金木犀の庭で 2 木組み四代
私の父、タロさんが手元の玄能をじっと見つめている。玄能っていうのは要するにトンカチ、金づちのことで大工さんはそうやって呼ぶ。
タロさんが見ている玄能はタロさんのお父さん、つまり私の祖父ちゃんから先ほど渡されたもので、タロさんの顔は何だか複雑なんだ。
「ねえ、トシちゃん。何なの、その玄能」
トシオ祖父ちゃんは孫の私にどこまでも甘い。(もしかしたら日本中の祖父というものは大概そういうものかもしれないけど)祖父ちゃんは私に話しかけられた途端にニコニコ笑いながら言う。
「うーん、栞ちゃん。俺も知らねえんだな。武平爺さんから死ぬ前に『お前が引退する日が来たら、これを太郎に渡せ』って言われててね」
トシオ祖父ちゃんはこの田舎町で大工をしている。父さん…タロさんは家業を継ぐことなく、彫刻家を志して家を出た。今は少し離れた街の市役所で土木課に勤めている。まあ、つまり彫刻家になる夢には挫折したのだ。
私自身は現在美術大学の3年生、ちょっとタロさんに報告があって夏休みの帰省中だ。
本日はトシオ祖父ちゃんがタロさんに何かを伝承するらしいと聞いて、面白そうなのでついてきた。簡単にいうと野次馬根性というやつだ。でもそれが玄能一本とは思わなかったな。
ここはトシオ祖父ちゃんの工房だ。ガレージみたいな半屋外の場所で、冷房はもちろん効かないけれど風通しがいいから、まあまあ耐えられる。
この工房は私にとってお馴染みの大変落ち着く場所だ。周りにはたくさんの木材や木工用の電動工具や、名前も判らない秘密道具がゴロゴロ転がっている。ここに漂う木の香りが私は何より好きだ。
中学や高校時代の夏休み、ここでタロさんやトシオ祖父ちゃん、その仲間の職人さん達と作業したり、大工仕事の話をしたりして過ごした日々は私の大切な思い出なのだ。
…というようなことを母さんにしたら「大工仕事の話が大好きか…。あんたもだいぶ変だ。タロさんもトシオ祖父ちゃんも変だとは思ってたけど、これはDNAなのね」と笑われた。
さてこの度、77歳を越えたトシオ祖父ちゃんはずっと続いてきた『澤村建築』の看板を降ろすことに決めた。近所の小さな修理やお寺の定期点検なんかは続けるらしい。これからは趣味のDIYみたいに働くって言ってる。引退とは何ぞやっていう話だよね。
で、7月になってトシオ祖父ちゃんは武平さんの遺言どおり、タロさんを実家に呼びつけた。武平さんはトシちゃんのお父さんでタロさんの祖父…だから私にとっては曾祖父ちゃんか。その30年以上前に亡くなった曾祖父ちゃんの玄能が今、息子のタロさんに渡された。
私は父親であるタロさんとトシ祖父ちゃんの顔を並べて眺め、会ったことのない曾お祖父ちゃん、宮大工の武平さんの姿を頭の中で思い浮かべた。
「形見分けってことじゃないの?タロさん」
私が言うとタロさんは口をへの字にして上を向いた。納得出来ないときの癖だ。
工房の外は蝉がミンミン元気に鳴いている。トシオ祖父ちゃんはお茶を一口啜る。
「今さら…。武平さんは俺を見限ってたはずだ。最後はケンカ別れみたいになってたからな」
タロさんはさっきの納得出来ない顔のまま言った。
「ふん、太郎。それは違うぞ」
トシオ祖父ちゃんが湯飲みを置いて、少しだけ真面目な顔つきになった。
「お前は捨てゼリフを吐いて出てったつもりだろうけど、親父はいつもお前のことを気にしてたからな」
「武平さんが?」
「ああ、戻ってきたら山門の彫刻をやらせるとか、北街の山車の欄干をデザインさせたいとか」
武平さんも彫刻家になったタロさんを待っていたのかな。
何だか二人の顔が明るくないので、私は話題を変えにかかった。
「ねえねえ。タロさん、何なの?その金づち。実は名品で『何でも鑑定団』とか持ってったら何千万とか」
私の言葉にタロさんは苦笑いし、手にした玄能をあちこちから眺める。
「普通の玄能だな。使い込まれたいい玄能だけど、まあ、高級品じゃない」
トシオ祖父ちゃんも頷いた。
「武平さんはあんまり道具に凝るような人じゃなかったと思う。手入れは丁寧だったが」
「厳しいお師匠さんだったの?」
私はトシオ祖父ちゃんに尋ねた。
「ああ、厳しかった。手取足取り教えてくれることはなかったな。まあ、俺も不器用だったし宮大工を早々に諦めて、それも不満だったんだろうな」
祖父ちゃんが懐かしむように目を閉じて微笑んだ。
澤村建築の歴史はみんなに聞いて、私もだいたい知っている。。
武平さんには男の子の跡継ぎができなかった。それで宮大工の仕事を継がせようと娘さん…つまり私の祖母ちゃんにお婿さんを取った。それがトシオ祖父ちゃんだ。トシオ祖父ちゃんは厳しい修行に耐えて、技を継承したけれど早々に宮大工は諦めた。本人は「不器用だった」っていうけど、この町内で『名棟梁』と謳われる祖父ちゃんが下手な職人だったわけはない。
多分祖父ちゃんは一般住宅を、普通の人が普通に幸せに暮らす家を作りたかったのだ。優しげなトシオ祖父ちゃんの顔を見ていると私は自分の憶測がきっと正しいだろうと確信する。
でも武平さんはガッカリしたかもしれない。せっかく技を仕込んだ娘婿は宮大工をリタイアし、期待の孫は彫刻家目指して家を出て行ってしまったのだ。トシオ祖父ちゃんともタロさんとも「継ぐ、継がない」という言い争いはしなかったらしいが、思うところはあっただろう。
タロさんはやっぱり後ろめたい気分だったらしく、なかなか里帰りできなかった。結局彫刻家にもなれず、家に戻って宮大工を継ぐこともせず、別の街で市役所勤めを始めた自分の顔を武平さんに見せにくかったのだ。
「葬式の時に見たノート、ほら、あの武平さんの帳面。覚えてるか、親父」
タロさんの問いかけにトシオ祖父ちゃんは首を捻る。
「何だ。帳面て」
「何か、継手とか仕口とか木組みがいろいろ書いてあった」
「うーん。…そういや、そんなのもあったかね。それがどうした」
あの興味の無さそうな顔、トシオ祖父ちゃんはきっと覚えてない。
「…覚えてないんだな、親父は。まあ、いいや。ノートの一番最後のページに『さらばだ、太郎』って書いてあったのを見た記憶がある。木組みを書いた大切なノートにだぞ。見限られてた証拠だろう」
「それだけか」
トシ祖父ちゃんは口をへの字にして上を向いた。さっきも見た仕草の祖父ちゃんバージョンだ。
「あのな、太郎。武平爺さんは絶対に俺よりお前に期待かけてた筈だし、大学行くのも大反対ってわけじゃなかったと思うぞ」
「進学は親父が後押ししてくれたお陰だってわかってるけど、それで親父と武平さんもギクシャクしたんだろう」
タロさんはやっぱり気にしてるんだ。私はちょっとしょげ気味のタロさんの顔を覗き込んで、それから頭をナデナデしてあげた。タロさんが複雑な顔をさらに複雑にして、私の手をそっと払いのけた。
「栞ちゃんは優しいなあ」
トシオ祖父ちゃんは目を細める。祖父ちゃんほどじゃないよ。
「太郎。お前が気に病む必要は全然ないんだぞ。俺と武平さんはその後もうまくやってた。たかが田舎の大工の家だ。爺さんの宮大工もその頃はこの辺じゃ仕事がなかった。時代だよ」
「わかってる、って平然と言えるほど自分に自信があるかっていうとな…」
タロさんは玄能を手元で触りながら、ブツブツとぼやく。
「お前はいつまでも思い悩むタイプなんだなあ」
トシオ祖父ちゃんは微笑んで、もう一口お茶をグイッと飲んだ。
武平さんが亡くなって、タロさんは十年ぶりに帰郷した。お棺に向かってタロさんは長いこと頭を下げたが、もちろん『許す』と武平さんはもう言わない。トシオ祖父ちゃんも祖母ちゃんも全然わだかまり無くタロさんに接したけれど、タロさんは自分が許せなかった。またタロさんはしばらく故郷から遠ざかったらしい。
次にタロさんが実家を訪れたのは母さんを紹介するためだった。
「ちょっと顔を見せるだけでいいさ」
タロさんはホントにすぐ帰るつもりだったらしいけど、母さんはそれを許さなかった。
「あなたは街の人のために土木作業の仕事をやっている。誰が見ても恥ずかしい人生を送ってないでしょう。堂々と胸を張って武平お祖父ちゃんのお墓参りに行きましょう」
トシオ祖父ちゃんはそんな母さんがすぐ気に入った。
でも本当にタロさんがちょくちょく実家に帰るようになったのは私が生まれてからだったらしい。
私は物心ついてからすぐにトシオ祖父ちゃんの工房に入り浸った。ものづくり、特に大工仕事に興味を示す孫娘の私は祖父ちゃんにとって『大工の神様から授かった天使で宝物で希望の光』だそうだ。
祖母ちゃんも私を可愛がってくれるし、私は今に至るまでこの家では甘やかされ放題の溺愛され放題で過ごしている。
私は一人でバスに乗れる小学生の終わりくらいから、少し長い休みになるとここへ来て、端材を貰ってはいろんな作業に耽って楽しんだ。
中学生の終わりくらいには自分で持ちこんだマイ大工道具や彫刻のセットで木材加工をし、本棚や椅子、彫刻などを仕上げた。何しろ足りないものはここで何でも揃う。そしてトシオ祖父ちゃんはいくらでも教えてくれる。
私は高三の夏には本物の現場で祖父ちゃんの助手ができるくらいにはなっていた。
ちなみに現場に出ていたことはタロさんには内緒だ。職業柄、土木関係の現場に私が出ていることがわかったらタロさんは「素人が危険だ」と激怒するだろう。ただでさえ、タロさんは私が木工や木彫にのめり込んでいくのをよく思っていない。美大にも「デザイン科へ進む」というのを条件に進学許可が出たくらいだ。タロさんは彫刻家で生きていくことのハードルがどれだけ高いかよくわかっているんだ。
「ちょっとその金づちみせてよ、タロさん」
私が言うとタロさんは気難しく訂正する。
「玄能だ、栞」
金づちというのは叩く部分が金属製のトンカチの総称だけど、特にその金属の部分が両面とも打面…平らになっているものを『玄能』というらしい。何か妖怪の岩を鎚で砕いた和尚さんの名前から『玄翁』ということもある。大工さんはこだわりがあるからね。
「はい、はいっと」
私は生返事をして、その玄能を隅から隅まで眺める。
「ねえ、トシちゃん。ここに書いてある数字は何だろう」
「うん?数字?」
タロさんは老眼が進んで気がつかなかったらしい。
トシ祖父ちゃんの方はちゃんと見つけていた。
「おう、それな。179××4ってのが墨で入れてあるんだな」
私が見つけた六つの数字をトシオ祖父ちゃんが読み上げた。
「俺も気になって調べたんだ、栞ちゃん。」
「何だったの?わかった?」
これは面白くなってきた。ちょっとしたミステリーっぽいぞ。
私の気分を察したかのように、いたずらっぽい顔のトシ祖父ちゃんが声を潜めた。
「あのな…」
「うん、うん」
私は祖父ちゃんの顔に耳を近づけた。
「わからんかった」
だろうな。判ってたら最初から得意げに言うよね。
祖父ちゃんは番地か電話番号、材料の寸法…など色々考えて調べたけれど、判らなかったという。
「市内のこの番号へ電話したら、蕎麦屋だったな」
電話したのか。
「次は住所で調べたが、ここは空き地ですぐ近くには蕎麦屋があった」
「タロさん、武平さんは美味いお蕎麦屋さんをタロさんに伝えたかったんだよ」
私が言うと、呆れ顔のタロさんは私から玄能を取り上げる。
「馬鹿馬鹿しい。意味がわからん」
トシ祖父ちゃんも笑いながら私の仮説を否定する。
「どっちの蕎麦屋も武平さんが亡くなってからできた新しい店だった。残念!」
タロさんが考え込む。
「親父がこれを預かったのは亡くなる直前か?」
「…そうだな。爺さんが寝込んでからだったから…死ぬ1年前くらいか」
トシ祖父ちゃんも記憶を探るように目をつぶった。
ふと私は思ったことを口にする。
「ねえ、タロさん。ここへ来る途中に『元桜町」って地名があったじゃん」
タロさんはあんまりピンとこないようだ。
「だったら何だ」
祖父ちゃんの方は目をぱっちり開けて、私を見た。
「それはもしかしたらいい線かもしれんぞ。元桜か。『げんおう』と読める」
「何だ。親父も。ダジャレにもなってない」
「いいや。俺もお前もこういう職人肌だが、武平さんはもうちょっと柔らかめの人だった」
トシ祖父ちゃんは言う。『玄能』→『玄翁』→『げんおう』→『元桜』かもと。
「やっぱり栞ちゃんは武平さんに近いかもしらん」
私は曾祖父ちゃんと同じ人種に認定されたらしい。
「それでだな。武平さんが一軒だけ個人住宅を手がけてるんだ」
そう自分で言い出してからトシオ祖父ちゃんは確信したようだ。
「うん。お前が出て行ってから一軒だけだな。お宮さんでもお寺でもなく普通の家だぞ」
タロさんと私が同時に言う。
「まさかそれは…」
「そうだ。その家が元桜町にある」
「行ってみる価値はありそうだな」
タロさんが言って、私とトシ祖父ちゃんもニヤリと頷いた。もう完全に探偵気分だ。
私とタロさんとトシオ祖父ちゃん、『親子三代木工馬鹿』がその元締めの作った謎の家を訪ねるのだ。ワクワクしてきた。
「ここだな」
タロさんの運転する車で住所通りの場所に行くと、田んぼと畑の広がるのんびりした場所にポツンとその家があった。この辺なら駐車しといてもいいだろうと、田んぼの脇の空き地にタロさんは車を止める。
「大きな家だねえ」
私の言葉にトシオ祖父ちゃんが頷いた。
「うん。そしてどうやら間違いないな。ここは師匠…武平さんがたった一軒だけ自分で手がけた一般住宅だ」
武平さんの仕事帳に施主さんの名前があり、「山田家」で一致したという。
「だが…そんなにビックリするような仕掛けがあるようには見えねえな」
トシオ祖父ちゃんによれば、この家はタロさんが出て行ってからしばらくして武平さんが「澤村建築」ではなく個人で請け負った。そして宮大工の仲間と組んで棟上げも内装もやったらしい。つまり武平さんが隅々まで携わったけれど、トシオ祖父ちゃんはこの家には関わっていないのだ。
確かに立派だけれど、何か謎を隠し持っているようには見えない普通の二階建て住宅だ。
「どうする?訪ねてみるか?」
祖父ちゃんがタロさんの顔を見た。
「…そうだな。ちょっと見せてもらえるよう、頼んでみよう。迷惑そうな顔をされたら、それでこの話はおしまいでいい」
タロさんが玄関先に立つ。
私には夕方の田園風景にポツンと立つこの家の佇まいは普通だけどやっぱり普通じゃなく、均整のとれた美しさに見えてきた。武平さん、達人の噂は伊達じゃない…と思うんだけど。
「はい。どなたですか」
タロさんの呼びかけに応えて、玄関から出てきたのはトシオ祖父ちゃんより少し歳上に見える年配の男性だった。
「澤村と申します。本当に突然で不躾なお願いをするのですが…」
『澤村』と聞いて、男性が驚きと喜びの表情を浮かべる。
「澤村建築の澤村さん?」
「…?」
「宮大工の澤村武平さんのお孫さん…でいいですか?」
私とトシオ祖父ちゃんが後ろでビックリしている。前にいるタロさんの顔は見えないけれど、同じような表情をしてるはずだ。
「いったい、どういう…」
家主の山田さんは笑って説明をしてくれた。
「武平さんには無理言って、この家を引き受けてもらいました」
つまりここに住む山田さんは若い頃から神社仏閣の建築マニアで、憧れの武平さんに家を建ててもらって住むのが夢だった。父親同士のコネや檀家となっているお寺の線からも頼みこみ、武平さんにようやく引き受けてもらったとのことだ。
「見積もりもすごく勉強してもらってね。ただ、条件がつきました」
「条件?」
タロさんとトシオ祖父ちゃんの声が揃った。
山田さんが笑う。
「そんな大したことはないんですよ。ひとつは自分がいなくなってから家のどこかに傷みが出たら、必ず息子さんに見せること」
「俺に?」
いきなりのご指名にトシオ祖父ちゃんが目を白黒させる。
「はい。『自分の自慢の一番弟子に任せて欲しい』と」
「…」
山田さんの言葉にトシオさんは秒でウルウルしている。すげえ。武平さん、30数年越しのキラーパスだ。
「もうひとつはですね。不思議な依頼なんですけど」
「待ってました!」
私が後ろから声をかける。謎はすべて解ける!…のかな。じっちゃんと父ちゃんの名にかけたりして。
トシオ祖父ちゃんの感動をぶち壊す私の軽い合いの手にタロさんが顔を顰めた。
「栞、お前は黙ってろ」
ほーい。
「多分いつか澤村家のお孫さんがここを訪ねてくるから、そしたら家の隅々まで好きなだけ見せてやって欲しいと」
「ふーむ」
タロさんが考え込む。外見はあんまり特徴のない家に見えるんだけど。
ただし、例えばこの玄関先にある大阪格子戸とか細部までメチャメチャ綺麗で隙の無い佇まいだ。
「建具も武平さんが?」
ついついまた私は口を挟む。
虚を突かれた山田さんが目を丸くした。
「は、はい。確か内装もご自分で拵えをしたと聞いています。それで出来上がるまでは随分時間がかかったみたいです。…よくわかりましたね。以前専門の建具屋さんに見てもらったときも、こんなに見事な格子は見たことがないと」
そう、どこもかしこも築40年近いとは思えない美しさだ。ただ綺麗というのではない、人が快適に住んでいくための計算がなされた実用の美しさがある。一見目立たないのに、長く使っていると一層味わいが増していくような…。確かに達人の作った家だよ、トシオ祖父ちゃん、タロさん。
それから失礼して家に上がり、差し支えのない場所という条件であちこち見せてもらうことになった。
「どこかに俺に、いや、俺たちに見せたい秘密があるのかもしれない」
「どんな秘密だと思う?謎のメッセージとか、屋根裏に埋蔵金とか」
私の言葉をタロさんが遮る。
「馬鹿馬鹿しい。好きなように見ていいそうだけど、常識範囲内で!わかってるな、親父、栞」
タロさんはそう言って、各自遠慮しながら調査をするよう指示した。
でもタロさんはいきなり畳を剥がして床下を覗き込むわ、トシオ祖父ちゃんは脚立に乗って天井裏を調べ始めるわ、どこに遠慮があるのかという、まあ大工さんと土木課職員らしい調査だけど。
柱のあちこちや2階の建て付け、廊下や階段、屋根裏までワチャワチャ私たちが見ていると家主の山田さんは苦笑いをした。
「何だか武平さんが残したお宝を探しに来た調査隊か何かのようですな」
で、その調査隊は結局お宝のひとつも発見することができず、日が暮れたことで調査を終了せざるを得なくなった。
丁寧にお礼を言うタロさんとトシオ祖父ちゃんに山田さんは手を振る。
「気にされなくていいですよ。武平さんも『ひっくり返すくらいの勢いで見ると思う』って言ってたのを今思い出しました」
親子三代の調査隊というか私には盗賊団とか海賊・山賊の類いに見えてきたのだけれど、三人は恐縮しつつも日を改めてもう一度見せてもらうことを約束して山田家を辞した。
いったん実家に戻ったタロさんは祖父ちゃんに出してもらった山田家の数少ない資料を眺めている。惜しいことに設計図は残っていないらしい。わざとかもしれない。
材料の発注書きを見てタロさんが呟いた。
「短いな」
「どういうこと?材料が少ないってこと?」
「わからん。勘だからな。家のサイズと木材の発注サイズが何かちぐはぐな気がする」
タロさんは見ただけで、もののサイズがほぼ正確にわかるという特技を持っている。
だが結局それ以上何も思いつかず、私とタロさんはトシオ祖父ちゃんの家で夕食をいただきながら作戦会議して本日は解散、いったん私とタロさんは家に戻ることにした。
明日もう一度だけお邪魔すると山田さんには祖父ちゃんが連絡を取ってくれるという。
「秘密なんて特にない、というのが結論かもしれんな」
トシオ祖父ちゃんは昼間ほどの勢いはない。
「栞、お前はどうする?ホントに何も出てこないかもしれないぞ」
タロさんは言うが、私の勘は何か出てくると言っている。ような気がしないでもない。
「もちろん行くよ。面白そうじゃん。何かあるね、あの家には秘密が」
タロさんもトシオ祖父ちゃんも微笑んだ。私が一緒だと二人とも嬉しいんだね。フフン。
横で黙って聞いていた祖母ちゃんも笑いをこらえる。
「変わり者が三代そろって楽しそうですね」
今日こそ曾祖父ちゃんの家の謎を解くのだ!私はウキウキが止まらない。
早起きしてモリモリ朝ご飯を食べていると、母さんが呆れたように私を見る。
「いいけど…栞。あんた父さんにちゃんと言ったの?」
「…まだ。今日中に言うよ」
そうだ。私は父さんに報告があって帰省したのだった。完全に忘れていた。
「まったく…もう。大丈夫よ。父さんは反対しないからちゃんと自分で言うのよ」
私は母さんの言葉に小さく頷いた。
車に乗り込もうとして、でかい荷物に気がついた。
「ねえ、タロさん。あのでかい機械は何?」
後ろのトランクから頭が出ているブルーシートで包まれた何らかの器具を私は指さす。
「秘密兵器だ。いくつか役に立ちそうなものを持ってきた」
タロさんは昨夜のうちに市役所からいろいろ借りてきたみたいだ。一応届け出はしたみたいだが。
「木材の種類とかが、わかるかもしれない」
玄関先の庭まで母さんが見送りに来てくれた。
「タロさん、お義父さんとお義母さんによろしく伝えてくださいね」
「わかってる」
タロさんが口数少なく返すが、母さんは少しだけ睨んだ。
「あなたの『わかってる』はあんまり当てにならないんですよ。ちゃんと仏壇に手を合わせてくださいね。それからその…山田さんでしたっけ、あんまり迷惑にならないように。いくら許可してくれても、床板剥がすとか天井裏覗くとかそういう非常識なことはしちゃだめですよ」
ごめん、母さん。遅かった。
「ハア、まあ、いいか。お祖父ちゃんとあなたたち親子…変わり者同士で楽しくやってらっしゃい」
何か昨日も似たような言葉を聞いた気がするな。庭の金木犀の近くで手を振る母さんに私も大きく手を振り返して、私たちはまた建築探偵団の活動に出発した。
山田さんの家で私たち親子三代の探索活動が再開される。トシオ祖父ちゃんは今日は外壁を見て回るようだ。タロさんは居間から縁側にかけての柱をルーペのようなもので見ている。
本当に何か秘密があるのだろうか。天才の武平さんが職人肌の二人に出す宿題はどういうものが考えられるか。私は考えながらボンヤリと家の中をグルグル回っていく。
「どうだい、栞ちゃん。何か見つかったかい?」
トシオ祖父ちゃんが半ば諦めたように縁側で日向ぼっこをしながら聞いてきた。
「トシちゃんは?」
「やっぱ武平爺さんの考えるようなことは俺にはわからんというのが結論だな。もしかしたら…ただこの出来のいい家を見せたかっただけかもな。見本として」
そうかなあ?もっと簡単なことを見落としてるんじゃないのか。私は玄能の件から順に思い出していく。
「タロさん!タロさん!」
私が呼びかけると、隣の和室にいたタロさんが顔を出した。
「どうした」
「タロさん、昨日何か言わなかった?」
「昨日?」
「何かおかしいって。何かが合わないって」
私の疑問をしばらく考えていたタロさんが思い出す。
「そうだった。寸法が合わないってことだな」
「どういうこと?もうちょっと詳しく」
「つまりこの家の大きさにしては発注された材木のサイズが短いものが多い気がするんだ。柱でも梁でもな。だが発注先はひとつじゃなかったかもしれんし、改築なら前の家のものを使うことだってあるからな」
私は何だかボンヤリと謎の正体に近づいたように感じた。
「あのね。タロさん、トシちゃん。この家ってね」
私は居間の南側にある近くの柱を指さす。
「柱も梁も色が二種類にはっきり分かれてない?」
「どういうことだ」
トシオ祖父ちゃんが柱を撫ぜる。
「いいヒノキだ」
「2階と1階、それから北側と南側…なんか黒っぽいのと白っぽいの」
私は今度は南側の居間を指さした。
三人で顔を見合わせ移動する。
「これは…」
「煤けたケヤキだな。どういうことだ」
トシオ祖父ちゃんとタロさんが二人で柱を凝視した。
「そうやって考えると、この家は柱も梁も2種類を使い分けていると思うの。何故、どういうふうにかはわからないけど」
10分後、私たちは昨日に引き続き天井裏を覗き込んだ。脚立を2台しか持ってきてなかったから、私とトシオ祖父ちゃんはギュウギュウにつまって顔を寄せ合う。
「暗いな」
当たり前だが真っ暗だ。懐中電灯を使っても近いところの2~3箇所しか見えない。
タロさんが秘密兵器を持ちこんだ。スイカくらいの大きさの丸いライトだ。
「道路工事なんかで使う自然光に近くて、超明るいLEDだ。点けるぞ」
タロさんが下のコンセントを繋ぐと、天井裏が真昼のような明るさになった。眩しくて見にくいくらいだ。
「これは…」
トシオ祖父ちゃんが絶句する。
もう一度下から登ってきたタロさんもクルクル見回して、声を失った。
「トシちゃん、タロさん。…何なの、これ。つぎはぎだらけだよ」
昨日は気がつかなかったが、こうやって明るくするとよくわかる。ほぼすべての柱や梁が天井裏で継いである。これをはっきり見せたくて白い木材と黒いのを使ったんだね。
「短い材が多かったわけだ。継手だらけだ」
トシオ祖父ちゃんがため息をつく。
『継手』というのは大工さんの技のひとつで木材と木材を繋げて長い一本の建材として使えるようにするやり方だ。柱の長さが足りない場合や、柱の一部が痛んだ時の補修として使われることが多い。
うまい大工さんがやるとがっちりと食い込むように繋がって、祖父ちゃん曰く「力の方向によっては元の材より強くなる」というものらしい。繋ぎ方は木材の種類や使い途や寸法、そして大工さんの流儀などで千差万別、数え切れないくらいの継手があるという。
「何だ、これは。金輪継ぎ、腰掛け蟻継ぎ、しりばさみ継ぎ、台持継ぎ…高等テクニックのオンパレードだ」
タロさんも呆れたように天井裏を見渡している。
なるほど、言われてよく見るとどうやって繋いだのか複雑に組み合わせされて、よくわからない継手が沢山ある。
「親父、見ろ。四方鎌継ぎだ。実際に現場で使われてるのは初めて見た」
タロさんが近くの柱を凝視する。
「うむむ。俺もだ。これは…何ちゅうか、趣味の世界だな…」
トシオ祖父ちゃんの言う趣味の世界の『四方鎌継ぎ』を私もじっくり見る。
「違う材で継手してこんなにカッチリ繋がるもんかな」
タロさんはまだ信じられないような物言いで言った。
これは何だ。鎌というのは…何ていっていいのか、太い矢印を思い浮かべてほしい。その矢印の尖ったところを平らにした感じ…で判るかな?それが柱の四面すべて下の木材が「↑・↑・↑・↑」と上の木材に食い込んでいる。どうやってもこれは嵌められないだろう。どういう仕組みになっているのか?さっぱりわからない。私は思わずスマホで撮影をした。
「何か魔法のような継手だね」
タロさんも思い出したかのように、すべての継手をカシャカシャと撮り始めた。
トシオ祖父ちゃんは相変わらずじっと近くの柱から順に触って、手触りを確かめている。
しばらくタロさんの撮影音がカシャッ、カシャッ…と響いていたが、ふと聴こえなくなる。
「?」
祖父ちゃんが顔を上げた。私もどうしたことかとタロさんを見ると、タロさんが驚愕の表情で固まっていた。
「どうした、太郎」
「親父…。これを見ろ」
タロさんの声はもはやホラー映像でも見せられたかのように震えている。
「何だ。どれどれ」
トシオ祖父ちゃんは私の脚立をいったん降りて、タロさんの方に移動した。
ほどなく、向こう側の穴におっさんとじいちゃんのむさ苦しい顔が並んだ。
ちょっと笑える、と思っていたら祖父ちゃんの顔もタロさんと同じ表情になった。
二人で幽霊でも見たような顔だ。
「そんな馬鹿な」
私もそちらの脚立に移ろうと一階に降りたが、上がつかえている。
「ちょっと、ごめんね。入れて。私にも見せてってば」
「ぐう。無理だ。こら、狭い」
無理矢理二人の間から顔を出した私の前には不思議な継手があった。向かい合う二方向は三角形、残りの二方向は『蟻』といって上が膨らんだ台形で繋がれている。確かにこれも複雑だけど…
「トシちゃん、これも珍しい継手なの?」
「栞ちゃん、珍しいなんてもんじゃないんだ」
「『婆娑羅継ぎ』…幻の継手と言われている」
タロさんがまだ信じられないものを見てしまったという顔つきをしている。
三人とも下へ降り、縁側で私はタロさんとトシオ祖父ちゃんから解説を聞いた。
タロさんが言うにはこの『婆娑羅継ぎ』は大阪城の大手門に実際に使われていて、建築関係のマニアだったら、ある種『あこがれの継手』らしい。
「でも、何で二人ともそんなにビックリ仰天の顔なの?」
私の問いに未だに考え込んだ顔をした祖父ちゃんが答える。
「栞ちゃん、あの婆娑羅継ぎは長らく『謎の継手』として中身が判らなかったんだ」
ふむふむ。その後をタロさんが引き取る。
「X線の測定でその継ぎ方が判ったのは1983年。武平さんが亡くなった後だ」
「爺さんにこの継手が作れるわけないんだ。どういうことだ」
トシオ祖父ちゃんも腕を組んで首を捻った。
私は思ったとおりのことを言う。
「武平さん、自分で答えを思いついてこの家で試しにやってみたんじゃないの?」
二人は揃って口をへの字にして上を向き「うーん」と唸った。
私は笑いを堪えて、さっき撮ったスマホの画像を見返す。
「あれ?」
「どうした」
「ここに、さっきの婆娑羅継ぎの継ぎ目に墨で何か書いてある」
私の言葉に二人がスマホを覗き込む。
「片仮名…だな」
トシオ祖父ちゃんが凝視する。私はスマホの画像をタッチして拡大した。
「タ…タロウ」
私が読むと、祖父ちゃんも声を出してなぞる。
「うん。タロウ、タロウと書いてある」
「どういう意味だ」
ご指名を受けた当人のタロさんは呆然として呟いた。
祖父ちゃんがまた優しい顔になってタロさんに言葉をかけた。
「『継手』か…。やっぱり爺さんはお前に期待してたんだな。俺の継手は太郎だってことかな」
「俺はそんなに期待してくれてた爺さんを避けて…」
タロさんがつらそうな表情を浮かべた。
私は思わずそれを遮った。
「違うよ。ちょっと違うと思う」
タロさんが顔をあげ、トシオ祖父ちゃんも私を見る。
「『継手』に託した思いはあるだろうけど。トシちゃん、『婆娑羅』って何か知ってる?」
私は軽く歴女でもあるから知ってるんだ。
「ふむ。佐々木道誉とか高師直とか婆娑羅大名とか言ったな」
「そうだよ。下剋上の代名詞とかで使うけれど、要するに婆娑羅は『型に捕らわれないで自由に生きる』ってことだよ。誰も判らなかった継ぎ方を自分で解明して見せた武平さんのタロさんを応援する言葉に違いないよ」
私は歴史小説で学んだ知識を総動員して熱弁した。
すると、いつの間にか縁側の後方で話を聞いていた家主の山田さんが私たちに言葉をかけた。
「すみません。何だかお家の事情をうっかり聞いてしまって」
「ああ、構いませんよ。こんなに他人の家を散らかしているのに、こちらこそ申し訳ない」
トシオ祖父ちゃんが逆に謝ると、山田さんが懐かしい日々を思い出すように話してくれた。
「あの、今の話聞いていて、思い出しました。娘さんの言うとおりかもしれませんよ。武平さん仰ってました。『俺は寺の修理をするだけの人生だったが、息子はみんなのための大工になってくれた。孫にいたっては街のために市役所で働き始めた。俺は幸せ者だ』と、そんなことを」
祖父ちゃんもタロさんも言葉がない。
私はまたひとつ思い出した。
「タロさん、『さらばだ、太郎』だ」
タロさんが怪訝な顔をする。
「…?」
「タロさん、武平さんの木組みのノートに書いてあったって。ほら」
「…そうか」
「『さらば』じゃなくて『バサラ』だよ。多分『さらば太郎』じゃない。『太郎は婆娑羅に生きろ』って意味に違いないよ」
「…」
「とっくに武平さんは許してたんだよ。それどころかタロさんの生き方を誇りに思ってたんだよ、タロさん!」
「…栞…もういい」
タロさんは日の当たる縁側で上を向いて、それ以上は何も言わなかった。
意外と早めに調査隊の用事が終わったので、私はトシオ祖父ちゃんの工房に寄った。
祖父ちゃんとタロさんは家で一休み、タロさんは後から武平さんの木組みノートを探してみるそうだ。
工房から祖父ちゃんにメールする。
「試してみたい工作があるから、工房のもの使っていい?」
すぐ祖父ちゃんから返信が来た。
「何でも使っていいよ♡電動工具は気をつけるんだぞ」
私はそれを確認してすぐに作業に取りかかる。白は栗の端材、黒はローズウッド…多分こんな感じじゃないかな。まずは墨入れからだ。
夕方、作業を終えた私は祖父ちゃんの家に戻った。
タロさんとトシオ祖父ちゃんはまだあの継手はどうだとか、こっちの臍はどうだと紙に書き散らかして検討中だ。プリントアウトした山田家天井裏の写真もテーブルの上に広げられている。
「祖母ちゃーん、お腹空いたよー」
私が言うと、台所からそれを予想していたかのように祖母ちゃんが顔を出した。
「栞ちゃーん、肉じゃがと豚汁が出来たとこだよ。食べる?」
「祖母ちゃん!最高!大盛りでね」
祖母ちゃんは私の返事に満足そうな顔で頷いた。
「はいはい、たくさん食べてってね」
トシオ祖父ちゃんとタロさんはハッとして、時計を同時に眺め苦笑いした。
「もうこんな時間か」
トシオ祖父ちゃんは私を少しだけ寂しそうに見た。
「またいつでも来ていいからな」
「うん。また来る。トシちゃんも元気でね」
「おう、でもこれから少し忙しくなるかもな。気が変わったからな」
一体何がどう変わったのか話す前に祖父ちゃんは土間に降り、片付けてあった『澤村建築』の看板を玄関まで持っていった。
居間に戻った祖父ちゃんは腕を組んで宣言する。
「引退はやめた」
タロさんが呆気にとられる。
「親父、どうした」
「あんなもん見せられて、引退できるか。力仕事はきついがまだ技は極められる」
「さすがトシちゃん。そうこなくっちゃ!」
私はトシオ祖父ちゃんの腕にギュッと抱きついた。
「ムハハハハ。トシちゃん、感激!」
祖父ちゃんのご機嫌な顔とは裏腹にタロさんが疑ぐり深い顔をする。
「親父、栞は大工にはならないぞ。デザイナーになるんだ」
思い出した。そうだった。忘れてた。私は祖父ちゃんの腕に回していた自分の手を外して、タロさんの前でギュッと合わせ合掌した。謝罪のポーズだ。
「タロさん、ごめん!あのですね」
「私、美大で転科しました!春から彫刻やってます!テヘペロ」
タロさんは昼間の感動を返せといわんばかりの目で私を見つめる。
「彫刻って…お前。それは」
「タロさん。タロさんの無念は私が晴らすよ。立派な彫刻家になってみせる!」
「はいはい、夕飯ですよ。栞ちゃん、手伝って」
祖母ちゃんが台所から声をかけてくれたので、これはナイスタイミングとばかり私は席を立った。
「はーい。手伝いまーす」
「し、栞!」
夕飯が終わって、私たちもそろそろお暇を、ということになった。
私は思い出して、トシオ祖父ちゃんに今日工房で作ったものを差し出す。
「はい、トシちゃん、喜寿のお祝い。今日の出来たてホヤホヤだよ」
「栞ちゃんは優しいなあ。何だろう」
祖父ちゃんは顔をクシャクシャにして、私が差し出した紙包みを受け取った。
「…これは」
中身を取り出した祖父ちゃんは目を丸くした。
「四方鎌継ぎ…」
タロさんも呆気にとられて、私の工作を見つめる。
山田家からの帰り道、ずっと考えて何とか思いついた継手だ。7㎝四方くらいの白い栗の角材と同じサイズの黒いローズウッドを継いでみた。白黒で継ぎの形がよく見えるはずだ。
「難しかったよ。上からも横からも嵌まらないもんね。斜め水平からって思いつくまでちょっと時間がかかったからねえ。ね、トシちゃん。私もちょっとしたもんでしょ?」
それから付け加える。
「婆娑羅継ぎはどうしてもわかんなかった。そのうち暴いてみせるけど」
タロさんが何だか面白く無さそうに呟いた。
「武平さんの血はここに届いてたのか」
トシオ祖父ちゃんは顔をあげて私とタロさんに言った。
「おい、栞ちゃんは大学やめて、すぐに俺んとこで修行しないか。超一流の宮大工に育ててやるぞ」
「親父…馬鹿いうな。栞は大学出てデザイナーに、うう、…何で彫刻科なんだ」
トシオ祖父ちゃんがザマミロという表情をした。
「太郎、お前は知らないだろうが、栞ちゃんは高校の時にはもう現場で俺の助手までやってんだ。即戦力でもあるんだぞ」
あっ、何てことを。
「トシちゃん、それは内緒って言ったじゃん」
「しまった。悪い、栞ちゃん」
「どういうことだ。親父。栞」
三人の真ん中に私が作った継手『四方鎌継ぎ』の角材。
それぞれちょっと不本意で口をへの字に上を見つめる親子三代。
隣の仏間には武平さんの写真が静かに笑っていて、これで四代四方につながった。
読んでいただきありがとうございます。この話は少しだけ自分の実家の家業にまつわる話が下敷きになっています。以前投稿した「金木犀の庭で」の続編でもあります。気に入っていただけたらぜひこちらも。