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ねこなで  作者: 爆弾野郎
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プロローグ~第一章 再会

これも以前に書いた完成している作品です。

恋愛とミステリーをおり交ぜた実験的な作品です。

埋もれているのもあれなので上げてみます!

もしよろしければ、読んでみて下さい!


プロローグ


 その子を最初に見たのは、少年が十歳の頃だった。

 酷く暑かった夏のあの日、小学校の裏山の中腹にある神社で、少年は友達数人と鬼ごっこをして遊んでいた。

 その子を見たのはその時が初めてだった。

 その子は上が白で下は赤の、何だか着物の様な服装をしていた。当時、少年は知らなかったが、俗にいう巫女装束という物だった。

 その子は夏だというのに、透き通る様に白く、黒く長い髪をなびかせながら、小走りに少年達から逃げる様に身を隠した。

 少年以外は誰も気が付いていない様子であった。その為、少年もその子の事を気にしながらも、皆と遊ぶ事に終始した。結果、その子はいつの間にか姿を消していた。

「ああ。その子なら又吉(またきち)神社の宮司さんの娘さんでしょ。たまにお手伝いしてるって聞くわよ」

 何故かその子の事が頭から離れなかった少年は、母にその子の事を尋ねてみた。

「確かヒロより二つくらい年下じゃないかな」

 少年は一度、その子に会いたかった。子供だった少年に下心などあるはずもなく。

 ただ純粋に友達になりたいと思っていたのだ。なぜそう思ったのかは、当時の少年には説明出来なかっただろう。

 何故か。その子には少年を惹き付ける何かがあった。

 あの夏休み。少年は何度も神社を訪れた。その子に会う為に。

 子供であったので許されたが、今ならば完全にストーカー扱いだろう。

 だが、少年の努力も空しく、その夏、その子に会えることはなかった。時期に学校が始まり、いつもの日常が少年を包むにつれ、少年の頭から徐々にその子の事は消えていった。

 思えば、これが少年の初恋だったのかもしれない。

いつの間にか時は過ぎ、少年も青年になり歳は十九になった。今年の終わりには二十歳になる。今は県内の私大に通っていた。

そして今また夏休みが訪れていた。

 青年はこの夏休み、あの夏の事を思い出した。何故か?

 その理由は単純明快だ。

 十九歳の夏。青年はやっと出会えたのだ。あの夏。恋焦がれた。その子に。

 それは、青年の人生に大きな影響を及ぼす、一生忘れることの出来ない、激動の夏休みの始まりであったのだ。


第一章再会


 その出会いは、偶然のものだった。

 少なくともあれは、俺の意志ではなかった……と思う。

 あの日、俺こと、高辺尋(たかべひろ)は家にいた。

 大学は夏休みに入ったばかり。幸い、再試にも追試にも該当しなかった俺は、優雅に自堕落な夏休み生活を貪っていた。

 あの日も、俺は昼前に寝床から出ると軽く朝食を済ませた。その後部屋に戻り、即エアコンのスイッチを入れ、テレビの前に陣取った。数日前からプレイしているロールプレイングゲームをこの日こそ攻略しようと、俺は意気込んでいたのだ。

 しかし、楽しいことには邪魔が入るもの。隣の家から幼馴染が上がり込んできたのは昼過ぎの事だった。

「お前。何、勝手に入って来てんだよ」

「あら? おばさんはいいって言ってたもんね。何か文句あるの?」

「……邪魔はするなよな」

「はいはい。涼ませて貰うだけよ。でも本当、毎日ゲームばかりして、よく飽きないわね」

 幼馴染の名前は三上卯月(みかみうづき)。同い年の女だった。

 卯月は女の子であったが、昔から男勝りな面があり、俺達とよく遊んでいた。

 今でも卯月は気さくに俺に構ってくれる。

 子供の頃は、純粋に友達として何を気にするでもなかったが、時が経ち、お互い成長するにつれ、女らしくなっていく卯月に俺はどこか遠慮する気持ちを覚えていた。

「何かさ。ヒロ最近冷たいよね」

 卯月からすれば変わってしまったのは俺の方なのであろう。

 ある時期から俺は卯月に惹かれていたこともあったが、じきにその思いも儚いものであると思う様になっていった。

 卑屈に思われるかもしれないが、俺と卯月は釣り合わない。俺はそう思う様になっていた。

「お前が馴れ馴れし過ぎるんだよ」

 俺は卯月が友達でいてくれるだけで十分だとも思っていた。正直、卯月の気持ちなど考えたこともなかった。

 突然、俺の卯月に対する気持ちを語ったのは、卯月もこれから起こる一連の出来事に大きく関わってくるからである。今言えるのは、卯月は本当に良い奴だってことだ。


 午後二時過ぎ。

「うーん。私そろそろ帰るね」

 卯月がそう言って俺のベッドから徐に立ち上がった。

「今日は珍しく、お早い退散だな」

「今日はこれからゼミの集まりがあるのよね。で、その後は食事会」

「羨ましいね。精力的に活動してるみたいで」

「本当にそう思うなら、あんたもサークルにでも入ってみたら? 意外に楽しいかもよ?」

 卯月は俺と違う県立の大学に通っている。専攻は獣医学だそうだ。将来、獣医師になり、自分の診療所を持つことが夢らしい。

 正直、俺とは頭の出来も違う様だ。

「……いや。俺はゲームでもしてる方が楽しいんでね」

 俺の言葉に卯月は軽く首を横に振った。

「これだからオタクは……まあ、いいわ。じゃあ、行ってくるからね」

「ああ。気を付けてな」

 卯月は軽く微笑み、部屋から出て行った。

「俺も喉が渇いたな」

 俺は部屋を出ると、階段を降り、一階の台所に向かった。冷蔵庫から何か飲み物を入手する為に。

 しかし、台所に入ったところで俺は一瞬動きを止めた。このタイミングでは一番会いたくない人物がそこにいたからだ。

「何固まってんだよ。ヒロ兄」

 妹の美紀である。中学生で外見はいたって普通。可愛らしい女の子という風に映る様に俺の連れの反応を見ている限り感じるが、俺のこいつに対する印象はそれとは正反対だ。

「別に何でもないよ」

「ふーん。そう。じゃあ、とっとと出て行ってくれる?」

 こいつはとにかく俺に対してだけ、態度がすこぶる悪いのだ。言葉遣いという面でも最悪だ。

 どうしてこいつが俺に対して厳しいのか? 

まあ、その答えははっきりしているのであるが。

「……で、どうなの?」

「……何が?」

 美紀は俺の答えが気に入らなかったのか? 俺を睨みつけた。

「卯月さんだよ。来てたんだろ」

「ああ。でも、もう帰ったよ」

「だから、そうじゃなくてだな……」

「……俺と卯月は何でもないって言ってるだろ?」

 美紀は大きく溜息をついた。

「情けない……」

「いつも言うけどさ。俺と卯月をくっ付けようとするくらいならさ。お前自分で卯月に言った方が良いよ。好きですってさ」

 俺の言葉に美紀は顔を真っ赤にしてしまった。

「何言ってんだよ? 馬鹿! 別にそんなんじゃないよ!」

 要するに美紀は卯月の事が大好きなのである。昔から姉の様な存在で、どこか憧れの様な感情を抱いていることは感じていたが、最近はそれが行き過ぎてしまった様で恋愛感情に近いものを抱いてしまっている様だ。

「私は……ヒロ兄なんかの相手してくれるのは、卯月さんしかいないと思うから、だから心配してやってんのに」

「卯月は、俺には勿体なさ過ぎるよ」

「そんなの分かってるよ」

 そうまではっきり言われると、流石の俺でも落ち込むというものだ。

「お前が卯月と一緒にいたいのは分かるよ。でも何で俺はお前の為に卯月と付き合って、結婚して、実の妹に自分の奥さんを寝取られなくちゃいけないんだよ?」

 少し頭に来てしまった俺は、少々口が悪くなってしまった。

「ふざけんな! 誰が……セクハラだぞ!」

「そんなに必死になるなよ。色んな愛の形があって俺はいいと思うけどね」

 何もフォローになっていないのは分かる。元々、フォローする気などなかったのだから。

 だがこの一言は非常に余計だったらしい。言ってしまえば、この一言で美紀は完全に切れた。

「出てけ……」

「へっ?」

「出てけよ! この馬鹿兄! 家からも出ていけ! 頭冷やすまで帰ってくるな!」

「おっ! おい! 何するんだよ!?」

 俺は美紀に腕を掴まれると、強制的に家の外に放り出されてしまった。抵抗してもよかったが、呆気にとられていたのと、流石に女の子に対して、力で対抗することはいけないという気持ちが働いた。

「あかんべーだ!」

 舌を出した美紀がそれは凄まじい勢いで玄関のドアを閉めた。家が揺れるほどの勢いだ。

 夏の日差しが俺に容赦なく突き刺さる。思えば、夏休みに入ってから昼間に外に出たことはなかったのではないかと思われた。外に出るにしても、日が沈んで涼しくなってから。家にいる間はほぼほぼエアコンが効いた部屋に居た。

 しかし、今更家に入ることは叶わないだろう。

 美紀は相当頭に来ているらしい。今玄関では、鍵を掛ける音に引き続き、チェーンを掛ける音がしている。

「なあ? せめて部屋のクーラーとゲームだけでも止めさせてくれないかな?」

 俺がそう問うと、美紀は玄関から離れた。が、直ぐに帰ってくると、ドアが薄く開けられ、俺の財布と携帯電話がその隙間から空中に投げ放たれた。

 驚いた俺は必死にそれをキャッチした。自分でも驚くようなスピードで体が動いたものである。

「何するんだよ!? 危ないだろ。特に携帯。壊れたらどうするんだよ?」

 俺の訴えに、美紀は軽くドアの隙間から顔を出した。眉間にしわを寄せ、明らかに怪訝な表情をしている。

「ゲームもエアコンも消しといた。とっととどっか行け。このボケ。お母さんにも怒って貰うからな」

 そう美紀は言い残し、玄関のドアは固く閉じられたのである。


「にしても暑いぜ。どこかで涼まなきゃ……」

 俺は炎天下の中、町を彷徨っていた。俺の住む町、三屋町(さんやまち)は決して広い町ではない。開けている訳でもなく、言ってしまえば田舎町である。

 故に、涼がとれる場所など限られてくる。

 俺は考えた。喫茶店などどうだろう? いや駄目だ。財布はあるにはあるが、中身が伴わない。先月稼いだ短期バイト代はこの夏を越える為の金だ。無駄遣いは出来ない。

 では、本屋などどうだろうか? やはり駄目か。俺の行く本屋では、悉く、俺は立ち読み魔としてマークされている。長居するには向かないのだ。

 とするならば、やはり答えは一つしかない。

 俺は友人の家に転がり込むことにした。そこならエアコンも効いているし、ゲームもし放題だろう。そうだそれがいい。

「相川の家にするか。あいつならいつも暇にしてるだろ」

 相川洋二(あいかわようじ)は高校までの同級生だった。県外の国立大学を受けるも落第。滑り止めには受かっていたがそこには行かず、この春も落ち、現在二浪中の男だった。

 頭は良いのだが、あいつが受からないのは理由がはっきりしていると俺は思っていた。この日もまさにそれだった。基本的に、相川は集中力に欠けるのだ。

「よう相川。遊びに来たぜ。勉強の邪魔はしないから、少し涼ませて……」

「べーやんか良いところに来たな! さあ! 一緒に行くぞ!」

「へっ?」

 相川の家に着き、上がり込もうとした俺であったが、相川はそれを許さず、俺は外に引き摺り出された。

「行くって、どこに行くんだよ?」

「神社だ」

「神社? まさか、とうとう神頼みなのか?」

 俺の問いに、相川は大きく首を横に振った。やれやれとでも言いたげだ。

「俺のセンターに神頼みなど必要ない。合格は約束されているからな」

「じゃあ。何で去年も一昨年も落ちたんだよ?」

 相川は軽く溜息を吐いた。

「推薦で地元私大などに行って楽している男に、俺の気持ちは分かるまい」

「中々、棘のある事言うじゃねえか」

 俺は軽く相川を睨んだが、相川は特に気にする様子もなく、自分語りを始めた。

「べーやん。俺は勉強をする中であることに気付いたんだ」

「何だよ? 自分の頭が悪いってことに気付いたのか?」

「違う! 真面目に話しているんだから、茶化すな。……話を戻そう。俺が気付いたのは、俺の気持ちの昂ぶりが失われていることだ」

「成る程。モチベーションが上がらないと」

「その通りだ。では、どうすれば上がるのか? 俺は考えた。そして答えは出た。女性だよ。好きな女性の為なら俺は頑張れるんだ」

「この上なく不純だな」

「失敬だな!」

「というか、あれだろ? お前って卯月が好きなんじゃなかったっけ?」

「そうだ」

 相川は俺の問いに対して、清々しいほどにきっぱりと言い切った。暑苦しいこの男であるが、こういうはっきりした態度には少し感心を覚える。

 相川は昔から、俺の幼馴染である卯月に憧れを抱いているのだ。

「でもさ。お前が受けるのって県外の国立だろ? なら、卯月関係ないんじゃ……」

「受けない……」

「はあ?」

「今年は卯月さんと一緒のところを受ける!」

「お前……親御さんは同じところを受けるからっていうので納得して貰ってたんじゃなかったか?」

「そうだ。そうだが、致し方あるまい!」

 どうやら勉強のし過ぎと、プレッシャー、この暑さで相当くたびれているらしい。俺はそう思うことにした。

「……うん。分かったよ。でもさ、それと神社と何の関係があるわけ?」

「俺は研究に研究を重ねた。結果、知ったのだ。小学校の裏山にある又吉神社。あそこは縁結びの神様を祀っているらしいのだよ」

「結局神頼みじゃないか」

「違うだろう。さっき言っていたのは大学入試。今言っているのは恋の問題」

「いや。だからさ。好きな卯月と同じ大学に行きたいから神社に行くなら、自動的に大学にも受かる方向になる訳で、一挙両得とでも思ってるんだろ?」

「……その通りだ。言い訳はしない。浅ましいとでも何とでも言い給え」

「浅ましい」

「少しは配慮しろよ」

 相川は気合を入れる様に、胸の前で右拳を強く握った。

「俺は一昨年もそうなんだ。モチベーションが粉々になった結果。あんなことに。去年も」

「……どういう意味だよ?」

「俺の得た情報では、卯月さんは俺の受けた大学を受ける筈だったんだ。なのに、実際は全然違った。それを直前に知り、俺は試験に集中出来なかったんだ。それどころじゃなくてな。去年もそれでやる気が出なかったんだ」

「殆どストーカーじゃないか」

「君は本当に失敬だな」

「それに卯月は始めから県内でって言っていたぜ? 情報もおかしいんじゃねえの?」

 相川は俺の言葉に頭を抱えた。

「俺に聞いてれば、教えてやったのに」

「おめおめライバルに情報提供を頼めるか!」

 相川は勢い良くそう言い放ってきた。

「別にライバルなんかじゃないだろ」

「何と……やはり俺など眼中にも無いということか」

「お前、何でそう物事を歪曲的に、大袈裟に捉えるんだよ」

「……よく親にも言われるよ。悪い癖らしい」

「あいつと俺はただの幼馴染。そういうのじゃないの」

「だが、やはりその関係は元々身近という意味では、仲が深まるのも自然で、勝手にそういう流れに……」

「ならねえよ。それにあいつは俺みたいのより、お前みたいのが好きだと思うぜ」

「本当か?」

「あいつはアウトドア派でスポーツが好きだし」

「俺も元野球部。スポーツは大好きさ」

「サークルやゼミにアグレッシブに動いてる。コミュニケーションに優れてるんだよな」

「俺も底抜けに明るい男。コミュニケーションには自信があるぞ」

 相川は元気を取り戻した。扱いやすい男である。

「やはり卯月さんには俺が良く似合う」

「碌に話したこともない癖にな」

「うっ、うるさい。緊張してしまうんだよ」

 相川は少々興奮気味に話してきたこともあってか、顔を紅潮させている。

「まあ、落ち着けよ。やっぱり暑いよな。お前の家の中で少し涼もうぜ? お邪魔させて貰う……」

 ドアに手を伸ばそうとした俺であったが、その目論見は簡単に阻止されてしまった。

「今すぐ行くぞ。時には神頼みも必要さ」

 インドア派の俺が体育会系の相川の力に抗える筈もなく。俺は強引に相川の神社参拝に付き合わされることになったのである。


 小学校の裏山は丁度、三屋町の中心にあった。

 俺達が向かったのが相川の家からだから、そこからはおおよそ二キロほどの道程だったか。

「あっついよ。死んじゃうよ」

「何を言っているんだ? 弱気だな。ベーやんは。大したことないじゃないか。こんな暑さは。俺が野球部だったころは……」

 俺は相川に連れられ、山を登っていた。山といっても、ちゃんと舗装された道を登っているのであるが、それでも暑さと坂道はなまった体には堪えた。

 しかし何より気持ちを削ぐのは、喋ることを止めない相川の相手をすることだ。本当にこの男、暑苦しい。時刻は午後三時過ぎ。まだまだ太陽は全力で日差しを注いでいる。

「何もこんなことしなくても、直接好きだと言えばいいのに……」

「何を言っているんだ! そんなの……恥ずかしいだろうが!」

「……こいつもか」

 俺は心の中に妹の美紀の事を思い浮かべ、そう呟いた。

「? ……何のことだ?」

「いや。何でもないさ」

 相川は相変わらず喋るのを止めなかったが、俺は軽く相槌を打つだけにした。そうした方が体力の消耗が些か緩やかになる気がした。

 十分程、坂道を上がったところで、ようやく目的地が見えてきた。しかし、大変なのは終わらない。

 最後に待ち受けているのは、神社へと上がる階段だ。

「階段しんどいな……」

「何言っているんだ。こんな短い階段走って登れるさ。やってみるかい?」

「……一人でやってくれ」

 どんどん上っていく相川の後を追う様に、俺はゆっくりと階段を上がっていった。

 神社の鳥居が見えるころには、俺は完全に息が切れていた。汗も全身から噴き出している。

「大丈夫かい? 飲み物でも飲んでからの方が良かったかな?」

「だから、お前の家で休もうって言ったじゃねえか」

 相川は成る程とでも言いたげに何度か頷いた。そのしぐさがどこか頭にくる。

「まあ、とにかく着いたからね。参拝を済ませて、喫茶店ででも休もう」

「へえ。奢ってくれるのか?」

「オフコースさ。無理に付き合わせて悪かったからね」

「そりゃいいや。早く済まそうぜ」

「ああ、でもあれだね。久しぶりにここには来たけど。本当に広いな」

 相川の言う様に、又吉神社は俺達からすると広かった。鳥居から本殿まで優に百メートル以上あるだろう。

 この辺の氏神に当たるのは三屋八幡神社で町の殆どの家がそこの氏子にあたる。しかし、その三屋八幡もここまでは広くない。

「でも寂れてるんだよな」

「ああ、でもそこがまた趣があるだろう」

 又吉神社はいつも閑散としているし、本殿などの建物もどこか古めかしい。

 邪魔が入ることがないので、子供らにとっては格好の遊び場所になっている。しかし、この日の境内には人っ子一人いなかった。

 俺たちは境内の石畳の上を歩き、はるか先に見える本殿へと進んだ。石畳の両脇には、対になった銀杏の木が十本立ち並んでおり、神社の境内は日影が多く、思ったよりも涼しかった。それにどこか、幻想的な雰囲気も漂っている様だ。

「じゃあ、願い事をするか」

「何て願うんだよ?」

「それは当然、卯月さんとお近付きになる為にも大学に合格しますように。だ」

「まじ浅ましい」

「それはそうと、べーやんは何を願うんだい?」

「俺か? 俺は……」

 俺は少し考えたが、

「別にないなあ」

 少なくとも俺は相川ほど飢えていなかったし、気になる女の子がいないわけではない。相川の言う卯月も例外ではないが、神頼みというのは何か違う気がしたのだ。

「俺は実力で何とかするよ」

「余裕かましているじゃないか。でも、そうしていられるのも今のうちだけさ。卯月さんは必ず、俺が振り向かせてみせるからね」

「まあ、頑張れよ」

 相川は財布から何と五百円玉を取り出すと、何の躊躇もなく賽銭箱に投げ入れた。

「何て勿体ない……」

「君も相当浅ましいじゃないか。まったく……卯月さんとお近づきになりたい。お近づきになりたい。お近づきになりたい」

「三回願うのは流れ星だろ?」

 俺の渾身のジョークであったが、相川は相当真剣な様子で、完全に流されてしまった。あまりの純真さについ溜息が出た。正直、ここまでくると感心する。

「お前、一度俺の家に遊びに来るか? 多分、卯月なら夏休み中ならいつでもいるぞ」

「本当か!?」

 真剣に祈っていたのから一転し、相川はどこか動揺した様子だ。

「まさか、既に二人が一つ屋根の下、共に過ごす様な関係だったなんて……」

「そうとるのか……違うよ。遊びに来てるだけだ。あいつもお前の事は知らないわけじゃないし、軽く紹介してやるよ」

 それを聞いた相川は両手でガッツポーズをした。正直、俺は引いた。

「ありがとう……」

「そうだろな」

「ありがとうございます。神様」

「はあ?」

「こんなに早くご利益があるなんて、奮発した甲斐がありました……」

「絶対違うから。金額で人を見るとか神様まで浅ましいのかよ」

 その俺の言葉に相川は手を叩いて笑った。

「ナイスジョークだよ。べーやん。いや、本当に感謝するよ。よしこうなったら、ばっちり遊びに行く準備をしないとな」

「いやお前はまず勉強しろよ……」

 その時だったか、俺たちの後ろの境内から木の葉を踏んだ様な音が聞こえたのは。誰もいないと信じ切っていた俺達は驚き、一斉に後ろを振り返った。

 そこにいたのは、

「何だ? 女の子か?」

 相川が呟いたように、そこには女の子がいた。巫女装束を着た。女の子は、高校生くらいであろうか? 俺達に気付かれたことに気付くと、足早に鳥居をくぐり、神社の境内から姿を消した。

「何だろう? あの子は」

 俺はその時、昔の記憶を思い出していた。忘れていた昔の記憶。

「何だい? もしかして知り合いかい?」

 俺の様子を見た相川がそう尋ねてきた。

「いや。別に……ただ、昔見たことがあるかもと……」

「成る程」

 何かを悟ったかの様に、相川は軽く頷いた。

「あの子に出会えたのが、ベーやんへのご利益だね」

「何でだよ? 俺は賽銭入れてないぞ。拝んですらない」

「それだけここの神様が平等ってことじゃないかな。神様感謝します」

「分からないじゃないか。もしかするとお前を見て逃げたのかもしれないし」

「……それって、ご利益にしちゃあ悪過ぎないかい?」

 そんな冗談を相川と交わしてはいたが、俺の心の中は何か不思議な感情に囚われていた。軽い焦燥感とでもいうのか? 足早に去っていったあの子。

 どうして俺は後を追わなかったのか? 何故か、そんな思いが俺の心に湧き出てきていた。


 相川に近所の喫茶店で奢って貰い、家に帰った時には時刻は午後六時を回っていた。

 奢って貰ったのは良いが、相川の止まない会話の絨毯爆撃に付き合わされていたのだから金は掛からずとも、疲れは溜まった。時間もある程度遅くなった。

 美紀の怒りが収まっていればいいのだが……

 そう思いながら、俺はリビングに入った。そこにはやはり美紀がいた。機嫌は……

「何見てんだよ? クソ兄貴」

 どうやら悪いらしい。

「あら? 帰って来たのね。ヒロ」

 キッチンで夕飯の準備をしていた母の高辺裕子(たかべゆうこ)が近づいてきた。四十五歳。昼は外でパートをしている。

「ヒロ。駄目じゃない。美紀をイジメたら」

「そうなの。お母さん。私、悲しくて、私はお兄ちゃんと仲良くしたいのに……」

 いつも感心するのであるが、よくここまで猫が被れるものである。

「別に何もしてないと思うんだけど……」

「そう? でも、美紀は酷いことを言われたって言っているわよ」

「言ってないと思うけど。まあ、何でもいいよ」

 溜息を吐く母さんの後ろで、美紀は舌を出していた。

「まあ、いいわ。美紀も許してあげなさいね。ちょっと、大人気ないお兄さんだけど」

「うん。分かったよ。お母さん」

 母さんがキッチンに下がると、

「バーカ」

 美紀は小声でそう言い放ち、ソファーに横たわった。

 納得いかない部分は多いが、俺はあえては何も言わなかった。正直、美紀には分が悪い。

 俺は乾いた喉を潤そうと、台所に行き、冷蔵庫から麦茶を取り出し、グラスに注ぐと、リビングに戻り、椅子に腰掛けた。テーブルを間に挟んでソファーに寝転ぶ美紀がいる。

「何で部屋に戻らないんだよ?」

「もうすぐ晩飯だろうから良いだろ」

「良くねえよ。こっちはムカついてんの。見てわからないかな?」

「今日はやけに突っかかるな……もしかしてあの日か?」

 俺のデリカシーのないジョークに美紀はまた頭に来たらしく、頭に敷いていたクッションを俺に投げつけようと構えたが、そこで突然動きを止めた。その目は俺とは違う方向を見ている。

 美紀の見てる方向に俺も目を向けた。美紀の視線はテレビに向かっていた。丁度、夕方のニュースが県内のローカル放送で流されていた。

「……今年に入りましての女子大生の失踪及び殺害事件は県内だけで合わせて五件発生しており、今回で六件目となります。警察ではこれを、女子大生を狙った同一犯による犯行の可能性もあるとの方針で捜査を行っており、同時に県内の女子大生、及びそれに近い年代の女性には夜道に人目につかない場所を歩かないなど注意を呼び掛けています。ここまで本日、新たに県内にて女子大生が失踪したというニュースをお伝えしました。次のニュースです……」

「また出たんだ。女子大生殺し……」


 女子大生殺し。美紀がそう呼んだのは、俗に今我が県内において連続で発生している女子大生の失踪、及び殺害事件の犯人とされる人物こと。いわゆる俗称である。

 犯人が同一であるとは限らないとされているが、犯行の手口が良く似ていること、被害者が失踪したと思われる場所が一定の区間に集中していることなどから同一犯である可能性が高いと警察は発表している。

 俺もこの事件には詳しくないわけではない。というのも、大学にこの事件に大きく興味を持っている人物がいるからだ。良く話を聞かされる。その人物も女子大生なので、正直首を突っ込むのは危なっかしい気もするのであるが。

 事件を軽く説明するならば、最初の事件は俺達の住む三屋町から十五キロほど離れた場所で起きた。二月の事だ。

 被害者は十九歳の女子大生。俺の大学の学生だったから酷く騒いでいたのを良く覚えている。マスコミなんかも連日大学を訪れていた。当時、俺は一年生。失踪した女の子は一つ年上だった。

 俺としても知らない人ではなかった。というのも、大学の中でも軽く名の知れた美人で、去年の大学祭で行われたミスキャンパスコンクールに出場なんかもしていた人だった。俺も一票投じたのであるが。

 そんな人がいなくなったものだから大学内は一騒動起きていた。元々、ファンの多かった人で大学に来なくなっただけで、最初は体調を崩しているといういわゆる体調不良説、大学に嫌気がさし引き籠ったという誰が言ったかアマテラス説、男と一緒に逃げたんだという俗にいう駆け落ち説など様々な噂が駆け巡ったが、その人の家族が警察に失踪届を提出していることが知れ渡ると、それまではただふざけていた囲いの連中もただ事ではないのかもしれないと思ったのか、一時の喧騒は収まった。

 しかし、警察の聞き込みを受ける学生が出てくるなどしたこともあり、大学内には異様な緊張感が漂っていた。その人は家族に何も言わず、寧ろ普段と何も変わらぬ様子で家を出て、そのまま姿を消したらしい。

 最後に姿を見たのは、同じ学科の学生で、夜繁華街にてその人が男と並んで歩いていたという旨の証言をしたらしい。

 直後、事態は急展開を迎える。その女学生の死体が発見されたのだ。町外れの藪の中に何も身に着けない状態で。死因は強く首を絞められたことによる窒息死だった。この時の大学内での学生達の動揺ぶりというのは口では言い表せない程のものだった。

 本格的に殺人事件として捜査が始まる中、警察が最も注目したのはやはり最後の目撃情報だった。

 学生の証言通り、その人と男が並んで歩く姿が繁華街に設置されていた監視カメラに写っていたのである。

 警察はその映像を解析し、一人の男に辿り着いたが、彼は誰もが思っていた犯人ではなかった。

 その男は消えた女学生と交際していた人物であり、当日も一緒に食事をしたそうだ。その後、彼女を駅まで送り、その日はそこで別れたらしい。

 彼が最も疑わしい人物であったことは言うまでもないが、数々のアリバイが彼の無実を証明した。

 彼が彼女と別れたと言った時間、その後直ぐに彼は男の友人数人と合流しているのである。これはその友人達がはっきりと証言している。

 また友人と合流した後の足取りも、訪れたとされる店の関係者の証言から裏が取られ、何より、彼女が残したブログへの最後の書き込みが電車に乗っている旨を伝えるもので、その書き込みの時間が彼の証言と一致することも大きな無実の証明となった。

 当の男子学生は監視カメラの映像が世に出た直後の犯人扱いが相当堪えたのか、既に大学を中退するに至っている。彼も事件の大きな被害者であろう。

 その後、警察の捜査が進展することはなかった。

 そして、この事件が解決しない中、三月に二件目。五月に三件目。六月に四件目。そして、この七月に五件目、六件目と連続して女子大生の失踪殺害事件が起こっているのである。


 ニュースを見た俺は少し不安を覚えた。これでまた先輩の好奇心に火が点いてしまうと考えるとやはり危なっかしい。どうにか止める方法はないものか。

 また同級生は当然、進学していれば女子大生だ。そう考えれば知り合いから被害者が出る可能性も否めない。

 ここ三屋町も事件が起こっている範囲から決して遠くない。もし卯月がなんてことになったら……

 俺はあまりに恐ろしい考えに思わず身震いした。と同時に、クッションが俺に投げつけられた。思わぬフェイント攻撃に口に含んだ麦茶を噴き出してしまった。

「投げるのやめたんじゃないのかよ」

「何かぼけっとしてるからよ。それよりどう思うの? 女子大生殺し」

「どう思うって何がだよ?」

「何がって、もし卯月さんが狙われたらどうするんだよ?」

「どうするって……どうすれば?」

「その時は、お前が代わりに死ね」

「……俺が死んだら卯月はお前の姉には絶対にならないんだぞ」

 舌を出して威嚇する姿から一転、美紀は少し考える様子を見せた。

「それは困る」

「そうだろ」

「じゃあ、結婚してから死ね」

「……そんな殺生な」

「あら? 二人で仲良く何の話?」

 夕食を運んできた母さんが俺達にそう尋ねてきた。

「女子大生殺しだよ。怖いよね? お母さん」

「そうね。またなの……美紀も気を付けなさいよ」

「大丈夫だろ。狙われてるのは女子大生ばっかりなんだから。美紀みたいなガキは相手にもされないよ」

「何それ? 酷いよね? お母さん。お兄ちゃんってば、こんなことばっかり言うんだよ」

「だめよ。ヒロ。美紀だって女の子なんだから何があるかも分からないのよ。あなたがしっかりしてあげないと」

 俺の母さんは少し天然な部分があるが、美紀の本性には本当に気付いてないらしい。本当に上手く立ち回っていやがる。

「お兄ちゃんなんて、卯月さんもどうなってもいいなんて言うのよ」

「あら? それは酷いわね。卯月ちゃんは女子大生だし可愛いし、ヒロが気を付けてあげないと駄目よ。いつも遊んでいるんだから」

「そんなこと言ってないし。遊んでるんじゃなくてあいつが勝手に上がり込んできてるの。まあいいよ。飯にしようぜ」

「そうね。冷める前に食べちゃいましょう。今日もお父さんは少し遅くなるらしいから」


 夕食を終え、部屋に帰ったのが午後七時過ぎ。

 俺はベッドに大の字に倒れた。今日は非常に疲れる一日だった。直ぐにでも風呂に入りたかったが、風呂はいつでも美紀が最初に占領する。その次は母が入る。美紀曰く、自分の次に俺が入ることは許せないらしいし、自分の前に誰かが入ることも許せないらしい。

「もうゲームする気力もないな」

 俺は早く眠りたかった。久しぶりに炎天下で行動したことが大きく堪えたらしい。相川の奴はまだまだ元気といった様子であったが、あれと俺は比べられないことぐらい分かっている。

 朦朧としてくる意識の中で、俺の脳裏に浮かんだのは何故か今日神社で見た少女の姿であった。忘れていた過去の記憶も蘇る。そしてあの恋焦がれる様な感覚もまた……

「ヒロ。寝ているの? お風呂空いたからね」

 そんな母さんの声で、俺は驚いて目を開いた。いつの間にか眠ってしまっていたらしい。

「やれやれ。何で知らない女の子の事なんかが……」

 こんなに気になってしまうのか? 自分でも答えの出ない感情に俺の頭は少し混乱していた。


ありがとうございました!

ちょくちょく上げていきます!

続きも読んでみて下さい!

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