第二章 神社
第二章です。
是非、読んでみて下さい。
第二章神社
翌日、俺は神社にいた。例の又吉神社だ。
ここに来た理由は自分でも上手くは説明出来ない。とにかくいてもたってもいられなくなった為としか。
俺はあの子に会いたかった。昔の感情のフラッシュバック。それが強かったのかもしれない。
この時、俺は子供の頃の初恋の相手に俺は会ってみたかったのだろう。今となってはそう思う。
しかし、そう簡単に会えるものであろうか? 昔も足繁く通ったにも関わらず一度も話すことも出来なかったのだから。
しかし、
「あの……」
それは俺にとって予想外な出来事であった。
「うちの神社に何か御用ですか?」
俺が驚いて振り向くと、その子がそこに立っていた。驚いた俺の様子に、その子も驚いた様子を見せる。
この時、初めて間近でその子の姿を見た。服装はいつもの巫女装束。その子の肌は夏であるにも関わらず、白く透き通る様だった。どこかおっとりした様な表情の顔も可愛らしく、しかし、何より俺の心に残ったのは、
「ごめんなさい。驚かせましたか?」
その声であった。甘い、いや甘ったるいとも言っていい程の、どこか甘えた様な声。もしかするとこれが俗に言う猫なで声というやつであろうか?
「いや。別に……」
「そうですか」
二人の間には何か不思議な沈黙が流れた。
俺は完全に動揺していたが、その子はどこか不思議そうな様子であった。まあ、妙な男に話掛けたら黙り込まれたのだ。そうもなるだろう。
しばらくそんな状態が続いたが、その子の方が先に口を開いてくれた。
「もしかして、恋の悩みですか?」
「へっ?」
俺は心の中を見透かされたのかとどきりとしたが、その子は静かに笑った。
「うちは縁結びの神様を祀っていますので。それで来られたのでしょう?」
そういえばそうだった。俺は咄嗟に呼吸を整える。
「そ、そうなんです。実は……」
その子はにこりと笑い。
「では是非お参りして行って下さい」
その子は軽く一礼し、俺に背を向けた。このままではこれで会話終了だ。俺は焦った。
「あ、あの」
その子は俺に呼び止められ、こちらを向き直した。
「何ですか?」
しかし、呼び止めたまでは良かったが、何を言うかまでは考えていなかった。咄嗟に頭の中で考える。
「よ、良かったら、この神社の事教えてくれないかな? 俺、そういうの調べるの好きなんだ。郷土の話とかさ。はは……」
いうまでもなく全く興味などない。
しかし、その子はそんなことを知る由もない。優しく笑うと、
「いいですよ。喜んで」
その子がまた俺に近付く。どこか甘い香りが俺の鼻を突いた。
「じゃあ、本殿まで行きましょうか? そちらの方が説明しやすいので」
俺は必死に頷いていた。促される様に、俺はその子に付いて本殿の方に歩いた。
「お家はこの辺なんですか?」
「う、うん。結構近所だね」
「そうですか。この神社に来たことは?」
「あるよ。勿論。子供の時なんてよく来たし……遊びにだけど」
俺の言葉にその子がくすりと笑う。
「分かります。ここに来るのは子供達ばかりですから、鬼ごっこをしたり、ボールで遊んだり、虫捕りをしたり……」
「それは面倒そうだね」
「そんなことはないですよ。皆、元気でわんぱくで可愛いんです」
その子は微笑みながらそう言った。
「子供が好きなんだね」
「はい。とっても」
「でも、今日は誰もいないね」
実際、今は昼過ぎであるが、人っ子一人いない。そういえば昨日もそうだったような気がする。
「お昼過ぎは、子供はプールに行っているんですよ。学校の。多くやってくるのは夕方ですね。だから誰もいないこの時間に私は掃除しているって訳です」
そう言って、両手で持つ竹箒を俺に見せる。
「そうなんだ。じゃあ、邪魔したかな? ……」
「そんなことないですよ。大丈夫です。それに……」
その子は少し俯くと、
「私も人と話すのは久し振りだから、嬉しいんです……」
正直、意味深なその言葉に俺は問い返したい衝動に駆られたが、そこは抑えた。聞かない方が良い様な気がしたからである。
そんなことを言っている間に、俺達は本殿の前に立っていた。
「座ってお話ししましょうか?」
その子は本殿前の木の階段の一番上に徐に腰を掛けた。
「大丈夫?」
俺の問い掛けに、その子は首を傾げる。
「何がですか?」
「いや。そこは皆歩くところだし、その……服が汚れるんじゃないかとね」
その子は困った様子で笑うと、
「大丈夫ですよ。殆ど参拝のお客さんはいませんし、綺麗なものですよ」
その自虐的なコメントに、俺は何も言えなかった。取り敢えず、困らせてはならないと急いでその子の横に腰を掛けた。
「本当に毎日暑いよね」
話を逸らそうと、俺は差し当たりのない話を始めた。
「そうですね」
「大丈夫なの? こんな暑い時間に掃除なんてして。辛くないの?」
「大丈夫ですよ。ここは見ての通り木の影が多いですから、比較的涼しいんです」
その子が言う様に神社の境内には木陰が多い。木々の間から差し込む夏の日差しはどこか幻想的ですらある。
「綺麗でしょう?」
「ん。そうだね」
「私、ここの景色が好きなんです」
その子はそういうと静かに微笑んだ。
「君はここの神社の子なの?」
その子は軽く頷くと、
「はい。父がここの宮司なんです。代々、この神社はうちが宮司を務めているんです。お爺ちゃんもひいお爺ちゃんも……」
「そうなんだ。凄いんだね」
「そんなことないですよ。たまたま、そうなっただけで……」
その子は俯いて顔を横に振った。その表情はどこか悲しげに映った。
「何か、ごめ……」
「そうだ。神社の話でしたよね?」
俺が言葉を言い切る前に、その子がそう言った。どこか、気を取り直してとでも言った風だ。
「う、うん。聞かせて貰えるかな?」
「はい……当然、この神社の名前はご存知ですよね?」
「又吉神社」
その子は軽く頷く。
「はい。でも正式名称は違うんです」
「正式名称?」
「はい。正しくは『みょうじん』又吉神社というんです」
「『みょうじん』? 明るい神様で明神」
その子は首を横に振る。
「いえ。そうじゃないんです。ここの『みょうじん』は猫の神様って書くんです」
「猫神で『みょうじん』って読むの?」
「はい。そうです」
「じゃあ、この神社は猫を祀っている訳?」
「そうです」
その子は楽しそうに頷いている。
「ふーん。どんな猫?」
「俗にいう猫又ですね」
「猫又? あの妖怪的なやつ?」
俺は首を傾げる。
「そうですよ。驚かれるのも分かりますけど。ここはその妖怪を祀っているんです」
「そうなんだ」
「ふふふ。あまり驚かないんですね」
「うーん。まああくまで迷信的なものじゃない?」
「そうですね……あまり興味ないですか? この話は」
「い……いや、そんなことないよ。詳しく聞かせて欲しいな」
少し焦り気味に答えた俺に、その子は軽く笑みを浮かべる。その表情は少し嬉しそうにも見えた。
「そうですか。何から話しましょうか? ……せっかく名前が出ましたし猫又についてでも?」
「そ、そうだね。詳しくは知らないし」
その子は優しく微笑むと、徐にその場から腰を上げた。
「少し本殿の中を見てみますか?」
俺が促されるままに立ち上がると、その子が本殿の扉を開いた。
「へえ……これがね」
俺の目に映ったのは、本殿の中に鎮座する大きな木彫りの猫。成る程、猫又というだけある。尻尾が二本ある様だ。まあ、俺が知っている猫又の知識なんてその程度だが。
「どうですか?」
「凄いね」
「そうでしょう? あれがここの御神体なんです。江戸時代初期に彫られたものなんですよ」
「へえ」
薄暗い本殿の中で鎮座する猫又像はどこか不気味な雰囲気だ。大きな両目に見られている様にも感じる。まさに妖怪といった雰囲気だ。
「気持ち悪いですか?」
俺の心を見透かしたかの様にその子はそう問い掛けてきた。
「う、うん。少しね」
「しょうがないですよね。妖怪ですから」
その子はふうと軽く溜息を吐いた。
「木彫りの猫又は江戸時代にこの辺で悪さをしていたという猫又をモデルに制作されたものらしいんです。だから、少し妖怪らしさがあるでしょう」
「そうなんだ……でも何でその悪さをしていた猫を祀っているの? ここの神社で退治して封じているとか?」
俺の問い掛けに、その子は軽く微笑んだ。
「うーん。半分正解。半分間違いですかね」
「どういうこと?」
「ここの神社の昔の宮司……私のご先祖様になりますけど。その人が悪さをしていた猫又を治めたのは間違いないんです。でもそれは退治したとかではないんです」
「へえ、どうしたの?」
「恋に落ちたんです」
「へ? 恋に落ちた?」
俺は想定外の答えに少し驚いた声を出してしまった。
「はい。私のご先祖様とその猫又は恋に落ちたんです」
「人と猫が?」
その子は軽く頷く。
「その猫又は人に化けて悪さをしていたそうです。それは綺麗な女の人に化ける妖怪だったとか」
「じゃあ、君のご先祖様は妖怪変化の雌猫と恋に落ちた訳?」
「そうらしいですね」
その子は優しく微笑んだ。
「人に追われて傷ついた猫又をかくまい、傷の手当てをしたところから心が通い合っていったとかで……その後、二人は夫婦になり、宮司の妻になった猫又はそれまでの行いを悔い改め、その不思議な力で数々の奇跡を起こし人々に受け入れられていったとか」
「……ちょっと待って夫婦に? ということは、君は猫又の血が流れているってことになるの?」
「そうですよ」
少し驚き気味の俺の反応にその子はニタリと笑いながらそう答えた。
「その二人以降、この神社の血筋には猫又の、妖怪の血が流れているんですよ」
その子の上目遣いに見つめてくる怪しい笑顔に、俺は何か背筋に冷たいものを感じた。
そんな動揺した俺の様子を見てか、その子は唐突に口を押えて笑い出した。堪えられないといった感じだ。
「ご、ごめんなさい。まさか信じて貰えるなんて思わなかったんです」
その子の様子に俺は恥ずかしさが心の奥から湧き出してきた。顔が真っ赤に紅潮するのをはっきりと感じた。
「そ、そりゃそうだよね。い、いや本気で信じてなんてないよ」
急いで強がってみたが、今更誤魔化しは効かない様だ。その子は相変わらず楽しそうに笑っている。
「分かっていますよ。そういう伝説があるんです。そんな噂でも流さないと参拝客が来てくれなかったんじゃないでしょうか」
「成る程ね。神社経営も一筋縄ではいかない訳だ」
「そうですね。特にうちみたいな明確な氏神様を持たない崇敬神社では、それが顕著なんじゃないでしょうか?」
「崇敬神社?」
「はい。神社にはいくつか種類があるんです。面白い話じゃないと思いますが、良ければご説明しましょうか?」
「せっかくだからお願いしようかな?」
勿論、俺は神社の成り立ちなどには何の興味もなかったが、その子ともっと話していたかった。実際彼女の話は分かり易かったし、何より楽しそうに話してくれていることが、俺としても嬉しかったのだ。彼女も本当に楽しそうに見えた。
「神社には大きく分けて氏神様を祀る氏神神社と、個人の信仰を祀る崇敬神社があるんです」
「で、ここは宮司家のご先祖である猫又を祀っているから、個人で崇敬って訳?」
「そうです。ちなみに氏神様は地域によって様々です。この辺では三屋八幡神社がそれにあたりますね。八幡神は武神として知られています。また別格の存在として伊勢神宮があります。お伊勢さんなどとよく言われますが、あそこは皇祖として知られる太陽神天照大御神様が祭られていますので、ほかの神社とは別格の存在とされていますね」
「そ、そうなんだ」
その子は一気に説明してくれたが、元々興味がない情報が多かった為か、早口で一気に話されたからか、あまり呑み込めなかった。
その様子を悟ってか、その子が少し目線を落とした。
「ごめんなさい。余り興味無かったですよね。私、一人で盛り上がってしまって……」
「そ、そんなことないよ。分かり易くて良かったよ。ありがとう」
俺は直ぐにフォローしたが、その子は首を横に振った。
「いえ。ごめんなさい。つまらない話に付き合わせてしまって。折角、お参りに来て下さったのに……」
「いや、俺は……」
俺は言い掛けて言葉に詰まった。「君に会いに来たんだ」それが言いたい。だが言えない。
いきなり知らない男にそんなことを言われたら、この子はどう感じるだろう?
変な奴だと思われるかもしれない。嫌われるかも?
そんな思いが俺の中に溢れていた。だが、今言わなくてどうする?
俺はこの子に会いに来たんだ。それに、ここでこの子から話を聞いて、この子の事を知りたい。その思いは更に強まってきていた。
このままでは一生すれ違いだろう。
「……俺は別にお参りに来たんじゃないんだ」
「えっ?」
その子は驚いた様な表情を見せている。そして何か考える様子を見せた。
「じゃあ……蝉取りとかでしょうか? でも、虫網も持っていませんね」
俺は少し我慢したが、遂には笑いが堪えられず、口を押えた。
「ど、どうかしましたか? 私、おかしなことでも?」
「いや、ちょっと俺が虫捕りしてるところを想像しちゃって。自分の事でもおかしくてさ」
俺がそういうとその子も少し考えてから口を押えて笑い出した。
「本当ですね。少しおかしいかも」
「だよね?」
少しの間、俺達は互いに頷きながら笑っていた。この時の和んだ空気が、俺に勇気を与えてくれたのかもしれない。
「実は俺は……君に会いに来たんだ」
今度はすっと口からそれが出た。雰囲気に流される形だったが、俺は胸が軽くなることを感じた。昔からの思いをやっと伝えることができたという感覚。
その子は俺の言葉に少し驚いた表情を見せた。
「私にですか?」
どこかきょとんとした様子だ。
「でも……何で?」
そう聞いてくるその子の顔はどこか恥ずかしそうだった。
「いや……俺、昨日もここに来てたんだけど……その時、君を見て……」
俺の話に、その子は何かを思い出した様子で軽く頷いた。
「そういえば昨日も男の人が二人来てましたね」
俺は軽く頷いた。
「そうなんだよ。その一人が俺。君は逃げちゃったからさ」
俺の言葉に、その子は顔を赤らめる。
「ご、ごめんなさい。昨日、お二人が来てつい隠れてしまって……その後、出ていくのも気まずくて、静かに出ていこうと思ったら気付かれちゃって。それでつい……」
「そうだったんだ」
「はい。すいません」
「でもさ。なら何で今日は話し掛けてきてくれたの?」
俺の問いにその子は恥ずかしそうに軽く首を振る。
「それは……今日も最初は隠れちゃったんですけど。それじゃいけないと思って……せっかく、うちに来てくれているのに。私苦手なんです。知らない人と話すの。でも、駄目だと思って」
「でも、話してるときは楽しそうだったよね?」
俺が少し意地悪くそう尋ねてみると、その子は軽く恥ずかしそうに笑った。
「そうなんです。恥ずかしいのに、いざ話してみると、普段家族以外とは話さないので新鮮で、楽しくなってしまって……」
「あんまり外に出たりしないんだ」
その子は軽く頷く。
「学校は……今は夏休みか」
俺としては何気ない言葉だったが、その子は軽く俯いて首を横に振った。
「私、学校は行ってないんです」
俺はその子の言葉に驚き、同時に触れてはいけない話題だったことに気付いた。
「ご、ごめん。変なこと言って」
俺の様子を見て、その子は軽く首を横に振った。
「大丈夫です。別に私気にしていませんから」
そう言って笑顔を見せる。
しかし、周りの同年代は皆学校に行っているというのに……もしかすると、俺が勝手に年下だと思っているだけで歳も変わらないんじゃないか? しかし、学校では見たこともないような……
「そうだよね。大学なんて行かないで家の手伝いしてるんだもんね。そっちの方が偉いよ」
「……私まだ、十六です。行ってないのは高校です……」
人生でこの時ほど笑顔が引きつったことは後にも先にもなかっただろう。
「そ、そう……だよね。俺より若いよね。ははは……」
「……お兄さんは大学生なんですか?」
「え? あっ、うん。そうだよ。大学行ってる。といっても地元の大したことないとこだけど」
「そんな謙遜しなくてもいいですよ……羨ましいです」
何とも言えない空気感に、己の発言を悔やむしかなかった。
「……でもさ。勉強するのも辛いよ。自由にしたいと思う時もあるし。いや、自由なのが一番だよ」
俺がそう言うと、その子は首を横に振った。
「少なくとも私は自由なんかじゃないんです」
その子は消え入りそうな声でそう呟いた。
「それって……」
その子の反応に驚いた俺が動揺気味に問い掛けたことに対し、その子は少し焦り気味に、
「いえ。何でもないんです。そうですね。自由か……そう思うようにします」
その子はそう言ってにこりと笑った。
「そうだ。……話が逸れましたけど、私に会いに来てくれたのはどうしてですか?」
正直、話が逸れてほっとしていたのだが……
「どうしてか……そうだな」
ほぼ十年越しの想いである。しかし、こうして直接話してみて、俺の中では答えがはっきりした感があった。
「可愛かったから……かな」
「可愛かったから……」
俺の言葉を聞いて、その子は頬を真っ赤に紅潮させた。まあ、この時の俺は人の事を言える状態ではなかったかもしれないが。
「そんな、私なんて。子供っぽいし、地味だし、友達いないし、引っ込み思案だし……はっ!」
動揺していた様子のその子であったが、ふと何かに気が付いた様子を見せた。
「もしかして、これってナンパというものなのでしょうか?」
ナンパといわれて俺も考えたが、確かにそう思われても仕方ないかもしれない。
そう思うと、俺も何か恥ずかしくなってきた。
「いや別にその……下心とかがある訳じゃないんだ……唯々、仲良くなれたらいいなって」
俺の正直な気持ちだった。
それが良かったのかその子もどこか落ち着きを取り戻した様子で、軽く笑みを浮かべた。
「嬉しいです。友達なんて出来るの……何年ぶりでしょうか?」
その子はそう言って笑った。本当に嬉しそうな表情に俺はどちらかというと複雑な気持ちになる。
どちらかというと俺は卑屈な方だった。
こんな可愛い女の子と俺みたいなのが友達なんて良いのだろうかという風に。
「どうしたんですか?」
俺の複雑な胸の内をどこか察した様に、その子が顔を覗き込んできた。
「え? いや、何でもないよ。良かったよ。拒否されてたら恥かくだけだったから……ははは……」
「拒否なんてしませんよ」
その子はそう言って俯いた。その頬を少し赤く染める様は何よりも可愛らしかった。
……俺はしばらくその子と話しながら、馬鹿の様な達成感と優越感の様な感情に浸っていた。
正直、この後どんなことを話したのかも今一良く覚えていない。俺は完全に舞い上がっていた。
「姉ちゃん。誰この人? 彼氏」
そんな声が聞こえてきて、俺はやっと我に返った。
その隣では、その子が顔を真っ赤にしていた。
「そ、そんなのじゃないよ。お友達。大人をからかっちゃ駄目よ」
俺達を茶化してきたのは、神社に遊びに来た子供らであった。どうやら、プールの時間も終り、遊びに来たらしい。
「何だ。姉ちゃん、友達なんていたんだね。ていうか、そっちも餓鬼じゃん」
「餓鬼じゃないよ。私はこれでも社会人なんだから」
「えー。でもまだ十六なんだろ? 俺らと六つしか変わらないじゃん」
そう言って子供らは一堂にやれやれとでも言う様に首を横に振った。
「まあいいや。遊ばせて貰うから。邪魔はしないから安心していいよ」
どうやら子供らの方が数段上手らしい。
子供らはその後も続々と集まってきた。
「いっぱい来たね。ははっ、俺達の時と変わらないな」
「そうですね。お掃除途中までしか出来なかったな」
「あっ、そうか……ごめんね。俺のせいで」
その子はそれを聞いて焦った様子で首を横に振った。
「あなたのせいなんて……良いんです。友達も出来ましたし」
俺もその子も少し照れ臭くなってお互い黙ってしまった。
「何だよ。やっぱりいちゃついてんじゃん」
「感じ悪いよな。見せつけてる感じ」
俺達の前を、あえて横切った様子の子供らが、あえて聞こえるような声でそう呟いた。
俺達は二人とも恥ずかしさで、どこかいたたまれなくなってしまった。
「じゃあ、俺はそろそろ帰ろうかな」
俺はそう言って立ち上がった。長い時間木の階段に座っていたからか尻が痛かった。
「そうですか。お話し出来て良かったです」
そう言ってその子はにこりと笑った。
「うん。俺も良かったよ……また来るから。その時も話聞かせてね」
「はい。喜んで」
「あの……良かったら、名前教えてもらえるかな?」
俺の問いに、その子は胸の前でぱんと両手を合わせた。
「そうですね。自己紹介もまだですね」
そう言うとその子は、
「私、猫神由宇といいます。猫神でみょうじん……この神社と一緒です。分かりにくいってよく言われます。よろしくお願いしますね」
そう言って一礼した。つられて俺も頭を下げた。
「あの、お兄さんは何ていうお名前なんですか?」
そう問われ、
「俺? ああ、うん。俺は高辺尋っていうんだ。十九歳。もうすぐ二十になるけど。どうでもいいよね。ははは……」
「ヒロさんですか……格好いい名前ですね」
「そう思う? 俺もそう思うんだよね。でもね。皆名字の方からベーだとかべーやんだとか呼ぶんだよね」
ついつい日頃の不満が口を突いてしまった。そのどこか必死な様子がおかしかったのか、
「変じゃないと思いますよ。それはそれで可愛いと思います」
そう言って笑った。
「ははは……そうかな?」
「はい。素敵なお友達が沢山いるみたいで羨ましいです」
俺達はしばらく二人で笑っていた。
「帰るんじゃなかったのかよ」
「本当に見せつけてくれるよね」
そんな俺達を再び子供らの、あえての発言が襲った。
「……じゃあ、帰るね。また来るから」
「はい。お待ちしてます」
俺は名残惜しさも感じながら、その日神社を後にした。
正直、浮かれていた俺はその時、どういうルートで家に帰ったのかも覚えていない。ただ、耳を突く夏の蝉の声だけが頭の中に響いていた。
ありがとうございました!
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