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【番外編】はじめての出産

2000ブクマありがとうございます! 記念番外編です。

この前フライングでセルフお祝いしましたが、本当にこんなにたくさんの方に読んでいただけることに感謝です。

誤字報告もありがとうございます。気をつけてはいるのですが、撲滅は難しいものですね……

 一足先に、ルナが仔馬を産んだ。

 ルナの所有者であるリラは出産についていてやりたかったが、膨らみはじめたリラのお腹にもしものことがあってはいけないからと、ケインをはじめ、領館の全員に止められて部屋で待機していた。


「何かあったら、絶対に呼んでくださいね」


 リラは念押ししたが、馬の出産に慣れているケインは心配ないと言うばかり。ルナだって初産だ。きっと心細いと思う。本当は一緒にいて励ましてやりたいし、仔馬にもすぐに会いたい。

 

「めすのこうまですわ」


 預言者のようにマーガレットが言っていた。

 

「わたしのアファルとなかよくなればすてきです」


 サスティアは軍馬の産地でもある。マーガレットも領主家の娘らしく、立ち歩きする様になる頃から乗馬を覚えて、今では自分の馬を楽々乗りこなす。まだ身長が足りないので、乗り降りには人の手を借りることになるが。

 リラも自分の子が生まれたらそうなるのだろうと思っている。子どもの方が、乗馬は上手くなりそうだ。

 気性の穏やかな葦毛の馬をケインから贈られてすぐに、ルナと名前をつけて仲良くなった。

 白に近い淡い毛色が、昼間の月のように見えたのだ。厩当番の領兵に世話の仕方を教わり、ブラシをかけて世話をした。優しい黒い瞳のルナはリラによく懐いて、拙いリラの乗馬をサポートしてくれた。リラは多分今もルナ以外の馬を乗りこなせるとは思えない。


 パラパラと領政に関する資料をめくりながら、全然頭に入ってこないリラは諦めて窓辺の椅子に移った。

 中庭に面したリラの部屋からは厩舎は見えないが、少しでもルナに近い場所に居たかった。

 

 夜更け過ぎに、マーガレットと双子の片割れが中庭を横切って走ってくるのが見えた。淑女の所作とは思えない全力疾走だ。これは双子共々、家庭教師からお説教ものだわとぼんやりリラが考えていると、まっすぐリラの部屋の下に向かってきたマーガレットは大声で二階のリラの部屋に向かって叫ぶ。


「おねえさま! うまれましたわ! ルナもこうまもげんきです!」


 淑女がどうした。

 マーガレットの声を聞いてリラも窓を開けて身を乗り出す。後ろで侍女の悲鳴が聞こえたが、それどころではない。


「わたくしも行っていいかしら!」


 声を張り上げるとマーガレットの後ろにいる双子のどちらかがびくっとして一瞬固まった。どちらなのか夜目では区別がつかないが、マーガレットの護衛につけられているのだろう。淑女たるリラが二階から大声で中庭と会話するなど思っても見なかったはずだ。


「まだルナの気が立っているので、奥様は絶対にお越しにならないようにとケイン様から言われています!」


 なるほど、マーガレットの護衛とリラの牽制を同時に任されているのか。リラは唇を噛む。マーガレットだけならうまく言いくるめて厩舎に行くこともできるが、言いつけを破ると双子が叱責されるとあれば言うことを聞くしかない。ケインの差配に負けた気分で、リラはマーガレットとキリアムを部屋に誘った。


 侍女も下がらせた部屋、甘くしたホットミルクをカップ半分で、幼いマーガレットはリラの部屋のソファで寝落ちた。夜も遅い。こんな時間まで滅多に起きていることのない幼女にはホットミルクならイチコロだ。隣に座らせたキリアムの分には少しフルーツリキュールを垂らしてある。こちらも眠気と戦っているのか、しきりに目を擦っている。


「もう夜も遅いわ。マーガレットを部屋に連れていってあげて。それからキリアムもお休みなさい」

「でも奥様……」

「わたくしがこのままルナに会いに行くと思っているのかしら」


 まあその通りだが。

 子どもたちを寝かしつけてリラは厩舎に行く気満々だったのだから。


「では、少しこのままでお待ちいただけますか。アレスを呼んで参ります」


 これも多分ケインの言いつけだろう。双子にはまだこんな柔軟な対応ができるはずがない。何手も先を読まれている。仕方なくリラは承諾した。


 


 カスクートサンドとお茶を持ってリラが厩舎に向かったのは夜明け少し前。

 リラにかかればアレスも簡単に寝落ちさせたが、必死に睡魔と戦うアレスの、ケインからの言いつけを遂行しようとする健気さに負けた。ふわふわした掴みどころのないハイネスや、鷹揚なセレンに似ず、双子は常に誠実で一生懸命な子どもだ。


「おはようございます」


 リラが声をかけると、ケインは血塗れの服のまま、手を洗っているところだった。


「おはよう。ちゃんと眠ったか?」

「勿論です。少し早いですが、朝食をお待ちしました」

「助かる」


 ケインがリラの差し出した包みをみて破顔した。


「スバトによく似た黒毛の仔馬だ。よく走る脚をしているな」

「もうわかるのですか?」

「ああ。スバトの仔馬の頃にそっくりだ」


 厩舎から少し離れた木の下に敷物を敷いて座る。ルナを労ってやりたかったが、ちょうど仔馬が立ち上がって初乳を飲んでいるところだったので、リラは厩舎の入り口から少し覗くだけで我慢した。


「仔馬には、ケインが名前をつけてやってくださいませ」

「いいのか? ルナの仔だぞ」

「スバトの仔でもあります」

「俺たちの子が乗る馬でもあるな。良い名前をつけよう」


 ケインはカスクートの半分くらいを一気に頬張った。豪快な食べ方なのに下品さはない。食べ物が魔法みたいに綺麗に消えていくのを、リラは明け染めた空の下で微笑みながら見ている。


「今日も良い日になりますように」


 お腹にそっと手を当てて、祈るように呟いた。

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