遊園地からの脱出編
白鳥様へ
お久しぶりです鷹丘です。招待して頂きありがとうございます。私も製作者の一員として遊園地からの脱出ゲームを見学させてもらいます。
昔は一緒にゲームを作ったり意見を言い合ったりしましたね。
前回、貴方に頼まれてオモチャのナイフを作りましたが、いかがでしたか? 本物そっくりの出来だったと思います。
今回はそのオモチャのナイフを使うそうですが、想像してみて下さい。もし本物のナイフと入れ替わったらどうなるでしょうか?
プレイヤーは怪我をするかもしれません。マスコミが騒いで貴方を叩き、評判は落ちてしまうでしょうね。
はっきり言います。私は貴方のことが嫌いです。目障りです。貴方の作るゲームばかり評価されるのが許せません。
今回、貴方のゲームで遊べると聞いて楽しみで仕方ありません。まぁ、貴方にとっては最後のゲームとなるでしょうけどね。
鷹丘より
無機質な部屋にペンを走らせる音だけが響く。私は一度手を止めて出す予定のない手紙を見直すと、すぐに破り捨てた。
今日はおもちゃメーカーのバッチはいらない。玄関の鏡に映る私は控えめに言って酷い顔をしていた。なんともつまらなさそうな目をしている。
曲がった襟とショルダーバックの位置を直して私は部屋を出た。鞄に入っているのは財布とスマホ。そして……
銀色に輝く本物のナイフだった。
キャラクター紹介
真紀 元気で明るい、赤髪ポニーテールの女の子
弥 知的でクールなゲームオタク
宗市 強面だけど頼りになる男
彩人 真面目で無邪気な小学生(女の子)
志桜里 真紀の親友。めちゃくちゃ強い
白鳥 弥の父親、ゲーム制作者
高橋 志桜里の父親。警察官
凛太郎 前回は敵役をしていた。見た目は大学生
鷹丘 白鳥の同期。白鳥を憎んでいる。
唯 今回のゲームマスター
* * *
「あぁぁ~~~酔ったぁ……」
空は快晴、気分は最悪。私の名前は真紀。どこにでもいる普通の女子高生。今日のゲームは遊園地で行うためバスに乗って移動中。この移動が本当にキツい……
「ほら、横になったら」
そう言って自分の膝をさすったのが親友の志桜里。お言葉に甘えて膝枕をお借りした。真面目で少し厳しいけど頼りになる。
「おーい、大丈夫か? 真紀?」
心配そうに様子を覗きに来たのが宗市。少し強面だけど何故かいつも私がピンチになると助けに来てくれる。
「真紀姉、弥さんからお薬をもらってきたよ!」
「本当? ありがとう……」
今薬を持って来てくれたのは彩人ちゃん。宗市の妹でしっかり者。ボーイッシュな見た目で、初めて会った時は男の子だと勘違いしていた。
「あっ! なんか良くなって来たかも!」
飴のような薬を口に入れたとたんスーっと爽やかな香りが広がる。
「それは良かった。一錠500円もしたけど効果は絶大だね」
関心したような表情で弥もやって来た。宗市とは対照的にひょろっとしているけど頭の回転が速く、いつも奇抜な作戦でゲームを攻略してきた。
「ねぇ、今一錠500円って言った?」
「言ったよ。その価値はあるね」
「すごい、もう治ったよ!」
さっきまでの気分の悪さが嘘のように晴れていく。
「ありがとう!」
「どういたしまして」
弥は元の席に戻って行く。
「なぁ、弥、本当に500円もしたのか?」
「そんなわけないよ宗市くん、ただの飴だよ」
「はぁ? じゃあどうして治ったんだ?」
「思い込み。プラシーボ効果さ。何となく高額な薬の方が効きそうでしょ?」
よく聞こえないけど、弥と宗市が何かコソコソと話している。それにしてもこの薬はすごい! 後でどこに売っていたか聞いてみようかな?
そんな事をぼんやり考えて外の景色を見ていると、うっすらと観覧車が見えてきた。
「さぁ、次で降りるよ」
弥が停車ボタンを押す。
「いよいよ始まるな!」
「早くゲームしたいよ!」
「真紀、気分は大丈夫?」
「うん、もう平気だよ!」
私たちは互いに顔を見合わせて頷き合った。
白鳥が作った最新作。ただでさえ難しいのにナイフを持つ謎の男も参戦。今回も真紀たちは無事にクリアーできるのか? さぁゲームを始めよう!
「やぁ! みんな! 今日はゲームに参加してくれてありがとう!」
目的地に着くと早速、白鳥さんが出迎えてくれた。目にはうっすらとクマが出来ている。徹夜で作業していたのかな?
この人が今回のゲームの制作者。実は弥のお父さんで、前回も前々回も予想の斜め上をいく展開に翻弄された。それはきっと今回も……
「みんな、最後まで楽しんでね!」
白鳥さんの後ろには豪華な遊園地が広がっていた。さっき見えた観覧車やジェットコースターもある。だけど人の声がしない。まさか……
「誰もいないね。父さん貸し切ったの?」
「そうだけど」
弥の疑問に白鳥さんがサラッと答えた。遊園地を貸し切るとか一体何者なの?
「だけど誰もいないと寂しいね」
「せっかくの遊園地なのに閉まっているみたいだな」
彩人ちゃんと宗市がボソッと呟くと、その質問を待っていた! っと言わんばかりの表情で白鳥さんが口を開く。
「大丈夫、これを付けてみて」
箱からゴーグルとイヤホンを取り出すと私たちに手渡した。
「何ですかこれは?」
志桜里が不思議そうにゴーグルを受け取る。オモチャみたいな見た目だけど大丈夫かな? ちょっと心配だけど言われた通り付けてみると……
「えっ嘘⁉︎ 何これ⁉︎」
さっきまで無人だった遊園地にCPUと書かれた客が大量に現れた。イヤホンからはテーマパーク特有のポップなBGMも流れている。これは一体?
「何だよこれは⁉︎」
「凄い! 急に人が現れたよ!」
宗市と彩人ちゃんも驚いた表情で周りを見渡している。
「どうだい? 驚いたでしょ? そのレンズに直接データを送ってるんだ!」
「じゃあ父さん、ここにいる人たちは全部、偽物なの?」
「そうだよ。真紀くん、近くにいるCPUに触れてみて」
「触れる?」
そんな事を言われてもデータだからすり抜ける。そう思ったのに……
「あれ見て志桜里、触れるよ!」
「本当だ、どうして?」
宗市や弥も不思議そうに近くにいるCPUを観察している。
「脳に人と触れた時の感覚をデータとして送ってるだけさ。この辺りは話すと長くなるから割愛するけどね」
白鳥さんは軽く咳払いすると、話を続ける。
「まずは噴水広場に向かってほしい。そこにゲームマスターがいるはずさ。いってらっしゃい!」
白鳥さんに見送られ、私たちは入場口を潜った。それと同時に後の門がギシギシと音を立てて閉まっていく……
* * *
「ここであっているよね?」
弥を先頭に私たちは噴水広場にやって来た。その近くに置かれたベンチに誰かが座っている。あれはもしや……凛太郎さん?
「やぁ、皆んな、こっちだよ!」
向こうも気づいたようで私たちに手を振っている。
「お久しぶりです凛太郎さん、その……前回はすみませんでした」
早速、志桜里が頭をペコリと下げて謝った。
「気にしないで、今日はよろしく!」
前回、凛太郎さんは敵役としてゲームに参加して、志桜里にボコボコにされた経験がある。さすが警官の娘。恐ろしい……
「凛太郎さんもゲームに参加するのですか?」
「そうだよ。一緒に頑張ろうね彩人ちゃん!」
背の高い凛太郎さんはしゃがみ込んで彩人ちゃんの目線に合わせると、頭をわしゃわしゃと撫ぜた。
「なぁ、この辺りにゲームマスターがいるって聞いたんだが?」
「そうだね……おかしいね」
宗市と弥があたりを見渡していると、突然、どこからともなくポップなBGMが流れ始めた。それに合わせて噴水も高く噴き出す。
「なんだ? 何が始まるんだ?」
凛太郎さんも驚いた表情で見渡すと、噴水の奥からゴシックドレスを着た女性が現れた。肩にはショルダーバックをかけている。誰だろう?
「ようこそお待ちしておりました。ゲームマスターを務める唯と申します」
唯と名乗ったゲームマスターは、私たちの前までやってくるとドレスを摘んで軽く会釈をした。
「ゲームマスター? まるでお嬢様みたいだね。父さんの趣味かな?」
弥のいう通り、前回のゲームマスターはもっと機械声で無感情だったから逆に違和感があるなぁ……
「早速ルール説明を始めます。今回のゲームはこの遊園地から脱出することです。全てのミッションをクリアしたら入場口の門が開きます。皆様で協力して挑戦して下さい。ただし……」
ゲームマスターは意味ありげに説明を切ると、私たち一人ひとりの顔を見渡した。
「最終ミッションは一筋縄ではクリア出来ないので覚悟しておいてください」
冷たく乾いた声が遊園地に響く。一体どんなミッションが待っているの? お互いの顔を見合わせて困惑する私たち。ただ1人を除いて……
「へぇ~それは面白そうだね!」
何故か弥は楽しそうに腕をまくっている。
「ねぇ、弥、どうしてそんなに余裕なの!」
「真紀姉の言う通りだよ! 一筋縄ではクリアできないんだよ!」
私と彩人ちゃんが口を酸っぱくして言うが、「難しい方が攻略のしがいがあるよね~」っと弥は楽しそうな笑みを浮かべて答えた。
「この噴水広場を中心に北がアトラクションコーナー、西がフードコーナー、南がコスプレスタジアムとなっております。後で地図をお配りします」
ゲームマスターの唯さんは、一度咳払いをして話を続ける。
「最初のミッションはアトラクション巡り。まずは20分以内にジェットコースターに乗ってください」
唯さんはそう言い残すと私たちに遊園地全体の地図を渡してどこかに行ってしまった。
* * *
「ここであっているのか?」
案内状を頼りに来てみたが、そこは誰もいない遊園地だった。でもその代わりに……
「鷹丘くん! こっちだよ!」
白鳥が私の存在に気づいて手を振る。目元にうっすらとクマができていた。どうせ徹夜で作業していたのだろう。
「今日はゲームの見学に来てくれてありがとう」
事情を知らない白鳥が満面の笑みを浮かべる。呑気な奴だ。
「こちらこそ招待してくれてありがとう。他のプレイヤーはどこにいるんだ?」
「もう先に始めているよ」
「そうか……もしかしてその中に赤髪の女の子はいたりするか?」
「真紀ちゃんのことかな? もちろん参加してるよ。知り合いなの?」
「いや、道端ですれ違ったくらいさ」
(ナイフを買った帰りにぶつかってきた女の子。真紀というのか……確か隣には黒髪の友達らしき人物もいたはず)
「ところで前回お前に頼まれてオモチャのナイフを作ったが出来栄えはよかったか?」
「もちろん! 本物そっくりだったよ」
「それはよかった」
(これなら本物のナイフとすりかえてもバレなさそうだ。後は誰がオモチャのナイフを持っているかだな)
「ところで今誰がそのオモチャのナイフを持っているんだ?」
「ゲームマスターがショルダーバックしまって管理しているよ。最後のミッションで使う予定さ」
「なるほどね……」
(ゲームマスターか……とりあえず見つけない事にはダメだな)
「それで、ゲームマスターはどんな奴だ? 見た目の特徴は?」
「見たらすぐに分かるよ、ほら、もうゲームは始まっているから急いで!」
白鳥は私にゴーグルとイヤホンを手渡すと入場口の方を指し示した。これ以上の聞き込みは無理そうだな。
「分かった。じゃあ行ってくるよ」
「是非、楽しんできてね!」
白鳥に見届けられ私は遊園地に足を踏み入れた。鞄がずっしりと重い。ナイフが入っているせいだろうか? それとも罪悪感によるものか? どっちでもいい。さて、ゲームを始めようか……
「うわぁ……すごい行列だね」
遊園地といえばやっぱりジェットコースター。でも大勢の人(CPU)が並んでいた。最初のミッションはこのジェットコースターに乗ること。制限時間は20分なんだけど……
「待ち時間は30分だって……」
「マジかよ、じゃあ詰みか?」
志桜里と凛太郎さんががっかりした表情で項垂れている。開始早々やばくない?
「大丈夫、大行列なんてどかせばいい!」
ジリジリと時間が過ぎていく中、1人余裕の表情で弥が口を開いた。ちょっと強引な作戦じゃないかな?
「まさか割り込むつもりか?」
「列は守らないといけないよ!」
すかさず宗市と彩人ちゃんが止めに入る。
「そんな事しないよ、あれを使おう」
弥はパレードを指差すと、私と志桜里の肩を叩いて悪そうな表情を浮かべた。
* * *
「ねぇ志桜里、あのパレード見て、すごくない?」
「何がそんなに凄いの?」
「近くに行くと期間限定のアイテムがもらえるんだって!」
「へぇ~そうなんだ真紀はもらったの?」
「まだだよ。数量限定だから急がなくちゃ!これを逃したらもう今日は手に入らないんだって! 早く行こうよ!」
「そうだね、並んでいる場合じゃないね。こっちはまた並べばいいよね?」
私と志桜里が行列の近くで喋っていると、話を聞いていたCPUたちがパレードのほうに向かっていく。それが1人また1人と列を離れ、ついに大行列が無くなった。
「カット! 2人とも。いい演技だったよ」
弥が映画監督のようなふりをしながらやって来た。
「ねぇ、言われた通りにしたけど、一体何が起きたの?」
弥から列の近くに行って、パレードの話をして来いと言われた。でもどうしてこんな事に?
「簡単な事だよ真紀くん、今パレードを見に行かないと手に入らないアイテムがある。期間限定という言葉は強いからそれを利用したまでさ。それに、みんなが列から離れていったら気になるでしょ? これを希少性と社会的証明と言って……」
弥が得意げな表情で解説していく。でも最後の方はよく分からなかった。
「恐ろしいやつだ……やっぱり白鳥さんの息子だな」
凛太郎さんが大げさに体を震わすジェスチャーをする。
「さてと行こうか!」
弥を先頭に入口に向かうと……
「お客さまお待ちください!」
慌てた様子のCPUの店員に止められた。やっぱり客をどかしたのはまずかったよね?
「そちらの帽子をかぶっているお客様、よろしいですか?」
「彩ちゃん、呼ばれているよ」
「えっ? 何なに?」
「お子さんの身長を測らせてください」
「ボクは小さな子供じゃないよ!」
頬を膨らませて彩人ちゃんが抗議するけど、その姿はどう見ても子どもっぽい。
「ほら、早く測ってもらうといいよ、お・子・様」
「酷い、弥さん! 意地悪!」
文句を言いながら彩人ちゃんが弥の背中をポコポコと叩く。弥ってもしかしてドS?
「それでは測らせてもらいますね」
時間もあまりないため、渋々といった表情で身長計に乗ってくれた。でも少し身長が足りない。この感じだとお留守番かな?
(ってあれ、伸びた?)
何故か規定のラインを超えている。でもよく見てみると、体を小さく震わせながら背伸びをしていた。かっ可愛い!
CPUの店員さんは当然、気づいているけど微笑みながら黙認してくれた。
「それでは、皆様。行ってらっしゃい!」
* * *
「お客さま、お写真が撮れましたよ。ご確認下さい」
無事にジェットコースターを乗り終えて出口に向かうと、CPUの店員さんが私たちの元にやって来た。手には一枚の写真を持っている。落ちる瞬間に光ったような気がしたけど、あれ写真だったんだ……
「ありがとうございます」
「みんな酷い顔してるね」
「そうか? オレはバッチリカメラ目線だぜ!」
「んっ? 後ろの看板に何か書いてないか?」
「本当だね」
「なになにボクにも見せて!」
全員が弥を取り囲むように一斉に写真を覗く。
「えっと……『次はコーヒーカップに乗ろう制限時間は10分』って書いてあるね」
弥が細い目をより細めてメッセージを読み上げた。コーヒーカップ乗り場はすぐそこにある。
「なんだ、楽勝だな! 早く行こうぜ!」
宗市の言う通り、この調子なら問題なくクリアできるかも? 早速私たちは地図を頼りに次のアトラクション乗り場に向かった。
* * *
「みんな! こっちだよ!」
真っ先にたどり着いた彩人ちゃんがくるりと振り返る。コーヒーカップ乗り場に向かうと色取り取りのカップが並んでいた。何故か小さな国旗がついている。
「ねぇ! 早く乗ろうよ!」
CPUの観光客たちが笑いながらコーヒーカップを回している。楽しそうだな~
「あれ? 弥、何か書いてあるよ」
入口に何故かぽつんと机が置いてあるのが目についた。その上には置き手紙まである。何だろう?
「えっと……『アメリカ、エチオピア、ケニア、日本、一番薄いコーヒーはどれでしょうか? 答えの国旗のカップに乗ってね』だって」
「どう言うこと?」
「さっぱり分からんな?」
彩人ちゃんと凛太郎さんが揃って首を捻る。
「アメリカじゃないか? 薄いと言ったらアメリカンだろ!」
宗市が自信満々に答えるが、弥はどこか納得のいかない顔で腕を組む。
「流石にそれは安直すぎない?」
制限時間は刻一刻と迫ってくる。早く決めないと! 時間に追われてみんなが焦り始めていると……
「これ……日本じゃない?」
志桜里がボソッと呟いた。
「日本? どうしてそう思ったの志桜里くん」
「日本のコーヒーつまり国内産。こくない=薄いってことでしょ?」
「正解!」
CPUの店員さんから満面の笑みで拍手を送られた。
「凄い! 流石、志桜里お姉ちゃん!」
「ありがとね彩ちゃん。一緒に乗ろうか」
「うん!」
「国内=薄いか……なるほどね……」
弥は納得した様子で頷いているけど……
「日本でコーヒー豆なんか取れたか?」
宗市はよく分かってなさそう。
「なぁ、せっかくだし、全力で回そうぜ!」
「面白いな! そうしよう」
「僕は構わないけど、振り落とされないようにね!」
私たちは男女で分かれて日本の国旗がついたコーヒーカップに乗り込んだ。隣で男子たちがすごいスピードで回している。
「あんまり回しすぎると酔うよ!」
「お兄ちゃん、後で目が回ってもしらないよ!」
志桜里と彩人ちゃんが呆れた顔で注意しているけど男子たちは聞く耳を持たない。弥もムキになっているけど大丈夫なのかな?
案の定、私たちの不安は的中することになった。
* * *
「あぁぁ~酔ったぁ……」
「やばい世界が回って見える」
「誰だよ、全力で回そうとか言ったやつ」
コーヒーカップから降りてきた弥と宗市と凛太郎さんが地面に倒れ込んでいる。バカだなぁ……
「お兄ちゃん回し過ぎだよ!」
「ほら言ったでしょ、やめなさいって!」
彩人ちゃんと志桜里が呆れた表情で男子たちを見下ろす。
「最初のミッションはこれでクリアです。次のミッションはフードコーナーで行います。移動してください」
「分かりました。ほら行くよ男子たち!」
「「「はぁ~~い……」」」
情けない声で返事を返した男子たちは、フラつく足取りで志桜里の後を着いて行った。
* * *
「仮想と現実の融合。まさか本当に実現するとは……」
ここにいる客も店員も全てCPU。仮想と現実世界の融合。それは私と白鳥の夢だった。
でも現実は甘くない。共同制作して努力したが結果は失敗の連続。そんな日々に嫌気がさして私は途中で逃げ出した。でもあいつは……白鳥は最後までやり通した。それが悔しくて仕方ない。自然と舌打ちがもれる。
「どいて! どいて! どいて‼︎」
突然、後ろから慌ただしい声がした。振り返ると、ショルダーバックを肩にかけた女性が猛スピードで私の方に向かって来ている。
「おっと!」
「すみません!」
避けたつもりだったが肩がぶつかりよろける。ゴシックドレスを着た気の強そうな女性が慌てて謝罪してきた。
「あの、一つ教えて下さい。ゲームマスターはどこにいるのですか?」
「ゲームマスター? あたしに決まっているでしょ! じゃあこれで」
女性は本当に急いでいるようで、軽く手を振るとすぐに駆け出していた。なるほど、彼女がゲームマスターか……
「お待ちしておりました! 次のミッションは店頭販売です」
フードコーナーに行くとCPUの店員さんに出迎えられた。ホットドックやポテトなど定番の商品が立ち並び、CPUの販売員が忙しそうに売り込んでいる。
「今回のミッション内容は、どのCPUたちよりも多く商品を販売して、売上1位になることです。空いているお店をご利用下さい!」
CPUの店員さんは弥にチラシの山を渡すとどこかに行ってしまった。
「ここいるCPUたちよりも多く売るとか無理じゃない?」
「流石にこれは厳しくないか?」
凛太郎さんと宗市が顔を見合わせて唸っていると、弥が2人の前にチラシの山を手渡した。
「とりあえず宣伝から始めよう。知ってもらえないと何も始まらないからね。宗市くんと凛太郎さんはチラシを配ってもらおうかな」
「「任せろ」」
宗市と凛太郎さんがチラシを受け取ると、早速駆け出して行った。
「それじゃあ頼んだよ!」
弥が手を振って2人を見送り、今度は私たちの方を振り向りむく。
「女子チームは客に試食を出してほしい。人は何かもらうとお返しをしなければと思うからね。CPUに試食を与えて商品を買わせよう! あとはそうだな……愛されキャラとかがいたら人気が出そうだな……」
弥が愛されキャラと言った瞬間、私と志桜里の視線が彩人ちゃんに向かう。
「えっ? なになに?」
「コスプレスタジアムにいろんな服があるみたいだよ」
「へぇーそれで?」
何かを察したのかすごく棒読みで彩人ちゃんが答えた。そんな事はお構いなく志桜里が手招きをしている。
「可愛い服を選んであげるからおいで♪」
「えぇ~やだよ、恥ずかしいよ!」
「コスプレスタジアムは噴水広場から西に進めばあるよ! それじゃあよろしくね」
「弥さん! 勝手に話をすすめないで!」
なんとか逃げ出そうとする彩人ちゃんだけど、私と志桜里に捕まって3人でコスプレスタジアムに向かうことになった。どんな服が揃っているのか楽しだなぁ~‼︎
* * *
「凄~い‼︎ 見て志桜里! いろんな服があるよ!」
早速中に入ると、ドレスやメイド服、警備服や警棒、ナース服、聴診器など多種多様な服や小道具が揃っていた。
「彩人ちゃん。このメイド服とかはどうかな?」
私は黒と白を基調とした子供用のメイド服を持ってきた。たぶん。いや、絶対に似合うはず!
「真紀姉、このヒラヒラはちょっと……」
「お願い! きっと似合うよ!」
私は顔の前に手を合わせて懇願すると、文句を言いつつも服を受け取って試着室に入って行った。
「どっ、どうかな?」
しばらく待っていると、メイド服の彩人ちゃんが出てきた。顔を赤く染め、手をモジモジしている。やばい、めちゃくちゃ可愛い! 思わず写真を撮ってしまった。後でみんなに送ろ!
「ねぇ、こんなのもあったよ!」
珍しくハイテンションな志桜里がウサ耳とネコ耳を持って戻って来た。
「彩ちゃん、どっちがいい?」
「どっちもいやだよ! ボクは着せ替え人形じゃないよ!」
頬を膨らませて怒るその姿も愛おしい。
「お願い! 少しだけでもいいから被ってみて!」
志桜里も顔の前で手を合わせてお願いすると、渋々、猫耳をつけてくれた。キャー可愛い!
「ねぇ! 真紀姉と志桜里お姉ちゃんもメイド服を着てみてよ! ボクばっかり着せられてずるいよ!」
「まぁ、確かにそうかも?」
「どうする志桜里?」
「流石に彩人ちゃん1人だけなのは可哀想だよね……」
と言うわけで、私もメイド服に着替えて戻ってくると、先に着替え終えた志桜里が外で待っていた。
うん、分かってはいたけど可愛い。肩まで伸びた黒髪と凛とした表情が清楚な印象を与える。ミニスカートと黒タイツの相性抜群! 妙な色気すら感じる。志桜里は何を着ても似合うから羨やましい!
「真紀もよく似合っているよ」
「本当? ありがとう!」
赤と白を基調としたメイド服。大きな赤いリボンが特徴的。でもちょっと恥ずかしいかも?
「真紀姉も志桜里お姉ちゃんも凄く似合っているよ!」
「ありがとね彩ちゃん。そろそろ一度戻ろうか」
私たちはコスプレスタジアムを出て、弥たちがいるフードコーナーに向かった。
* * *
「彩人なんだよその格好!」
早速、宗市は彩人ちゃんを見て笑い転げている。流石にこれには……
「しょうがないでしょ! ミッションをクリアするためなんだから!」
彩人ちゃんも口を尖らせて反論する。
「早速3人にはCPUに試食を出してほしい」
「試食か……ねぇ、宗市!」
私はとびきりの笑顔を作って宗市を見つめた。
「ご主人様♪ 試食はいかがですか?」
「なっ、何言ってるんだよ真紀⁉︎」
ふざけて言ってみたのにそんな反応をされると恥ずかしい。何故か弥たちが私たちの方を見ながらニヤニヤしている。そんな目で見ないでよ!
「ところで弥、私たちの売店は何を売っているの?」
私はなんとか話題を変えようと、ミッションの事を聞いてみた。
「アイスワッフルさ。味はバニラ、チョコ、イチゴ、ミントだよ」
「他にはどんな味があるの?」
彩人ちゃんがいつものように手を上げて質問する。
「これだけだよ」
「えっ? それだけ?」
味のバリエーションの少なさに志桜里も不安そう。
「大丈夫だよ志桜里くん。ジャム理論といって、とある実験でジャムが30種類あると人は多すぎて選べない。逆に3~5種類くらいの方が売れたんだよ。種類はある程度絞った方がいいってことだね」
弥の得意げな説明を聞いていると、誰かに肩を叩かれた。振り返るとそこにはゲームマスターこと唯さんがいた。走って来たのか少し息が上がっている。
「何を売るか決めましたか?」
「あっ、はい、アイスワッフルを売ろうと思います」
「いいわね! とっても美味しそうだわ!」
口には出していないけど何となく食べたそうにしている。
「アイスワッフルがお好きなのですか?」
弥がそう聞くと、唯さんは満面の笑みで頷いた。
「ええ、好きよ。その中でもミント味が一番好きだわ!」
今回のゲームマスターは凄いなぁ……味の好みまで設定されている。そんな事をぼんやりと考えていると……
「あぁ~やっと終わった…… 」
チラシを配り終えた凛太郎さんが手を振りながら歩いて来た。
「お疲れ様です、凛太郎さん」
「ありがとう真紀ちゃん、おっ、いいね! メイド服か!」
早速、凛太郎さんが私たちの姿を見て満足そうに頷いている。男子たちはこういうのが好きなのかな?
「マスターも遊びにきたのですか?」
「えぇ、まぁ……」
「よかったら1つ食っていくか?」
凛太郎さんがミント味のアイスワッフルを手渡すと、唯さんは美味しそうに食べ始めた。私も試食してみたいなぁ……
「さぁ、どんどん売っていくよ!」
宣伝のおかげか、大量のCPUがフードコーナーに向かって来ている。私たちは売上1位を目指して目につくCPUに試食を渡した。
* * *
「随分と賑やかだな……」
さっきからCPUたちがチラシを片手にフードコーナーに向かっている。白鳥が何かミッションでも始めたのか?
「試食はいかがですか!」
「とっても美味しいですよ!」
人波に流されながら歩いていると、メイド服をきた女の子がCPUたちに商品を売り込んでいるのが見えた。その近くのベンチではゴシックドレスを着たゲームマスターがアイスワッフルを頬張っている。
「ねぇ、もう1つ頂けるかしら?」
ゲームマスターが鞄を置いて売店の方に向かっていく。チャンスは今しかない! バレないように近づいて鞄を開けると、オモチャのナイフが入っていた。
私はポケットから本物のナイフ取り出して素早くすり替えた。これできっとうまくいく。プレイヤーが怪我をすればマスコミが騒ぐ。きっと警察も動く。そうすれば白鳥の評判は落ちてあいつのゲームが売れなくなる。全て計画通りだ。急いでその場を離れようとすると……
「あの、試食はいかがですか?」
突然、声をかけられた。まずい、見られたか? ゆっくり振り返るとメイド服を着た赤髪の女の子が立っている。この子は確か……
「あれ? 以前、道でぶつかった方ですか?」
向こうも気づいたのか驚いた表情で私を見つめる。どうやら私がナイフをすり替えた事はバレていないようだ。
「そうだよ、また会ったね」
「あの時はすみませんでした。えっと……」
「鷹丘です。その衣装とても似合っているよ」
「えっ? あっ、ありがとうございます!」
私が服装を誉めると、頬を赤らめ、どこか照れくさそうに微笑んだ。
「あの、アイスワッフルはいかがですか? 美味しいですよ」
「そうだね、せっかくだから1つ頂こうかな」
「本当ですか? ありがとうございます!」
よほど嬉しかったのかパッと明るい笑顔になって、アイスワッフルを手渡された。
「ありがとね、美味しく頂くよ」
私はフードコーナーを離れてぼんやりと彼女たちの様子を伺った。随分と楽しそうな顔をしている。どのCPUたちも美味しそうに頬張っている。
昔はただ純粋にゲームが好きで作っていた。一体いつから嫌いになったのだろうか? そんな疑問が湧いてきたがすぐに振り払ってその場を離れた。
* * *
「弥~ バニラ味3つ準備してー! あとチョコを6つお願い!」
「了解。こっちは任せて真紀くん!」
売店では男子たちが対応し、私たちは目につくCPUたちに試食を出し続けた。
「お買い上げありがとうございます!」
「宗市くん、棚から商品を出して!」
「あいよ、バニラ3つにチョコ6つ」
宣伝と試食の効果があって、私たちのお店には大行列が出来ていた。
「あと10分で終了です」
CPUの店員の声が聞こえてくる。
「みんな、ラストスパートだよ!」
「了解!」
最後の最後まで列は途切れる事なくアイスワッフルは飛ぶように売れ続けた。そして最後の客が商品を受け取ると同時に終了の合図が鳴り響いた。
* * *
「おめでとうございます。売上1位を獲得されました!」
客の波が収まって後片付けをしていると、CPUの店員さんがやって来た。
「よっしゃー! ミッションクリアー」
「当然の結果だね!」
宗市と弥が顔を見合わせて拳を当てる。
「次のミッション開始まで自由時間とします。好きなようにお過ごし下さい」
CPUの店員さんはそう言い残すとどこかに消えてしまった。
「ちょっとオレは行くところがあるから離れてもいいか? ミッションが始まったら戻って来る」
凛太郎さんが私たちに手を振ると、どこかに行ってしまった。
「ボクはメイド服を返しに行ってくるね」
ようやくいつもの服に戻った彩人ちゃんが、両手にメイド服を抱えている。
「じゃあついでにお使いを頼まれてくれるかな? 宗市くんもついて行ってあげてほしい」
「分かった。ほら、貸せ」
宗市が彩人ちゃんの代わりに衣装を持ってあげてる。やっぱりこういう所はお兄さんなんだな……
「志桜里くんは僕とちょっと付き合ってほしい。確かめたいことがある」
「了解」
「ねぇ、弥、私は何をすればいいの?」
1人何も言われていない私は弥にやる事がないか聞いてみたけど……
「真紀くんはそうだね……適当に時間を潰してきて」
どうやら何もしなくていいみたい。
「そんな事でいいの?」
「うん、構わない。じゃあ志桜里くん、僕たちは行こうか」
「分かった。真紀、もし何かあったらすぐに呼んでね」
「うん、そうする」
やる事のない私は、時間を潰すために観覧車乗り場に向かった。せっかくならみんなと一緒に自由時間を過ごしたかったな……
* * *
「1名様ですか?」
観覧車乗り場に着くと、CPUの店員さんが声をかけて来た。
「はいそうです」
他の乗客(CPU)たちは数名のグループで乗って楽しそうに会話している。やっぱり1人で乗るのは寂しい。
(観覧車か……小さい頃にお父さんと一緒に乗って沢山おしゃべりをしたな……懐かしいな)
「あちらのお客さまはお連れの方ですか?」
「えっ?」
店員さんにそう言われて振り返ると鷹丘さんが立っていた。
「やぁ、また会ったね」
「どうしてここに?」
「時間を潰すのに観覧車が最適かな? と思ってね」
「そうだったのですか……あの、もしよろしければ一緒に乗りませんか?」
私は勇気を振り絞って聞いてみた。もちろんダメ元だけど……
「別に構わないよ」
鷹丘さんは軽く頷いて笑みを浮かべてる。やばい、なんだか緊張してきた!
私たちはCPUの店員さんに案内されて観覧車に乗り込んだ。
「そんなに緊張しなくてもいいよ。少し揺れるかもしれないけど落ちることはないからね。遊園地にはよく来ていたのかい?」
「はい、何度か家族で行きました。観覧車にはよくお父さんと一緒に乗っていました!」
「いいお父さんだね。流石にもうお父さんとは遊園地デートはしないかな?」
鷹丘さんが冗談ぽく話す。えっと……正直に言った方がいいかな?
「実は……父は数年前に他界しまして……」
「そっか……ごめんね変な事を聞いてしまって」
慌てて鷹丘さんが私に謝る。
「いえいえ、大丈夫です。志桜里がいてくれるので」
「志桜里? お友達かな?」
「はい! 私の大切な親友です。父を失い悲しんでいる時に、いつもそばにいてくれました。ちょっと厳しい時もあるけど、かけがえのない存在です」
数年前、父が病気で他界してまもない頃。あの時もし志桜里が近くにいてくれなかったら私はダメだったかもしれない……
数年前
「こんにちは、真紀に会いに来ました」
玄関からチャイムの音と志桜里の声がする。何やら母親と会話した後、階段を登る足音が近づいて来た。
「真紀? 入るよ」
ゆっくりと扉が開き、遠慮がちに志桜里が私の部屋に足を踏み入れた。
「志桜里……」
「遊びに来たよ。何していたの?」
「えっと……アルバムを見ていた」
「お父さんの?」
「うん……」
志桜里は私の横に座ると、一緒にアルバムを覗いた。
「これは……遊園地?」
「そう、昔、家族みんなで行ったんだ。パレードを見たり、ジェットコースターに乗ったり、あとお父さんと観覧車にも乗ったよ」
ここにあるのは全部楽しかった思い出。写真の中の私はずっと笑顔。なのにどうしてだろう? 胸が凄く苦しい……声が詰まって喋れない……視界がぼやけてよく見えない。絶望と悲しみに挟まれて押しつぶされそうになっていると……
「大丈夫だよ、私がいつでも側にいるからね」
突然、志桜里が私を抱き寄せてそっと耳元で呟いた。その言葉を聞いた途端、今まで堪えていたものが一気に溢れ出る。
「まだ……話したいことがいっぱいあった」
「うん……」
「晴れ姿を見てほしかった」
「うん……」
「もっと一緒にいたかった……もっと一緒に話したかった! もっと……もっと! 生きてほしかった‼︎」
「うん……そうだね……」
志桜里は静かに頷ずくと、何度も何度も私の頭を優しく撫ぜてくれた。
「ごめん志桜里……もう少しだけこのままでいさせて……」
「分かった……」
溢れ出る涙が止められず、私は志桜里の胸に顔を埋めて子どものように泣き続けた。
今思えば随分と迷惑をかけたと思うけど、そんな素振りは一切見せずにずっと側にいてくれた。
あの時もし志桜里が近くにいなかったら私はダメだったかもしれない……
* * *
「そうか、大切な親友なんだね」
静かに話を聞いていた鷹丘さんが私にハンカチを手渡す。窓ガラスに映る私の目は赤く腫れていた。
「すみません……ありがとうございます」
慌てて目元を拭いて確認してみた。うん、もう大丈夫!
「それにしても……キミは凄いね。過去を受け入れて今を生きている。強い女性だ……それに比べて、私は何をしているんだ?」
鷹丘さんが自傷気味に呟く。
「あの……鷹丘さんも参加者ですか?」
「わたしは……見学かな。一応制作者側だからね」
「制作者⁉︎ 鷹丘さんもゲーム制作者なのですか?」
意外な事実に思わず聞き返してしまった。
「昔の話さ。今はやめてしまったけどね」
そう語る鷹丘さんの顔はとても寂しそうに見えた。
「やめた? どうしてですか?」
「売れないからさ」
鷹丘さんは一度言葉を切ると続きを語る。
「時間をかけて作った作品が評価されるとは限らない。自分が本当に作りたい作品が売れる保証はない……これが現実さ」
「売れる保証はない、ですか……」
「ああそうさ。ゲーム作りという夢を諦めた私はオモチャメーカーで働くことにした。でもあいつは……白鳥は夢を諦めずゲームを作り続けた。それを見て私は勝手に妬んで、勝手に嫉妬したのさ」
「そんな事があったのですね……」
自分が本当に作りたい作品が売れる保証はない。確かにそうかもしれない。でも白鳥さんならきっと……
「以前、白鳥さんが『クリエイターは作品を作るのが大好きで、結果が出なくてもその気持ちは変わらない!』 っと言っていました」
鷹丘さんが一瞬動揺したように私の顔を覗き込む。
「私もゲームが大好きです! ゲームがなかったら弥や彩人ちゃん。それから宗市とは会えなかったと思います!」
ゲームがあったからみんなと出会えた。ゲームが私たちを繋いでくれた。そんなゲームを作れるなんて凄すぎる。夢を諦めるなんて勿体ない!
「夢を達成するために、一体どれほどの困難があるのか分かりません。でも!」
私は一度呼吸を置いて真っ直ぐ鷹丘さんの顔を見つめた。
「『簡単に叶う夢はつまらない。難しい方が攻略のしがいがある!』白鳥さんならきっとこう言います!」
なんとなく声を真似て言ってみたけど、似てなさすぎて恥ずかしい。それにただの女子高校生が大の大人に何言ってるんだろう? でしゃばり過ぎたことに反省し俯いていると……
「攻略のしがいがあるか……はっはっはっ! 確かにあいつならそう言いそうだね!」
何故か分からないけど、鷹丘さんが初めて心の底から笑ってくれた気がする。
「忘れていたよ、あいつだけはたとえ売れなくてもずっとゲームを作り続けていた。あいつは変わらないな。変わってしまったのは私の方か……」
さっきまでの冷たくて諦めた声とは違うどこか腑に落ちたような顔で頷いている。やっぱりかっこいいな……
「鷹丘さんが作るゲームをやってみたいです! どんなゲームを作っていたのですか?」
「色々作っていたよ、例えば……」
その後はゲームの話しで盛り上がった。どれも面白そうで実際に遊んでみたい。それにゲームを語る鷹丘さんがカッコいい!
思わず見惚れていた自分に気づいて慌てて外の景色を見ると、地面がすぐそこまで来ていた。
「ありがとうございました、お出口は右側にあります」
CPUの店員さんに出迎えられてドアが開いた。急に地面に降りたせいか足がふらつく。
「おっと、大丈夫?」
すかさず鷹丘さんに支えられてなんとか転ばずに済んだ。やばい! 顔がすぐそこにある!
「すっ、すみません‼︎」
声がうわずっている気がしたけど大丈夫だよね?
「それじゃあね、楽しかったよ」
鷹丘さんは私に背を向けると、観覧車乗り場を後にする。
「あの! また今度一緒に乗ってくれませんか?」
勇気を出して言うと、鷹丘さんはポケットに突っ込んでいた右手を軽く上にあげる。あれってつまりokって事だよね?
私は叫び出したい気持ちをなんとか堪えて後ろ姿を見送った。
* * *
「みんな手ごわいね」
「どうするの?」
誰もいない噴水広場に2人のプレイヤーが現れた。何やら密談をしている。
「1人ずつ確実に仕留めて脱落させればいいだけのことよ。さっき観覧車に乗っているプレイヤーがいたから、降りたタイミングを狙うのよ!」
女性プレイヤーが観覧車の方を顎で示す。
「なるほど、まず1人目か……」
男性プレイヤーも納得した表情で頷いた。
「でも念には念を入れてもう1つ作戦がある。2人とも出てきて」
女性プレイヤーが手を叩くと、鳥の着ぐるみを着たCPUが2体現れた。
「もし、仕留め損ねたら他のプレイヤーをジェットコースター乗り場に誘導する。そこでまとめて倒せばいいのよ」
「仰せのままに。お嬢様」
* * *
「もしもし、うん、聞こえてるよ」
鷹丘さんとの楽しい時間が終わり、この後どうしようか迷っていたら弥から電話がかかってきた。
「今? 観覧車の近くにいるよ。えっ、集合? 分かった噴水広場に行けばいいんだね」
弥との電話を切ると、今度はゲームマスターからメールが届いた。何かな?
[最終ミッション、遊園地から脱出せよ!]
メッセージの件名にはそう書かれていた。これが最後のミッション……画面をスクロールするとさらに説明が続いていた。
[入場口まで無事に辿り着いたら脱出成功です。ただしCPUが皆様の事を襲ってきます。さらにプレイヤーの中に裏切り者がいるので気をつけて下さい。ゲームマスターより]
ミッションメールはここで終わっていた。CPUが襲ってくる? それに私たちの中に裏切り者がいる? どう言う事?
とりあえず早く合流したほうがよさそう。1人でいるのは危ない。そう思って噴水広場に向かおうとしたら……
「そこを動くんじゃない!」
突然誰かに呼び止められた。心臓がビクッと震える。恐る恐る振り返ると警官姿のCPUが5人もいた。
「無駄な抵抗はやめるんだな。おとなしく捕まったら痛い目にあわずにすむ」
私を取り囲むようにゆっくりと近づいてくる。やばい! どうしよう⁉︎ CPUが襲ってくるってこういう事⁉︎ 逃げ道は……ない。
『真紀、もし何かあったらすぐに呼んでね』志桜里が言っていた言葉が脳裏をよぎる。私は息を大きく吸ってお腹に力を入れた。
「助けて志桜里‼︎」
喉が渇いてイガイガする。それでも大声で助けを呼んだ。ジリジリと追い詰められる。もうダメかもしれない。諦めかけたその時だった……
「真紀から離れなさい!」
透き通った声が遊園地に響く。あれは……間違いない! 顔を上げると志桜里が全速力でこっちに来るのが見えた。
* * *
「まず1人目!」
不意をつかれた警官が、志桜里の肘鉄を食らって地面に倒れる。
「志桜里‼︎」
「真紀は危ないから下がっていて!」
「分かった。って危ない志桜里! 後ろ!」
背後にまわった警官が飛びかかってきたが……
「これで2人目」
志桜里の回し蹴りが見事にヒットした。その動きに合わせてスカートがフワリとなびく。違う意味で危ない!
「取り押さえろ!」
両脇にいた2人の警官が志桜里の両腕を捕まえて拘束する。これだと身動きがとれない。でも心配する必要はなかった。
「それで捕まえたつもり?」
どこか呆れた顔で志桜里はそう言うと、腕の力だけで警官を振り解いて2人まとめて地面に叩きつけた。
「すっ、すごい!」
あっという間にCPUたちが倒されていく。
「くっ来るな! そこから一歩でも動いたら撃つ!」
最後の警官が拳銃を取り出して狙いを定める。それでも臆することなく距離を詰めていく。
「聞こえないのか? 本当に撃つぞ!」
「撃てるものなら撃ってみたら? でもその前に安全バーを外したら?」
「安全バー? そんなはずは……」
警官が確認するために一瞬目を逸らす。でもそれが命取りだった。一気に距離を詰められ、志桜里のハイキックが炸裂する。スラリとした細い足からは想像もつかない強力な一撃だった。
「まぁ、こんなものかな?」
軽く手を払って志桜里が警官を見下ろす。かっこいい! 映画のワンシーンみたい!
「ありがとう! 助かった!」
「親友を助けるのは当然のこと。大丈夫だった?」
志桜里は私の体を隈なく見て怪我がない事が分かると、ほっと安堵のため息をもらす。
「早く集合場所に行こ!」
「そうだね……真紀は先に行ってて」
「えっどうして?」
「ちょっと寄り道したいから」
「分かった。でも気をつけてね」
私は志桜里と別れて1人で待ち合わせ場所に向かった。寄り道したいと言ってたけど、一体どこに行くつもりなんだろう?
* * *
「ごめーん! お待たせ!」
噴水広場に行くと彩人ちゃんと宗市が先についていた。
「おせーよ、何してだんだ?」
宗市が呆れた様子でため息をつく。
「お兄ちゃん口が悪いよ。心配だから様子を見に行こうとか言ってたじゃん!」
「おい、それを言うなって!」
宗市が慌てて口止めしようとするが、彩人ちゃんはヒラリと避けて悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「ねぇ、2人とも! 最終ミッション見た?」
「ああ、見たぜ、ここから脱出すればいいんだろ? でも裏切り者とCPUが襲って来やがる……」
宗市が吐き捨てるように呟く。
「早く入場口に向かおうよ!」
さっきは志桜里が助けに来てくれたから何とかなった。でも次に襲われたらどうなるか分からない。2人に早く脱出するように声をかけるが……
「それは無理そうだよ真紀姉」
彩人ちゃんが否定する。
「どうして?」
「CPUがあちこちにいるから途中で捕まっちゃうよ! それに裏切り者がプレイヤーの中に紛れ込んでいるでしょ? その人をどうにかしないときっと脱出は無理だよ……」
「確かにそうかも……あれ? 弥は来てないの?」
「まだだな……」
「そっか……志桜里も大丈夫かな?」
時間は刻一刻と過ぎていく。でも2人が来る気配がない。不安と焦りがその場を支配する。
「なぁ、あの2人怪しくないか?」
突然宗市が口を開いた。あの2人って……
「弥さんと志桜里お姉ちゃんのこと?」
「あぁ、自由時間の時に2人だけでどこかにいってたからな……裏で密談していてもおかしくない」
「そんなはずないよ! 志桜里は私を助けてくれたし……弥は……」
志桜里は裏切り者ではないはず。だって助けに来てくれたから。でもどうしてタイミング良く来てくれたのかな? 誰にも観覧車乗り場に行くとは伝えていないのに……
「やっぱりあの2人には何かありそう」
「だよな……いや、待てよ? そういえば真紀、お前、自由時間に観覧車に乗っただろ?」
「うん」
「誰と乗っていたんだ?」
「えっと……言えない(だって恥ずかしいし)」
「どうして言えないんだ?」
「…………」
「ちょっとお兄ちゃん、真紀姉が困っているよ」
彩人ちゃんが私と宗市の間に入って仲裁する。でも宗市は止まらない。
「真紀、あまり疑いたくはないがお前が裏切り物なのか?」
(私が裏切り者? そんなわけないじゃん!)
「宗市こそ、どうして私が観覧車に乗っていた事を知っているの? まさか後をつけていたの?」
「そんなわけねーだろ、ただ……」
「宗市こそ裏切り者なんじゃないの?」
「んなわけねーだろ!」
焦りと疑心暗鬼から険悪な空気が漂う。
「2人とも! 喧嘩はよくないよ! 仲良くして! ほら見て! 弥さんからメールが届いているよ!」
不安げな顔の彩人ちゃんが話に割り込む。
「ごめん彩人ちゃん。ちょっと言い過ぎた……ごめんね宗市」
「俺の方こそ悪かった。それで彩人、弥からのメールには何が書いてあるんだ?」
「えっと……『ごめん皆んな……僕と志桜里くんは脱落してしまった。あとは任せる』だって……」
「えっ⁉︎ 嘘でしょ」
と言うことは残っているのは私と彩人ちゃんと宗市と……
「そういえば凛太郎さんまだ来ないね。何しているのかな?」
「確かにそうだな、あいつも何か怪しいよな……」
彩人ちゃんと宗市が腕を組んで唸っていると私のスマホに着信が入った。相手は……凛太郎さんだ!
「はい、もしもし、えっ⁉︎ 本当ですか?」
「どうしたんだ真紀?」
「凛太郎さんからなんだけど、裏切り者の正体が分かったみたい! ジェットコースター乗り場に来てほしいだって!」
「それ本当⁉︎ 真紀姉」
「マジか! とりあえず行こうぜ! 裏切り者を取っ捕まえに行くぞ!」
私たちは言われる通りジェットコースター乗り場に向かった。裏切り者……一体誰なの?
* * *
「くそ、どうして電話が繋がらないんだ! 白鳥の奴は何をしているんだ?」
出来ることなら数時間前の自分を殴ってでも止めたい。白鳥のゲームを壊したところでなんなんだ? 私が本当にしたかったのはこんな事なのか?
「おい! 白鳥!」
本物のナイフは今ゲームマスターが持っている。早く止めないと怪我人が出る。それだけは回避しなければならない。
スマホを閉じて急いで入場口に向かったが、門は閉まっている。それもそうか……このゲームのコンセプトは脱出。ミッションをクリアーしなければ当然、開かない。
「白鳥! すぐにゲームを止めてくれ!」
焦りと苛立ちの混じった大声で呼んだが返事がない。どうして気づかないんだ!
門の隙間に目を近づけて外の様子を見てみると……
「嘘だろ……?」
信じられないことに机に肘をついて白鳥が寝ている。くそ、こうなったら直接ゲームマスターを止めるしかない!
「頼む間に合ってくれ!」
私は遊園地を縦横無尽に駆け出した。久しぶりに激しく動いたせいで体が悲鳴をあげる。でも今はそれに構っている余裕はない。早くゲームマスターを止めなければ!
* * *
「やばい! 追って来ているよ!」
凛太郎さんから裏切り者を見つけたと連絡を受けて、私たちはジェットコースター乗り場に向かっていた。でもこれがすごく大変。あちこちにいたCPUたちが一斉に襲いかかってくる。
「どけ! 道を開けろ!」
どこで手に入れたのか分からないけど、宗市が警棒を片手にCPUたちを押し退けていく。
「真紀姉! 危ない!」
「えっ⁉︎ 」
彩人ちゃんの声がして振り返ると、CPUが両手を広げて覆いかぶさってきた。
「させるか!」
宗市が投げた警棒がCPUに直撃する。
「大丈夫? 真紀姉?」
「うん、ありがとう! 宗市」
目的地まであともう少し。何とかジェットコースター乗り場の前まで行くと、凛太郎さんがスマホを触りながらベンチに座っていた。
「来てくれてありがとう」
向こうも気づいたようで私たちに手を振った。
「志桜里ちゃんと弥くんはどうしたの?」
「えっと……脱落しちゃったみたいです」
「そうか……」
残念そうな顔で凛太郎さんが頷く。
「凛太郎さん! 裏切り者は一体誰なの?」
「早く教えてくれよ!」
彩人ちゃんと宗市が待ちきれない様子で凛太郎さんに話しかけた。
「ちょっと待ってね2人とも、その前に会ってほしい人がいる」
凛太郎さんが合図をすると、物陰からゲームマスターこと唯さんが現れた。その背後にはCPUが召使いのように立っている。それも1人や2人ではなく大勢だ。
「あれ? ゲームマスターがどうしてここにいるのですか?」
私がそう聞くと、唯さんはどこか申し訳なさそうな表情で口を開く。
「ふふ、ごめんね真紀ちゃん。あたしゲームマスターじゃないの」
「えっ? マスターじゃない?」
突然明かされた事実に頭が追いつかない。唯さんはゲームマスターじゃない。えっとつまり……
「凛太郎、誘き寄せご苦労さま」
「オレは言われた通りにしただけです。お嬢様」
唯さんが凛太郎さんのことを労う。
「おい、どう言う事だよ⁉︎」
宗市が一歩前に出て唯さんを睨みつける。なんだろう、すごく嫌な予感がする。
「こう言うことよ」
唯さんは余裕の笑みを浮かべると、鞄から銀色に輝くナイフを取り出した。
※ゲーム開始の30分前
「凛太郎くん早いね!」
遊園地の入場口に向かうと、モニターに釘付けだった白鳥が顔を上げる。
「今回はどうしても勝ちたいので助っ人を呼んできました」
「助っ人?」
オレは隣にいる人物に自己紹介を促した。
「初めまして。唯です。凛太郎がどうしてもって言うから来てあげました。前回は無様に負けたようなので」
唯が小馬鹿にしたような表情でオレの顔を覗く。言いたい事はあるがやめておこう。言い争いになって勝った試しがない。
「そっか、よろしくね」
「はい、こちらこそ」
唯と初めて会ったのはまだ小学生の頃だった。気が強くて負けず嫌い。特にゲームの事になると勝つまでやめないタイプだ。
「では凛太郎くんと唯くんには裏切り者として参加してもらう。これを受け取ってほしい」
白鳥さんはテーブルの上にあったショルダーバックを取り上げて唯に渡した。
「何が入っているのですか?」
「ナイフだよ。おもちゃだけどね」
中を開けてみると確かにナイフが入っていた。前回はこのナイフが本物そっくりなせいで警官に追われたなぁ……
「君たち2人には裏切り者としてプレイヤーの脱出を妨害してほしい」
「分かりました。任せてください!」
唯が自信満々に答える。
「だけど具体的にどうするのお嬢? 真紀ちゃんたち強いよ。普通に戦っても負けるだろうし……」
「何言ってるのあたしに任せなさい! あたしがゲームマスターと名乗って真紀ちゃんたちに接触する」
「なるほど、ゲームマスターのふりをするのか……」
「いいアイデアでしょ?」
胸を張ってドヤ顔でオレにマウントを取ってくる。めんどくさいからこれ以上、褒めるのはやめておこう。
「あんたは他のプレイヤーと紛れ込んで」
「分かった。それで?」
「怪しまれないように普通にゲームをしていればいいのよ。細かい指示はまた後でするわ」
「了解。絶対に勝とうな!」
「当たり前よ!」
オレと唯は一足先に入場口を潜り、真紀ちゃんたちが来るのを待った。
* * *
「裏切り者がいると書いてあったでしょ? その正体はあたしと凛太郎よ」
唯さんが勝ち誇った笑みを浮かべて正体を明かす。
「マジかよ……」
「じゃあボクたち騙されたの?」
宗市と彩人ちゃんが顔を見合わせる。
「ねぇ、お兄ちゃん、ボクたちこのまま負けるの?」
「………」
「ねぇ、お兄ちゃん!」
彩人ちゃんが不安げな顔で宗市の後ろに隠れる。
「大丈夫だ。俺がなんとかする。それと真紀……」
宗市は彩人ちゃんの頭を撫でると、今度は私の名前を呼んだ。
「もしこのゲームに勝ったら一緒にパンケーキを食べに行かないか?」
「えっ? それってつまり……」
「言わなくていい。そう言うことだ」
宗市が慌てて口を挟む。
「せっかく遊園地に来たのだから演出は大事よね?」
唯さんが手を叩くと、鳥のマスコットキャラクターが2体やって来た。その手にナイフを握らせる。
「さぁ、やっておしまい」
それは一瞬の出来事だった。ナイフを持った人形が私めがけて向かってきた。やばい! 逃げなくちゃ!
頭では分かっているのに足がすくんで動かない。思わず目を閉じると……
「させるか!」
宗市の叫ぶ声がする。
「大丈夫か? 真紀?」
恐る恐る目を開くと、宗市が両手を広げて私を守ように立っていた。でもすぐに崩れるように地面に倒れる。
「お兄ちゃん‼︎」
彩人ちゃんが駆けつけようとするが、人形が足を引っ掛けて転ばせた。さらに容赦なく切りつける。
「宗市! 彩人ちゃん! しっかりして!」
目の前の光景に頭がパニックになる。名前を呼んでも返事がない。えっと……演技だよね? 慌てて駆けつけようとしたけど……
「そうはさせないよ」
背後から現れたもう1体の着ぐるみに捕まってしまった。
「きゃぁ! 離して!」
ジタバタ体を捻らせてみたけど抜け出せない。ゆっくりとナイフを持つ鳥のマスコットキャラクターが私の前に歩いてくる。えっと……これオモチャのナイフだよね? なのにどうしてだろう? 冷や汗が止まらない。頭の中で警告音が鳴り響く。これ……やばくない⁉︎
西日に照らされたナイフが銀色に光り輝く。そのまま私はなすすべもなく胸を突き刺された。
「悪いね、オレたちの勝ちだよ」
「ふふ、楽しかったわよ。CPU達もご苦労様。もう真紀ちゃんたちは仕留めたから帰っていいわよ」
その言葉を最後に私の意識は途絶えた。役目を終えたCPU達がどこかに消えていく……
* * *
「楽勝だったわね!」
唯がご満悦な様子でアイスワッフルを頬張る。
ゲーム終了まで後数分。まだしばらく時間があるためオレたちはフードコーナーでくつろいでいた。
「それにしてもやっぱ凄いな! お嬢。ゲームマスターと偽って接近するなんて考えもつかないぜ」
「ゲームは相手の裏をかく。当然のことよ。凛太郎おかわり! ミント味にしてね!」
「お嬢、そろそろ戻らないと時間だよ」
「いいから持ってきて、食べならが歩くから!」
「はいはい、分かりました」
今回のゲームはオレ1人では勝てなかった。仕方ない。お嬢様のわがままを聞いてやるか……
* * *
「やぁやぁ、お疲れ様」
入場口を出ると白鳥さんに出迎えられた。
「どうだった2人ともゲームは楽しかったかい?」
「えぇ、楽しかったわ、だってあたしの勝ちだもん!」
「オレたちの勝ちだろ?」
「でもあたしのおかけで勝てたでしょ?」
胸を張ってドヤ顔でオレにマウントを取ってくる。めんどくさいからこれ以上の追及はやめておこう。
「2人とも、喜んでいるところ悪いけど……」
白鳥さんが困った顔でオレと唯の間に割って入る。
「このゲーム……勝ったのは僕たちです!」
物陰から聞き覚えのある声がした。まさか……いやそんははずは……
「どうしてあんたがいるのよ!」
すぐ横にいる唯が大声で叫ぶ。普段ならうるさいと文句を言いたくなるが、そんな事どうでもいい。
「脱落したんじゃなかったのか? 弥!」
何故か分からないが、オレの目の前に弥がいる。でも驚くのはこれからだ。
「みんな、もう出てきていいよ」
弥が声をかけると。志桜里ちゃん、彩人ちゃん、宗市、それから真紀ちゃんも出てきた。意味が分からない。
「真紀ちゃん、宗市、彩人ちゃん、君たちはナイフで刺されたよね?」
オレが疑問に思ったことを口にすると、3人は顔を見合わせて笑みを浮かべた。
「実は刺されていないんだよね」
「ああ、そうだな」
「あれは演技なんだよ!」
(演技? どういうことだ?)
さらに頭の中が混乱する。意味が分からん。
「ちょっと凛太郎! 弥くんと志桜里ちゃんは脱落したって言ってたよね?」
「真紀ちゃんからそう聞いたけどまさか……」
「あれは嘘のメールです。僕と志桜里くんが脱落するわけがないじゃないですか」
弥がやれやれと言いたげな表情でため息をつく。
「それでは、種明かしといきましょう」
その後、聞かされた話しにオレと唯は思わず聞き入ってしまった。正直今回は勝てたと思っていたが、その考えは甘かったようだ……
* * *
数時間前(自由時間)
「おめでとうございます。売上1位を獲得されました!」
客の波が収まって後片付けをしていると、CPUの店員さんがやって来た。
「よっしゃー! ミッションクリアー」
「当然の結果だね!」
僕は宗市くんと顔を見合わせて握り拳を当てた。
「次のミッション開始まで自由時間とします。好きなようにお過ごし下さい」
CPUの店員さんはそう言い残すとどこかに消えてしまった。
「ちょっとオレは行くところがあるから離れてもいいか? ミッションが始まったら戻って来る」
凛太郎さんが僕たちに手を振ると、どこかに行ってしまった。
「ボクはメイド服を返しに行ってくるね」
ようやくいつもの服に戻った彩人くんが、両手にメイド服を抱えている。どうせコスプレスタジアムに行くのなら……
「じゃあついでにお使いを頼まれてくれるかな? 宗市くんもついて行ってほしい」
「分かった。ほら、彩人、貸せ」
宗市くんが頷くと彩人くんの代わりに衣装を持つ。
「志桜里くんは僕とちょっと付き合ってほしい。確かめたいことがある」
「了解」
志桜里くんがコックリと頷く。
「ねぇ、弥、私は何をすればいいの?」
1人やることのない真紀くんが僕の元にやって来る。
「真紀くんはそうだね……適当に時間を潰してきて」
「そんな事でいいの?」
「うん、構わない」
どこか納得のいかない表情で真紀くんが僕たちの元を離れる。
「よし、行ったね」
僕は真紀くんが離れたのを確認して作戦を決行した。あの2人(唯さんと凛太郎さん)との戦いはこの時点で既に始まっていた。
「それで弥、お使いは何をすればいいんだ?」
両手にメイド服を抱えた宗市くんが僕に尋ねる。
「簡単なお使いさ。コスプレスタジアムに行って武器になる物を調達してきてほしい」
「武器? どうして?」
彩人くんがキョトンと首を傾げて質問する。
「丸腰で最終ミッションに臨むのは危険だからね。何か身を守る物が欲しい」
「分かった」
(とりあえず2人にはお使いをしてもらうとして……問題はこっちだな)
「志桜里くんは僕と一緒に凛太郎さんの後をつけよう」
「凛太郎さん? どうして?」
「なんとな~く怪しい気がするんだよね~」
「どう言うこと?」
志桜里くんが納得のいかない表情で首を傾げる。正直この段階では確信がない。まだ可能性に過ぎなかった。
「それはこれから確かめる。行こうか」
お使いは彩人くんと宗市くんに任せて、僕たちは凛太郎さんの後をつけた。
宗市&彩人ペアー
「ここがコスプレスタジアムか! 結構広いな」
俺はぐるっと1周見渡した。確かにいろんな衣装が揃っている。これなら武器になりそうな小道具もありそうだ。
「あったよ! これとかどうかな?」
メイド服を店員に返却していると、彩人が警棒を持って戻ってきた。
「悪くないな。他にはないか?」
「お店の人にも聞いてみたけどないみたい。ところでお兄ちゃん今何時?」
「今は……ちょうど13時だな」
観覧車に取り付けられた電子時計で確認すると、時刻は13:00を示していた。でかくて見やすい。
(ん? あれは真紀か?)
知らない男と真紀が一緒に観覧車へ乗り込もうとしている。誰だ? あいつ……
「どうしたのお兄ちゃん、不機嫌そうな顔をして?」
「なんでもない。一度弥と相談してみるか」
俺は警棒を腰にさして弥に電話をかけた。
弥&志桜里ペアー
「もしもし、警棒か……悪くないんじゃない? 2人は時間になったら噴水広場に戻ってきて」
僕は宗市くんからの電話を切り上げて、凛太郎さんの尾行を続けた。噴水広場まで着くとベンチに座ってスマホを触り始めた。一体誰を待っているんだ?
「ねぇ、弥くん、そろそろ教えてくれるかな? 凛太郎さんが怪しい理由」
志桜里くんが小声で僕に尋ねる。
「簡単な事さ。アイスワッフルだよ」
「アイスワッフル?」
「そう、CPUたちに商品を売り出そうとした時に、ゲームマスターの唯さんが覗きに来たのを覚えている?」
「もちろんん」
「その時に僕が『アイスワッフルはお好きですか?』って聞いたでしょ?」
「うん。それがどうかしたの?」
「唯さんは満面の笑みを浮かべて好きだと言った。ついでにミント味が一番好きだとも言っていた」
「確かにそんなような会話をしていたね」
「それからしばらくしてチラシを配り終えた凛太郎さんが戻ってきて彼も唯さんにアイスワッフルを薦めた」
「そうだったね。でも別に何も変じゃないよ」
「この後が重要さ。後から遅れて来た凛太郎さんがゲームマスターに渡したのはミント味のアイスワッフルだった。おかしいよね? ゲームマスターの唯さんと僕たちは今日初めて出会ったはず。にもかかわらず凛太郎さんは味の好みを知っていた。それで気づいたのさ。この2人は繋がっているってね」
「でも偶然ってこともあるよ」
「それを確かめに来たのさ。ほら、噂をすれば誰か来たよ」
そこに現れたのは予想通りゲームマスターの唯さんだった。
* * *
「みんな手ごわいね」
「どうするの?」
誰もいない噴水広場に唯さんと凛太郎さんが現れた。何やら密談をしている。
「1人ずつ確実に仕留めて脱落させればいいだけのことよ。さっき観覧車に乗っているプレイヤーがいたから、降りたタイミングを狙うのよ!」
唯さんが観覧車の方を顎で示す。
「なるほど、まず1人目か……」
凛太郎さんも納得した表情で頷いた。
「でも念には念を入れてもう1つ作戦がある。2人とも出てきて」
唯さんが手を叩くと、鳥の着ぐるみを着たCPUが2体現れた。
「もし、仕留め損ねたら他のプレイヤーをジェットコースター乗り場に誘導する。そこでまとめて倒せばいいのよ」
「仰せのままに。お嬢様」
唯さんはCPUに指示を出すとその場を離れる。凛太郎さんも後に続く。残されたのは着ぐるみの人形を着たCPUの2人。
「志桜里くん!」
「任せて」
志桜里くんが忍足で近づくと、首チョップでCPUを気絶させた。早すぎる手刀、僕でなきゃ見逃しちゃうね。
「志桜里! 助けて‼︎」
観覧車乗り場の方から真紀くんの助けを呼ぶ声が聞こえてきた。
「この声は……真紀⁉︎ 弥くん、ここは任せてもいいかな?」
「もちろん。でも気をつけt……」
気をつけてと言おうとしたけど、もうすでに志桜里くんの姿はなかった。
志桜里&弥ペアー
「まぁ、こんなものかな?」
私は軽く手をはらってCPUの警官を見下ろした。
「ありがとう! 助かった!」
「親友を助けるのは当然のこと。大丈夫だった?」
ざっと見た感じ怪我はしてなさそう。ほっと安堵のため息がもれる。
「早く集合場所に行こ」
「そうだね……真紀は先に行ってて」
「えっどうして?」
「ちょと寄り道したいから」
「分かった。でも気をつけてね」
私は真紀がいなくなるのを確認して弥くんに電話をかけた。
「もしもし、聞こえる?」
「聞こえるよ、真紀くんは大丈夫だった?」
「問題なし。今片付いたところ」
私は積み上がった警官の山を眺めながら答えた。
「それはよかった」
「弥くんの方はどう?」
「順調だよ。今、彩人くんに僕らが離脱したと伝えたところさ。もちろん嘘のメールだけどね。凛太郎さんたちの耳にもいずれ届くはずさ」
電話越しだから顔は見えないけど、多分悪そうな笑みを浮かべていそう。
「裏切り者がゲームマスターの唯さんと、凛太郎さんの2人だと分かったけど、この後どうするの? 普通に逃げても捕まるよ」
「文丈夫。僕を誰だと思っているの? ゲーマーだよ? いい作戦がある」
「ならいいけど……」
「噴水広場に着ぐるみを隠してあるからそれに着替えて。準備ができたらジェットコースター乗り場に来てほしい」
「了解」
私は電話を切って警官の山を見つめた。ちょっとやり過ぎたかな?
* * *
「裏切り者がいると書いてあったでしょ? その正体はあたしと凛太郎よ」
鳥の人形に着替えてジェットコースター乗り場に向かうと、唯さんが勝ち誇った笑みを浮かべて正体を明かしていた。それを私と弥くんは耳を澄ませて聞いていた。着ぐるみをかぶっているせいで聴き取り辛い。
「ねぇ、お兄ちゃん、ボクたちこのまま負けるの?」
「………」
「ねぇ、おにいちゃん!」
彩ちゃんの不安げな声が聞こえてくる。
「大丈夫だ。俺がなんとかする。それと真紀……もしこのゲームに勝ったら一緒にパンケーキを食べに行かないか?」
「「!!!!!⁉︎」」
唐突な宗市の告白に思わず飛び出しそうになった。
「えっ? それってつまり……」
「言わなくていい。そう言うことだ」
宗市が慌てて口を挟む。聞いてるこっちが恥ずかしい。
「あの2人、早く付き合えばいいのにね」
「全く、志桜里くんの言う通りだよ」
着ぐるみ越しに顔を合わせ、ため息がもれる。
「せっかく遊園地に来たのだから演出は大事よね?」
唯さんが手を叩く。あれは来いってことかな? 私は雑談をやめて物陰から出た。
「さぁ、やっておしまい!」
唯さんが私にナイフを手渡す。結構重たいな……これオモチャ? 本当にこれでいいんだよね?
私は真紀にむかってナイフを振り下ろすと……
「させるか!」
宗市くんが真紀を守るように両手を広げてナイフを受け止めた。
「大丈夫か? 真紀」
もちろんナイフが当たらないようにしたけど、こんな状況でも真紀の心配をしてくれるのね。
「そのまま倒れたふりをして」
私は宗市くんにしか聞こえない小声で話した。
「その声は……志桜里か?」
「いいから早く」
私は半ば無理やり服を引っ張って地面に倒し。
「お兄ちゃん‼︎」
彩ちゃんが慌てて駆け寄る。
(ちょっと痛いかもしれないけど我慢してね)
私は彩ちゃんの足を引っ掛けた。そのままバランスを崩して転ける。
「そのままじっとしていて」
「えっ? もしかして志桜里お姉ちゃん?」
私は軽く頷き、ナイフで刺すふりをした。
「宗市! 彩人ちゃん! しっかりして!」
真紀が急いで2人に駆け寄ろうとするが……
「そうはさせないよ」
背後から人形を着た弥が真紀を捕まえる。
「きゃぁ! 離して!」
ジタバタ体を捻らせて必死に逃げ出そうとしている。真紀の顔がみるみる恐怖に変わる。
私は真紀の豊満な胸に狙いを定め、軽く嫉妬の念を込めたナイフを突き刺した。もちろん寸止めしたけど、気絶したかのように地面に倒れ込んだ。えっと……演技だよね?
「悪いね、オレたちの勝ちだよ」
「ふふ、楽しかったわよ。CPU達もご苦労様。もう真紀ちゃんたちは仕留めたから帰っていいわよ」
凛太郎さんと唯さんはそう言い残すと何処かに行ってしまった。役目を終えたCPUたちもどこかに消えていく……
* * *
「みんなお疲れ様~」
僕はむさ苦しい人形を脱いで全員を見渡した。隣にいる志桜里くんも同じように人形を脱いでいる。
「何だよ弥もいたのかよ!」
「ボクもうダメかと思ったよ」
宗市くんと彩人くんがホッとした表情で座り込む。
「ねぇ、真紀、もう終わったよ」
「…………」
「ねぇ、真紀、聞いてる?」
「えっと……どういう事?」
腰が抜けて地面にペタンと座り込んでいる真紀くんが僕たちを見上げる。
「とりあえず逃げるよ。あの2人が油断している隙にね」
「まさか裏切り者を油断させるためにこんな演技をしたの?」
ようやく状況が飲み込めた真紀くんが僕に尋ねる。うん、いい質問だ。
「その通り! 普通に逃げてもCPUに捕まるだろう、何よりあの2人がそう簡単に逃してくれるとは思えない。そこで一度彼らの前で負けたふりをして油断させる。さぁ、脱出しようか!」
入場口に向かうと、父さんが出迎えてくれた。それからしばらくして唯さんと凛太郎さんがやって来た。
* * *
「負けたわ……完敗よ」
「悔しいけどそうみたいだな、お嬢」
種明かしを聞き終えた唯さんと凛太郎さんは、悔しそうに顔を見合わせる。
「お嬢がアイスワッフルを食べに行ったせいで……」
「何言ってるの? 薦めたあんたが悪いでしょ!」
どうやら本当に悔しかったみたいで、言い争いを始めている。あまり関わらない方がよさそう。
「さてと、みんな揃ったから結果発表といこうか。今回の遊園地からの脱出ゲーム。勝者は君たちプレイヤーだよ。おめでとう!」
白鳥さんが私たちの顔を見渡して拍手を送る。
「やったー! ボクたちの勝ちだね!」
「やれやれ、今回もやばかったな!」
彩人ちゃんと宗市が仲良さげにハイタッチをする。その隣では志桜里と弥が話している。
「それにしてもよくこんな作戦が思いついたわね弥くん」
「ゲーマーとして当然さ!」
志桜里の言葉に、弥は満足げに頷く。
「ところで鷹丘くんと会えたかい?」
「はい、会えました!」
白鳥さんの問いかけに私が答えると志桜里が「鷹丘さんって誰の事?」と聞いてきた。正直私も詳しくは分からない。どう説明しようか迷っていると……
「鷹丘くんは僕の同級生で同じゲームクリエイターだよ」
白鳥さんが代わりに答えてくれた。
「今はおもちゃメーカーで働いている。オモチャのナイフは彼が作ったものだよ。おや? 噂をしたらやって来たね」
白鳥さんにつられて入場口の方を見ると、鷹丘さんが走ってくるのが見えた。
* * *
「白鳥! 私は何度もお前に電話をかけていたのだが?」
「あれ? そうだったの?」
息を軽く切らした鷹丘さんが睨みつけるが、白鳥さんは特に悪びれた様子もなく頭をポリポリとかく。
「大声で呼んでもお前がうたた寝しているせいで気づかないしな!」
「いや~すまない。昨日から徹夜で準備していてね~ でもそんなに慌ててどうしたの?」
「それは……」
鷹丘さんは私たちの顔を見渡すと、急に深く頭を下げた。
「本当にすまなかった!」
突然の謝罪にその場がどよめく。何か謝られる事されたかな?
「唯さんであっているかな?」
「はい、そうですよ」
凛太郎さんとの言い争いをやめて唯さんもやって来た。
「君のもっているオモチャのナイフ、実は……」
「実は?」
凛太郎さんも会話に参加して先を促す。
「本物のナイフなんだ。私がすり替えた」
鷹丘さんは苦渋に満ちた顔をしていた。
「本物のナイフ?」
「えっと……本当ですか?」
凛太郎さんと彩人ちゃんが眉を顰める。
「おい! じゃあ俺たち一歩、間違えたら怪我じゃ済まなかったよな?」
宗市が鷹丘さんの胸ぐらを掴む。
「やめてよ宗市!」
「お兄ちゃん暴力はダメだよ!」
私と彩人ちゃん、それから志桜里の力も借りて止めたけど不満げな顔で宗市が私を睨む。
「真紀……お前は下手をしたらナイフで切られていたかもしれねーんだぞ! こいつだけは許せねぇ!」
「そうかもしれないけど……」
確かに危なかったけど、鷹丘さんが危険な人には見えない。きっと何か事情があったはず……
「鷹丘くん、どうしてそんなことを?」
白鳥さんは責めるわけでもなくハッキリとした口調で話しかける。
「何もかもが嫌になってね……もうどうでもよくなったのさ。私が長い年月をかけて完成したゲームは全く売れず、批判的なレビューが殺到する毎日。努力が無駄に終わったと感じたよ。そもそもゲームを作ること自体が無意味に思えた。でも白鳥、お前は違った。お前の作るゲームはどれも立派で面白い。巷での評判も凄まじい。だから私は嫉妬してたんだ。騒ぎを起こし、お前の評判を落とそうと考えた。ここに来るまではね…」
鷹丘さんは一度言葉を切ると、私の方を見る。
「だけど事情が変わった。『簡単に叶う夢はつまらない。難しい方が攻略のしがいがある!』だったよね真紀ちゃん?」
その言葉はノリと言うか……自分でも大げさな事を言い過ぎたと反省していたのに、白鳥さんは深く頷いている。
「私はクリエイターとして大切な事を忘れていた。地位や名誉に目が眩み、売れるかどうかの結果に囚われ、本当に作りたい作品を見失っていた。その事に気づかせてくれた。ありがとう」
一通り説明を終えた鷹丘さんが私の顔を見つめてお礼を述べると……
「なるほど、話は聞かせてもらった」
けたたましいサイレンの音と共に一台のパトカーが駐車場に止まった。
「えっ? どうして?」
志桜里が驚いた表情で誰よりも早く振り返る。つられて見るとそこには、志桜里のパパこと高橋警部がパトカーから出てきた。
* * *
「どうしてパパがいるの?」
早速、志桜里がお父さんの元に駆け寄る。
「突然、胸騒ぎがしたから来てみたのさ。まだナイフを持っている奴も捕まっていないからね。娘を守るのがパパの使命、たとえ火の中水の中……」
「うるさい、うるさい、分かったから黙って!」
志桜里に一括され、高橋警部が項垂れる。なんだか可哀想だな……
「とりあえず署まで来てもらおうか、詳しい話はそこで聞く」
「あの……」
もう会えないの? そんな私の不安を見透かしたのか高橋警部が私の肩をポンっと叩いた。
「大丈夫、ここは任せなさい」
高橋警部は私にそう言って頷く。
「最後に一言いいかな真紀ちゃん?」
今度は鷹丘さんが私を手招きする。
「えっ、はい! なんですか?」
「もし、新しいゲームが完成したら遊んでくれるかな?」
「もちろんです! 完成したら是非教えて下さい!」
鷹丘さんは端正な顔立ちを綻ばせて私を見つめる。思わず頬が熱くなる。
「ねぇ、真紀は年上の男性が好みなの?」
「う~ん……よくわからないけど大人の男性って感じで魅力的だよね!」
コソコソと志桜里と話していると、何故か宗市が悔しそうに鷹丘さんの事を見ていた。
「ちょっと待って!」
白鳥さんが鷹丘さんの元に駆け寄って手を差し伸べる。
「また、一緒にゲームを作ろう! プレイヤーを驚かすような凄い作品を作ろうじゃないか?」
「………あぁ、そうだな、また作ろう!」
一瞬、鷹丘さんはためらった表情をしたけど、白鳥さんの手を強く握って握手を交わした。その顔は希望に満ちた楽しげな表情をしていた。
* * *
「それでは私はこれで」
高橋警部は鷹丘さんを連れて車に乗り込むと、サイレンの音を鳴らしてパトカーを走らせた。
「僕は色々と後片付けがあるからもう少しここに残るよ。今日はゲームに参加してくれてありがとね」
白鳥さんはそう言ってパソコンをまた触り始めた。
「なんか真剣にゲームをしていたから腹が減ったな」
「あたしもよ、凛太郎あんた何か持ってないの?」
「さっきアイスワッフル食べたでしょ?」
「全然足りないわよ! ほら、どこか食べに行くわよ!」
「分かりましたよお嬢様」
凛太郎さんは渋々頷くと、ポケットから車の鍵を取り出した。
「みんな、またね! 楽しかったわよ!」
「お嬢、待ってくれよ!」
2人はそう言い残すと、駐車場に向かって行く。
「さてと、僕たちも帰ろうか」
白鳥さに御礼を言って私たちは遊園地を後にした。停留所に向かうと一台のバスが止まっていた。
* * *
乗客は誰もいない。私たちは一番後ろの広い席を陣取って並んで座った。ゆっくりとバスが走っていく。
「ねぇ、宗市、ゲームマスターから最後に言い残す言葉はないか? って言われたの覚えている?」
私は真剣な顔で宗市の顔を見つめた。
「おっおう、もちろん」
「無事にゲームが終わったら、一緒にパンケーキを食べに行こう! て言ったよね。それってつまり……」
何故かみんなが私に気を使うように顔を背ける。
「それってつまり…… パンケーキを奢ってくれるってこと!?」
私がそう聞くと、何故かみんな揃って深いため息をついた。宗市に至っては今にも崩れ落ちそうなくらい衝撃を受けている。
「いや……そう言う意味じゃなくてな……」
「えっ? じゃぁ奢ってくれないの?」
「奢るよ。奢るけどさ……」
「本当? やった! 志桜里も一緒に行こうよ」
「私は……やめとく。バイトがあるし……」
「そっか……じゃあ彩人ちゃんは?」
「ボクも……やめとく。学校の宿題がたまっているし……」
「そっか……」
「真紀くん。ここは宗市くんと2人で行ってくるといい。流石に全員の分を奢るのはきついだろうから」
「そうだよね……分かった。じゃぁ宗市、2人で行こ!」
私はスマホを開いてデパートにあるオススメのパンケーキ屋さんを調べた。どれも美味しそうだな~
「宗市くん、これはチャンスだよ。2人で仲良くパンケーキを食べに行くといい!」
「そうだよお兄ちゃん! この機会を逃したらもうないかもしれないよ」
「ごめんね宗市くん、真紀、鈍感だから……」
4人が小さな声で何か相談している。私が「どうしたの?」と聞くと、例によってはぐらかされてしまった。
仕方なく私はぼんやりと外の景色を眺めた。夕暮れの空が優しいオレンジ色に染まっている。ゆらりと揺れる車体が心地よい。何だか眠くなってきたな……
* * *
「それにしても今回のゲームもやばかったな」
俺は誰に言うでもなくボンヤリと感想を口にした。
「なぁ、真紀、土曜日の集合場所はどこにするんだ?」
「………」
何故か返事がないが、肩に誰かがもたれかかる感触がした。確認してみると真紀が俺の肩にもたれて気持ちよさそうに寝息を立てていた。
「…………」
軽く肩を揺すっても全く起きる気配がない。こんな間近で無防備な寝顔を見せられたら起こす気にはなれないな……
「なぁ志桜里、ちょっと席を代わってくれないか? アクセサリーの鎖が当たって痛い」
隣に座る志桜里に声をかけたが何故か返事がない。その代わりに肩に違和感が……
嫌な予感がして確認すると志桜里も小さく寝息を立てながら俺の肩にもたれていた。
「…………」
いつも凛としている表情からは想像もできないとても穏やかな寝顔をしている。どうしたものか……
「これぞまさに両手に花だね」
何故か弥は楽しそうな表情で俺のことを見ている。
「なぁ、弥、少しでいいから席を代わってくれないか? 鎖が当たって痛いからさぁ」
「う~ん……ごめんちょっと僕も動けなくてね……」
弥の膝元を見てみると、彩人が横になってすやすやと寝ていた。
「宗市くん、いいものをあげるよ。これを飲むといい。なんと一錠500円もする痛み止めだよ!」
「嘘つけ、プラシーボ……なんとかだっけ? ただの飴だろ?」
結局、俺はどうすることもできず、かといってこの状況を楽しむ余裕もなく、ドギマギしながら到着するのを静かに待った。家に帰って鏡を見ると、首元が赤くなっていたがそれは黙っておくか……
* * *
土曜日
「2名様ですね、奥のお席にどうぞ」
今日は待ちに待った土曜日! 私は宗市と一緒にショッピングモールにやって来た。お目当ては当然パンケーキ!
「ありがとね、誘ってくれて♪」
約束通り宗市が私にパンケーキを奢ってくれた。今日は朝から何も食べていないからお腹ペコペコ。早く食べたいな~
「俺の方こそ急な誘いを受けてくれてありがとう」
宗市は照れくさそうに答えると、店内をぐるりと見渡した。
「それにしても白鳥さんはすげーよな! このショッピングモールを仮想の世界で再現したんだよな?」
「確かに! 本物とそっくり過ぎて見分けがつかなかったよね?」
「あの時は本当に閉じ込められたと思ったなぁ……」
宗市がしみじみとした様子で感想を述べる。あの時はコインを必死に集めて、待ち合わせをして、羽拾いまでした。何度もピンチが訪れて何度も諦めかけた。でもその度に宗市が助けに来てくれた。どうしてだろう?
「ねぇ、宗市、どうしていつも助けてくれるの?」
私はなんとなく疑問に思っていたことを聞いてみた。
* * *
「ねぇ、宗市、どうしていつも助けてくれるの?」
真紀が小首を傾げて度直球な質問をしてきた。そんなの好きだからに決まってるだろ? なんて恥ずかしくて言えねーしな……
「なんとなくほっとけねーんだよ。鈍臭そうだし……」
「ひっど~い!」
「だってそうだろ?」
頬を膨らませて真紀が怒った素振りを見せる。その顔がなんだか面白くてひとしきりに笑い合った。
「なぁ、またどこか行かないか?」
「えっ?」
「その……ほら、あれだよ、その……」
俺は一呼吸おいて気持ちを整えた。大丈夫だ、落ち着け、落ち着くんだ!
「もっと一緒にゲームがしたいし、もっと一緒に出かけたい。なんならもっと一緒にいたい! 真紀と過ごす時間は本当に楽しい。だっダメか?」
ずっと言いたかった事が言えた解放感とついに言ってしまった不安が同時に押し寄せてくる。これでダメだったら俺は一体どうしたら……
「ダメなんかじゃないよ! 私も宗市と一緒にいて楽しいよ! これからも一緒にいようね♪」
真紀がパッと微笑む。その言葉を聞けて安心した。ただ、これからも一緒というのはつまり……
「なぁ、それってもしかして……」
ここまで来たらもう逃げない。俺は意を決してその続きを聞こうとしたが……
「お待たせしました。当店自慢のスペシャルパンケーキセットです」
両手にケーキを乗せた店員に邪魔されてしまった。
「わぁ~~‼︎ 美味しそう! ありがとうございます!」
目をキラキラ輝かせながら真紀がパンケーキを受け取る。聞くタイミング逃したな……
「ん~~っ‼︎ 美味しい‼︎ 宗市も早く食べたら? すっごく美味しいよ!」
とろけるような笑みを浮かべて真紀がパンケーキを頬張る。あの小さな口はどうなっているんだ? 頬袋でもあるのか? そんな疑問が湧いてくる。
「そんなに急いで食べると喉に詰まるぞ、真紀」
俺は幸せそうに食べる真紀の姿につられてパンケーキを口に運んだ。
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
10年後
「あっ‼︎ 志桜里お姉ちゃん! こっちだよ!」
待ち合わせ場所のショッピングモールに着くと、すでに彩ちゃんと弥くんが2人並んでベンチに座っていた。
「久しぶりだね、彩ちゃん!」
確かもう大学3年生だったかな? 髪が伸び、背が伸び、すっかりお姉さんらしくなっていた。でもあの無邪気な顔は変わらない。
弥くんはう~ん特に変わってないかな? 相変わらずゲームが好きそうな顔をしている。
「久しぶりだね、志桜里くん。噂で聞いたけど強盗犯を捕まえたんだって? すごいね!」
「そんな事ないよ、たまたま近くにいただけの事。早くしないと大ちゃんのお誕生日プレゼント売り切れちゃうよ」
「そうだった! 早く行こ!」
こうして3人で会話をしていると、なんだか昔に戻ったような気がする。あの遊園地での脱出ゲームから10年も経ったなんて信じられない。
「どうしたの志桜里お姉ちゃん? ぼんやりとして?」
「なんでもないよ。ただ……時間の流れは早いな~って思っただけ」
「まったく志桜里くんのいう通りだよ。1年が一瞬で終わっていく。彩人くんはもうおばさんだもんね?」
「酷い、弥さんの意地悪! その言い方しないでよ!」
「安心して彩ちゃん。私たちから見たらずっと子どものままだから」
「それはそれで嫌だな……」
むすっとした表情で頬を膨らませる。やっぱり昔のままだな……
「さてと、そろそろ行こうか! 早くしないと鷹丘さんのゲーム売り切れちゃうからね」
弥くんがゲーム売り場の方を指差す。そこには既に大行列が出来ていた。
多分このまま話していたら日が暮れる。私たちはお目当てのプレゼントを買って待ち合わせ場所に向かった。
* * *
「大ちゃん、3歳のお誕生日おめでとう!」
ママがニコッと微笑んで僕の頭を優しく撫でる。今日は僕の誕生日会! みんなでショッピングモールにお出かけ! パパとママ、それから彩人お姉ちゃんと、桜里お姉ちゃん、弥さんが来てくれた。
「はいこれ、私たちからの誕生日プレゼントだよ」
彩人お姉ちゃんが鞄から新作のゲームを出してくれた。
「ほんとう⁉︎ やった!」
僕はずっと欲しかっ新品のゲームを受け取って握りしめた。テーブルの上には美味しそうなパンケーキがたくさんある。どれから食べよう⁉︎
「今日はパパの奢りだ。たくさん食べていいぞ! 大輝」
パパは僕の頭をワシャワシャ撫ぜる。嬉しいけどいつも力が強くて痛い……
「ねぇ、奢りって何?」
「好きなだけ食べていいってことよ♪」
ママはそう言って凄い勢いでパンケーキを食べていく。
「どうしよう! なくなっちゃうよ!」
僕も急いで食べていると、パパが微笑みながらママの顔を見つめていた。
「そんなに急いで食べると喉に詰まるぞ、真紀」
─完─