参 箕六屋 その1
朝、いつもの時刻に火浦家の門を出ると、岡っ引きの伝八が俺を待っていた。
「旦那、おはようございます」
「おお、どうだった?」
挨拶もそこそこに俺は先を急がせる。まずは奉行所に出勤してそれから番屋に行くのだが、そのまえに昨夜の様子を聞いておきたい。
「へえ。旦那の言う通り、箕六屋に張り付いておりました。最初は何もなかったんですが……」
俺は昨日、菱元屋で聞いた話を念頭に、箕六屋を見張るよう伝八に指示を出した。この辻斬り騒動にあそこが絡んでいるのなら、動きがあるはずだ。
「笛の音が聞こえた頃、中から人が出てきました」
張り付いてすぐに動きがあったのは、俺にも伝八にも幸いだった。何日にも渡ればこいつのことだ。飽きちまって疎かになったとしても全然不思議じゃない。
「初めは音に気付いて様子を見に来たのかと思いましたが、そいつはどこかに出掛けていくのですぐさま追いかけました」
「ほお、それで?」
なかなかやるじゃないか、伝八。
「すいません。すぐ撒かれちまいました」
前言撤回。
「仕方ないのでそのまま帰ってくるのを待っておりましたら、半時ぐらい後に、長細い荷物を抱えて戻ってきました」
「荷物? どんな大きさだ」
「へえ、これくらいでさ」
伝八は両手を広げる。長細いものを布でくるんでいたという。刀くらいの大きさだ。
「まずまずいい情報だな。で、そいつは箕六屋の店主か?」
「いえ、あれ番頭の茂吉でしたね。江戸の箕六屋は若い息子が店主となっておりますが、実質はその番頭が仕切っているようで。本店の大番頭だった奴ですよ」
「そうか。ご苦労だったな、伝八、よく調べてる。おまえにしては上出来だ」
「えっ。そりゃあ勿体ないことで。旦那に喜んでもらえて何よりだ」
伝八は破顔して喜んだ。多分、番頭に撒かれたことを気にしていたんだろう。もちろん、それを追っていてくれればと思わなくもないが、下手にバレて斬られるよりはずっといい。俺は日銭に色を付けて渡してやった。
伝八はもちろんユメの素性を知っている。爺やおまつですら知らないことだ。俺は正直悩んだ。伝八が陰間に偏見を持っているのはわかっていたし、お世辞にも口が堅いとは言えない。
ユメのためにも、彼が元陰間であったことは出来る限り伏せておきたい。世間の好奇の目に晒させたくはないのだ。それがいつまで通用するかわからないが、あいつの真の姿が受け入れられるまでの時間を稼ぎたい。
だが、その懸念は当のユメによって払拭された。俺が悩んでいるのに気付いた奴は事もなげに言った。
『伝八かい? 大丈夫だよ。俺に任せて』
その後、どんな話が二人の間に(もしくは佐之助も合わせて三人)あったのかは知らない。知りたくないので敢えて聞いてないが、伝八は全くその話に触れず、いつもながらの日々が続いている。
時折、ユメと親し気に話しているのが気になって仕方ないが、触らぬ神に祟りなしを貫いている。
番屋では、既に門下生とともに来ていた長行の話を佐々木殿とともに聴取した。
ユメが言っていた通り、族は五、六人の浪人(に化けていたと思われる)姿で行動していたようだ。長行が相手をしたのは、その中でも手練れの者だった。
「カタもしっかりしている。あれはどこの流派かな。江戸ではないと思うが、どこかのお国の指南役とみて間違いないだろう」
そう語ったのは他でもない長行自身だ。しかし、そうなるとこれは大変なことになる。つまりどこかの藩の武家、しかも高い位の人物が江戸の街で人斬りをやりまくってるってことになる。町方の俺たちではいかんともしがたい事件になってしまうのだ。
「長行、今のはおまえの私見として聞きはするが、受け入れがたい。俺がいいと言うまで、他言無用で頼む」
俺がそう窘めると、佐々木殿が渋い表情で俺を睨んだ。
「風間殿。貴殿の目撃情報は貴重だが、見解は求めておらんのでな。だが腕の立つ浪人が、江戸に数多巣食っているのも事実だ。これに懲りて、門下生を連れての自警団は控えてもらおうか」
「え……」
分かりやすく長行は憮然とした。けがをしたと言っても、確かにかすり傷だ。俺も大騒ぎしといてなんだが、今朝見た感じ、なんともなさそうだ。これで手を引けと言われたら、奴の自尊心を傷つけるに決まってる。
だが、これは長行の腕を軽んじてるわけではない。佐々木殿もこのヤマはヤバいと感じているのだ。それを、道場の師範とは言え、部外者に出張ってもらっては都合が悪い。
「承知しました。私もまだまだ修行が足りないと思っておりました。出直します」
「あ、長行……」
声をかけた俺も無視し、長行は外で待たせていた門下生とともにさっさと帰ってしまった。あとに残された俺は、大きく息をつく。
「火浦、ちょっと……」
「はい」
佐々木殿に呼び戻される。これはお小言をもらいそうだと再び奥に入った。




