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陰間由夢乃丞と八丁堀  作者: 紫紺
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陸 出来心


 半月ばかり後、ユメは佐之助を伴い俺の屋敷にやってきた。

 与えられた出自は西三河藩に仕える俺の遠縁、田所家の四男だ。江戸に住む俺が、ユメを書生として面倒見る。これが筋書。

 全ての手配は『御館様』と市村が整えてくれた。


「田所由夢之新と申します。よろしくお願い申し上げます」


 俺の真正面に座ったユメは若侍らしく髪を結い、後ろ髪を束ねて揺らした。面を上げると、役者のような美しい顔立ちは眩しいほど。少し紅潮した頬からは、今日の日の特別な興奮と緊張が伝わってきた。

 ユメの斜め後ろには、袴姿の佐之助が畏まって座っている。名のある武家の家臣だっただけあって、悔しいが堂に入っていた。


 俺の側は、爺の相馬十一郎と女中頭のおまつがこれまた緊張の面持ちで座している。二人とも家族同然だから同席させた。二人がユメの美しさにほおっとため息を漏らすのが耳に届く。

 俺は内心ヒヤヒヤしたが、以前ここに来た芸妓と同一人物とは気づかないようだった。



 多くもない荷をほどき、一通り屋敷を案内する。他の使用人とも顔合わせなどしていたら、秋の日は短く暮れていった。

 普段より少し賑やかな晩飯を取った後、俺はユメと部屋で二人きりになった。今後のことを話すためだ。


「三毛、今日は見ないね。どっか行ったの?」

「あいつは自由人だからな。腹が減ったら帰ってくるさ。なんだ、そんなに気になるのか?」

「ん……市村では犬猫は飼えなくて、金魚くらいでさ。だから、楽しみにしてた」

「なるほどな……。あ、ユメ、おまえ市村でいつも窓の外を見ていたな。なんでだ?」


 相も変わらず窓辺に座ろうとするあいつに、俺はそう声をかける。素朴な疑問だ。


「ああ、癖になってた」


 ユメは照れたように笑うと、俺の真正面に座りなおした。


「俺ら陰間にとってあの四角い窓は、外の世界を覗く唯一の穴だったから。俺はいつも、人が行き来する茶屋街の門を見ていた。くぐってくる客や商人達を見てたんだ。

 みなそれぞれの欲望を満たそうとやってきてさ。立派ななりをした奴もそうでない奴も、一皮むけば何も変わらない」

「そうか……」


 冷めた目をして窓に臨む、ユメの姿が目に浮かんだ。夜も日もおまえは、気付くとそこにいたのか。


「そしたらあの日。桜花が殺された日、悔しくて悲しくて、どうしていいかわからなくなったあの日。見慣れない人が門をくぐってきたのが見えた」

「え、それって」

「そうだよ。旦那だよ」


 俺ははっとした。ユメは俺を見て、どう思ったのだろう。あの日、この世と茶屋街を隔てる黒門をくぐって、俺はあの街に入った。別世界のようだと思ったもんだ。それを迎え入れる立場で眺めていたユメ。


『一皮剥けば変わらない』


 そう嘯いてみても、こいつは待っていたんじゃないのか? 飼い主から手を離れ、自分を救ってくれる人を。いつか自分を連れ出してくれる人が来ると思って眺めていたんだ。あの待ち窓で。


「ユメ……もう旦那って呼ぶな」

「じゃあ、旦那様?」


 揶揄うようにシナを作り、ユメはそう聞いた。


「こら、ふざけるな。そうだな、『忠親』とでも呼んでくれ」


 ユメは一呼吸おいてから、こくんと首を縦に振った。


「じゃあ、忠親様……。俺は役に立つよ。変装も芝居も得意だ。退屈しのぎに忠親様の仕事を手伝ってやる」

「はあ、そうかい。そりゃ助かるよ」


 退屈しのぎね。馬鹿言ってんじゃねえよ。


「ははあ。本気にしてないね。ほら、こういう風にさ」


 膝を崩し、ユメが俺のそばに体を寄せてきた。髪を既に解き下ろし、衣服も普段の着流しに着替えている。

 流し目よろしく俺を見上げるユメ。その眼差しが放つ色気に俺は柄にもなく緊張し、心臓が跳ねとんだ。


「おい、俺はおまえを陰間として身請けしたんじゃないぞ。馬鹿な真似をするな」

「馬鹿な真似? この間は、俺を押し倒したじゃないか」


 ユメが俺の顔を覗き込み、まなじりを下げニヤついた。


「そ、それはだな。おまえの色香に迷ってだな……」


 くくっと、ユメは背中を少しだけ丸めて笑う。


「出来心?」

「そうだ、出来心だ」

「あの時は出来心じゃないって言ってたよ」


 矢継ぎ早に言葉を応酬させる。俺の気持ち、わかってからかってやがる。


「うるせえな、もういいから、自分の部屋行って寝ろ」


 俺は自分の心に必死で蓋をする。腕を組み、顔をそむけた俺に、ユメは小さく息を吐いた。


「あのさ……忠親様は覚えてるかな。初めて会ったとき、俺を庇ってくれたこと。侮蔑の言葉を吐いた奴を諫めてくれた」

「え……? ああ、それは覚えちゃいるが。それがどうかしたか?」


 事件直後のことだ。伝八と二人で市村を訪ねたとき、伝八はユメのことを『オカマ野郎』と蔑んだ。俺は咄嗟に諌めたのだが、何でもない、普通のことだ。


「嬉しかったよ。俺らをあんなふうに呼ぶのは当たり前のことで、誰も気になんか留めてない。だけど、忠親様は違った。俺らのことを普通に扱ってくれたんだ。

 あの時、俺は思った。忠親様になら付いていけるかもしれないって。付いて行きたいと思うかもって」


「ユメ、そんなことで俺を? まだ出会ってすぐのことだ」

「そうだよ。俺には最初からわかってたんだ。忠親様のこと……。

 それから会うたびに、その思いは強くなっていったんだよ。俺は、この人の許にいくことになるって」


 そんなふうに言われても、思い当たることは何もない。ただ、俺のほうこそ会うたびに惹かれていった。冷静に事を進めていくのも、感情的になるところも、全部。ずっと、触れたくて触れたくて、仕方なかった。


「そうだ、ねえ忠親様。この間のあんたのアレ、酷かったなあ。下手にもほどがある。俺が教えてやるよ」


 ――――アレ? なんだ、あれって。


 突然、真面目な表情をいつもの悪戯っ子に変え、俺に迫ってきた。両腕を俺の首の後ろに絡ませ、顔を近づける。俺は慌てて組んでた腕をほどいて突っぱねた。


「な、何しやがる。おいっ、こらやめろっ」

「いやだ。やめない」

「うわっ……」


 どこかで寺の鐘が鳴り響いている。厳かな音に乗るように、ふわりと花の香が俺の周りに漂った。柔らかで甘い感触が俺の唇に宿ると芯から溶かしていく。


「にゃあ……」


 いつの間に入ってきたのか、三毛が俺たちのそばにやってきた。尻尾を立てて俺の背中を撫ぜていく。まるで目撃者を気取るように、そのままそこに座り込んだ。

 

                       




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