表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
陰間由夢乃丞と八丁堀  作者: 紫紺
23/38

弐 その2


 そろそろ陽が西の空に落ちていく夕暮れ時。道場に続く長い階段の下で門下生たちが集まっている。

 秋も深まるころだ。寒いのが苦手な俺は早くも首元に襟巻を巻いた。


「みんな、揃ったか」


 どんな時でも爽やかな長行が声をかける。門下生たちが元気よく返事をした。

 物騒になった江戸の街に、風間道場の有志が街の見回りを始めたのはつい先日のことらしい。

 ユメも参加したいと十一郎爺にお願いしていたようだが、俺は昨日まで聞かされていなかった。


『師範と数名の門下生が三人組になって見回るんだ。上級者を必ず入れるから危険はない』


 昨夜、ユメは俺にそう言った。

 だが、辻斬りの犯人は一人とは限らない。というか、絶対に何人かでやっている。ご遺体の痣がそれを物語っているんだ。あの痣は刀の柄や鞘で小突いた跡に違いねえ。どのみち腕に自信のない奴だ。手練れの連れがいることも十分に考えられる。


『でね。見回りだけじゃつまんないじゃない。俺が、囮になるってのどう?』


 夕食を食べ終え、ユメは三毛を膝で遊ばせながらそんなことを言い出した。俺はもちろん反対した。


『先生か忠親様がいれば大丈夫だよ。俺の実力だってまんざらじゃないだろ?』


 にゃあ――

 まんざらじゃないどころでもない。だが、そういうことじゃない。なのにユメは、三毛が餌をねだるようなしぐさを俺に向けてくる。


『忠親様が無理なら、先生に頼むけど?』


 むっ! なんだと。こいつ、痛いところを突きやがって。結局俺はユメの提案を受け入れた。




「お待たせ。先生、忠親様」

「ユ、ユメ!? おまえなのか?」「由夢之新様!?」「ユメー!?」


 階段下は異様な雰囲気に包まれた。長行、門下生はもちろん、見送りに来ていたおしのも驚嘆の声を上げる。

 そりゃそうだ。ユメの女装への反応なんて重々わかってたよ。俺はこういうのも嫌だったんだ。


「女装するって聞いた時は、似合うだろうとは思ったけど……」


 長行が目玉が落ちそうなくらい見開いて、ユメを眺めている。なんか嫌だ。そのうえ若い門下生は、それこそ下品な顔をおくびもなく晒してやがる。


「ほらほら、見せもんじゃねえよ。さっさと組に分かれて市中に行け!」


 俺が門下生どもを蹴散らすと、みなぶつくさ言いながら散らばっていった。それでも何度も後ろを振り返る不届き者どもめ。


「忠親様、何をそんなにかりかりしてるんだよ。どう? 三弦のお稽古帰りの町娘に見える?」


 ユメは市村から衣装と三味線を借り、紺地に白い花柄の小紋を可愛らしく纏っている。確かに狙いどころの町娘ってのは年相応だけど……。


「町娘に化けた年増に見える」

「なんだよっ、そんなことない!」


 俺の一言にユメが突っかかる。だって、生娘にしては色気ありすぎだろう。三味線は中に刀を仕込むための小道具だが、これならお師匠さんにした方がいい。


「何言ってるの。可愛いわ。とっても。と言うか、凄く綺麗よ。男の人なんて、思えない……」


 ため息交じりでおしのが言う。自信喪失させちゃったんじゃないかと俺は焦る。何か適当な言葉はないかと思っているところに長行が。


「本当だ。こりゃ、真っ当な男なら惚れちゃうよ? 辻斬りより、そっちのが危ない」


 と、余計なことを言いやがった。


「おいおい、みんなして調子に乗せるんじゃねえ。こんなの化粧が上手なだけだよ。すぐにお里が知れらあ」


 俺は思ってもいないことを言う羽目になる。ちらりとユメが俺を見る。まんま非難の目だ。


「はいはい、そうですよ。じゃあ、先生行きましょう」

「待てよ。おまえは俺と行くんだよ」


 むくれ顔のユメの腕を掴む。囮になってるユメを長行と言え、素人に任せるわけがない。それは最初からの決まり事だ。


「そうだぞ。火浦はユメのことが心配で仕方ないんだよ。まあ、今の姿を見れば私も同感だが。私はあっちの連中と行くから」


 長行と組むことになっている、頼りなさそうな若者二人を指さした。


「う……仕方ないなぁ……」


 まだ不服そうに頬っぺたを膨らませながらユメが言う。……なんか、くすぐったい。


「じゃあな、長行。おまえの腕は信じてるが、くれぐれも気を付けてくれ。何かあったら自分で追わず、笛を鳴らすんだ」

「わかってるさ。じゃあ、またあとで」

「みなさん、お気をつけて。由夢之新様、しっかりねっ」




 おしのに元気づけられて、残りの見回り隊が出発した。

 俺も今夜は八丁堀の衣装ではない。門下生と同じように袴姿だ。ユメを尾行するのにバレるつもりはないが、八丁堀では目立ち過ぎると考えてのことだ。


「忠親様、しっかり見張っててよ。お里が出るかもしれないから」

「怒るなよ。これも男の優しさってもんだよ。わかってるだろ?」


 ふんっと鼻を鳴らしてユメは歩き始めた。

 寺の鐘が鳴りだした。晩秋の陽は文字通り落ち闇にと代わる。俺はユメが持つ提灯の灯りを頼りに歩を進めた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ