リラの黒歴史②
リヴィアディラが十五歳になった時に、王宮の新年の夜会でデビュタントが行われた。ドレスを誂えるために数年ぶりに王宮で母に会った。母は涙ぐんでいたが、リヴィアディラにはあまり感慨はなかった。既にその頃には感情があまり振れないよう自制する事を覚えていた。
当日は白いドレスと、白い花で作られたデビュタントのティアラをつけて、同い年の第二王子にエスコートされた。この年にデビュタントを迎えた王子妃候補はリヴィアディラだけだったからだ。
両親と兄とともに王妃にデビュタントの挨拶をしたが、王妃は父の方にばかり顔を向けていて、リヴィアディラに何か言葉を告げることはなかった。よそよそしい王妃の態度を不審に思ったらしい兄が、王宮での暮らしについてリヴィアディラに問うてきたが、リヴィアディラには何が普通なのかわからない。つつがなく暮らしておりますと答えた。
第二王子とファーストダンスを踊り、父と兄と一曲ずつ踊ったあと、リヴィアディラは母に挨拶して夜会を辞した。
その後は家族に会うこともなく、リヴィアディラはリラとしてメイドの仕事をしながら王宮で暮らしていた。
リヴィアディラは知らなかったのだ。
他の令嬢たちはもっと生家に甘えていたこと。ドレスも、宝石も、侍女も社交も待遇だって実家にねだって良かったことを。
公爵家の令嬢たちは日々美しく着飾って社交に勤しんでいたが、これはそれぞれの公爵家が用意した物であり場だった。王子妃候補としてもっと積極的に妃になるために動くべきだったのだ。表向きの王子妃候補の立場がフェアであり、抜け駆けなどはしたないことであると教育された事を、鵜呑みにしていたのはリヴィアディラだけだった。
王妃は侯爵家の、リヴィアディラへの援助がない事を不満に思っており、後ろ盾になる気がないものと判断していた。
侯爵家はリヴィアディラからの援助要請がないために王家が全て整えているものと思っていた。もともとこの招聘は侯爵家がもちかけたものではない。神殿から魔法適性があると伝えられた王家からのものだったのだ。リヴィアディラを望んだ王宮が本気で娶るつもりなら、王宮の方から動きがあるものと考えていたのだ。
デビュタント以来社交の場に姿を見せないリヴィアディラを、王妃は実家にやる気がないものと判断して、侯爵家は王家からの希望がないものと思っていた。そして当のリヴィアディラはメイドの仕事をエンジョイしていた。
デビュタントから三年後に変化が訪れた。
三年ぶりに夜会への参加を強制されたリヴィアディラは、実家で作ってもらったドレスで弟にエスコートされて参加した。兄は婚約者をエスコートしていた。第二王子はもう一人の公爵令嬢をエスコートしていた。
夜会は第一王子の婚約発表と立太子を祝うものだった。
それと、リヴィアディラへの断罪。
何故かこれまでの王子妃候補への毒や嫌がらせの数々がリヴィアディラの仕業にされていた。第二王子にエスコートされた公爵家の令嬢が告発したのだ。証人はもう一人の王子妃候補である伯爵令嬢。彼女は王子妃の芽がないことを早々に見切り、未来の王子妃の侍女となる道を選んでいた。王宮はリヴィアディラを見限るだけの欠点を見つけることが出来なかった。とりあえずリヴィアディラに罪を着せられれば王子妃候補から排除できる。
もちろん侯爵家は異議を唱えたが、十年以上離れて暮らしていたリヴィアディラの証人にはなれない。
リヴィアディラに釈明の場は与えられず、侯爵家には罪を問わない事として、リヴィアディラ本人だけに国外追放処分が下された。本来ならなんの咎もないはずのところを、高位貴族の一族郎党まで巻き込んでしまっては王家の信頼に関わる。
リヴィアディラは手荒く連れられた国境の川辺で、斬られた勢いで川に突き落とされ、あとはケインの知る通りだ。
リラの話を聞いて、ケインの眉間の皺が更に深くなる。強面の圧が更に増した。
「話は、わかった。……全てを信じられるものではないが、とても辛い目に遭ったのだな……」
「わたくしは潔白を証明できるものを持ちません。ただ正直にお話する事で、願いを聞いていただきたいと思っております」
ケインは迷った。リラの願いなら何でも叶えてやりたいと思っていた。こんな身の上話を聞いた後なら尚更だ。だがケインは隣国の辺境伯に過ぎない。
リラの願いがマルカ国への復讐だとしたら、それは国同士の争い、戦争になる。流石にそれは領主として、アイム国の守護の筆頭として聞くことはできない。
深く息を吐いて、リラをまっすぐ見据えた。メガネのせいで瞳の色が未だにわからない。だが真摯な表情である。
「俺に出来ることなら、叶えよう」
ケインの返答に、リラは花が綻ぶように笑った。
ケインは意外な表情に思わず見惚れて、リラの言葉を聞き逃した。
「執務室の掃除をさせてくださいませ」
聞き逃したと思って、もう一度聞いたがリラはやっぱり同じことを言った。