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とんでもない魔力の公爵令嬢

とんでもない魔力の公爵令嬢は概念ごと王子様を作り出す

作者: 神月しろ

「ねえラリエル、わたくし、王子様を作ろうと思いますの」


「はい? 王子様を作る? とは?」


 うららかな陽にあたりながら、中庭でティーセットを用意していた侍女のラリエルは、主であるメイベルデン公爵令嬢であるモニカが言いだした言葉に面食らってやや不遜な返事をしてしまった。


 モニカはまだ八歳、ここガトーリア皇国で生まれ育った。金色のくるくると巻いたブロンドの髪を肩まで垂らし、同じブロンドのまつげに縁取られた青い瞳は、春の空のように淡く透き通った色だ。瞳と同じ色のレースがあしらわれた白いドレスは、春らしいふわふわとしたデザインで、モニカの身体を包んでいる。

 そしてその夫人譲りの美しい顔立ちは、楽しげで得意満面な色をたたえていた。


(これは……何かマズいことを思いついた顔ですね……)


 ラリエルは天を仰いだ。


「ガトーリア皇国には、皇帝しかいらっしゃらないでしょう? しかも、皇室には今年お生まれになったばかりの皇女殿下しかいらっしゃいません。わたくしに釣り合う年齢の王子様が、この国にはいらっしゃらないんです」


 モニカはもじもじと指をくねらせながらそうラリエルに訴えた。


「さようでございますね」


 ラリエルは慎重に答える。


「そうすると、昨日の御本で読んだような、素敵な王子様がわたくしには現れないことになってしまうと思いますのよ」


(あれかーーーーーーーー)


 ラリエルは項垂れた。昨日、何か面白い読み物はないかとせがまれ、おとぎ話の本を図書室で探してきてモニカに渡したのだった。ヤバイ、これは、ちゃんとなだめないと後で私が公爵に怒られるヤツ……。


「お嬢様、あれはおとぎ話ですから……」


 そうおずおずと言うラリエルに


「分かっておりますわ」


 とモニカは答え、頬をふくらませてぷっと口を尖らせた。


「でも、わたくしに釣り合う男性がこの国にいないというのは、とても問題だと思っておりますのよ」


 大人びた表情でそう説得にかかるモニカに、ラリエルはなんと言えばいいのかと、額に手を当てた。


「……ええと、お嬢様が公爵家をお継ぎになるという選択肢もございますし、そうするのであればライゲル侯爵家のご次男様とか、ガレマル伯爵家のご次男様とか、いろいろ候補はいらっしゃいますわ。お嬢様なら選び放題ですのよ」


 いろいろと言葉をつなぐラリエルに、モニカは目を半眼にした。


「ライゲル侯爵の次男はトニークのこと? ガレマル伯爵家の次男ってフォルダーでしょ? 嫌よ二人とも、私よりも二つも上なのにこどもっぽいんだもの」


 つん、と顔を背けるモニカに、ラリエルは心の中で叫んだ。


(お嬢様も、まだ八歳のこどもですうううううう)


「ラリエルは大人なのに分かってないのね。王子様っていうのは、子どもの頃から王子様で、洗練されていて、かっこよくて、女性に優しくて、強くて、頼りがいのある方なのですわ」


(いえ、王子様も人の子ですからこどもの時にはこどもっぽいと思いますぅぅぅ)


 心の中ではそう言いながら、ラリエルは「はぁ……」と答える。


「ですので、わたくし、王子様を作ろうと思いますの」


「……あの、どうやって作るかお伺いしても?」


 簡単に説得できなさそうだと判断したラリエルは仕方なく話を聞くことにした。


「分かってくれましたの? ではまず王国を作ります」


「王国を作る」


 ラリエルはオウム返ししかできない。


「場所は、今は何もない北の山脈が良いと思うのです」


「あの極寒の地に国を作る」


「はい、お城があって、そこに王様と王妃様と王子様が住んでいて、その周りに国民が住んでいれば良いのでしょう?」


「……なるほど」


「それで、王国から王子様がわたくしを馬車でお迎えに来ていただけるように、まず婚約を結びますの!」


 目をキラキラさせて言うモニカに、ラリエルはやや感心した。


「そこら辺は手堅いのですね」


「何か言いまして?」


「何も」


「完璧でしょう? では、今から王国を作ります」


「どうやって?」


「魔方陣で」


「魔方陣で?!!?」


 ラリエルがそう言うと、モニカはぺらっとした紙を出してきた。何やら魔方陣が書いてある。


「これは試しに作ってみたものですの。本当は実物大の大きさにしなくてはいけないんですけれども、そんな広さの土地でいきなり試すのもと思って、ミニチュアサイズです」


「はあ」


「いきますわよ」


 そういうとモニカは手をかざし、何事かを唱え始めた。すると、直径30cm程度の魔方陣の中に、にょきにょきと小さなお城が生えてくる。童話で見たお城そっくりだ。不思議な事に蟻のように小さな人間も城と一緒に生えてきた。

 そして驚くべき事に、ラリエルの頭の中にこの国の係累や基本知識が、まるで元から「知っていたように」降ってきたのだ。王国の歴史、人物、皇国との関係、貿易の情報など、侍女として知っていなくてはいけない程度の知識が頭の中におさまっている。


「?!」


「分かっていただけまして? こんなに小さくても、ちゃんと国ですの」


 モニカはラリエルの表情を見てニコニコと言った。


「これは全員に同じ知識が授かるのですか?」


 驚愕したラリエルが聞くと、モニカは何を当たり前のことを、とでもいうように頷いた。


「消したらどうなるんですか?」


 モニカはラリエルに聞かれると、ふっと手をかざして、今生やしたばかりの城を跡形もなく消した。


「あっ」


 その瞬間、今までしっかり「知っていたはず」の知識は、霧のように消え失せてしまった。


「魔法で作ったものですから、わたくしが死んだら消えてしまうのが問題なのですよねえ……。それと、大きな問題は、北の山脈の中腹に、王国と同じ広さの土地を確保して、魔方陣を書いてもらうことですわ」


 ラリエルは目眩をおぼえて目を閉じた。これは私の手に負えない。概念ごと王子様を作り出す魔法なんて聞いた事がない。もはや神の領域だ。止めなければいけないが、私にはもう止めることができなさそうだ。


「お嬢様、それはもう、公爵様にご相談なさいませ……」


 おとぎ話の本を渡したことくらい、喜んで怒られてしまおう。このお嬢様を止められるのは、公爵閣下しかいらっしゃらない。


「パパ、聞いてくださるかしら」


 がたん、と椅子を蹴って立ち上がると、本邸に向かって駆け出していく。モニカのひらひらと揺れるドレスの裾を見送りながら、ラリエルは女中達にティーセットの片付けを指示し、あとを追った。



 その夜、こっぴどく公爵閣下に叱られたモニカに、蜂蜜をたっぷり入れた温かいミルクを渡し、泣きはらした目を冷やし、髪をなでつけて寝かせたあと、ラリエルは公爵閣下のお小言をしっかり一時間、聞く羽目になった。

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