恋心を封印したら、なぜか幼馴染みがヤンデレになりました?
ずっと、ずっと好きだった。
初めてあったときから、ずっと。
「ヴィオラ」
温かなまなざしも。
私を呼ぶ、少しだけ低い声も。
私が迷子にならないように、繋いだ大きな手も。
大好きだった。
私が何度言葉で伝えても、それに応えてくれることはなかったけれど。幸せだった。
でも、その幸福は今日で終わる。
終わりにしなくちゃ、いけない。
「マカリ」
名前を呼ぶと、彼は魔法書から顔をあげ、星屑のような、金の瞳を瞬かせた。
「私ね、マカリのことが」
いつもの私のお決まりの恋の告白と同じ台詞にマカリは、あげていた視線を魔法書に落とした。
好きじゃない。そういったら、顔をあげてくれるかしら。でも、嘘でもそんなことは、いえなかった。
「心配なの」
「……ちゃんと、最近は三食食べてるよ」
マカリは、なぜか少し不機嫌そうに眉をよせて、顔をあげた。私が、心配しているのが、鬱陶しかったのかもしれない。
「そう? ならよかった」
魔法の研究に没頭すると、何も見えなくなる彼のことが、心配だ。でも、その心配も余計なお世話ね。
「ヴィオラは、心配しすぎ」
案の定、マカリはそういって少し笑って、また難解な魔法書に目線をおとした。
「マカリ、あのね……ううん、なんでもない」
だいすきよ、さようなら。
その二言がどうしてもいえずに、かわりに微笑んだ。そういったら、泣いてしまいそうだった。
最後にあなたに見せる顔は、笑顔でありたい。
私はもう一度、微笑んで、マカリの家を後にした。
私は、その日、住み慣れた町を出て、王都に旅立った。
マカリは王都──というか、人が密集している場所が嫌いだ。だからか、王都には死んでもいかないといっていた。本当なら、宮廷魔術師になれる才能があるのに、私たちの育った町で、魔法の研究を続けている。
王都へと向かう馬車の中、私はマカリとの日々を思い出していた。
「ヴィオラ、今日から隣に引っ越してきたお友だちだよ」
お父さんとお母さんに紹介されたのは、この世のものとは思えないほど、美しい顔をした少年だった。黒髪に、星屑のような金の瞳がよく映えている。
私は、一目でマカリに恋に落ちた。
私はとにかくマカリの世話を焼くことにした。それはもちろん、マカリが好きだから。というのもあったけれど。一番は、心配だったからだ。マカリはおじいさんと二人暮らしだった。けれど、おじいさんは、体の調子を崩しがちだった。
マカリは、そんなおじいさんを必死に看病していたけれど、そのぶん、自分のことはおざなりだった。
まるで、おじいさんが助かったなら、自分は死んでもいいとでもいうほど。それほど、マカリは必死だった。
けれど、マカリの努力の甲斐なく、おじいさんは亡くなった。
マカリはおじいさんの葬儀がおわったあとも、自分のことはおざなりだった。
私は、マカリが後をおわないか心配で。マカリの後をついて回った。
マカリはずっと荒んだ瞳をしていた。その荒んだ瞳にもう一度光を取り戻したくて、私はそのためなら何でもした。
正直いって、マカリには迷惑がられていたと思う。
でも、それでも構わなかった。
でも、マカリはある日──、突然、笑うようになった。
なぜかはわからない。でも、おじいさんのことを受け止めたマカリは、笑うようになって、私はその笑みにもう一度、恋をした。
でも、よかった。これで、マカリはもう、大丈夫。
そう思った私がマカリのそばを離れようとしたとき、マカリはいった。
「どこいくの?」
と。まるで、私の居場所がマカリのそばであることを許されたみたいで、私は舞い上がった。
それ以来、ずっとマカリに会うたびに、マカリに大好きだと告げた。
マカリはいつも笑顔を見せてはくれたけれど、一度も、それに応えてくれたことはなかった。
今日は、マカリとであって十年目。
つまり私がマカリに恋に落ちてから、十年ということになる。これ以上、マカリのことを好きで居続けても、マカリにとっては迷惑だろうし。
でも、マカリのそばに居たら、私はきっとマカリのことを諦めきれない。
だから、私はこの恋心を封印するために王都に出ることにしたのだった。
王都での暮らしは順調だった。
路銀がつきる前に、仕事を見つけることができた。王都での、物価や家賃に驚いたけれど、それなりの生活水準を維持できそうだ。
仕事を見つけ、王都での家に帰ろうとしたそのとき。
後ろから、手を捕まれた。
「!?」
「やっと、見つけた。ヴィオラ」
聞き間違えるはずのない、声に驚く。
なんで。マカリは王都に死んでもいかないっていってたのに。
「……マカリ、どうして」
「どうしては、こっちの台詞」
そういって、マカリは私の手を引いて歩き出す。そっちは、私たちの育った町の方向だった。
「……ずっと、そばに居るっていったくせに」
「マカリ?」
マカリはずんずん進んでいって、身長差のある私は必然的に小走りになる。
「マカリ、あのね。私、王都で新しい、仕事──」
だから、一緒に町には帰れない。そういおうとすると、ぴたりとマカリは歩みを止めた。
「そこで、恋人でもできた?」
「え──」
恋人? なぜ仕事の話で恋人の話まで飛躍するのかわからない。
「僕のことは、もう、どうでもよくなった?」
マカリはとても悲しそうな声で、そういった。そんなことない。私がマカリのことどうでもよくなるはずなかった。
でも、この恋心はマカリにとって、迷惑でしかないだろう。だからずっと、マカリは振り向いてくれなかったのだろうし。
でも、嘘はつけない。
だから、マカリの言葉に黙る。
「……へぇ。本当に、そうなんだ」
「マカリ?」
マカリは、暗い笑みを浮かべると、私を引き寄せた。
「!」
私はバランスを崩し、マカリの胸の中に飛び込むような形になる。
「でも、おあいにくさま。今さら、僕以外のところになんていかせないよ」
「マカリ?」
ねぇ、マカリ。どうしちゃったの。
今日のマカリはおかしいよ。
戸惑って、マカリを見上げた私の唇に、マカリは噛みつくようなキスをした。
わけがわからない。
混乱する。
だって、マカリは、私のこと好きじゃないはずで。
それに。私の想像するキスってもっと優しいものだと思っていた。こんな吐息まで喰らい尽くすようなものが、キスだなんて。
「ど、うして……」
息も絶え絶えに、ようやく、言葉になったのは疑問だった。
「やっと、けじめをつけられたんだ」
「けじめ?」
マカリは星鉱石で作られた指輪を取り出すと、私の左の薬指にはめた。
──って、星鉱石!?
星鉱石は、とても貴重なものだ。めったに市場に出回らないし、私たちみたいな平民が手にできるとしたら、それは賞与くらいで──……。
「マカリ、すごいね! 賞をとったんだ!!」
私はマカリにキスされたことも忘れて、跳び跳ねた。
「……うん。ありがとう、ヴィオラ。だから、結婚しよう」
!?!?!?!?
「ま、マカリ……?」
いったいどうしちゃったんだろう、マカリったら。
「絶対食べるのに困らせたりしないし、浮気もしない。家事だって、ヴィオラ任せにしないし、それから──」
「マカリ、どうしちゃったの? 熱でもある?」
私がマカリの額に手を当てようとすると、その手をとられた。
マカリは私にはめた指輪にそっとキスをして微笑んだ。
「ごめん、待たせて。やっといえる。愛してるよ、ヴィオラ」
「うそ……」
マカリがいった言葉が信じられなくて、瞬きする。
「嘘じゃない。僕は、ヴィオラを愛してる。……それとも、やっぱり他の男の方がよくなった? それでも、諦めないけど」
そんなこと、あるわけがなかった。
私はずっと、マカリが、マカリのことだけが好きだった。
「でも、でもっ! マカリは私のこと、好きじゃないはずで……」
だから、私が何度告白しても答えてくれなかったのだと思ってた。
「好きだよ!」
そういったマカリの顔は耳まで真っ赤だった。
「ごめん。信じられないの、僕のせいだよね。わかってる」
マカリは俯いて、それからもう一度私の手を握った。
「……聞いてくれる? 僕の過去のこと」
「はい、マカリの好きなミルクティー」
私が、ミルクティーをテーブルに置くと、マカリは微笑んだ。
「ありがとう」
とりあえず、場所を移すことにした。王都での私の家だ。
そんなに広くはないけれど、外よりは落ち着いて、話ができるはず。
マカリはミルクティーを一口飲むと、ゆっくりと話し始めた。マカリの過去のことを。
「僕は――生まれた時に親に捨てられた」
「え?」
そんな、まさか――。だって、マカリにはおじいさんがいて。
「ヴィオラのいいたいこと、わかるよ。じいちゃんと、僕には血縁関係がないんだ。じいちゃんが僕を拾ったから」
驚いた私に、マカリは続ける。
「僕は、隣国で生まれたんだ。隣国では、黒髪は不吉だといわれてる。だから、橋の下に捨てられたんだと思う」
「そう……なのね。でも、私は、マカリの黒髪とっても大好きよ!」
微笑んで、テーブル越しに手を握る。
「うん。ありがとう。ヴィオラのまっすぐに伝えてくれるところも好きだよ」
微笑んだ星屑のようなその瞳には、私だけが映っていた。
「それで……話を戻すけれど。じいちゃんは、僕を拾ってくれて様々なことを教え、育ててくれた」
マカリが懐かしむように、目を細める。
「でも、隣国では僕に対する迫害が酷くて……そして、その被害はじいちゃんにまで及んだ。――じいちゃんは、僕を助けるために何度も僕の代わりに殴られたりもした」
それで今の国にきたのだとマカリは続けた。
「でもじいちゃんは、元々丈夫な方でもなかったし、体が環境変化に耐えられなくて……。じいちゃんは、僕の世界の中心だった」
「……うん」
そうだと思う。
マカリは、おじいさんを失ったあと、ずっと荒んだ瞳をしていたものね。
「でも、そんな僕にずっと、付きまとってくる子がいた」
「!」
それって、もしかして……。
「うん、そう。ヴィオラのこと」
マカリは小さく微笑むと私の手を握り返してくれた。
「最初は、正直うっとうしいって思ってた。でも……いつの日か、ヴィオラがいないと落ち着かなくなった」
――ヴィオラが好きなものを家におくようになった。食材一つ買うのに、ヴィオラの好みを気にするようになった。
続けられた言葉に、息が止まりそうになる。
「でも、僕は不吉だから。ヴィオラの愛の言葉には応えられなかったんだ」
「そんなことっ……!」
「うん、わかってるよ。ヴィオラが気にしないこと。でも、僕はもう大切な人を失いたくなかったんだ。だからヴィオラを絶対に幸せにできる証がほしかった」
……証。
そういわれて、ふと、星鉱石の指輪を見る。この星鉱石はとても貴重で、それを賞与としてもらえるってことは……。
「もしかして、マカリの研究が……」
「うん、認められたんだ。僕は、地位がほしい訳じゃない。だから、宮廷魔術師には興味がなかった」
マカリは人混みがきらいというのも理由の一つとしてあるものね。
「それに、お金が――お金だけが全てではないと知ってるけど。お金で得られる幸せもヴィオラに与えたかったんだ。だから、賞をとるまでは、ヴィオラに応えないって決めてた。でも……」
マカリはそこで言葉をきると、私を見つめた。
「ヴィオラを傷つけたこと、ごめん。ずっと、ヴィオラの気持ちを無視してるように見えたよね。――ほんとは、毎回すっごく嬉しかったのに」
「マカリ!」
私はたまらなくなって、立ち上がると、マカリに抱きついた。
「マカリ、大好きよ」
「……僕もヴィオラが好きだよ。愛してる」
マカリに抱き締め返され、キスされる。
今度は、さっきとは違う。柔らかくて、優しいキスだ。
「ヴィオラ、大好きだよ。だから、僕のお嫁さんになって下さい」
「はい、もちろん!」
だって、だって、ずっと大好きだったんだもの。頷かない理由がない。
「マカリ、ずっと一緒にいようね」
「もちろん、死んでも一緒だよ」
え? 死ぬまでじゃなくて??
思わず首をかしげると、マカリは笑った。
「魔術を使えば、そんなこと余裕だよ。もちろん、この研究は、世には出さないけど」
得意気に笑うマカリもかっこいい。
でも、あれれ? マカリってもしかして……。
「マカリって、わりと……」
「うん。僕の愛は重いから。ヴィオラがつぶれないように加減はするつもりだけど」
「ううん! 加減しないで」
だって、マカリからの愛は全部受け止めたい。
「いいの?」
「うん。大好きな人の愛だから」
「っ、ヴィオラ!」
ぎゅうぎゅうとマカリに抱き締められる。
「ほんとに、好きなんだ」
「うん」
「愛してるんだ」
「……うん」
「遅くなって、ごめん」
「うん」
「死んでも、愛してる」
「私も愛してる」
微笑みあって、また、キスをする。
触れたところから、熱が伝わって、マカリの溢れる想いが私の中に流れ込む。
とても、とても幸せだ。
◇◇◇
それから、数ヵ月がたった。
「死が二人を別つまで、誓いますか?」
今日は、私たちの結婚式。
私たちは、顔を見合わせた。
そして、笑顔で応える。
「死んでも、誓います」
これからも、愛の重いマカリと、そんなマカリが大好きな私は、一緒に歩んでいく。
――祝福する、鐘の音色はどこまでも澄んでいた。
最後までお読みくださりありがとうございます!
少しでも面白いと思っていだけたなら、ブックマークや☆評価をいただけますと大変励みになります!