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陰間由夢乃丞と八丁堀  作者: 紫紺
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伍 その2


 決まらない心を抱えながら、俺は市村の階段を昇る。

 その先には、ユメの部屋がある。桜花の弔いの後、報告を兼ねての訪問。ここに来るのは今日が最後だとわかっていた。

 なのに、思いも寄らない展開に俺の頭は混乱し、心も全くついていけない有様だ。扉を開けてユメの姿を見れば、いつものように振舞わなければならないのに。

 俺は一つ二つ、深呼吸をしてからユメの部屋へと入っていった。


「いらっしゃい、火浦の旦那」


 ちらりと俺の顔を見上げるユメ。落ち着いた声が、芝居の終幕を伝えているようだ。舞い上がっていた気持ちが、ふと羽根を畳む。平常心が少なからず戻って来てくれた。


「ああ……いい、弔いだったぜ。天気も良かったし。坊さんもちゃんと経を読んでくれた」


 用意していた言葉を噛まずに言えた。ユメはいつものように、窓辺に腰をかけ、外を眺めている。藍色の着物は白い肌をより美しく魅せた。


「そうかい。それなら良かった。……今日は物騒なものを持ってないんだね」


 ユメがちらりと俺の腰を見てそう言った。


「今日は調べじゃないから、帳場で置いてきた」


 いつもは二本差しに十手と完全武装して来ていたが、本来は帯刀を禁じている場所だ。

 今日くらいは、そうして欲しいと勘左衛門に言われた。俺は軽くなった体のまま、用意された座布団に座った。


「ユメ、どうして弔いに来なかったんだ? しきたりと言っても、勘左衛門も参列していいと言ってたじゃないか」

「俺はここで弔った。仲間と一緒に。桜花には命がけで守った好いた男と、市村の親父や旦那までいたんだ。十分だよ」

「命がけで守った?」


 確かに結果的にはそうなったが。


「初めて飲む薬だ。桜花は毒味のつもりもあって、先に飲んだのだと思う。桜花はそういう奴だったから」


 桜花が自分で入れたとしたら、残っているはずの薬包紙があるはずだ。事件当日はそれが見つからなかったからこそ、その発想がなかった。


「そういうことか……」


 後日改めて探索したら、薬包紙は何故か鶴の形に折られ、桜花の鏡台の引き出しに入っていたことが分かった。

 太一郎が犯人だとわかってからの話だ。塵箱に捨てずに折り紙にしたのは、薬包紙が綺麗な透かし柄だったからかもしれない。

 ユメの解釈は勝手な憶測に過ぎないが、その可能性はある。まさか劇薬とは思わなかったろうが、桜花の行動が惣兵衛に命拾いさせたのは間違いない。


「……そうじゃなければ……」

「どうした?」

「いや、なんでもないよ」


 切れ長の双眸を長い睫毛が被せていく。頭も切れ、腕っぷしもいいユメ。だが、そこにいるのは、消え入りそうで儚げな少女のようだ。


「旦那、あの男を殴ってくれたんだってな」


 あの男。太一郎のことか。


「ああ、殴り殺してやろうと思ったんだがな。邪魔が入ってできなかった」

「ありがとう……。俺達のために怒ってくれて」


 桃色の唇。その口角をわずかに上げ、俺に微笑みを投げかけた。




『火浦様、ユメの面倒をみるおつもりはございませんか』


 頭の中に、ついさっき聞いた勘左衛門の声が響く。

 やんごとなきお方は歳を重ねたユメに、今まで尽くしてくれた褒美として、好きなところへ行ってよいと言った。金も支度も自分が責任をもって請け負う。もちろん、市村に借金など残さない。


『ユメはご存知の通り頭がいい。御館様にも随分役に立ったと言われました。あの子の価値は見てくれだけではないのです』


 そんなことは俺が一番よくわかってる。桜花の事件もユメが解決したようなもんだ。

 だが、陰間として生き、親もいず、兄弟とも縁が切れているユメが、いくら賢くて金があってもすぐに独り立ちするのは無理ってもんだ。好きなところへ行けって、無責任じゃねえか。

 俺がそう息まくと、勘左衛門は口元に余裕の笑みを浮かべて応じた。


『おっしゃる通りでございます。ただ、前例から申しますと、このように囲っていても結局は飽きてしまって店に卸してしまう殿様もおります。

 その点から言えば、御館様はユメを大事に扱ってくれたと思っております。もちろん、ユメの能力あってのことですが』

『だから……怒ることではないってわけか』


 そりゃ、そうかもしれねえが。釈然としない。市村の店主は大きく頷くと、話を進めた。


『今、ユメに必要なのは、陰間であった事実の全てを受け入れ、なお、陰間としてでなく、人として、面倒を見てくれる方でございます。火浦様は、ユメの希望に叶う方と思うのですが。それとも、もう惚れてなさいますか?』


 最後の一言を、勘左衛門は俺の顔を覗き込むようにして言った。俺は、返事出来ずに固まってしまう。俺の気持ちを見透かすように、勘左衛門は呟いた。


『まあ、それでも。ユメが受け入れるのなら、それも良しとしますけどね』






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