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陰間由夢乃丞と八丁堀  作者: 紫紺
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伍 明かされた過去 その1


 惣兵衛のたっての願いで、桜花の弔いは菱元屋が執り行った。と言っても、誰が参列するわけじゃない。

 惣兵衛と市村の店主勘左衛門、それに俺の三人だ。ユメは勘左衛門に参列していいと言われたが、『陰間の掟』を理由にそうしなかった。


 坊さんの読経を聞きながら、俺はユメのことを思った。あいつが死んだら、誰にも弔われず無縁仏としてどこかの寺に無造作に埋められるのだろうか。ユメがここに来なかったのは、自分の末路を憂いての事じゃないのか。

 俺のユメとの時間はもう残り少ない。俺はいつになく心が急いていた。


「なあ、勘左衛門。陰間ってのは、引退したらその後はどうなるんだ?」


 弔いの後、俺は市村への道すがら、店主の勘左衛門に話しかけた。最後にユメに会いに行くつもりだ。


「ユメでございますか?」


 勘左衛門は口角を緩めてそう尋ね返した。


「ユ……ユメってわけじゃなく、一般論だよ」

「そうでございますか。一般論で言えば、数えで二十歳を迎えた陰間は文字通りの男娼になります」

「男娼? 今と同じじゃないか」

「違います。今は殿方を相手にしておりますが、その後は女性の相手を致します。金と体を持て余しているのは、何も男だけじゃございません」


 そういうことか。男の相手をした後は、金持ちの後家や内儀の相手をさせるのか。

 どこまでそんな商売を続けさせるんだ。それも用済みとなれば録治のような金剛になるってわけか。どのみちこの世界からは抜けられねえ。

 しかも、太一郎も言っていたが、この商売に病はつきものだ。そこまで長生きできれば、という前置きを、俺も勘左衛門も省略している。


「でも、ユメは多分そうなりません」


 項垂れる俺の横で、市村の店主がついでのようにそう言った。


「どういうことだ。まさか、既に身請けの話があるのか?」


 それはいい話だ。いいはずだ。俺は何故か晴れない思いをねじ伏せた。


「火浦様。これは、貴方様だから教える話です。他言は無用。よろしいですか?」


 前を向いていた勘左衛門が、突然立ち止まり俺の方を向いた。品はあってもやはり商売人、強い目力のある男だったが、それを前面に押し出し俺に迫る。


「ああ……承知した」


 勘左衛門は微笑すると、ふくよかな顎を手でなぞりながら話し始めた。


「ユメが私どもの茶屋、市村に来たのは、十二歳の頃でした」


 ユメは当時から、流れるような黒髪とすける白い肌、類稀な美しさを以て周囲を魅了した。

 どの茶屋も彼を欲しがったが、仲買人は市村を指名した。それは、この茶屋が他の茶屋とは違う特色を持っていたからだ。


「私どもの所には、決して名前を明かせない上得意様がおられます。ユメはそのお方の情夫になるため、市村に来たのです」

「それは……どういうことだ」


 勘左衛門は俺の疑問にこたえるべく、話を続けた。




 ユメの生家は武家だった。父親は剣術指南としてある藩に仕えていたが、その藩が取り潰しに合い失職したという。なるほど。だからあれほど剣が仕えるのか。俺は妙に納得した。

 慣れない貧乏暮らしに両親は病を患い、長男であったユメと幼い弟妹たちを遺して相次いで死んでしまった。頼るものもなく、途方に暮れる子供たちだったが、ある人買いがユメの美しさに目を付けた。

 そいつは男色家であり、地位も富も持つ、やんごとなき身分の男に持ち掛けた。彼はユメを一目見て気に入る。弟妹たちの養子先をあてがうのを条件に、ユメはその男に買われていった。



「火浦様はご存知ですか? 陰間になり、客を取るのは十三を越えてから。その前には筆舌に尽くせない非情な修行がございます。しかも、稼げる年数は吉原の遊女の半分もなく短い」


 俺は頷いた。この事件までは何も知らなかったが。俺が市村を訪れたときに話を聞いた少年たち。彼らの様子を見て、胸を痛めたのも本当のことだ。


「ですが、ユメは他の陰間たちとは違い、特異な形でここにおりました」

「特異な形?」

「ユメを買われたお方、御館様と私どもは呼んでおりますが――、御館様は、ワケあって屋敷に男娼を置くことができません。そのため、自分の情夫をこの茶屋を隠れ蓑として住まわせ囲うのです。

 ユメは市村に来た時から、その方の情夫として暮らしてきました。当然、御館様は他の者がユメに触れるのを許しません。つまりユメはここで、本来の意味での客を取らない」

「客を、取らないだと?」

「話し相手になったり街中を連れ歩く。そのようなことはしますが、ユメは御館様以外とは一切寝ません。

 ユメを買うお客様には、それを承知で高額なお遊び代を払っていただきます。ユメと共に時を過ごす。それだけで、十分価値があるのでございます」


 そんな子供騙しなことを、ここの客たちは目が飛び出るみたいな金を払ってやっていたのか。それに、それくらいのことなら、俺もユメとしてたような。


「随分と、私は火浦様に配慮してましたよ」


 ぎくりとして背筋が伸びた。


「それじゃあ、その、御館様とかいうのがユメを身請けするってのか?」


 やんごとなきお方に身請けされるなら、ユメも幸せになれるだろう。それなら、喜んでやらないと……。


「いえ、ですから、御館様はユメをお傍に置くことはできないです。代わりの方をユメに見つけるように仰っております」

「なんだと! そりゃあ、どういうことだよ。自分は見れないからって他の奴をあてがうってことか? もう、大人になって用がなくなったからって、それはあんまり……」


 俺がいきなり大声で喚きだしたのに、勘左衛門は驚いて制した。


「火浦様、お声が大きいございます。内密と申しております。それに、お怒りになることではないのです」


 両手を翳して宥めるように言う市村の店主。俺も何を激昂しているのか、咳払いして落ち着きを取り戻した。


「どういうことだよ。わかるように説明してくれ」


 そのあと市村勘左衛門が話したのは、俺の予想もつかないことだった。







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