺める。このおねだり上手、なんとかなんねえか。そんな可愛い顔して言われたら、俺の決意も揺らぐじゃないか。


「じゃあ、まあ。一緒になら……」

「やった。やっぱり忠親様は優しいな」


 満面な笑みで俺に抱きつかんばかりに寄ってきた。俺は慌てて後ずさる。すると悪戯っぽく口角を上げ、舞うように屋敷の中へと入っていった。






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