婚約解消ですか……よろしいですが、彼女とは結婚できませんよ?
「君との婚約を続けることはできない。もう、これ以上自分の心を偽れないんだ。ぼくは彼女を、アンジェラを愛している」
二か月ぶりに顔を合わせた婚約者の言葉に、私は何も言えなかった。
彼とは政略というほどでもなく、互いに次男、次女なのと年齢も同じということで、親交のあった彼の父親と私の両親が、ちょうどよかろうと縁を結んだものだった。二年前、十五歳の時だ。
それからは、月に一度ほど、互いの家を訪ねる状態が続いたが、お互いの関係はそう、悪いものではないと思っていた。婚約して半年ほどたったころ、彼から紹介したい人がいるといわれるまでは……それがアンジェラだった。
「君が彼女を気に入らなかったのは知っている。だって、何度頼んでも、アンジェラとのお茶会に参加してくれなかったからね。しかも、僕が彼女の話をしたら常に嫌そうな顔をしていた」
(あれに喜んで参加する令嬢がいたら、お目にかかりたいものだわ……)
「彼女の何が嫌だったんだい?ここに住んでいるから?君よりも彼女を大事にするから?でも、アンジェラは誰よりも僕のことを理解してくれている」
(その全部よ!)
そう、アンジェラは彼の屋敷に一部屋与えられている。そして、その部屋には彼女のために揃えられたドレスや装飾品が並んでいるのを私は知っている。紹介したいと言って、半ば無理やりにそこへ連れて行かれたからだ。
その部屋には侍女が一人控えていて、アンジェラは窓辺の椅子に腰かけていた。柔らかな金の髪に菫色の瞳、そして愛らしい顔は、思わず抱きしめたくなるようなものだったが、私はその部屋に入るのを拒み、逃げるようにして自宅へと戻ったのだ。
「君は知らないだろうが、アンジェラのことは亡き母も大層可愛がっていてね、僕たちは幼いころからずっと一緒だったんだ」
(そんなことを言われても……)
彼の母親は今から十二年前に亡くなられたと聞いていた。父親は忙しいうえに、八歳も年上の彼の兄は、おそらく幼い弟の相手などしなかったのだろう。だからきっと、アンジェラだけが心の拠り所となったのだろうが、それを私が受け入れることとはまた別の話だ。
おそらくこのまま結婚したら、初夜のベッドには私ではなく、アンジェラが横になっているであろうことは容易に想像できた。私はため息をつきながら、
「解消して、あなたはどうするのですか?だってアンジェラは……」
「判ってる、僕はただ、彼女と静かに暮らせれば、それで良いんだ。それ以上は望んでいない」
彼は来年から王宮で文官として働くことが決まっているらしいから、これ以上は無用の心配だろう。
「判りました、婚約は解消いたします。では、ごきげんよう」
「君が彼女のことを、受け入れてくれさえすれば、何も問題がなかったのに……」
最後に彼のつぶやきが聞こえた………
馬車に乗り、自宅へと戻った私は、両親に今日の事を話し、婚約解消の手続きをお願いする。母は、困ったような顔をしながらも、慰めてくれた。
自室へと戻ると、疲れたからと侍女を下がらせる。
ベッドの上掛けに頭だけ突っ込み大きく息を吸う。そして、
「あぁぁぁーーー良かったぁ!!
あれと結婚しなくてすんだ!よかった、助かった!
あれを受け入れて結婚する?
無理無理無理無理、絶対むりぃ!!
いや、確かにアンジェラは可愛いよ、思わず抱きしめたいほど可愛いよ!
私だって十年以上前なら、あの部屋に入って仲良くできたかもしれないけど、さすがにこの年になったらもう無理だわ!
いっくら母親の形見だといっても、
≪いい年こいた男の『お人形遊び』≫になんか、付き合えるか、ぼけぇ!!」
はあぁ、すっきりした。
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