参 その2
俺は躍起になって探し回る。こんなことなら、伝八を帰すんじゃなかった。他の店を探らせていた伝八は、菱元屋にいた俺に怪しい取引はなかったと報告しに来た。俺はそのまま奴を帰していたんだ。
だが録治は几帳面な性格だったのか、綺麗に畳まれた衣服や雑貨が整然と仕舞われていた。伝八を呼び戻すまでもない。俺が求めるものがないことは、明白だった。
「佐之助、これはなんだ?」
部屋の捜索で何も得られなかった俺は引き戸を開け、縁側に出た。そこに洗われたガラスの入れ物が置いてあるのが目に入る。
「さあ、私は知らん」
ほんとかよ。知ってても言わないんじゃないのか? ったく、使えねえ。俺はそれを手に取って、眺めてみる。
こんなきれいなガラスは初めて見た。ガラス細工はどれも高価なものだが、球形の器で、上部が大きく開いている。縁には金糸も這わせてあり、高級品だと俺でもわかった。
縁板に布が引いてあるところを見ると、洗って乾かしてたんだろうか。
「金魚でも、入れるやつかな。録治が飼ってた?」
桜花が金持ちの客にもらったのか。それを録治に譲った。だが、なんだってこんなものが……。
「旦那。ここにいたのか」
縁側でしげしげとガラス鉢を眺めていると、聞き覚えのある声が耳に届いた。俺はそれと知って振り返り、そのまま固まった。
「え……おい……見違えたな」
「何さ。驚いたのかい?」
引き戸から顔を覗かせているのは、予想したとおりユメだ。だが、さっきまでのユメとは明らかに別人だ。
長い黒髪を女形風に結い、粋で艶やかな衣装――黒地に紅い花柄の付け下げだ――を纏っている。その姿は芸妓そのもの。どこから見ても色気漂う美女でしかない。
「何の真似だ。練り歩きでもあるのか?」
吉原には花魁道中という見世物がある。この芳町でも同様のものがあるのだろうか。
「何言ってんだ、そうじゃねえよ」
ふっと唇から息が漏れる。ユメは唇に人差し指をあて、片目を瞑ってみせた。
芝居の一場面のような風情に、俺は思わず見入ってしまう。
紅い華は秋によく見る曼殊沙華だろうか。真っ赤な線香花火のような細く妖しい花弁が黒地に映え、ユメの妖艶さをより一層際立たせていた。
「火浦の旦那。茶屋はね、客と酌を交わしたり枕を共にする場だけれど、それだけじゃない。情報も頂ける場所なんだ」
ま……枕……。紅く染まった唇から放たれたその言葉に、俺は何故か動揺した。
こいつは陰間でそれが仕事だ。何を狼狽えることがあるというのだ。意味ありげな表情で言うから、余計に気になるじゃねえか。いや、それよりも情報だと? しっかりしろよ、俺。
「録治の部屋はもう調べたろ? 何もなかったはずだ」
「あ、まあそうだな。このガラスの鉢くらいか」
「そんなもの。俺も幾つも持っているよ。録治だって、元は売れっ子陰間だ。持っていても不思議はない」
「え? 元売れっ子陰間?」
それは一体どういうことだ。いや、それは確かに録治は綺麗な顔立ちの優男だったが。
「だから旦那は何も知らないって言うんだよ。金剛は、元々陰間だった男が巡り巡って就く仕事さ。それより、俺の部屋に戻ろう。話があるんだ」
俺の頭の中で疑問符が暴れまわっている。確かに俺は知らなさすぎだが、今のユメの言葉は俺の理解を超えた。
録治が元陰間? 百歩譲ってそれはわかる。あの雰囲気は、用心棒というよりそっち系だろう。
だが、佐之助は? あいつが元陰間って、そりゃあないだろう。あいつを指名するような輩は、相当な嗜好の持ち主だと思うが、そういう需要はあるのか?
「何ぼんやりしてんだよ。行こう」
ユメが立ち尽くしている俺の腕を取る。俺は慌ててガラス鉢を置くと、その手に引きずられるように長屋の外に出た。
あいつの指は細くて長い。無粋なだけの俺の手首をその指が掴んでいる。ユメのいい匂いが俺の鼻腔まで届くと、脳天がふらりとした。
――――まあ、どうでもいいか。
佐之助への疑問は市村の店主にでも聞こう。俺はユメとともに本館最上階の部屋へと戻った。




