参 その3
ユメの部屋は客を迎え入れる座敷のほかに、本人が暮らしているのか半開きされた襖の向こうに寝室らしきものがある。
寝室だから、仕事場でもあるのかもだが……なんだか心がざわざわ騒ぐ。ふかふか座布団の上で胡坐をかいて座る。視点の定まらない俺がぼんやりそっちを眺めていると、なんでだか尻を軽く蹴られた。
「なんだよ。なにすんだ」
ユメは鼻で笑うと俺の目の前に座った。改めて真正面に座られると、ユメの美貌に圧倒される。立ち居振る舞いも洗練されたそれは、演じているというより、ユメの資質そのもの、生まれつき備わっているように思えた。
「じろじろ人の部屋見てるからだよ」
だったら襖閉めとけよ。
最上階はこいつの部屋しかないようだから、他の陰間とは待遇が全く違う。これが界隈一の売れっ子の実力。『雲の上の人』というのはこういうことなんだろうな。
だが、そんな俺の感想なんかに付き合うつもりもないユメは、さっさと話を進める。
「さっきの話、その、録治が桜花に惚れてたとか言ってたな。俺に思い当たることがあるんだ。詳しく聞かせてくれないか」
真面目な表情でユメが言い出した。思い当たること? それが今の格好と関係あるんだろうか。
「ああ……もちろん構わねえよ」
俺はユメに促されるまま、惣兵衛の義弟、太一郎との会話をユメに話して聞かせた。
あいつは足を少し崩し、黙って聞いてる。着物の裾から覗く細い足首に気が散る俺。なんだってこんな若造に振り回されてるんだ。
「な。録治が桜花を憎からず思っていたのは、赤の他人にだってわかったんだ。それに……」
「なるほどな。見えてきたぜ」
俺がまだ話している途中だというのに、ユメはまた被せてきやがった。全く人の都合なんてお構いなし。憎たらしいほど飄々としてやがる。
「なんだよ。何が見えて来たんだ」
「俺達はとんだ思い違いをしてたんだよ」
「思い違い? 確かに録治の部屋には怪しいものがなかったが、綺麗に整頓してあったのも、覚悟のうえと取れるはずだ」
録治の仕業なら動機も状況証拠も完璧じゃないか。
「旦那、まだ気が付かないのか。呆れたな。まあいい、あんたのお陰でモヤモヤしてたのがすっきりした。無理心中ってのが鍵になったのさ」
「でもおまえ、それは違うって言ってたじゃないか」
「違うよ。録治がそんなことするはずないのは事実だ。でも、お陰で閃いた」
「閃いた? おい、何を閃いたんだよ。その恰好と関係あるのか!?」
聞き捨てならないことを言い出した。一体何をどう閃いたってんだ。自慢じゃないけど、俺は何一つピンと来てねえぞっ。
「うるせえな……。いいかい、俺は今から自ら乗り出すんだ。
こんなことは滅多にしないけど、可愛い桜花のためだ。火浦の旦那、惣兵衛の身柄をどこかに移せ。安全で、誰にも知られないところだ。今すぐに!」
ユメはその美しい顔を険しさに変えてそう放った。
――――おまえ……まさか。
ユメが何のためにそう命ずるのか、まだわかってはいなかった。
だが結論から言うと、俺はユメの言うがまま従うことに腹を決めた。なぜか。あいつが言った、『俺は今から自ら乗り出す』。その一言に蘇ったものがあったからだ。
二年前、ここ芳町で連続殺人事件が起きた。若い陰間ばかりが被害にあった陰惨な事件。
中のことには首を突っ込まない。そんな暗黙の了解があったが、さすがに三人目がやられた時には奉行も動かざるを得なかった。
当時組み番だったのは南町で、俺達の北町ではない。南の連中が出張り、直後に犯人が捕まった。
さすが玄人と言われたのだが、実際はそうではなかった。犯人を上げたのは南町じゃない。連中が出張った時には、既にそいつは中の者の手で捉えられていた。
もちろん、そんな話は市中には出ていない。俺ら北町奉行所にも、しばらく経ってから噂として回ってきたのだ。
『陰間の美少年が犯人を割り出した。しかも現場にいたわけでなく、推察だけで。
もし最初から現場に行かしてたら三人もやられなかったって、茶屋の連中が嘆いていたらしいよ。南は芳町に出向いて、そいつをしょっぴいただけって話だ』
犯人は、茶屋に反物を卸す商人だった。所謂差別主義者だ。男のくせに男をたぶらかす陰間が許せなかったというのが動機と聞いた。
北町の上層部は噂を嘘と一蹴したが、俺達下々の同心は、それが真相だと確信していた。火のない所に煙は立たぬ。まさにそれだ。俺らの情報網を軽んじてもらっては困る。
――――その美少年というのが、ユメ……。
ユメが動くことに、市村の店主、勘左衛門からは一切のお咎めがなかった。俺はむしろそっちに驚いた。
ユメは市村第一の商品のはずだ。それを売れっ子とはいえ、殺された陰間のために自由に行動させるとは。
しかも、佐之助にいたっては、何故か商人の大旦那風に変装して現れた。一体何をするつもりなのか。
それでも俺はこのまま突き進むことにした。勘左衛門の判断は、ユメに絶大の信頼があるからだろう。
つまり、俺の読みは当たっているということだ。二年前、この茶屋街で起きた事件を解決したのは、ユメに違いない。
俺はあいつの指示通り、惣兵衛の身柄を秘密裡に動かした。




