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館からの脱出編

プロローグ


(クソ、どうして警察は懲りずに追いかけてくるんだ!)


 吐き捨てるように愚痴をこぼし、オレは逃げ込んだ館から外の様子を伺った。とりあえず撒いたようだ。


 壁に背中を預け、呼吸を整えていると、突然スマホが鳴り出した。発信者は……


凛太郎(りんたろう)くん、例の物は手に入ったかい?」


 この状況下には似合わない呑気な声が聞こえてきた。流石にイラッとする。


「どういうことですか? あなたのせいで大変な事になりましたよ!」


「そう慌てることはない。むしろこれはチャンスだ! きみは言われた通りに演じればいい」


 その後、念入りな作戦会議が始まった。いかにもあの人らしい考えだ。


「分かりました。言われた通りにします。やるからには全力でやりますよ!」


 オレは気持ちを切り替えるように息を吐くと、ポケットに入っているナイフを取り出して見つめた。








キャラクター紹介


真紀(まき)  元気で明るい、赤髪ポニーテールの女の子


宗市(そういち)  強面だけど頼りになる男


彩人(あやと)  真面目で無邪気な小学生


(わたる)   知的でクールなゲームオタク


志桜里(しおり) 真紀の親友


白鳥(しらとり)  弥の父親、ゲーム制作者






* * *


「ねぇ、疲れた! もう嫌だ‼︎」


 頭の中が英単語と公式で入り乱れる。なんだかめまいもする。私の名前は真紀(まき)。どこにでもいる普通の女子高生。前回のテスト結果が酷かったせいで友達の家で勉強中。ちなみにその鬼教師が……


「だれが鬼教師だって?」


 メガネ越しに冷たい目で睨まれ思わず口に手を当てた。あれ? 聞こえてた?


 彼女の名前は志桜里(しおり)。私の親友で、黒髪ロングヘアーとメガネ姿が抜群に似合っている。これでもう少し優しかったら文句無しなんだけどなぁ……


「ほら! 次は応用問題」


「えぇ〜!」


「これが終わったら館からの脱出だっけ? そのゲームに参加していいから頑張って!」


「本当⁉︎ じゃあ頑張る!」


 館からの脱出ゲームとはとある筋金入りのゲーマーが作ったもので、タイトルの通り謎を解いて出口を見つけるリアル脱出ゲーム。


「でも気をつけてね、最近、物騒な話を聞いたから」


「えっ? 何々?」


「ナイフを所有してる男が逃走中なんだって。パパが気をつけろって言ってた」


「ふ〜ん……でも大丈夫。何かあってもすぐに逃げるから! ところで志桜里はゲームに参加しないの?」


「その日はバイトが入ってるんだ……終わって時間があったら覗きに行こうかな?」


「分かった!」


 前回は仮想のショッピングモールでメダルや羽を拾い集めた。今回もきっと一筋縄ではクリアーできない。


「早く明日にならないかな……」


 せっかく覚えた英単語と公式は隅に追いやられ、頭の中は明日のゲームのことでいっぱいだった。




翌日


「はぁ、はぁ、はぁ…… 後もう少し!」


 自然と走るスピードが上がり、鼓動が早まる。なんか前回も走らされた気がする……


「お待たせ!」


 集合場所にはもう既にいつものメンバーが揃っている。私は軽く息を整えてみんなの顔を見渡した。


「おっせーよ! 5分遅刻だ」


 出会って早々愚痴をこぼしたのが宗市(そういち)。相変わらず首に巻いた鎖がギラギラ光っている。あれ邪魔じゃないのかな?


「お兄ちゃん口が悪いよ! さっきまで真紀姉とまた一緒にゲームが出来るって喜んでいたよね?」


 悪戯っぽい笑みを浮かべて茶々を入れたのが彩人(あやと)ちゃん。宗市の妹で、ボーイッシュな見た目だから初めて会った時は男の子だと思っていた。


「おい! 彩人! それを言うなよ!」


 宗市が慌てた様子で止めようとする。


「これでみんな揃ったようだね」


 そう言って私たちを見渡したのが(わたる)。この中で一番頭の回転がよく何度も助けられた。でも超がつくほどのゲームオタク。


「今回の舞台はここさ」


 弥が郊外に佇む館を指差した。木造建築の2階建て、何だかレトロな雰囲気がする。周りは林で囲まれていた。


「父さん曰く、今回のゲームのために買ったらしい」


「えっ! 買ったの⁉︎」


 スケールの大きさに思わず声が震える。


「ちなみに前回は、ゲームのためにわざわざショッピングモールを貸し切ったって話していたよ」


 あれだけの大型ショッピングモールを貸し切るとか凄すぎる!


「なぁ、早く行かないか? なんか雨が降ってきそうだぜ」


 上空には鉛色の雲がゆっくりと近づいていた。何故か不吉な予感がする。


「宗市くん、こういう館を探索するゲームは降水確率100%なんだよ。『やばい雨が降ってきた。とりあえずあの建物で雨宿りしよう!』 的な流れになって館に入る。すると扉が閉まる。閉じ込められたプレイヤーは謎の妖怪やお化けから逃げながら謎を解いて脱出する。定石だよ!」


 オタク特有の早口で弥が得意げに語る。


「まぁ、長々と話をしていたら始まらないから行こうか」


 木造のドアを押すと木が軋む音と共にゆっくり開いていく。弥を先頭に全員が館に足を踏み入れると、それを待っていたかのように後ろで扉が閉まる音がした。


「あれ? お兄ちゃんドア閉めた?」


「いや、閉めてねぇーぞ」


「じゃあ真紀姉?」


「私も違うよ」


 宗市と私は首を横に振る。でも振り返ると扉は閉まっていた。


「勝手に扉が閉まって開かなくなる。お約束の展開だね!」


 何故か楽しそうに弥が解説を挟む。お約束と言われても正直よく分からない。


「嘘だろ、そんなはずは!」


 宗市が無理やりドアを開けようとするが無駄だった。


「それにしてもこの館、意外と綺麗だね。それに沢山、扉がある。攻略のしがいがありそうだ!」


 宗市は開かずの扉に苦戦しているが、弥は呑気に周りを見渡して感想を述べている。


 外見は少し年季を感じたけれど、中は掃除が行き届いていて清潔感がある。中央から2階に向かって階段が伸びていて、その両サイドに点々と扉がある。


「あれ? 何か置いてあるよ!」


 彩人ちゃんがテーブルの上に置いてあるラジオを指差す。


「それは父さんのラジカセだね」


 弥が再生ボタンを押すとテープが回り始めた。


「待っていたよ。今日は僕が作ったゲームに参加してくれてありがとう!」


 ラジカセからノイズまじりの男性の声が聞こえてきた。この人が筋金入りのゲーマーこと白鳥(しらとり)さん。弥の父親で親子揃ってゲームオタク。


「それじゃあ詳しい説明を始めるよ!」


 白鳥さんは一度、咳払いをすると話し始めた。


「ルールは簡単この館から脱出する事。出口は今入ってきた玄関だけ。どうだい驚いたかい? 見た目は木の扉。でもオートロック付きさ! 鍵は隠してあるから探してね」


 テープ越しに自慢げな白鳥さんの声がする。


「最後に1つ言い忘れていたけどスマホは使えないようにさせてもらった。それじゃあ頑張ってね」


 白鳥さんの言う通り、スマホを開いてみたけど圏外と表示されていた。弥に聞くとそれも想定内との事。何か対策はあるのかな?


「みんな、準備はいいかい?」


「もちろん!」


「よし、やってやるか!」


「絶対にここから脱出しようね!」


 説明が終わりいよいよゲームが始まる。私たちは互いに顔を見合わせて頷き合った。一方その頃、物陰では……




* * *


(どうやら彼らで間違いなさそうだ)


 暗闇に身を潜めた男は、顔を覚えるために目を光らせる。


(さて、誰から殺ろうかな?)


 男はボソッと呟くとナイフを取り出した。


 プレイヤーの真紀たち、ナイフを所有する謎の男、こうして全ての役者は舞台に出揃った。


 まさかこの後、想像を絶する悲劇と戦いが待っているなんて真紀たちが知る由もない。さぁ、ゲームを始めよう!





☆探索開始


「さてと、とりあえず2手に別れて探索しようか」


 弥が私たちを見渡して提案する。


「でもどうやって分けるの?」


 私がそう聞くと……


「真紀くんは宗市くんと行動するといい」


「ボクもそれがいいと思うよ!」


 弥と彩人ちゃんが口を揃えてそう答えた。


「そう? 分かった。宗市よろしくね!」


「おっおう。任せろ!」


 宗市は自信のこもった声で答える。


「お兄ちゃん、真紀姉を守ってあげてね!」


「宗市くん、これはチャンスだよ! いかにも何か出そうな館では、男性主人公がヒロインを助ける。そして仲がより深まる。お約束さ!」


 3人が私には聞こえないように何か相談をしている。不思議に思って「どうしたの?」と聞いたら、はぐらかされてしまった。


「メモ帳を何枚か渡しておくから使って欲しい。玄関の前にも共有メモとして置いておくから何か分かったら書きに来て」


 弥はショルダーバックから黒い手帳を取り出すと、私たちに何枚かちぎって配り、テーブルにも置いた。


「僕と彩人くんは1階を調べるから2人は2階を調べてほしい」


「分かった。よし、行くぞ真紀!」


「うん!」


 私と宗市は一直線に伸びる階段を登って上の階の探索に向かった。




2階 真紀&宗市ペアー


「ねぇ、どこに行く?」


 2階は意外とシンプルな作りだった。左、真ん中、右にそれぞれ1つずつ扉が付いている。調べる部屋の数は3つ。案外簡単にクリアーできるかも!


「とりあえず左から順に潰していくぞ」


「了解!」


 1番左の部屋には()()()()と書かれていた。中に入ってみると、大きなテーブルが置かれている。白いテーブルクロスが敷かれ、なぜかグラスタワーが立てられていた。


「あれ? 宗市、何かあるよ」


 テーブルの上に手紙が置いてある。内容は……


[ミッション、テーブルクロス引き。グラスを割らないように!]


(白鳥さんからのミッションかな? テーブルクロス引きなんてやった事ないから不安だな……)


「よし、やってみるか!」


 宗市は腰を落とすと、ためらう事なくテーブルクロスを握った。


「ちょっと待ってよ、流石に無謀だよ!」


「まぁ、見てろって」


 私は念のため手で耳を塞いだ。どうやらこの判断は正解だったみたい……




1階 彩人&弥ペアー


 ガシャーーーーーン!!!!


 上の階から何かが割れる音がした。


「ビックリした! なんの音?」


 彩人くんが咄嗟に僕の後ろに隠れる。


「上が騒がしいね」


「どうする? 確認しにいく?」


「いや、まずは1階の状況を整理しよう。僕は部屋を調べていたらこんな箱を見つけたよ」


 鞄から小さな箱を出して手渡すと、彩人くんが興味深そに見つめる。


「どこにあったの?」


「たまたま最初に入った部屋に置いてあったんだ。ちなみに他の部屋は鍵がかかっていて開かなかった」


「何が入っているのかな?」


「さぁ? 開けるには暗証番号がいるみたいだからね……そっちは何か分かったかい?」


「えっと……どこか開いてる窓がないか探していたけどだめだった。全部閉まっている。でも変な紙を見つけたよ!」


「変な紙?」


「これだよ」


 彩人くんが1枚の紙を僕に差し出す。見た目は普通のB4の画用紙。デカデカと『裏面を見て!』っと書かれている。言われた通りにひっくり返してみたが……


「変だね、何も書かれていない」


 裏面は白紙で何かヒントが書かれているわけでもない。


「これ、どう言うこと?」


 彩人くんが背伸びをしながら僕の持っている画用紙を覗き込む。


「B4の画用紙……裏面を見て……まさか⁉︎」


 僕は玄関近くに置かれたラジカセを手に取ると、中身をひっくり返して入れてみた。早速再生ボタンを押してみると……


「やぁ、よく分かったね。特別に良いことを教えよう。よ〜く聞いてね。0、6、3、0、覚えたかな? それじゃあ」


 ノイズ混じりの父さんの声が聞こえてきた。


「弥さん、どう言うこと?」


「知らないのかい? ラジカセにはA面とB面があって、今みたいにひっくり返すと違う内容を話すのさ。()()()()()()()()()()と書かれていたでしょ? あれはきっとラジカセのB面の事を言ってたんだよ」


「なるほど! じゃあ0630は何?」


「う〜ん……多分だけど……」


 試しにさっき見つけた箱に数字を打ち込むと、カチャリと鍵が開く音がした。


「よし! 開いたよ!」


「本当⁉︎ 早く見せて!」


 彩人くんに急かされながら箱を開けると、中に太い蝋燭が1本入っていた。


「どうしてこんな物があるのかな?」


「さぁ? とりあえずこれまで分かったことを共有メモに書きに行こうか!」


 何に使うか分からないが、ロウソクをショルダーバックにしまい僕たちは共有メモのある玄関に向かった。




2階 真紀&宗市ペアー


「もぉ〜! だからやめよって言ったのに!」


 私は部屋中に散らかったグラスの破片を拾い集めながら文句をこぼした。


「しょーがねーだろ! ミッションでやれって書いてあったから」


 宗市もそれに応戦して文句を述べる。床はガラスの破片が散らばり、埃が舞う。()()()()()換気をしたけどなかなか収まらない。


(あれ? 今、普通に窓を開けたけど、最悪ここから外に出られるかも?)


「おい、真紀、これを見てくれ!」


 窓から外の林を眺めていると、後ろから呼ばれた。振り返ると宗市が銀色の鍵を持っている。


「えっ? 鍵だよね! どこにあったの?」


「テーブルクロスの下に隠れていた。とりあえず共有メモに書きに行くぞ」


 私たちは物置部屋を出て、共有メモのある1階玄関前に向かった。




1階 玄関前


「あっ! 2人ともこっちだよ」


 彩人ちゃんが私たちに気づいて手を振った。隣には弥もいる。


「ねぇ、真紀姉、上から何か割れる音がしたけど大丈夫だった?」


「それなんだけどさ、聞いてよ彩人ちゃん! 宗市が私の注意を無視してテーブルクロス引きを始めてさ!」


「だがらしょーがねーだろ!」


「まあまあ2人ともその辺で」


 弥が宥めるように間に入る。


「ところで2階の探索は進んだかい?」


「どの部屋かは知らんけど、鍵を見つけたぜ!」


 宗市は胸ポケットから例の鍵を取り出して弥に渡した。


「1階に開かない部屋があったから試しに使ってみるよ」


「分かった。じゃあ、また後でね」


 私と宗市は階段を登って物置部屋に向かった。弥と彩人ちゃんは1階の探索に向かって行く。一方その頃物陰では……




* * *


(奴らは2人ペアーで行動している。厄介だがまだ慌てる必要はない。必ず1人になるタイミングがある。そこを狙えばいい)


 男は足音を出さないように階段を登り、2階中央の部屋に向かった。扉には()()()と書かれていた。


(まずはあの2人のどちらかを殺ろう……)





☆1人熱唱、1人行動


1階 彩人&弥ペアー


「どう? 弥さん?」


 ボクが手元を覗き込んでそう聞くと、弥さんは首を横に振った。


「だめだ、開かない……他を探そう」


 それからいくつかの部屋で試してみたけど開かない。今、目の前にあるのが最後の部屋。扉にはうっすらと音楽室と書かれている。もしこれも違ったら……


「開いたよ彩人くん!」


「えっ⁉︎ 本当! 早く中に入ってみようよ!」


 部屋の中にピアノやギターなど、様々な楽器が置かれている。


「弥さん、何か書いてあるよ!」


 ピアノの上には置き手紙と小さな木箱が置いてあった。内容は……


[とある少年はピアノの練習をどれだけ練習しても上手くなりません。さて何故でしょうか?]


[答えは木箱の中にあるから分かったら確認してね。間違ったら罰ゲーム。お題はギラギラ星の1人熱唱! 頑張ってね]


「どうしたの彩人くん、何か見つけたのかい?」


「うん。謎々みたいだけど……」


「どれどれ……」


 弥さんはボクから置き手紙を受け取ると、ブツブツ何かを言いながら考え始めた。


「どれだけ練習しても上手くならない? 分かった弥さん! きっとこの少年は練習をサボってたんだよ!」


「なるほどね……それもあるかもしれない。でももう少し考えてみて」


 弥さんはボクを試すように質問する。


「どれだけがヒントだよ」


「どれだけ? どれだけ……あっ! 分かった! 少年は()()()だけ練習していたから上手くならないんだ!」


 木箱を開けると答えが書かれたメモ紙が入っていた。やった! あっている!


「まだ何か入っているみたいだね」


 弥さんが木箱から()()()と小さなロウソクを4本を取り出した。


「またロウソクか……しかも今度は小さい」


「ねぇ! 早く共有メモに書きに行こうよ!」


 手に入れたアイテムを持って音楽室を出ようとすると……


「待って、彩人くんは1度クイズに失敗したよね? だったら罰ゲームを受けないと!」


 弥さんに肩を掴まれて止められた。


「えっ? でも弥さんのヒントのおかげで分かったし……」


「罰ゲームはギラギラ星の1人熱唱だよ!」


「えっ〜‼︎ 嫌だよ! ボク歌下手くそだし……それに早く探索しないと日が暮れるよ!」


「大丈夫。まだ時間はある。これはルールだからしょうがないよね?」


 弥さんは楽しそうに笑みを浮かべてボクの事を見てくる。いじわる!


 仕方なくギラギラ星を1人で歌わされた。真紀姉とお兄ちゃんに聞こえてなければ良いけど……




2階 真紀&宗市ペアー


「もうここには何もないみたいだね」


 私たちは2階の探索を再開していた。今いるのは物置部屋。さっき()()()テーブルクロス引きを失敗したところ。


 見落としが無いかよく調べてみたけどもう何も無さそう。まだ少しガラスの破片が落ちているけど、今は探索を優先すべきかな?


「他を探そうぜ!」


「そうだね」


 部屋を出て、今度は中央の部屋に向かった。扉には()()()と書かれている。早速、調べるようとするが……


「どうしたの?」


「だめだ開かない……」


 宗市が無理やりこじ開けようとするが、当然開かない。


「中の様子だけでも見えないかな?」


 ドアの隙間に目を近づけるが、ほとんど見えない。 あれ? でも何か黒い()()()()()()()()()()()


「次に行こうぜ、ここの鍵が見つかるかも知れねーし」


「そうだね……あっ、待って、何か下から聞こえてこない?」


 目を閉じて耳を澄ますと、誰かの歌い声がする。この声は彩人ちゃん? 選曲はギラギラ星かな?


「本当だな、彩人のやつ何してるんだ? 音痴だから歌いたくないっていつも言ってるのに」


「何かミッションでもやっているのかな?」


「さぁーな、まぁ行こうぜ!」


「分かった」


 私は慌てて宗市の後を追って1番右にある部屋に向かった。扉には厨房と書かれている。


「とりあえず2階で探索出来る場所はここで最後だな」


 中に入ってみるとテーブルの上においしそうな料理が沢山並んでいた。何故か天井に()()()()()()が吊るしてある。もしかしてさっきの歌にヒントが……


「どうしたんだ真紀? 何かあったか?」


「うん! 天井に吊るしてある星型の折り紙が気になるの。でも背が届かなくて……」


 私は顔の前で手を合わせ、上目遣いで宗市にそう言うと、何かを察したのか四つんばいになってくれた。


「ほら、乗れ」


「ありがとう! じゃあ乗るね!」


「分かった。って重い……」


「えっ⁉︎ 今、何か言った?」


「何も言ってねーよ!」


 宗市は慌てて口を閉ざしたけど絶対に重いって言ったよね?


「どうだ?」


「あともう少し……あっ、でも上は見ないでね! スカート履いてるんだから!」


「分かってるって! 見ねぇーよ」


 宗市が呆れた声で答える。


「とれた!」


 星型の折り紙を元の状態に戻すと、中から小さなロウソクが4本出てきた。あと何か書いてある。えっと、何かな……


[パンがなければケーキを食べればいい]


(何だろうこれ? ヒントかな?)


「なぁ、取れたんなら降りてくれないか?」


「あっ、ごめん、ごめん」


 私はすぐに降りて宗市にヒントらしき折り紙を見せた。


「ケーキってこれの事か?」


 カウンターの上に豪華なホールケーキが置いてある。生クリームたっぷり! 隣には真っ赤に色んだイチゴがたくさん置いてあった。それと手のひらサイズの木箱もある。


「美味しそうなイチゴ‼︎」


「イチゴが好きなのか?」


「うん、大好き!」


 真っ赤に色んだ大きなイチゴ。見ているだけでも幸せな気持ちになる。


「他にも何か置いてあるな」


 宗市がケーキの横に置いてあるメモ書きを手に取る。


「えっと……『ケーキにイチゴとロウソクを乗せてカメラで撮るように! クリアーしたら隣の木箱を開けていいよ』だってさ」


「カメラ? そんなの持ってないよね?」


「とりあえず弥たちにこの事を伝えようぜ」


「そうだね、私、共有メモに書いてくる!」


「俺も付いていこうか?」


「う〜ん……ちょっとメモ帳に書きに行くだけだし大丈夫! 宗市はカメラを探しておいて」


「分かった。気をつけろよ」


 私は一度、宗市と離れてメモ帳が置いてある1階玄関前に向かう事にした。




* * *


(さてと……どっちからやろうかな?)


 男は2階中央の試着室に身を潜め、チャンスが来るのをじっと待っていた。


 先程、中の様子を覗いて見るとか言い出した時はヒヤリとしたが、顔は見られてないはずだ。


「俺も付いていこうか?」


「う〜ん……ちょっとメモ帳に書きに行くだけだし大丈夫! 宗市はカメラと写真を探しておいて」


「分かった。気をつけろよ」


 隣の部屋から若い男女の声が聞こえてくる。男は息を潜めてドアの隙間から様子を伺っていた。


 目の前を赤髪の女が走り去っていく。ということは男の方が1人になっている。殺るならそっちからだな……


 男はポケットからナイフを取り出すと、不気味な笑みを浮かべた。





☆襲撃


1階 玄関前


「あっ! 彩人ちゃん、弥!」


 玄関前に行くと、2人が共有メモに何か書き込んでいた。


「あれ? 宗市くんは?」


「ミッションをやっているからおいてきた」


「そうか……てことは今1人か……」


 弥は腕を組んでどこか不安げな表情で唸る。


「ねぇ、さっき彩人ちゃん歌っていたよね?」


「なっ、何のこと? 真紀姉の空耳じゃないかな?」


「それはね、彩人くんがミッションに失敗したから、罰ゲームとして歌っていたんだよ」


「弥さん! 言わないでよ!」


 彩人ちゃんが必死に弥の口を塞ごうとする。


「そうだったの? 上手だったよ、彩人ちゃん!」


「えっ本当に?」


 私が褒めると、彩人ちゃんは照れくさそうに微笑んだ。


「ねぇ、弥カメラ持ってる? ミッションに必要みたいで……」


「持ってるよ。これで良いかな?」


 弥はショルダーバックからカメラを取り出す。


「そうこれこれ!」


「一度、全員で2階に行こうか。1階はある程度見たからね」


「分かった。何だか順調だね。前回ほど苦戦しなかったし……」


「確かに! ボクもっと難しいのを期待してたよ!」


「お2人さん、そんな露骨にフラグを立てないでほしい」


 弥がどこか呆れた様子で口を挟む。そんなたわいもない事を話しながら私たちは階段を登った。




2階 厨房


「宗市! あれ? いない?」


 みんなで厨房に向かってみたものの、宗市の姿が見当たらない。でもその代わりにメモ用紙が机の上に置いてあった。


「なんて書いてあるの真紀姉?」


「えっと……『カメラを探してくる!』だって。私、呼びに行ってくる!」


「分かった。こっちは任せて、真紀姉!」


「父さんの事だから簡単にはクリアーさせてくれないはず。気をつけてね真紀くん」


「うん、行ってくるね! あっ、そうそう、さっきロウソクを見つけたんだ」


 私はロウソクを弥に渡し、厨房を後にした。きっと宗市はすぐに見つかる。ミッションも弥がいるから何とかなりそう。でもその考えは甘かった。本当のゲームはここから始まる……




* * *


「宗市! どこにいるの!」


 私の声が館に響く。だけど返事が返ってこない。


「ねぇ、宗市‼︎ どこにいるの?」


 もう一度呼んでみたけどやっぱり返事がない。 


(おかしいな……どこにいったの?)


 なんだか嫌な予感がする。その不安に煽られるように私は走り出していた。


(試着室は……開かない。物置部屋かな?)


 軽く息を切らしながら物置部屋の扉を開けると……


「えっ? どういうこと?」


 そこには信じられない光景が目の前に広がっていた。


「嘘でしょ……?」


 あまりにも衝撃的な光景に頭が追いつかない。


「誰がこんな事を?」


 まだ少し散らばっているガラスの破片、しわくちゃになったテーブルクロス。そして()()()()()()()()()……何故か胸元が赤く染まっていた。


「宗市‼︎」


 私は慌てて駆けよって名前を叫んだ。肩を揺すっても起きない。嘘だよね?


 ナイフを所有している男が逃走中。志桜里が話していた事が脳裏をよぎる。


「まさか刺されたの?」


 私がボソッと1人で呟くと……


「そのまさかさ……」


 突然背後から男性の低い声が聞こえてきた。


「えっ?」


 それは一瞬の出来事だった。振り返る間もなく地面に押し付けられ、手足をロープで固定される。


「きゃっ! 誰⁉︎ 離して‼︎」


 必死に抵抗してみたけど無駄だった。


「少し寝ていろ」


 顔に白いハンカチを当てられた。薬品の変な匂いがする。


「やめて……」


 やばい、何だか視界がぼやける。そのまま私の意識は途切れていった……




2階 厨房 弥&彩人ペアー


「これが最後の1本……出来た! 弥さん、ほら見て!」


 彩人くんが自慢げな顔でホールケーキを僕に見せてくれた。


「それじゃあ撮るよ!」


 無事にケーキが完成して写真も撮れた。ミッション成功! さてと、木箱の中には何が入っているかな?


「弥さん何が入っていたの?」


「えっと鍵だね。マスターキーと書かれている」


「マスターキー? じゃあ玄関のドアも開くよね?」


「だといいんだけどね……」


「早く真紀姉たちにも教えてあげなくちゃ! あれ? そういえば真紀姉、遅いね」


「確かに、まだ宗市くんを探しているのかな?」


「ちょっと様子を見に行こうよ。なんだか心配だし……」


 彩人くんに服を引っ張られ、僕は厨房を後にした。廊下には誰もいない。何かあったのかな?


「お兄ちゃん! 真紀姉! どこにいるの?」


「2人とも聞こえたら返事をして!」


 大声で呼んでみたけどやっぱり返事がない。


「おかしいよね? やっぱり何かあったのかな?」


「分からない……」


 廊下を見渡していると、階段のすぐ近くに1枚のメモ用紙が落ちていた。あれは一体?


「どうしたの弥さん?」


「メモ用紙かな? どうしてあんな所に?」


 手に取って見ると、殴り書きの文字が書かれていた。内容は……


「えっと、何々……『ミッション、1人は始末した。もう1人は人質にとった。5分以内に探し出せ。さもないともう1人消えることになる』なんだこれは?」


 もう一度読み返して見たが、意味が分からない。これもゲームのイベントかな?


「始末した? 人質? どうしよう弥さん! 助けにいかなくちゃ!」


 慌てふためいた様子で彩人くんが右往左往する。


「とりあえず片っ端から部屋を見て回ろう! 何だか嫌な予感がする……」


 急いで僕たちは館中の部屋を見て回った。妙な胸騒ぎがする。とにかく一度合流した方が良さそうだ。このミッションは何かがおかしい……





☆反撃


2階 試着室


「ここは……どこ?」


 辺りを見渡すと、大きな鏡とクローゼットが目についた。試着室かな? でもいつからここにいたのか思い出せない。


 何だか頭がボーッとする。私、何していたっけ? ケーキ作りのミッションを弥と彩人ちゃんに任せて、それから宗市を呼びに……


「そうだ思い出した! 宗市! どこにいるの⁉︎」


 急いで探しに行こうとしたが、何故か体が動かない。よく見ると手足がロープで固定されていた。ついでに弥からもらったメモ用紙が無くなっている……


「何これ? どういうこと⁉︎」


「お目覚めかいお嬢ちゃん?」


 ロープを解こうともがいていると、黒いサングラスをかけた男が扉にもたれかかっていた。


「あなたは誰ですか⁉︎」


「そんな事、君が知らなくてもいいよ。どうせもうすぐ死ぬのだから。あの青年のように」


(あの青年? まさか……)


「宗市に何かしたの⁉︎」


「何って……君も見たでしょ? ナイフで刺したんだよ」


 男は不気味な笑みを浮かべると、面倒くさそうに答えた。


「えっ? 嘘でしょ?」


 確か館中を探していたら、物置部屋で宗市が倒れていて……胸元が赤く染まっていた。


「これもゲームのイベントだよね?」


 恐る恐るそう聞いてみると……


「ゲーム? 何言ってるの?」


 男は呆れた表情で答えた。


「じゃあ、本当に宗市は刺されたの⁉︎」


「だからそう言ってるだろ、宗市って奴は死んだ! さぁ、次は君の番だよ!」


 男はポケットからナイフを取り出すと、ゆっくりと私に近づく。


「やぁっ、やめてください!」


 心臓が跳ね上がり、体の震えが止まらない。私も刺されるの⁉︎


「さぁ、こっちを見ろ!」


 男が強引に私の服を握る。振り解こうにもロープで縛られているせいで何も出来ない。今すぐここから逃げ出したい。


「誰か助け……」


「黙れ!」


 男が私の口元に手を当てる。苦しい……


「安心しな、残りの2人にも同じ目にあってもらうから直ぐに会えるよ」


「残りの2人?」


「あぁそうさ、どうかしたか?」


(彩人ちゃんと弥が危ない! 何がなんでもこいつを止めないと!)


「お願いします。2人には手を出さないでください。もう抵抗はしないので……」


「はぁ? 何言ってるの?」


「お願いします! この事は誰にも言いません。だから2人は逃して下さい!」


 地面に頭をつけて懇願すると、男はしゃがんで私の顔を覗き込んだ。


「そうか……分かった。じゃあ2人には手を出さない」


「本当ですか!」


 意外にも話が通じてホッとしていると……


「なっーんてね、そんなわけないじゃん! お嬢ちゃん、この状況下でよく頼み事が言えるね。残念だけど館からは誰1人も逃さないよ」


 男は楽しそうに笑みを浮かべて私を見下ろす。なんなのコイツ? 体の底から怒りが込み上げてくる。


「ふざけないで!」


 自分でも驚くほど憎悪の込もった声が部屋中に響く。もうどうなってもいい!


「どうして! どうして宗市を刺したの⁉︎」


 私の声は叫び声に変わっていた。


「どうしてと言われてもな……」


 男は腕を組んでぶつぶつと呟く。


「待っていて宗市、必ず仇は取るから!」


 私は歯を食いしばって男を睨みつけた。絶対に許さない!


「ヒントを廊下に置いてきたからお友達もすぐに来るはずさ。その時に目の前で殺ってやるよ」


 男はそう言い残すと、私の口にガムテープを貼って部屋の隅に置かれたクローゼットに身を潜めた。


(宗市、無事だよね? 死んでなんていないよね?)


 もう一度ロープを解こうとするが、うまくいかない。


(まさか宗市が……そんなの嫌だ。嫌だ、嫌だ!嫌だ‼︎ 絶対に嫌だ‼︎ )


 声にならない叫びが胸の中でこだまする。初めて宗市と会ったのは仮想からの脱出をした時。最初は少し怖いイメージがあったけど、本当は妹思いでとても頼りになる。


 様々な思い出が頭の中を駆け巡り、自然と涙が溢れ出る。気がつくと私は声を上げて泣いていた。




2階 弥&彩人ペアー


「弥さん! 今、真紀姉の声がしたよ!」


 彩人くんは僕の手を引っ張ると、2階中央の部屋を指差した。扉には試着室と書かれている。


「覚悟は出来てるかい?」


「もちろん!」


 彩人くんが僕を見上げてコックリと頷く。意を決して中に入ると……


「見つけた!」


 部屋に入ると、真紀くんがぐったりと倒れていた。体はロープで縛られ、口にはガムテープが巻かれている。


「じっとしていて真紀くん、すぐに解くからここから逃げよう! 玄関の鍵は見つけたからあとは脱出するだけさ」


 急いでロープとガムテープを取って部屋を出ようとすると……


「2人とも早く逃げて! 私のことはいいから!」


 怯えた顔で真紀くんがそう叫ぶ。詳しい話を聞こうとしたが、そんな余裕はなさそうだ。


「ちゃんと来たようだな。でも逃げられると思うなよ」


 低くこもった声が背後からしてくる。嫌な予感がする。恐る恐る振り返ってみると、そこには黒いサングラスをかけた男が立っていた。


「やめてよ! 離して!」


 不意をつかれ彩人くんが男に捕まる。その男の手にはナイフが握られていた。


(なるほど、どうやら僕たちは誘き寄せられたようだね……)




* * *


「お願い! もう誰も傷つけないで!」


 私は必死に叫んだが、帰ってきた返事は絶望的なものだった。


「残念だけどそういう訳にはいかない。とりあえず、玄関の鍵はもらおうか」


 男は彩人ちゃんから鍵を奪い取ると、ポケットにしまった。


「真紀くん、この人は一体何者?」


 弥が警戒した様子で私に聞く。


「この男は殺人者! 宗市はこの男にナイフで刺されたの!」


「えっ? 刺された? 嘘だよね真紀姉⁉︎」


 彩人ちゃんが私を見つめる。でも首を横に振ることしか出来ない。


「そんなの嫌だよ! お兄ちゃんを返して!」


 彩人ちゃんの悲痛な叫びが部屋に響く。瞳からポタポタと涙が溢れて床を濡らす。


「貴方の目的は一体なんですか? お金ですか? それともただの快楽殺人者ですか?」


 低く篭った声で弥が男に話しかける。口調は丁寧だけど言葉の端々に怒りを感じる。

 

「答える必要はない。どうせお前も死ぬのだからな。あの青年のように!」


 男は弥にナイフを向ける。やばい! 私は震える足に力を込めて男に突進した。


「おい離せ!」


「嫌だ! そっちこそ彩人ちゃんの手を離しなさい!」


 サングラスをかけた男は、体を捻って振り解こうとする。それでも私は必死に食らいついた。


「しつこいな!」


 男は彩人ちゃんを掴む手を離すと、今度は私の腕を掴んできた。そのまま強引に投げ飛ばされる。


「……っ‼︎」


 背中を強打してじんじんと痛む。


「酷い! 真紀姉をいじめないで!」


「貴方がした事は許されませんよ!」


 彩人ちゃんと弥が男を取り押さえようと立ち向かう。


「宗市の死は無駄にしない!」


 私も懸命に男に喰らいついた。


「諦めろ! オレはガキの頃から空手をやっていた。3人でかかってこようが無駄だ!」


 悔しいけどこの人強い! 手も足も出ない。男が勝ち誇ったような笑みを浮かべる……


「じゃあ、()()()()()()()()()()()()?」


 突然、扉が蹴り飛ばされて誰かが入って来た。えっ? どうして?


「クソ、もう起きたのかよ……」


 男が面倒くさそうに呟く。そこいたのは……


「宗市⁉︎」


 何故かそこには刺されたはずの宗市が立っていた。


「おい! 真紀! 勝手に人の事を殺すなよ!」




※数分前 


「えっと……『ケーキにイチゴとロウソクを乗せてカメラで撮るように! クリアーしたら隣の木箱を開けていいよ』だってさ」


 俺はカウンターの上にあった置き手紙を読み上げた。


「カメラ? そんなの持ってないよね?」


「とりあえず弥たちにこの事を伝えようぜ」


「そうだね、私、共有メモに書いてくる!」


 早速、真紀が玄関前に行こうとする。何となく心配だな……


「俺も付いていこうか?」


「う〜ん……ちょっとメモ帳に書きに行くだけだし大丈夫! 宗市はカメラを探しておいて」


「分かった。気をつけろよ」


 俺は真紀を見送って、近くにカメラがないか辺りを見渡した。


(なさそうだな……物置部屋に行けば見つかるか?)


 念のため弥からもらったメモ用紙に一言『探しに行く』と書いてテーブルの上においた。これで分かるはずだ。でもその前に……


 俺はケーキの横に置いてある真っ赤に色んだイチゴを数個、胸ポケットにつっこんだ。


(真紀が食べたいって言ってたからな……別にこれくらい持って行っても大丈夫だろう)


 食堂を出て廊下を進み、物置部屋に向かった。中に入ると所々に落ちているガラスの破片が目に付いた。


(いい所を見せようとしてテーブルクロス引きをしたのは失敗だったな……)


 軽く反省しつつお目当てのカメラがないか探すが見つからない。その時だった……


「動くな……」


 突然、背後から呼び止められた。


「ゆっくり地面に伏せろ」


 有無を言わせない声に従うことしかできない。これもイベントの1つか?


「振り向くなよ、もし後を見たら即ぶっ刺す」


 仕方なく言われた通りに地面に伏せると、少し大きいガラスの破片が目についた。そこに男の顔が写っている。右手にはナイフを握っていた。


「そのまま手を頭に……」


(今やつが立っているのは気配からして俺の少し右後ろ……)


「うるせーな、命令するな!」


 俺は素早く起き上がると、標的に掴みかかった。意表をつかれた男は一瞬たじろぐが、すぐに立て直して白いハンカチを俺の顔に押し付けてきた。


「おい! 何しやがる!」


 懸命に払い除けようとするが、腕に力が入らない。やべぇーなんか頭がボーッとする。そのまま俺は崩れるように地面に倒れた。


 胸元が冷たい。さっきしまっておいたイチゴが潰れたか? 服が赤く汚れていく。これだとまるで本当に刺されたみたいだな……


「宗市! どこにいるの!」


 廊下の方から真紀が俺を呼ぶ声が聞こえる。


「ねぇ、宗市‼︎ どこにいるの?」


 だんだん声が近づいてくる。頼む来ないでくれ!


 そう強く願ったが、瞼がゆっくりと閉じていく。そのまま俺の意識は途切れていった。




* * *


「お願い! もう誰も殺さないで!」


 隣の部屋が慌ただしい。俺は重い瞼を開いて辺りを見渡した。ここは……そうだ! カメラを探していたら知らない男に……


「彩人ちゃんの手を離しなさい!」


 真紀の怒鳴り声が聞こえてくる。彩人の手を離せ? まさかあの男か⁉︎


 俺はすぐさま物置部屋を出た。


「酷い! 真紀姉をいじめないで!」


「貴方がした事は許されませんよ!」


 試着室と書かれた部屋から弥と彩人の声も聞こえる。


「宗市の死は無駄にしない!」


 何やら真紀がとんでもない事を言っている。あいつ何か勘違いしてねぇーか?


「諦めろ! オレはガキの頃から空手をやっていた。3人でかかってこようが無駄だ!」


 余裕をもった男の声がする。


「じゃあ、もう1人増えたらどうなる?」


 俺は扉を蹴り飛ばし試着室に侵入した。案の上そこには全員揃っている。ただ今はそんな事よりも……


「おい! 真紀! 勝手に人の事を殺すなよ!」


 俺はそう叫んで部屋中を見渡した。




* * *


「宗市⁉︎ どうしてここに?」


 私の質問に答える代わりに宗市は、助走をつけて男に飛び蹴りを喰らわした。これには男も避ける事が出来ず吹き飛ばされる。


「真紀! 大丈夫か?」


 宗市が私に手を差し伸べる。


「うん、ありがとう。でも刺されたんじゃ……」


「みんな、とにかくここから逃げるよ!」


 状況が分からないけど今は弥が言う通り逃げた方が良さそう。急いで部屋から出ると、弥が勢いよく扉を閉めた。


「おい! 待て逃げるな!」


 部屋の中から男の声がする。


「どけ、危ない!」


 宗市が扉の横にあった棚を倒す。


「今のうちに逃げるぞ!」


 いつ扉が開くか分からない。とりあえず私たちは物置部屋に向かった。




2階 物置部屋


「なんとか足止めは出来たみてぇだな」


 俺は壁にもたれかけ座り込んだ。真紀や彩人たちも肩で息をしている。


「ねぇ、お兄ちゃん、どういうこと? ナイフで刺されたんじゃなかったの?」


「刺されれてなんかいねーよ」


「でも真紀姉が呼びかけても返事がなかったって……」


「薬品臭のするハンカチを当てられてしばらく意識がなかった。睡眠薬かなんかだろ?」


(あの男、次に会ったら覚えていろよ!)


「じゃあ宗市くん、その赤く染まった服はどうしたの?」


 弥が俺の汚れた服を指差して聞いてきた。


「これは……イチゴだよ。倒れた時に潰れてシミになっただけさ」


「イチゴ? どうして持っていたの? お兄ちゃんいちご別に好きじゃないよね?」


「いいだろ別に、何かに使えると思ったんだから!」


(本当は真紀にあげようかと思ったが、そんな事言えねぇーしなぁ……)


「ねぇ宗市……生きてるよね?」

 

 今まで黙っていた真紀が話しかけてきた。今にも泣き出しそうな顔をしている。まさか本当に俺が死んだと思っていたのか?


「見たら分かるだろ? 俺が死ぬわけねーだろ」


 頭をかきむしりながらそう答えると……


「心配したんだよ…………‼︎ もう……会えないかと本気で思ったんだよ‼︎」

 

 真紀が俺の胸に飛び込んできた。


「おっおい⁉︎ 何するんだ⁉︎」


「よかったー! 生きてる‼︎」


 真紀の細い腕が俺の背中にまわされ、強く抱きしめられた。サラサラした赤い髪が鼻に当たってくすぐったい。何だかシャンプーのいい匂いがする。俺はどうする事もできずただ固まっていた。


「その……心配かけて悪かったな」


 これが今の俺が言える限界だった。手の置き場に困りあたふたしていると、彩人と弥が暖かい目で俺たちの事を見ていた。2人とも見てないで助けろよ!


「どうしよう弥さん、ボクたち隣の部屋に移動した方がいいかな?」


「う〜ん……2人ともイチャつくのはここを脱出してからにしようか!」 


 彩人と弥が笑いを堪えながら俺たちを見比べる。それ助けになってないよな?


「えっ⁉︎ いや、そんなつもりじゃなくて‼︎」


 真紀が慌てて俺から離れるが、その頬は髪の色のように赤く染まっている。


「ねぇ、弥、どうやってここから逃げるの? せっかく見つけた正面玄関の鍵は犯人に取られたんだよ!」


 必死に話しを逸らそうとする真紀だが、声が上擦っているせいで誤魔化そうとしているのがバレバレだ。


「奴に見つかるのは時間の問題だろ? どうするつもりなんだ?」


 俺はさっきのやり返しとばかりに弥に問い詰めるが、余裕の笑みを返された。こいつまた何か企んでいるな……

 

「大丈夫。僕を誰だと思っているの? ゲーマーだよ? いい作戦がある」


 弥はそう言うと、ガラスの破片を持ってテーブルクロスを見つめた。




* * *


「クソ! 手間取らせやがって!」


 扉をぶっ壊す勢いで蹴り続けてなんとか開いた。


「どこに消えたんだ?」


 耳を研ぎ澄ませても声が聞こえない。仕方なくオレは片っ端から部屋を見て回った。厨房にはいなさそうだ。あと2階で隠れられるのは物置部屋くらいだな。


 扉に鍵はかかっておらず普通に入れた。何故か窓が空いている。


「まさかあいつら……」


 窓から下を覗いてみると、テーブルクロスで作られた簡易型のロープが落ちていた。ついでに片方の靴も転がっている。


「クソ! 逃げられた!」


 おそらく奴らはこの窓からロープを使って逃げた。そして館の裏にある林に向かって逃げたのだろう。ここで逃すと面倒だ。幸いこの館の鍵はオレが持っている。まだ間に合うはずだ!


 オレは階段を駆け降りて正面玄関の扉を開けた。


「待っていろよ! 誰も逃さねぇーからな‼︎」




* * *


「やれやれ行ってくれたようだね。もう出てきていいよ」


 弥の合図と同時に私たちは、テーブルの下から顔を出した。


「うまく騙せたみたいだね!」


 彩人ちゃんが悪戯っぽい笑みを浮かべて呟く。


「でもよくこんな事が思いついたね」


 私がそう言うと、弥は得意げに説明を始めた。


「簡単な事だよ。僕たちの目的はここから脱出すること。だけど鍵は取られた。正面玄関を開ける事ができるのはあの男だけ。鍵を奪い取るのは非現実的。だから彼自身の手で鍵を使わせて扉を開ける必要がある」


 弥は窓の淵に手を当てて外を覗いた。


「この部屋にたどり着いた男は開けっ放しの窓に気づくだろう。下を覗くとロープが落ちている。さらに靴も転がっている。誰が見てもここから逃げたと思うはずさ。だからあの男は僕たちを捕まえるために()()()()()()()()()()()()。その隙に僕たちはここから脱出する。何か質問はある?」


 弥が生徒に質問をするようにみんなを見渡すと……


「はい! どうしてそのままロープを使って外に逃げなかったの?」


 彩人ちゃんが手を上げて質問した。


「そんなの決まっている。危険だからさ。布からロープを作って逃げるのは小説の中の話だよ。現実はそう上手くいかない……途中で切れて落ちるのがオチだね」


 弥は肩をすくめると窓を閉めた。


「なぁ、もう分かったから早くここから逃げようぜ!」


 宗市が急かすように弥の肩を叩く。


「そうだね、じゃあ行こうか!」


 部屋を出て階段を降りると、玄関のドアが開けっぱなしになっていた。弥の狙い通り! 


「やった 外に出た!」


「真紀姉、声が大きい」


 彩人ちゃんに指摘されて私は慌てて口に手を当てた。


「とりあえずここを離れるよ!」


 弥がそう提案するが……


「ハァ、ハァ、ハァ、おいっ! お前ら待てぇ!」


 息を切らしたあの男の声に全員が肩を震わす。恐る恐る振り返ると、そこにはナイフを持ったあの男が立っていた。





☆もう一人のプレイヤー


「お前ら、逃げられると思うなよ!」


 男は額に浮かんだ汗を拭ってナイフを取り出した。背筋に嫌な汗が流れる。逃げ切れると思ったのに……


「おい、よく聞け、ここは俺が時間を稼ぐ。その隙に逃げろ」


 宗市が私たちにしか聞こえない小声で呟く。


「だめだよ宗市!」


「お願いお兄ちゃん、行かないで!」


 私と彩人ちゃんは、宗市の手を捕まえて握りしめた。


「大丈夫だ俺が死ぬわけねーだろ。だから安心しろ」


 そう言って宗市は私たちに笑顔を見せる。


「なぁ……そろそろいいか? 少しは待たされている身にもなってくれないか?」


 男が退屈そうな顔を浮かべながらナイフを弄ぶ。


「いいかよく聞け、3、2、1、のタイミングで 俺が犯人に向かって飛びかかる。その隙に逃げろ!」


「早まったらダメだよ宗市くん!」


 弥も止めようとするが、宗市は腰を下げて男を睨みつける。


「行くぞ! 3……2……」


(嫌だよ! みんなで逃げよ!)そう叫ぼうとした時だった……


「待ちなさい!」


 透き通った声が響き渡る。この声はまさか⁉︎


 振り向くとそこには志桜里(しおり)が立っていた。




* * *


「志桜里⁉︎ どうしてここに?」


「バイトが終わったら見に来るって言ったでしょ? それで、どう言う状況?」


 志桜里が首を傾げて私たちを見比べる。


「志桜里くんであってるかな? 早く逃げて! ここは危険だ!」


 弥が簡潔に情報を伝えると、志桜里は軽く頷いて誰かに電話をかけた。


「もしもし、うん、私。今すぐ来て」


 スマホをしまうと今度は男を睨みつけた。今にも飛びかかりそうな迫力がある。


「逃げて! あいつ本当に危険だから」


 私も必死に止めようと志桜里の肩を掴むが……


「大丈夫。下がっていて、真紀には指1本触れさせないから」


 志桜里は優しく私の手を解いてメガネの位置を直す。その瞳は獲物を捕らえる猛獣のように鋭く光っていた。


「女が1人増えた所で何も変わら……」


「ねぇ、ちょっと黙ってくれる?」


 冷たく乾いた志桜里の声が男を黙らせる。


「親友が酷い目に遭ってイライラしてるから」


 志桜里は弥の鞄を掴むと男に向かって投げ飛ばした。


「おっと‼︎」


 意表をつかれた男は思わずバランスを崩す。それを志桜里が見逃すことはなかった。


 一気に距離を詰めて男の手を掴むと、小指を逆方向に引っ張った。流石にこれには……


「痛っ、痛い! 痛い‼︎ ギブ! ギブ!」


 男は体をよじって悲痛な叫びを上げる。


「私が女だからって油断したのが間違いね」


 男の泣き言には耳を貸さず、畳み掛けるように右手の甲を叩く。


「しまった!」


 甲高い音を立ててナイフが地面に落ちた。


「調子に乗るなよ!」


 男が両手を広げて掴みかかろうとするが、これをヒラリと避ける。その動きに合わせて志桜里の長い黒髪が空になびく。


 無駄のない流れるような動きで男は腕をつかまれ、足を掛けられ、地面に叩き付けられた。


「捕獲完了」


 寝技を決められ完全に男の動きが拘束された。多分ここまで1分もかかっていない。目の前で起きた事に理解がおいつかず、ただ私たちは立ち尽くしていた。




* * *


「強すぎだろこの女……」


 情けない声で男がそうこぼすと、サイレンの音と共に1台のパトカーがやって来た。車から1人の警官が降りて走ってくる。


「パパ遅い!」


 志桜里がその警官に向かって文句を言う。えっ? パパ? どう言うこと?


「すまない、だが安心しろ! パパが来たからもう大丈夫だ! 何があっても娘を守る。それが父親。それが私の生きる道! 娘を守るためならたとえ火の中、水の中……」


「うるさい! 早くして!」


 ピシャリと言われシュンと落ち込む警官。


「ねぇ、この人は誰?」


「私のパパ」


 私が志桜里に聞くと何でもない事のように答えた。えっ? 初耳なんだけど?


「初めましてかな? 橋本(はしもと) (じゅん)です。ここは私が引き受けよう!」


 橋本警部は、自己紹介をしつつ、男の手に手錠をかけていく。


「どれだけ追いかけてきたら気がすむんだよ……」


 男は吐き捨てるように愚痴をこぼす。


「パパ、この人、知ってるの?」


「もちろん。最近ナイフを所有する男の目撃があったからね。ほら行くぞ! 話は署でゆっくり聞いてやる」


 橋本警部が男を無理やり歩かせてパトカーに乗せようとすると……


「勘弁して下さい。白鳥(しらとり)さん見てるでしょ? 早く来て下さい!」


 さっきまでの威勢は無くなり、男が泣き叫ぶ。えっ白鳥さん?


「あの……今何て言いましたか?」


 私は恐る恐る男に近づき尋ねてみた。


「白鳥さんだよ。君たち何も聞いていないの⁉︎」


 男が涙目になりながらそう叫ぶ。一体何の話? 頭の中に沸いた疑問に首を捻っていると……


「やぁ、やぁ、皆んな! 揃っているね!」


 林から呑気な声が聞えて来た。


「早く来て下さい!」


 男が急かすように叫ぶと、生い茂った木々をかき分けて白鳥さんが現れた。





☆種明かし


「父さん、一体どういうこと?」


 多分、全員が思った事を弥が代表して聞くと、白鳥さんは頭についた葉っぱを払い落として私たちを見渡した。


「サプライズさ!」


「サプライズ?」


 その場にいた全員が首を傾げる。


「ゲームには敵役が欠かせないからね。凛太郎(りんたろう)くん、最高の演技だったよ!」


 白鳥さんは楽しそうに笑っているけど、凛太郎と呼ばれた男はどこか不満げな顔をしている


「言われた通り演じましたよ。でもどうしてその事を説明しなかったのですか!」


「だってその方が緊張感があってハラハラしたでしょ?」


 白鳥さんがそう答えると、凛太郎と呼ばれた男は深いため息をついた。


「あの〜……演技ってどう言う意味ですか」


 私がそう尋ねると……


「そのままの意味だよ」


 男は渋い顔をして話し始めた。




※ゲーム開始前


(クソ、どうして警察は懲りずに追いかけてくるんだ)


 吐き捨てるように愚痴をこぼし、オレは逃げ込んだ館から外の様子を伺った。とりあえず撒いたようだ。


 壁に背中を預け、呼吸を整えていると、突然スマホが鳴り出した。発信者は……白鳥さんだった。


凛太郎(りんたろう)くん、例の物は手に入ったかい?」


 この状況下には似合わない呑気な声が聞こえてきた。流石にイラッとする。


「どういうことですか? あなたのせいで大変な事になりましたよ!」


「そう慌てることはない。むしろこれはチャンスだ! きみは言われた通りに演じればいい」


「そんな事言われてもこっちは大変なんです。警察に追われているんですよ! このナイフが本物そっくりなせいで!」


 オレは不満を電話越しに伝えるが……


「それがチャンスさ、この後、その館でゲームが行われる。そこで君には立てこもり犯役をしてほしい!」


 予想の斜め上を行く提案が返ってきた。


「はぁ⁉︎ 何言ってるんですか?」


 流石にこれには少しイラっとする。つい口調が荒くなってしまった。


「頼むよ、やっぱりゲームには敵が必要でしょ? 期待してるよ、凛太郎くんの演技力は本物だからね!」


「そんな事いわれましても……」


「もし拒んだら君はいずれ警察に見つかって捕まるかもしれない。でも敵役としてゲームに参加してくれたら事情を話して君の無実を証明するよ。どうだい? いい話でしょ?」


 何故が楽しそうな声が聞こえてくる。今絶対に悪い顔をしているに違いない!


「はぁ……やります……だから無実を証明してくださいね!」


「よし、交渉成立だね。でもやるからには全力で演じてね」


 念入りな作戦会議が終わったが、いかにもあの人らしい考えだ。


「分かりました。言われた通りにします。やるからには全力でやりますよ!」


 オレは気持ちを切り替えるように息を吐くとポケットに入っているナイフを取り出して見つめた。



* * *


「おかしいと思いましたよ、みんなオレの事を本物の犯人だと思い込んでいたし……」


 男が深くため息をつく。


「あの……お2人はどういった関係なのですか?」


 私は凛太郎さんと白鳥さんを見比べると……


「白鳥さんの従業員……いや、パシリかな?」


 凛太郎さんが渋い顔で答えた。


「バシリ?」


「初めはテストプレイヤーのバイトと聞いて参加していた。でも今は相談相手、雑用、さらにお使いまでやらされている!」


 凛太郎さんがここぞとばかりに不満を言う。


「まあまあ凛太郎くん、言うほど悪くはないでしょ? まだ誰もやった事のないゲームができるのだからさ!」


「そうですけど……」


 納得のいかない表情で凛太郎さんが呟く。結構大変そう。


「なぁ、全部演技なのは分かったが、やりすぎじゃないか? 真紀が怖がっていたぞ!」


 宗市が腕を組んで文句を言う。


「えっと真紀ちゃんであってるかな? 事情は知っていると思ってついやり過ぎました。すみません」


 凛太郎さんは律儀に私に頭を下げてきた。よく見るとあまり歳は離れていなさそう。大学生くらいかな? もうサングラスをかけていないから怖い雰囲気は全く無い。


「あっいえ、こちらこそすみません」


 この人には酷い事を言っちゃったなぁ……


「私もすみません。つい本気を出してしまいました」


 隣にいた志桜里も私と一緒に謝る。


「それにしても志桜里がこんなにも強いなんて知らなかったよ!」


「子供の頃にパパから身の守り方は叩き込まれたんだ。まさか役立つ日が来るとは思わなかったけど」


 なるほど、通りで強い訳だ。今後は本気で怒らせないように気をつけよ……


「初めまして弥です。志桜里くんであってるかな? それにしてもすごかったよ!」


「俺の名前は宗市。それと妹の彩人」


「初めまして、ボクの名前は彩人。志桜里お姉ちゃんかっこよかったよ!」


 みんなが軽い自己紹介と感想を述べる。


「初めまして志桜里です。えっと……宗市くんであってるよね?」


「あぁ、どうかしたか?」


「結局あの人の演技だったらしいけど……真紀を守ろうとしてくれてありがとう」


「おっおう! 当然の事だ」


 宗市が照れ臭そうに答えると、志桜里は満足そうに頷いた。


「彩人ちゃんであっているよね?」


 今度は彩人ちゃんを手招きすると、私たちには聞こえない声で何やら会話を始めた。


「ねぇ、宗市くんと真紀はどういう関係?」


「えっと……お兄ちゃんは真紀姉の事が好きなんだよ! でも真紀姉はその事に気づいていないみたい……」


「真紀はそういうの疎いからね……」


 何故か2人が私と宗市を見比べている。気になって「どうしたの?」と聞いたら、はぐらかされてしまった。


「あの……私はナイフを所有している逃走中の男を探してここまで来たのですが……」


 1人、話に置いてきぼりの橋本(はしもと)警部は、納得のいかない顔で白鳥さんに詰め寄る。


「申し訳ない。このナイフは本物そっくりのオモチャです」


「オモチャ? ちょっと見せてもらえるかな?」


 橋本警部はナイフを受け取ると目を細めて確認を始めた。


「確かに偽物だ! 志桜里すまない、父さんは一度戻る。また何かあったらすぐに連絡するんだ! どこにいても飛んでやってくる例え火の中……」


「分かった、分かった、ほら早く行って!」


 めんどくさそうに志桜里があしらうと、橋本警部はしょんぼりとした顔でパトカーに乗り込んだ。ちょっと可哀想だな……


「あの……白鳥さん、どうしてこんな物が欲しかったのですか?」


「次のゲームでナイフが必要でね、そこで僕の同期の鷹丘(たかおか)くんに頼んで作ってもらったのさ。本物そっくりの物をね!」


 何となく気になって聞いてみたら、白鳥さんが自慢げに教えてくれた。


「そのせいで警察に追われて大変な目にあったのですよ!」


 凛太郎さんは文句を言うが、白鳥さんは聞き流して話を続ける。


「鷹丘くんもゲームクリエイターの1人でね、若い時はよく完成した作品を見せ合ったよ。今は()()()()()()()()で働いていたかな?」


 説明を終えると、どこか寂しそうな目で遠くを見つめていた。


「さぁ、みんな早く行くよ。お楽しみはこれからさ!」


 白鳥さんが手を叩いて注目を集める。その頃にはいつもの明るい顔に戻っていた。


「えっ? まだ何かあるのですか?」


 不安げな声で彩人ちゃんが質問する。


「ミッションでケーキを作ったでしょ? どうしてだと思う?」


 確かに言われてみると少し不自然な気がする。別にケーキじゃなくてもよかったのに……


「答えは簡単。あれは弥のためのバースデーケーキさ!」





☆打ち上げ


「弥、18歳の誕生日おめでとう!」


 白鳥さんは弥に拍手を送る。


「まさか僕の誕生日を祝うためにこのゲームを考えたの?」


 弥が驚いた表情で細い目を見開く。


「当然! 普通に誕生日を祝うのはつまらないでしょ? 父さんからのサプラ〜イズ。クリエイターの仕事はプレイヤーに楽しんでもらうこと。そのためだったら妥協はしないよ!」


 そう熱く語る白鳥さんの目は、子供のように純粋に輝いていた。


「ゲーム制作者はやる事が違うな」


 宗市が少し呆れた様子で感想をこぼす。これには全員が頷いた。


「でも、すごく面白かったよ!」


 彩人ちゃんは楽しそうにはしゃぐ。


「だけどちょっと怖かったかな?」


 私が感想を述べると、また全員が頷いた。


「そういえば真紀姉、本当にお兄ちゃんが刺されたと勘違いしたよね? でも無事だとわかったら抱きついて喜んでいたよね!」


 彩人ちゃんが悪戯っぽい顔で宗市と私を見比べる。


「おい! 彩人! 言うなよ!」


「彩人ちゃん、恥ずかしいから言いふらさないで!」


 2人で声を合わせ止めようとしたが、無邪気な顔で彩人ちゃんは話を続けようとする。


「それからね……」


 私は後ろから抱きしめてよく喋るお口に手を当てた。それでも必死にモゴモゴと話そうとしている。


「弥くん、彩ちゃんが言った事は本当?」


「うん、本当さ。あの2人は仲が良いからね」


 志桜里と弥が会話をしていると……


「まさかオレの知らない所でそんなイベントが起きてたのか……」


 何故かそこに新太郎(りんたろう)さんも話に加わっていた。


「さぁ、みんな、ケーキと料理を用意してあるから早く厨房に行くよ!」


 白鳥さんが仲裁して館を指差す。


「それじゃあオレはこの辺で」


「私も今来たばかりなのでこれで……」


 凛太郎さんと志桜里は帰ろうとしたが……


「ちょっと待って凛太郎くん、今回のゲームは君のおかけで盛り上がった。是非、参加してほしい。志桜里くんも遠慮は要らないよ!」


 白鳥さんが2人を呼び止める。その日は豪華な誕生日会が開かれた。



* * *


「弥! お誕生日おめでとう!」


 クラッカーの破裂音と共に紙吹雪が厨房に飛び散る。


「さぁ、バースデェーソングを歌おう! 誰にお願いしようかな?」


 白鳥さんが私たちを見渡す。


「彩人、お前が歌えよ!」


「私もそれがいいと思うよ!」


 宗市と私は、さっきのやり返しとばかりに口を揃えた。


「えぇー‼︎ やだよ! ボク歌は下手くそだし……」


「そんな事ないよ彩人ちゃん、頑張って」


 私はなかば無理やりマイクを握らせた。だいぶ音程はズレていたけど、一生懸命歌う姿が可愛らしい。動画を撮ったら怒るかな?


「あの……凛太郎さん、本当に大丈夫でしたか? 咄嗟のことで手加減しませんでしたが……」


「これくらい問題ないよ志桜里ちゃん」


 凛太郎さんは、平気そうな顔をしているけど多分嘘。志桜里が見えないところで、痛そうに体の節々をさすっている。


「さぁ、ケーキを切り分けたよ。みんな召し上がれ!」


 白鳥さんがケーキを私たちに配る。早速一口食べてみた。


「ん〜〜〜っ‼︎ 甘くて美味しい!」


 フワッフワな生地と甘〜〜い生クリームの相性抜群! 真っ赤に染まった大きなイチゴも最高!


「確かに美味いな!」


 隣に座っている宗市も絶賛している。


「あれ? イチゴ食べないの? もらっちゃおう!」


 私は宗市のお皿に残っているイチゴにフォークを刺した。


「うん♪ 甘酸っぱくて美味しい‼︎」


「お、おい! 何するんだよ! 最後に残しておいたんだよ!」


 宗市が口を酸っぱくして怒る。


「やっぱりあの2人は仲がいいね」


「カップルみたい!」


「でも真紀疎いからね……」


「いいな〜オレも彼女が欲しいな〜」


 弥たちが小声で話しながら私と宗市の事を見ている。多分、聞いてもはぐらかされそうだから聞かないけど、私、何か変な事したかな?


「ところで白鳥さん、次はどんなゲームを企んでいるのですか?」


 凛太郎さんがケーキを頬張りながら白鳥さんに尋ねた。


「次は遊園地から脱出するゲームを製作中さ。シナリオはある程度できているからもう少しで完成だね」


 そう語る白鳥さんの目は、本当に楽しそうだった。


「あの、白鳥さん、どうしてゲームを作ろうと思ったのですか?」


 私はふと疑問に思ったことを聞いてみると……


「それはもちろんゲーム作りが好きだからさ!」


 即答で返事が返ってきた。


「でも大変じゃないですか?」


「もちろん大変なこともあるよ。時間をかけて作ったゲームが誰にも遊ばれずに終わる事はよくある。批判や苦情がくるのは日常茶飯事さ」


 白鳥さんは一度言葉を切ると咳払いをして話を続けた。


「だけどね、私たちクリエイターは作品を作るのが大好きなんだ! 結果が出なくてもその気持ちは変わらない。例え遊んでくれたのが1人でも楽しんでくれたら大満足さ」


 そう語る白鳥さんの顔はとても穏やかな表情をしていた。


「さぁ、次はビンゴ大会を行うよ! 豪華景品もあるからね!」


「ビンゴ大会⁉︎」


「えっ⁉︎ 豪華景品‼︎」


「マジか! オレ運は良い方だぜ」


 その後も弥の誕生日会は盛り上がり、時間を忘れて遊び尽くした。外はすっかり日が沈み真っ暗。母親から帰りが遅いと叱られたのは言うまでもなかった。





☆次のゲームの招待状


「ねぇ! 暇だよ! 暇っ!、暇暇暇暇暇暇暇暇………‼︎」


 私が例によってそう言っていると……


「あ〜‼︎ もう! うるさい! 聞き飽きた!」


 志桜里は面倒臭そうに答える。


「何か面白い話してよ!」


「急に言われても困るよ。あっ! でも……」


「でも?」


「またナイフを所有している犯人が逃走中なんだって。気をつけろってパパが言ってたよ」


「そっか……早く捕まるといいな……」


「大丈夫。私がいるから真紀は心配しなくてもいいよ。危険な人が現れてもやっつけるだけだよ」


 志桜里は冗談ぽく言ってるけど目が本気で怖い。凛太郎さん災難だったな……


「真紀、前!」


「えっ?」


 ボォーっとしながら歩いていたら、歩行者にぶつかってしまった。


「あっ! すみません」


 私は慌てて謝った。相手は背の高い男性だった。胸ポケットについた()()()()()()()()()()()()()()()()()()。小さな文字で鷹丘(たかおか)と書かれていた。


「いえいえ、こちらこそ。お怪我はありませんでしたか?」


 相手は怒る事もなくむしろ私の事を心配してくれた。綺麗に整えられた髭と低い声が魅力的。おもわず見惚れてしまう。


「あっはい! 大丈夫です」


「それはよかった。では私は失礼しますね」


 紳士的な男性は会釈をすると行ってしまった。かっこいいな……


「お〜い 真紀? 聞いてる?」


「えっ? ごめん、何か言った?」


「だから、そんなに暇ならまた弥くんたちとゲームをしたら?」


「それいいね! 志桜里も参加するでしょ?」


「そうね、次は予定を開けておくよ」


「やった! 決まりだね! 早く白鳥さんのゲームがしたいな〜」


 私が筋金入りのゲーマーこと白鳥さんの名前を口にすると……


「あの? 今、白鳥と言いましたか?」


 さっきの紳士的な男性が驚いた表情で私に尋ねてきた。


「知っているのですか?」


「えっと……まぁ、はい、昔の()()みたいなものです」


 紳士的な男性はそう言ってはにかむように笑みを浮かべると、きびすを返して去っていった。



* * *


「白鳥が言っていたプレイヤーは彼女たちで間違いなさそうだ」


 紳士的な男性は独り言のように呟くと、おもむろにポケットに手を入れた。


「どうやら面白くなりそうだね」


 端正な顔立ちをした男は少し口元をゆがめて笑った。その右手には本物のナイフが握られていた……





 To Be Continued……

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