第四章 約束
第四章です。
よろしくお願いします。
第四章約束
その日、うちの家族が一匹増えることになった。
……筈だった。
少し話を整理すると、それは妹の美紀が猫を拾ってきたことから始まった。
真っ白な猫だった。どうやら雌らしい。
美紀が言うには、道端で懐いてきたらしい。本当かどうかは分からないが。
俺は夕食を済ませ、自分の部屋に引っ込んでいたので詳しいことは分からないが、美紀は母さん、そして仕事から帰ってきた父さんと三人で大いにやり合ったらしい。
まあ、反対するのも当然だろう。
俺が思うに、正直、美紀がちゃんと面倒を見るとは考えにくいし、何より既にどこかで飼われている猫かもしれない。首輪こそしていなかったが、確信は持てるものではない。
ただ、美紀は両親の反対を真っ向から、自信の我儘を押し通した。
俺が風呂に入るために一階に降りた時には既に雌雄は決していたらしく、その白猫はリビングで美紀とじゃれ合っていた。風呂から出ても状況は変わらなかった。
白猫は相変わらず甘えた猫なで声で鳴いていた。
「何見てるのよ?」
「いや。飼うことになったのか? その猫」
「そうよ。何か文句あるの?」
美紀は今にも怒り出しそうな剣幕でこちらを見ていた。
「別にないけど」
言いたいことはあったが、俺はそれを押し殺した。
両親が認めているのだ。俺が今更何を言っても始まらない。
「君の名前は何にしようかなあ?」
美紀は白猫にそう話し掛けていた。
「名前。まだ付けてなかったのか」
俺はキッチンでグラスに麦茶を注ぎながら、美紀の言葉に横やりを入れたが、美紀はそれを完全に無視し、一人考える様子を見せていた。
「そうだなあ。ラブちゃん! どう? 可愛くない?」
笑顔でそんなことを言いながら、両手で白猫を抱き上げる美紀であったが、白猫はそれまでの愛想の良さがどこへやら。うんともすんとも言わずにだらりと構えている。
「え? 何? もしかして……本当に気に入らない?」
正直、猫の様子に本気で振り回される様子の妹の姿は滑稽だった。
「猫がそんなこと気にする訳ないだろ」
「何よ? さっきからうるさい。さっさと行ってよ」
「はいはい。精々仲良くやってくれ」
俺はもう一回グラスに麦茶を注ぎ、それを持って退散することとした。
「ラブじゃ駄目? だったらラブリー! どう?」
相変わらず猫は無反応だった。
「横文字の名前は嫌なんじゃないか。日本的な名前が良いんだよ。そうだな……はなとか」
俺は去り際にそう言った。個人的には捨て台詞のつもりだった。
「何それ? そんなの可愛くな……」
「にゃあん」
白猫はそんな猫なで声で鳴きながら、いつの間にか俺の足元に立っていた。
「えっ、何? 本当に気に入ったの?」
美紀は明らかに動揺していたが、負けず劣らずに俺も動揺していた。
足元の白猫を両手で持ち上げ、視線を合わせる。
「はな」
「にゃあん」
俺の呼び掛けに答える様に、白猫は鳴いた。まるで本当に返事をしているみたいだ。
正直、気味が悪かった。が、美紀に対して優位に立てたことが何か快感でもあった。
「まあこの感じじゃ、はなで決まりだな」
俺は猫を下ろして、リビングを後にした。
優越感と不気味さが入り交じり、どこか不思議な感覚だった。
翌朝、俺は美紀の騒がしい声に起こされた。
どうやら猫がいなくなったらしかった。
「昨日の晩までいたのに、どこに行ったのかな?」
美紀は今にも泣き出しそうな表情で、リビングのソファーに座っていた。
直ぐ近くには、仕事が休みの父さんが椅子に腰かけ、新聞を読んでいたが、その表情はどこか青ざめていた。
どうやら、真相を知るのは父さんらしい。母さんはいつもと変わらない様子であった。
父さんは気付かれずにやり過ごすつもりであった様だが、俺に勘付かれるほど表情に出てしまっているのでは、その目論見も長くは続かなかった。
直ぐに美紀にも勘付かれた父さんは問い詰められ、遂には口を開いた。
父さんが言うには昨晩、車に置き忘れた書類を取りに出た際、開いた玄関から白猫が逃げてしまったらしい。
「逃げちゃったの? そんな……でも私、ちゃんと部屋で一緒に寝てたのに」
「ちゃんと部屋のドアを閉めてなかったんでしょう? 逃げたものは仕方がないわよ」
「ドアは閉めたと思うのに……玄関でお父さんが止めてくれたらよかったんだよ。お父さんの馬鹿!」
美紀はとうとう泣き出してしまった。
父さんはその様子にあたふたしていた。母さんはどこか呆れ気味であった。
結果的にうちの家族は増えることがなかったわけである。
これが、昨晩から今朝にかけて、俺の家で起こった事件である。
「成る程ね。そんなことがあったんだ。大変そうね」
「別に、俺はあんまり関係ないからな」
俺は相変わらず部屋でゲームをしていた。その傍らには、今日もさも当然の様に部屋に乗り込んできた卯月がいた。
「それで? 美紀ちゃんは? 落ち込んでるの?」
「がっつりね。部屋にこもって泣き寝入りしてるよ。父さんも責任を感じてか同じ様な状態」
「そう大変ね。皆」
そう言って卯月は少し考えこむ様子を見せた。
「どうしたんだよ?」
「いや別に。ただ私もその猫見てみたかったなって」
「お前、好きだもんな。動物」
「そりゃあね。じゃないと獣医師なんて目指さないでしょう?」
「そりゃそうだ」
「実際、猫かあ……一番好きかもしれないな」
「別に何が一番でもいいよ」
「何それ? ちょっと冷たいよね」
卯月はそう言いながら、時計を見る様子を見せた。時間は午後二時過ぎだ。
「さあて。そろそろ行こうかな」
そう言って卯月が徐に立ち上がる。
「何だ? また大学のゼミか?」
「そうよ。ほんと最近忙しくて。日曜日にまで」
「大変そうだな」
「そうでもないわよ。楽しいしね」
「それは何よりだな。気を付けて行って来いよ」
「何? 心配してくれるの? 珍しいよね。雨でも降るのかな?」
「妙なこと言ってるなよ。何だ……あれだよ。最近いろいろ物騒だしな。変な奴もいるみたいだし」
俺の心の中では、昨日先輩に言われたことが少し気になっていた。
「ああ、あの連続殺人犯人? そうだね。あれはちょっと怖いかもね。でも大丈夫だよ」
「何でだよ?」
「ヒロが助けに来てくれるでしょ? ちょっと頼りないか」
余計な一言に、俺の気持ちもがっくりと落ち込む。
自分でも、俺が頼りないことぐらい分かるが、そうまではっきり言わなくてもいいのになとも思う。
「そんな余裕があればいいけどな。まずは自分の身は自分で守ることだと思うぞ」
「それはそうだよね。大丈夫だよ。変な男になんて付いていかないし」
「それならいいけど」
「そうそう。じゃあ、私行くね。また来るから」
卯月はそう言って部屋を出て行った。
卯月がいなくなった部屋はとても静かになった。俺は一旦、ゲームをやめてベッドに仰向けに寝転がった。
「ふうー」
大きく溜息を吐く。
……こんなことを言ったら変態に思われるかもしれないが、今まで卯月が座っていたベッドからは少し良い匂いがしていた。
天井を見ながら考える。
先輩が守ってやれという宇月。
『助けに来てくれるでしょ?』
……やはり俺が卯月を守ってやらないといけないのであろうか?
卯月は大事な幼馴染であり、友達だ。
それ以上の関係になりたくないといったら、やはり嘘になる。
俺はいつの間にか諦めているだけだ。俺と卯月じゃ釣り合わないと。
俺は今どうしたいのだろう?
神社の由宇ちゃん……俺はどういう気持ちであの子に惹かれているのか?
もしかすると、卯月を諦めなくてはいけないという寂しさからのものなのであろうか?
自分でも分からない。でもそうなら、あの子に対しても失礼だ……
そんな考えを頭の中で巡らせていた俺は、唐突に恥ずかしくなり、頭を左右に大きく揺らした。
俺は何を一人で舞い上がっているのであろうか?
そうだ。卯月の気持ちも由宇ちゃんの気持ちも、俺は何も分かっていない。
第一、あんな可愛い女の子達がこんな冴えない男に惹かれるなんて、俺はきっと考えすぎているんだ。
俺は卯月のいなくなった部屋で呆然としていた。
そして急に、ある感情が巻き起こってきた。
由宇ちゃんに会いたいと。
俺は俺自身の気持ちを確かめなくてはいけない。そんな強い気持ちが俺の中に芽生えていた。
俺は家を出た。午後三時過ぎの事だった。
まだまだ日は高く、とても暑い。そんな中を又吉神社のある裏山へと向かう。
少し進んだ先で、俺は見覚えのある姿を見かけた。
向こうも俺に気が付いた様で、こちらに駆け寄ってきた。
「にゃあん」
「何だ? お前、はなじゃないか」
昨日の夜、うちから逃げ出した白猫のはながそこにいた。
首には昨日はなかった首輪が付けられている。
「そうか。お前、どこかの飼い猫だったんだな。それなら逃げても仕方ないよな」
これなら美紀も諦めざるをえまい。
「じゃあ、勝手に名前付けてもいけないよな。本当は何ていうんだ?」
そんなことを猫に言っても分かる筈はないのであるが。
「まあ、取り敢えずは、はなでいいか」
俺の言葉に、はなは答える様に一度鳴いた。
「……まさかな」
俺が歩く後ろを、はなはゆっくりと付いて来ていた。
「どうしたんだ? 付いて来ても食い物なんてやれないぞ」
はなは唯々付いてきた。
懐かれているのだろう。
俺はそう思うことにした。
「お前。暇ならうちにも遊びに来てくれよ。妹の美紀が、お前がいなくなって、寂しがって大変なんだ」
分かる筈がないと理解しながらも俺ははなに話し掛けながら歩いていた。今になって思えば、誰か話し相手が欲しかったのかもしれない。
そんなことをしているうちに、俺は神社の前まで来ていた。
ふと、足元を見る。ずっと付いて来ていたはずのはなの姿は、もうそこにはなかった。
「まあ、あいつもそこまで暇じゃないよな」
俺は少し寂しい気持ちになった。
「あいつって誰ですか?」
後ろからそう声がして、俺は驚いて振り向いた。
そこには巫女姿の由宇ちゃんが立っていた。手にはいつも通り箒を持っている。
「いや……猫なんだけど。今までずっと付いて来てたんだ。でも、いつの間にかいなくなってさ」
「へえ。猫ですか。可愛いんですか?」
「うん。白猫でさ、昨日妹が拾って来たんだけど。今朝になっていなくなって大騒ぎ。妹はショックで寝込むし……でもさっき見た猫は首輪してたし、どこかの飼い猫なら仕方がないよね……ごめん。どうでもいい話だよね」
俺は正直、突然の登場に何を話していいかパニックになっていたのかもしれない。
そんな俺に由宇ちゃんは優しく笑みを浮かべて、
「大丈夫です。そんなことありませんよ。そんな可愛い猫なら私も見てみたかったです」
「そう? 猫は好きなの?」
「ええ。何と言っても、猫神様を祀っているくらいですから」
「それもそうか。無粋な質問だったかな」
俺達は二人で笑った。この子の笑顔を見ていると、何故かとても幸せな気持ちになれる。
「今日はこれから掃除? 少し遅いんじゃない時間的に?」
「今日は日曜日でしょう? 子供達は、プールが休みですし、親御さんも休みなのでどこか遊びに行くんでしょうか? あまりここには来ないんです。私もたまには、涼しい時間に掃除がしたいので」
そんな会話をしながら、俺と由宇ちゃんは神社への階段を上って行った。
「掃除って毎日してるの? 大変だね」
「そうですね。でも、他にすることがないので。でも……」
「でも?」
「今日はサボっちゃいましょうか? せっかく、ヒロさんが来てくれたので」
由宇ちゃんはそう言って微笑んだ。
「そうだね。それもいいと思うよ。たまには休まないと」
俺の言葉に由宇ちゃんは嬉しそうに笑みを浮かべた。
俺達は小一時間、他愛も無い話に花を咲かせていた。
互いに、お互いの知らないところを知りたいと思っていたのであろう。
「へえ。由宇ちゃんは小学校と中学校は隣町の学校に通ってたんだ」
「はい。親戚のおじさんの家に預けられていて」
「そうなんだ? ご両親は?」
「父がいます。今は父と一緒に住んでいるんですけど。母はいません。私が小さな頃に亡くなってしまって……」
「……辛いこと聞いてごめんね」
由宇ちゃんは首を軽く横に振った。
「そんなことありません。昔の事ですから。ヒロさんの方はどんなご家族なんですか?」
「俺? さっきも言ってた妹……中学生なんだけど。それに会社員の父さんに昼はパートしてる母さん。別にどこにでもある様な家族構成だよ」
「そうですか。皆さん仲は良いんですか?」
「悪くはないんじゃない? いつも賑やかだよ。今朝も猫一匹で大騒ぎしてるくらいだからね」
「そうですか。楽しそうで羨ましいですね」
由宇ちゃんはそう言って俯いた。
本人は大丈夫だと言っているが、やはり辛い話をさせているのではないであろうか?
「本当に大丈夫? 無理に嫌なことまで話さなくてもいいんだよ?」
「ヒロさんは本当に優しいですね。私は大丈夫です。逆にヒロさんに気を使わせ過ぎているのではないかと、心配になってきますよ」
由宇ちゃんはそう言ってまた微笑む。それも無理をしているのではないかと、俺は心配になるが、由宇ちゃんの言う様に俺が考え過ぎているだけなのかもしれない。
俺が気を使うことによって、相手に気を使わせているかもしれないなど、初めて気にすることだった。普段周りにいるのは一人で突っ走る様な人間ばかりだからそうだったのかもしれない。
俺はフォローする側に回ってばかりだったから。
もしかすると由宇ちゃんは俺に似ているのかもしれない。だから、そんな風に思うのかもしれない。
そう考えると、もしかしたら今までも俺が気を使うことで、相手にも気を使わせていたことも……
「ヒロさんは相手の気持ちを良く分かってあげているんですね」
由宇ちゃんにそう言われ、俺は首を横に振る。
「そんなことないよ。俺は……全然素直じゃないしね」
「そうなんですか? どうしてですか?」
「何か……相手に悪い様な気がして」
どうしてかこの子の前では素直になってしまう自分がいた。
「やっぱり優しいですね。ヒロさんは。じゃあこうしましょうよ。私の前では遠慮してくれなくていいです。私も素直になりますから。ね?」
年下の子にと言ったらあれだが、どこか諭されている様で気恥ずかしくなってくる。
「そうだね……ありがとう。友達だもんね。俺達」
「友達ですか……」
由宇ちゃんは小さくそう呟いて軽く俯いた。
「……ヒロさんは好きな人とかいらっしゃるんですか?」
突然のそんな質問にどきりとする。
「それって……何で?」
「それは……さっきも言った様に素直になろうと思って……」
それはやはりそういう……半ばパニックの脳内で俺は考えた。
好きな人?
それはどうなんだろう? そう考えるうちに、俺の昂ぶりは自然と治まった。
素直にか……
「分からないんだ。自分でも」
「分からない……ですか?」
由宇ちゃんの言葉に俺は頷く。
「そうなんだ。素敵な女の子はいるんだ。皆、いい人たちなんだ」
卯月も先輩も勿論由宇ちゃんも。
「でも、逆に素敵過ぎてさ。俺みたいな男が、そんな素敵な人達を好きでいいのかって。そんな風に考えるんだよね。向こうも、俺なんかに構っていちゃいけないなんて……卑屈なのかな?」
素直な胸の内を明かした俺に、由宇ちゃんは優しく微笑んでくれた。
「そんなことないですよ。ヒロさんは他人想いなだけです。優し過ぎるんですよ……私は好きですよ。そういうところ」
「……由宇ちゃんも優しいね」
俺の言葉に、由宇ちゃんは顔を赤くした。
「そんなことないですよ。私なんて……」
「ははは……似てるね。俺達」
「……そうかもしれないですね」
俺達は少しの間二人で笑っていた。これ程、自分に対し、他人に対し素直になったことはなかったかもしれない。
「何だか、悩んでいたのが馬鹿馬鹿しくなってきたな」
「悩んでいたんですか?」
「ん? 少しね。どうでもいいことだったよ。由宇ちゃんと話したら、自分が馬鹿みたいに思えてきたよ」
「そうですか。それなら、良かったです」
俺は由宇ちゃんに勇気づけられた気がする。そう思った。
だが、俺は誰を好きだといえばいいのだろう?
「素敵な人がいらっしゃるんですね?」
由宇ちゃんがそう聞いてきた。
「さっきの話? そうだね。いい人達だよ」
「どんな人達なんですか?」
「うん。そうだね。幼馴染に、大学の先輩に……特に幼馴染の方はいつも家に上がり込んできてさ。馴れ馴れしいというか……まあ、悪い気はしないんだけど」
「そうですか……」
「勿論、由宇ちゃんもそうだよ。とっても素敵だし」
俺としても、こんなことを自身が口にするとは思ってもみなかった。
由宇ちゃんになら何でも言える。そんな気持ちさえ生まれていたのかもしれない。
しかし、俺の告白じみた大胆な発言も、この時の由宇ちゃんの興味は別にあった様だ。
「好きなんですね。その幼馴染さんが」
由宇ちゃんの問いに、俺は少し考えたが、
「そうだね。好きだ」
「そうなんですね……」
由宇ちゃんは少し俯いてしまった。
それを見た俺は少し焦ってしまったらしい。
「でも、今は由宇ちゃんも好きだ。優しくて」
気付いた時にはそう言い放っていた。
顔が真っ赤になるのを感じる。由宇ちゃんも顔が真っ赤だった。
「そうですか」
由宇ちゃんは少し口元に笑みを浮かべそう言った。
「嬉しいです」
俺達はしばらく黙っていた。
俺はその静寂に耐えられなくなり、口を開いた。
「でも、不思議だな」
「不思議ですか?」
「うん。俺って全然素直じゃなかったから。こんなに自分の気持ちに素直になったのも……まさか女の子に好きだなんて自分が言うなんて思ってもみなかったというか……」
俺は何気なくそう言ったが、何故か由宇ちゃんは少し複雑な表情を見せた。
何か動揺している風にも見える。
「……ヒロさん覚えていますか? 猫又の話」
「猫又? うん。江戸時代に悪さしてた妖怪で、由宇ちゃんのご先祖と恋仲になったって。ここの御神体の話でしょ」
「はい……その猫又は綺麗な女の人に化けるんです。それで男の人の心を惑わす術を使って、悪さをするんだって……」
俺は由宇ちゃんがこの時何を言いたいのか呑み込めなかった。
由宇ちゃんは俺の様子に何かを思ったのか、顔を上げ何か恥ずかしそうに笑った。
「……冗談ですよ。私が猫又の子孫だからていう。笑ってくださるかなと思って……」
俺はそう言われて初めて理解した。
「そ、そういうことか。ちょっと俺には高度過ぎるギャグだったかも。あれだよね。迷信としか思っていないから。直ぐには気が付けなかったよ」
俺はそう言って笑ったが、由宇ちゃんはどこか複雑そうだった。
「そうですよね。私達、まだちゃんと話すのすら二回目なんですものね……」
「まあ、そうだね。お互いの事まだあまり知らないもんね。どこか、遊びにでも行ってみる?」
軽く雰囲気に流され口に出た提案だったが、由宇ちゃんの食い付きは良かった。
「本当ですか?」
「ん? うん。行きたい所とかあれば、付き合うよ」
「じゃあ、今度、町の公園で夏祭りがあるじゃないですか」
由宇ちゃんが言っているのは、三屋町で毎年行われている町開催の夏祭りの事だろう。確か、次の土曜日だったか?
「私、行ったことないから。行ってみたくて……」
「分かった。行ってみようよ」
俺の言葉に由宇ちゃんは子供の様な無邪気な笑顔を浮かべた。
「嬉しいです。ありがとうございます」
「こちらこそ楽しみだよ」
「早く土曜日がこないかな」
俺と由宇ちゃんは、その後も少し話してから別れた。
約束の土曜日、夏祭り。俺の心は素直に高鳴っていた。
ありがとうございました。
次章もよろしくお願いします。




