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ヴァランデール王国譚(短編集)

堅物竜と番の馴れ初め ~竜の番の男装少女~

 町の外れに立つ赤いレンガで出来た小さな家の前で、私は立ち尽くしていた。


 竜として五百年生きてきて、初めて(つがい)の存在を感じた……はずだった。半開きの扉から顔を出しているのは、短い黒髪に黒い瞳の十代半ばの少年。この国では珍しい黄色がかった肌。生成色のシャツに後ろ裾の長い茶色のベスト、黒いズボンにブーツ姿は、どうみても男。


 竜族には〝竜の番〟と呼ばれる運命の伴侶が現れることがある。一目で恋に落ち、寿命を分け合い一生を添い遂げる運命の愛。ほぼ竜族が相手となるが、こうして時折人間が番に選ばれることがある。


 少年の顔を見た瞬間、確かに私の鼓動は早鐘を打っている。もうどうしようもないくらいに愛しいと感じている。だがしかし。……何故、男の私の番が男なのか。


「えーっと。どちら様ですか?」

『……私は、風竜ヴラディミール。……君の番だ』

 勇気を振り絞って名前を告げる。番が同性だったというのは聞いたこともないが、実際目の前には少年しかいない。


「番?」

『竜の番というものを聞いたことはないのか?』

 少年の目が見開かれ、やっと私を番と認識したのかと胸をなでおろす。


「あ、そういうの、お断りしてるんで。じゃっ」

 目の前で勢いよく扉が閉じた。さらには鍵が掛けられる音が響く。……意味がわからない。番だというのに、拒絶されるなど聞いたことがない。私が男だからだろうか。女装でもするしかないのか。


 今朝、番の気配を察知して服装を整えてきた。私の銀の髪と青い瞳に合わせた水色の上着に、黒のトラウザーズとブーツ。王城に出仕する時よりも気を遣い、髪を整えシャツのタイには青玉のピンまで留めている。人型になると竜としては若く見られる方で、人間なら二十代半ばと言われる容姿。けして怪しい人物とは思われないはずだ。


『ま、待ってくれ。せめて話を聞いてくれないか』

 どうしたらいいのかわからない。混乱のまま扉を叩くと、木の扉が砕けた。しまった。人間の姿に変化している時は力の加減が必要だった。


「何するんですか! やーっと借りた家なんですよ! めちゃめちゃ苦労したのに!」

『す、すまない。力の加減が出来なかった』

 怒る少年も可愛らしくて、思わず頬が緩む。これが番というものなのか。性別など気にならないのが不思議だ。


「……竜だっていうなら、何か不思議な力持ってるんじゃないんですか? こう、ちょちょいっと魔法で扉直すとか」

『すまないが、物の修繕は経験がない。金は出すから職人を呼んでくれ』

 壊れた物は捨てて、新しい物にすればいい。金はいくらでもある。


 大きな溜息を吐いた少年が手を差し出した。

「じゃあ、お金下さい。自力で直しますから」

『君は職人なのか?』

「……いいえ。違いますけど、何とかできます」

 数枚の金貨を少年に手渡すと多すぎると驚かれたが、受け取るようにと説得した。


「で、お金もらって何ですけど、帰ってもらえませんか?」

『扉を修復するまで、危険だろう? 私が門番になる』

「……仕方ないなぁ……今からやること、誰にも言わないって誓ってもらえますか」


 私が誓いを立てると、少年は両手を胸の前で組んで目を閉じた。

「木の精霊さん、私に力を貸して下さい」

 少年の体が白く輝き、地面から木の精霊が現れた。その姿は緑色の猫に近く、みるからに強い魔力は期待できない。


 何をするのかと見ていると、少年は服の隠し(ポケット)から、小さな耳飾りを一つ取り出した。ごく小さな粒にも関わらず美しく光り輝いており、その輝きは金剛石に間違いなかった。


「これで足りるかな?」

 少年は精霊に向かって問いかける。まさかその金剛石を精霊に渡して、木の扉を修繕させようというのか。思わずその手を掴んで止めた。

『待て。対価が必要なら、私の竜の力がある』

 竜の力を小さな光球にして精霊に渡すと、力を受け取った木の精霊は魔法で扉を修繕して消えた。元通りとは言えず少々歪なのは、呼び出した精霊の力が弱かったからだろう。


「あ……ありがとうございます。あ、お金返します」

『いや。返さなくていい』

 正直言って驚いていた。普通の人間の少年が、魔法陣や呪文詠唱なしで精霊を呼び出し使役するとは思わなかった。やはり私の番は特別だったと満足感が心に広がる。


「でも、何の理由もなしにお金を頂けません」

『少しだけでいいから、君の話を聞きたい』

 番ということ以上に私は少年に興味を持っていた。異常に輝く小さな金剛石と不思議な精霊召喚。目の前で見ていたのに、俄かには信じがたい。


「……じゃ、お茶淹れますから、どうぞ」

 不承不承という顔をしながらも、少年は私を家へと招き入れた。


      ◆


 家の内部は小屋のように質素でも、とても清潔に整えられていた。むき出しのレンガの壁に木の床。テーブルに椅子が二つ。窓際には小さな白い花が活けられたカップが飾られていて清々しい。


「お口に合うかどうかわかりませんが」

 魔法石を使う焜炉でお湯を沸かし、少年が木のカップに花茶を淹れてくれた。番から渡された花茶は、今までになく美味く感じるから不思議だ。


「えーっと。何をお話すればいいんでしょうか」

 そうだった。あまりにも茶が美味くて脳も頬も緩みっぱなしだった。まずは何を聞こうかと頭を働かせる。

『先程の金剛石を見せてもらえるか? あの金剛石の輝きは、今まで見たことがない』

 不自然と思われない程度の時間で質問することができた。正直に言えば金剛石のことなどどうでもいい。番が隣にいるというだけで感じる、この幸せを噛み締めたい。


 少年が耳飾りをテーブルに置くと、ごく小さな金剛石が美しい光を放って輝いている。

「これは……一応天然物のダイヤモンドですけど、安物ですよ。二つで一組だったんですけど、この世界に来て最初に一つ使っちゃいました」

『この世界?』

 少年の言葉に違和感を覚えた。その肌の色で外国人だと思っていたから、『この国』の言い間違いではないのかと思った。


「異世界人って言ったら通じます? 異世界転移っていうんでしょうか。新宿駅歩いてたら、突然この世界に来て。……襲われそうになったので、助けを求めたら精霊がいっぱい来ちゃって。一番強い精霊が、助けたお礼に何か欲しいっていうからピアスを片方あげました」

 私の番が異世界人だったという事実に驚く。この世界には異世界人を召喚する国もある。それ以外に稀ではあるが異世界人が迷い込んでくることがあると知ってはいても、実際に見たことは無かった。


『……それは……大変な困難を乗り越えてきたのだな……』

 何故もっと早く気配に気が付くことができなかったのかと心が痛む。精霊ではなく、私が助けたかった。私の言葉を聞いて、当時のことを思い出してしまったのか少年の顔が曇る。悲しい顔をさせたくはなくて、慌てて他の話題を探す。


『その金剛石は君の世界では安物かもしれないが、とても美しいものだと思う。扉一つの対価にするような無価値な物ではない』

「それは……わかってはいるんですけど、早く手放したいなって思っています。……元の世界に戻る方法が全然わからないから、もう諦めようって今朝、誓ったんです。元の世界の物も大事に持ってても仕方ないから」

 そう言って見せてくれた物は、重い金属の板。表は黒く、裏は淡い金色という変わった意匠(デザイン)で、何に使うのか全くわからない。


 少年の寂しそうな顔を見て、元の世界に戻らなくていいとは言えなかった。望郷の思いは誰にでもあるはずだ。番として隣にいて欲しいと思っても、その思いを否定してはいけないと思う。


『手放したいのなら、私が買い取ろう』

「それは…………とっても助かりますけど……」

 今は買い取って、少年が落ち着いた時に返すのはどうだろうか。自分の思い付きに、心が浮き立つ。きっと喜んでくれるに違いない。


 私が提示した金額に驚き、少年は絶対に受け取れないと固辞してしまった。扉代に渡した金貨で十分だと言って、私に耳飾りと金属の板を押し付けてきた。番の持ち物を手にすると、ふわりと温かみを感じる。

 

『君は今、何をして暮らしているんだ?』

「町長さんの紹介で、手紙の翻訳と税金の計算の手伝いを時々しています。何故かわからないんですけど、この世界の文字は全部読めるので。もっと安定した職を探してはいますが、この国の文字がまだ書けないので難しいと言われています」

 不自由はないかと尋ねるつもりが、返ってきた答えに驚いた。翻訳と計算の両方ができる人間は貴族でもなかなかいない。番の優秀さを感じて、自らのことのように誇らしい。

 

『翻訳と税の計算なら、王城で職がある。特に翻訳は重要な仕事だから、紹介しよう』

「あの……とても嬉しいですが……字が……」

『私が教えよう。語学は得意だから、安心して欲しい』

 言語学者として王城で二十数カ国語を王族に教えてきたが、このような形で役に立つとは思わなかった。異世界の言語は未知だが、口語が通じるならどうとでも出来る。


 戸惑う少年を粘り強く説得し、試しに働いてみるということで承諾させた。私の紹介であれば、即採用だとは思うが、少年が迷うのなら仕方がない。異世界に来て三カ月だと語る少年の考え方も生活力も目を瞠るものがある。


「……竜の番って、物語で読んだことはあります。正直言って、怖いと思います。全然知らない人のことを好きになるなんて……理解できません」


 揺れる黒い瞳が愛おしい。私の番だと認めたり明言しないのは、愛だの恋だの浮かれた話よりも、生活に不安があるのかもしれない。異世界から来たのであれば、慣れない生活で不安だろうと推測できる。心が平安になれば、落ち着いて私との関係を考えられるのではないか。


『まずは君の居場所を作ろう。それから、私のことを知って欲しい』

 私の屋敷から王城へ通ってもいい。私の出仕は不規則だが、少年に合わせて毎日通うことも出来る。


『早速だが、王城に行く為に服を仕立てに行こう。私と色違いはどうだろうか』

 揃いの服を着て隣に立つ少年の姿を想像するだけで、頬が緩みかけて仕方ない。あくまで冷静な表情を装う。


「あの……私……女です。髪が長いと危ないから短くしているだけで」

 自分の耳を疑った。女? 少年ではないのかと見返すと少女のようにも見えてきた。どちらにしても、私の番は可愛い。


『そ、そうか。そ、その……この国では女性は髪を短くしないので、男と誤解していた。すまない』

 恥じらいに頬を染める彼女の顔を見て、私の頭に血が昇っていくのがわかる。顔が赤くなっているかもしれない。髪が長く伸びたら、さぞや可愛いことだろう。今の姿でも可愛いのに。


「……番とか、まだわからないんですけど……髪が伸びて、元の私に戻るまで待ってもらえますか?」

『ああ。私への返事は、君の心が落ち着いてからで構わない』


 彼女が番で本当に良かったと絶叫したい。可愛いと叫んで回りたい衝動を堪えて、小さく拳を握る。

 もっとも、逃すつもりはない。必ず彼女の心を掴み取ると心に誓う。


 とはいえ、この歳になるまで女性と向き合ったことがないので、何をしたらいいのかさっぱりわからない。王子に相談すれば笑われるのは確実だ。……誰か本当に助けて欲しい。

 途方に暮れる心を隠し、私は彼女に微笑んだ。

◆「主人公は異世界人」の為、ガイドラインに基づき異世界転移キーワード不要と判断しております。

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[良い点] これはいいですね!この竜は紳士で初々しくて、これからの2人の関係が楽しみ。続きが 続きが読みたい!
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